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11_社畜、働く
しおりを挟む地球でいうところの太陽光は、この星では月光ほどのささやかな光にしかならない。
そんな優しい光の差し込む窓際に、手触りのいい布を何枚も持ち込んで、今日もムームはうたた寝をしている。
ティフォはその微笑ましい光景に、早く仕事を切り上げ帰宅をしてよかったと、ムームを起こさないよう静かに近寄った。
ムームの眠りの邪魔をしないように、それでいて少しでも近くで添い寝ができるように、お腹に抱え込むように横たわる。
ティフォの働く地球人保護施設は、あれからも相変わらず忙しかった。
ムームと自分の生活を守りたい。しかし研究室に入りきらなくなってきた保護ゲージと、上からの激しい叱責に、この平穏もそう長くは続かないだろうとティフォには分かっていた。
ひとまず難しいことは忘れて癒やされたいと、ティフォはムームの柔らかな黒髪にそっと顔を寄せる。
起こさないように気をつけていたつもりだが、触れる直前に体をひねったムームから、反対に頭を抱き込まれてしまった。
『お帰り』
「ムーム、起きてたの?」
『多少暇だが、ヒモ生活も悪くない』
「今日も一日、いい子にしてた? 外に出してやれなくて、ごめんなぁ」
『疲れた顔をしている。お前も少し休め』
「うんうん。ムームは今日もかわいい。あー、明日も仕事か。はぁ、行きたくない。かわいいムームと一緒に居たい。密猟者は滅びろ」
あれからムームは、短いながらも何やら返事をしてくれるようになっていた。
相変わらず言葉は通じないが、それでもティフォに向かって一言鳴いてくれるだけで嬉しく思う。ムームの低く響く鳴き声を聞けば、ティフォの胸には多幸感が広がるのだ。
ティフォはムームの髪にあらためて顔をうずめると、幸せそうに深呼吸を繰り返した。
ムームはティフォの触手の一本に甘噛みして返す。
『なぁ、やろうぜ……。いいだろ?』
触手をやらしく舐めながら口にふくむムームを、そんなことしなくてもいいんだよと言いながらも制止できずにいるいティフォ。
喉奥でしごくように触手を出し入れされて、すぐにどろりと甘い体液を出してしまった。
いつも精悍なムームの顔がかわいく欲情してしまえば、もうティフォに逆らうことなどできない。さっきまでさらりとしていた他の触手も粘り気を帯びて、ムームの服の下をたどたどしく弄りはじめた。
「ムーム。私のムーム。愛してる」
『お前のはうまいな。ほら、もっと来いよ』
二人のかみ合わない会話は甘さを増し、触手の腕の中に絡め取られて、優しい日の光の中に溶けていった。
「仕事がこんなにも滞っているのに、帰宅が早すぎるんじゃないか? 最近は報告書もろくに上がってきていないが、ちゃんとノルマをこなさなければ周りが迷惑をするんだぞ。この星の危機を回避するために、皆が身を粉にして働いているんだ。愛する星のために、今が頑張りどきだというのに、お前はそんな簡単なことも分からないのか。このままではただの給料泥棒だ。お前の役に立たないゴミのようなデータはいらない。いいな、結果を出せ。もう一度しっかり勉強して出直してこい」
定期的に行われている職員ミーティング。
ドーム状の会議室の中央に立つティフォは、昨夜遅くまでまとめていた地球人の治療データを説明する前に、施設長から厳しい叱責をうけ退席を余儀なくされていた。
うつむき足早に歩くティフォのあとを、助手のカヤが追う。
ギーがニヤニヤと笑いながら、声をかけてきた。
「カヤ、お前も担当を変えて欲しければ、俺がいくらでも引き受けてやるからな」
「結構です」
「次は俺の発表だぜ。聞いていかないのか? 勉強になるのに馬鹿だなぁ。ティフォの下についていたって先はないのにさぁ」
すれ違いざま、他の人に分からないようにぬめった触手をティフォに擦りつけたギーは、楽しそうにドームの中央に向かって歩いていく。
ティフォはそれを振り返ることなく、会議室の外に出た。
研究室に戻る気にもなれず、日頃はあまり使わない休憩ルームに向かう。
ほとんどの職員がミーティングに参加中だ。人気のない窓際に立って、ティフォは息を吐いた。
「あの、これ」
「ありがとう。気を遣わせてすまないね。ギーの言うことももっともなんだよ。カヤ君は勉強中の身だ。今からでも戻ってミーティングに参加しなさい」
助手のカヤから差し出された飲み物を受け取って、ティフォは力なく笑ってみせた。
最近のティフォは助手のカヤに指導をする暇もなく、ただ地球人の世話を手伝ってもらっているだけだった。
このままではカヤのためにならない。
「いえ! 私は、主任を尊敬しています。本当に担当が主任で、自分は嬉しく思っているんです」
まっすぐなカヤの視線が、ティフォには眩しかった。尊敬されるようなことは何もしていない。こんな仕事、今すぐにでも辞めてしまいたいのだ。
そんなことしなくともこの施設をクビになる日は、きっとそう遠くない未来にやってくる。
しかしそうなったとき、残された研究室の地球人はどうなるのだろうか。そう思えば、リスクを負ってまで戦う勇気は出なかった。
自分ではどうすることもできずに、上からの叱責を甘んじて受け入れて。それでもこんな現状にみっともなくしがみ付くしがない社畜だよと、ティフォは困ったように笑うしかなかった。
公衆の面前で叱責を受けた職員ミーティングの一件以来、ギーのやり方に賛同する職員が目に見えて増えた。
上から目を付けられたティフォの処遇を目の当たりにして、長いものに巻かれたのだろう。
陰で励ましてくれる職員もいたが、誰もが巻き込まれたくないとばかりに表立ってはティフォに近寄ろうとしなくなった。ティフォはますます研究室に閉じこもり、地球人の世話に明け暮れる。
献身的なカヤのフォローがなければ、到底乗り越えられなかった。
いつの間にか、まったく関係のない雑用でもティフォにやらせればいいという空気ができてしまった。
給料泥棒ならそれくらいするのが当たり前だ、というギーの主張が発端らしい。
幼稚な嫌がらせは日に日に増え、憤慨するカヤを宥め賺してなるべく目立たないように、息を殺して過ごす。
上からの執拗な叱責は続いている。きっとティフォが音を上げて自主退職するのを待っているのだろう。
そうして押しつけられた雑務の一つに、ケプラー惑星群の保護施設が合同で開催する意見交流会というものがあった。
年に一度の意見交流という名の勉強会は、施設を代表するのだからという過度のプレッシャーを与えられる上に、休日にもかかわらず謎の無償参加となるため、職員から非常に嫌がられていた。
仕方なく毎年公平に抽選で決めていたのだが、今年はいつの間にかティフォに決まっていたのだ。
地球人の世話に忙しいティフォにとって、正直にいって、最悪の嫌がらせだった。
それでも断れないのなら仕方がない。ティフォは前向きに考えた。
勉強会に参加することは意義あることだ。きっと給与が発生しないことが一番の問題なのだろう。
それならばと助手のカヤに、出張手当と交通費が支給される勉強会があるのだが一緒に行ってみないかと声をかけてみた。もちろんカヤには、ティフォの自腹であることは内密に、だ。上司として何の指導もできていないカヤへのささやかなお詫びになればいい。
カヤが嬉しそうに頷くのを見て、ティフォはほっと息をついた。
意見交流会の当日は、早朝から出勤して地球人全員のバイタルチェックを済ませた。個体に合わせた食事を与え、必要であれば治療をする。
それから急いで会場に向かえば、なんとか間に合うだろう。
ただし交流会が終わってからも、また施設に戻ってきて同じ作業を繰り返さなくてはいけない。きっと今夜の帰宅は深夜になる。
喋れないムームに、帰宅が遅くなることを説明できないことだけが心残りだった。
食事の心配をしなくてすむのが不幸中の幸いだなとぼやきながら、ティフォは慌ただしく身だしなみを整えた。
会場は遠方のため、いつもの繭型の乗り物を遠距離移動モードに変更する。
目的地をセットすれば、ネットワーク上で管理された安全な高度と軌道が自動設定される。あとはどれだけ遠方であっても一直線に飛んでいくのだ。そう時間はかからない。ただ遠方であればあるほど高度が増すため、今回はひたすらに厚い雲の中の移動となってしまった。
窓の外。
灰色に塗りつぶされた変化に乏しい景色に、ティフォはそうそうに諦めて目をつぶった。
蓄積された疲れからか、すぐに眠りの中に沈んでいった。
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