17 / 28
17 悪役は目覚めて、
しおりを挟む
「ん……」
柔らかく頭を撫でられるような感触がする。
なんだろう。いつか嗅いだ花の香りがする。白く可憐な花びらをつけた、小ぶりの小さな花。
あの花の名前は、なんだっただろう。
懐かしい感覚に身を委ねて、私は身体を捻じる。
すると、ふわりと横にいる『誰か』が苦笑したような気がした。
低く響く心地よい声。いつも聞いていて、傍に居てくれる、私の大好きな声。
ポンポン、と一定のリズムを刻んで優しく撫でられる感触に、私はまた微睡みを覚えて。
「……今はまだおやすみなさいませ、クラリス様。いついかなる時も、私は貴方の傍にいますから」
耳に心地よいその声に、頭を撫でてくれる手に甘えるように私は身を寄せて、泡沫の眠りについた。
*
「あ……ふわぁあ」
窓から差し込む朝日の光がだいぶ登った頃。
いつになく爽快な気分で私は目が覚めた。ぱっちり目も開き、頭はスッキリしている。思考も冴え渡っているし、元気が有り余っている感じがする。
そういえばあの後、私はどうなったのだろう。
『障り』が具現化し、殺されそうになったあの時、何故かゼストが割り込んできたところで限界が来て私は意識を失った。
それから今まで眠っていたようだけれど、ゼストはどうしたのか。メドウィカ様は助かったのか。
――何よりここは何処?
どうやら私はベッドで寝ていたらしいが、この場所に見覚えはない。色々尽きない疑問に頭が働き始めた頃、コンコンと扉がノックされる。
「はい」
「ゼストです。入ってもよろしいですか?」
「ええ」
入室に許可を出すと、ガチャリと扉が開いて見慣れた朱金の髪が目に飛び込んできた。
「おはようございます。クラリス様、ご気分はいかがですか?」
「おはよう。とりあえずいつになくスッキリして元気なんだけれど、何がどうなってるのかさっぱりだわ」
まだ湯気のたつ紅茶のカップを手に持って現れたゼストは、開口一番に私の状態を聞くと、ホッとしたような表情を浮かべる。
「そうですか。それは良かったです」
どうぞ、と渡された紅茶のカップを受け取り、今度はこちらから質問する。
「それで王女様は無事なの?」
ずっと気になっているのはそこだ。
私は途中で気を失ってしまった。『障り』の浄化は全て終わったのか?
何よりメドウィカ様は生きておられるのか。
紅茶を飲み干した後にカップを置いて、ベッドから身を乗り出してずずいと迫った私にゼストは「大丈夫ですよ」と頷いてこちらを安心させるように肩に手を置かれる。
「穏やかに呼吸もしておられますし、先刻まで起きていらっしゃいました。今はリゼリア様がお傍におられますから」
「そう……メドウィカ様は助かったのね……良かった」
これでひとまず災厄の序章は防げたということになる。
シスターリゼリアが側にいるなら一安心だ。教会の修道女は精霊による加護を受ける祝福持ち。たとえまた『障り』がメドウィカ様を狙っても弾き返してくれるだろう。追撃は防げる筈だ。
一安心してベッドに戻ると、私はゼストにじっと視線を向ける。
そういえばゼストは『障り』が変異した漆黒の長剣を弾き返していた。人間に悪意を及ぼすはずの『障り』を生身で弾き返すなんて聞いたことがない。
普通なら侵食され、為す術もないはずなのに。
意識を失ったから詳しい経緯は分からないけれどおそらく『障り』の呪いを呪術主へと返したのもゼストだろう。
今ごろ呪いを返された術師は酷い目にあっている筈だ。
『障り』とはそれだけ人間にとっては脅威の存在であるはずなのに……むぅ。ゼストは一体どうやってあの『障り』を退けたというの?
いつも傍に居てくれるこの従者だけれど、実は知らないことの方が多いのかもしれない。
疑わしさ満開で見つめてもいつものように涼やかに美麗な笑顔を浮かべてこちらの視線を受け流す従者。ゲームでは気にしなかったけれど、割と本当に謎の存在なのかもしれない。
内心でううむ、と唸りながらゼストを熱心に観察していると、
「――あら、お邪魔でしたかしら」
といつの間にか部屋にシスターリゼリアが入ってきていた。クスクスと笑いながら入ってきた彼女は、明らかに私のことを揶揄う様な視線を向けてきた。
気恥ずかしくなって私は即座にゼストから目を離すとゴホンと咳払いする。
「大丈夫ですわ。シスターリゼリア」
「そうですか。クラリスさんもお元気になられたようで何よりです」
いつものように艶やかに流れる黒髪をシスターのヴェールで覆い隠した彼女が、私に向かってカーテシーをする。
洗練された優雅な動き。まさに貴族として相応しい動きだ。シスター服を纏いながらここまで見るものを魅了する動きは社交界でもそうそう見ることは無い。さぞかし幼少時より訓練され、英才教育を受けて来てのだろう。
とても一介のシスターとは思えない。
流麗な仕草で挨拶をするシスターリゼリアは、頭を上げ翠の瞳を細め笑みを作った後、ようやく自分の身分を明かした。
「この度はお初にお目にかかります。精霊王の愛し子、クラリス様。私はウィンゼルキネラ王家が第二王女、リジェリカ・ミゼル・ウィンゼルキネラと申しますわ。姉の命を救って頂きましたこと、国王に代わり御礼申し上げます」
そう言って、シスターリゼリア――キネーラ連合王国第二王女リジェリカ殿下は優雅にもう一礼した。
柔らかく頭を撫でられるような感触がする。
なんだろう。いつか嗅いだ花の香りがする。白く可憐な花びらをつけた、小ぶりの小さな花。
あの花の名前は、なんだっただろう。
懐かしい感覚に身を委ねて、私は身体を捻じる。
すると、ふわりと横にいる『誰か』が苦笑したような気がした。
低く響く心地よい声。いつも聞いていて、傍に居てくれる、私の大好きな声。
ポンポン、と一定のリズムを刻んで優しく撫でられる感触に、私はまた微睡みを覚えて。
「……今はまだおやすみなさいませ、クラリス様。いついかなる時も、私は貴方の傍にいますから」
耳に心地よいその声に、頭を撫でてくれる手に甘えるように私は身を寄せて、泡沫の眠りについた。
*
「あ……ふわぁあ」
窓から差し込む朝日の光がだいぶ登った頃。
いつになく爽快な気分で私は目が覚めた。ぱっちり目も開き、頭はスッキリしている。思考も冴え渡っているし、元気が有り余っている感じがする。
そういえばあの後、私はどうなったのだろう。
『障り』が具現化し、殺されそうになったあの時、何故かゼストが割り込んできたところで限界が来て私は意識を失った。
それから今まで眠っていたようだけれど、ゼストはどうしたのか。メドウィカ様は助かったのか。
――何よりここは何処?
どうやら私はベッドで寝ていたらしいが、この場所に見覚えはない。色々尽きない疑問に頭が働き始めた頃、コンコンと扉がノックされる。
「はい」
「ゼストです。入ってもよろしいですか?」
「ええ」
入室に許可を出すと、ガチャリと扉が開いて見慣れた朱金の髪が目に飛び込んできた。
「おはようございます。クラリス様、ご気分はいかがですか?」
「おはよう。とりあえずいつになくスッキリして元気なんだけれど、何がどうなってるのかさっぱりだわ」
まだ湯気のたつ紅茶のカップを手に持って現れたゼストは、開口一番に私の状態を聞くと、ホッとしたような表情を浮かべる。
「そうですか。それは良かったです」
どうぞ、と渡された紅茶のカップを受け取り、今度はこちらから質問する。
「それで王女様は無事なの?」
ずっと気になっているのはそこだ。
私は途中で気を失ってしまった。『障り』の浄化は全て終わったのか?
何よりメドウィカ様は生きておられるのか。
紅茶を飲み干した後にカップを置いて、ベッドから身を乗り出してずずいと迫った私にゼストは「大丈夫ですよ」と頷いてこちらを安心させるように肩に手を置かれる。
「穏やかに呼吸もしておられますし、先刻まで起きていらっしゃいました。今はリゼリア様がお傍におられますから」
「そう……メドウィカ様は助かったのね……良かった」
これでひとまず災厄の序章は防げたということになる。
シスターリゼリアが側にいるなら一安心だ。教会の修道女は精霊による加護を受ける祝福持ち。たとえまた『障り』がメドウィカ様を狙っても弾き返してくれるだろう。追撃は防げる筈だ。
一安心してベッドに戻ると、私はゼストにじっと視線を向ける。
そういえばゼストは『障り』が変異した漆黒の長剣を弾き返していた。人間に悪意を及ぼすはずの『障り』を生身で弾き返すなんて聞いたことがない。
普通なら侵食され、為す術もないはずなのに。
意識を失ったから詳しい経緯は分からないけれどおそらく『障り』の呪いを呪術主へと返したのもゼストだろう。
今ごろ呪いを返された術師は酷い目にあっている筈だ。
『障り』とはそれだけ人間にとっては脅威の存在であるはずなのに……むぅ。ゼストは一体どうやってあの『障り』を退けたというの?
いつも傍に居てくれるこの従者だけれど、実は知らないことの方が多いのかもしれない。
疑わしさ満開で見つめてもいつものように涼やかに美麗な笑顔を浮かべてこちらの視線を受け流す従者。ゲームでは気にしなかったけれど、割と本当に謎の存在なのかもしれない。
内心でううむ、と唸りながらゼストを熱心に観察していると、
「――あら、お邪魔でしたかしら」
といつの間にか部屋にシスターリゼリアが入ってきていた。クスクスと笑いながら入ってきた彼女は、明らかに私のことを揶揄う様な視線を向けてきた。
気恥ずかしくなって私は即座にゼストから目を離すとゴホンと咳払いする。
「大丈夫ですわ。シスターリゼリア」
「そうですか。クラリスさんもお元気になられたようで何よりです」
いつものように艶やかに流れる黒髪をシスターのヴェールで覆い隠した彼女が、私に向かってカーテシーをする。
洗練された優雅な動き。まさに貴族として相応しい動きだ。シスター服を纏いながらここまで見るものを魅了する動きは社交界でもそうそう見ることは無い。さぞかし幼少時より訓練され、英才教育を受けて来てのだろう。
とても一介のシスターとは思えない。
流麗な仕草で挨拶をするシスターリゼリアは、頭を上げ翠の瞳を細め笑みを作った後、ようやく自分の身分を明かした。
「この度はお初にお目にかかります。精霊王の愛し子、クラリス様。私はウィンゼルキネラ王家が第二王女、リジェリカ・ミゼル・ウィンゼルキネラと申しますわ。姉の命を救って頂きましたこと、国王に代わり御礼申し上げます」
そう言って、シスターリゼリア――キネーラ連合王国第二王女リジェリカ殿下は優雅にもう一礼した。
31
あなたにおすすめの小説
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
許すかどうかは、あなたたちが決めることじゃない。ましてや、わざとやったことをそう簡単に許すわけがないでしょう?
珠宮さくら
恋愛
婚約者を我がものにしようとした義妹と義母の策略によって、薬品で顔の半分が酷く爛れてしまったスクレピア。
それを知って見舞いに来るどころか、婚約を白紙にして義妹と婚約をかわした元婚約者と何もしてくれなかった父親、全員に復讐しようと心に誓う。
※全3話。
ローザとフラン ~奪われた側と奪った側~
水無月あん
恋愛
私は伯爵家の娘ローザ。同じ年の侯爵家のダリル様と婚約している。が、ある日、私とはまるで性格が違う従姉妹のフランを預かることになった。距離が近づく二人に心が痛む……。
婚約者を奪われた側と奪った側の二人の少女のお話です。
5話で完結の短いお話です。
いつもながら、ゆるい設定のご都合主義です。
お暇な時にでも、お気軽に読んでいただければ幸いです。よろしくお願いします。
蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。
あの子を好きな旦那様
はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」
目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。
※小説家になろうサイト様に掲載してあります。
結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?
秋月一花
恋愛
本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。
……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。
彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?
もう我慢の限界というものです。
「離婚してください」
「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」
白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?
あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。
※カクヨム様にも投稿しています。
【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──
【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~
山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」
母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。
愛人宅に住み屋敷に帰らない父。
生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。
私には母の言葉が理解出来なかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる