【完結】愛玩動物

匠野ワカ

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15_喪失

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 ティフォが帰宅した自宅は、殺風景でクリーンな、ただの白くて四角い見慣れた室内だった。


 特務警察隊員に蹂躙されつくした室内には自動修復機能が作動しており、破壊の片鱗さえ見当たらなかった。

 当然ながら、ムームの気配はない。
 全てがクリーンに清掃されてしまい、匂いさえ残っていなかった。





 覚悟はしていた。

 ティフォは大丈夫だと自分に言い聞かせる。
 ほんの少し前まで、この生活が普通だったのだ。よく考えれば、ムームとともに暮らした時間など一瞬じゃないか。今は寂しく感じても、きっとまたすぐに慣れる。もう忘れよう。


 ティフォは、そのままもそもそとベッドに横になる。

 体は疲れているはずなのに神経が高ぶって、目を瞑っても眠りは訪れない。しばらく寝返りをうちながら眠ろうと努力をしたが、無意識のうちに触手がムームを探してしまう。それに気付くたび、ティフォの口からはため息がこぼれた。

 寝ることを諦めたティフォはベッドから出て、ムームのいない室内を見回した。




 それから、空中に呼び出したホログラムを作動する。

 念のためにと自分に言い聞かせながら、ホログラムに映る自宅の周りを、隅々までズームして確認をした。


 ムームはいない。痕跡もない。あれから五日もたったのだ。当然だろう。捕まえて監禁していた異星人のところへ、のこのこと戻ってくるはずもない。そう一人呟いて、ホログラムを切る。


 体でも温めるかと、いつものように部屋に湯船を成形しようとして、思い出す。
 わざわざこの部屋で入浴をしなくても、備え付けの浴室があるのだ。

 自分の行動のあちこちにムームの陰を見つけ、その度に胸を占める苦しさが増えた。

 ティフォは触手を引きずるようにして、浴室に向かう。一日中いつでも入浴できるように整えられた快適な浴室で、適温の湯に浸かる。それだけだ。
 あれほど楽しかった入浴も、ムームがいなければただの作業だった。

 これならミストシャワーで十分じゃないかと、体を洗うこともなく、ティフォはお風呂から出た。AIに任せて、体の洗浄と乾燥をする。


 嫌がられながらも、ムームと一緒に入浴するのは楽しかった。
 隙あらばムームの髪を洗わせてもらった。ムームの髪は洗えば洗うだけ泡立って、それが面白くていつもついつい泡だらけにしてしまい、ムームに呆れられたものだった。



 こうなったら、何か動物でも飼うか。
 今度は違法ではない、まっとうな動物を。


 ティフォはホログラムを切り替えて、ケプラー惑星群の人気飼育動物ランキングを開く。上から順番に眺めていく。気になる動物がいれば、ピックアップして詳細を確認する。しかしどの動物もピンとこない。

 しばらくして気付けば、ホログラムいっぱいに黒い毛並みの動物ばかりが羅列されていた。
 違う。そうじゃない。



 もういっそのこと仕事でもしようかと思い立ち、エリクレアス施設長がいる北部の保護施設にアクセスをする。
 役職からしてもきっと忙しい人だろう。わざわざエリクレアス施設長本人に連絡をして、手を煩わせることもない。


 一般開放されている施設受付窓口のアナウンスに従ってホログラムを展開していけば、しばらく待たされたあと、一人の研究員と繋がった。

 3Dホログラムの向こうから、親しげに挨拶をされる。ティフォは覚えていないが、どうやら交流会にいた人らしい。
 もし可能であれば自分の保護施設から移転された地球人の保護先を教えて欲しいと伝えれば、どうやら事情を知っているらしく、二つ返事で移転先一覧データを送ってくれた。
 ティフォが丁寧にお礼を言うと、研究員は興奮したように協力できたことを光栄に思うと、画面の向こうで過剰な反応を示している。
 戸惑いながらも重ねてお礼を言い、ティフォは通信を切った。



 何だったのだろうか、あの反応は。
 ティフォは首を傾げた。
 分からないことを考えても仕方がない。ともかく今できることをしよう。ティフォは地球人の保護先を確認し、一件一件、お礼と経過確認のメッセージを入力する。


 向こうの研究員からすれば余計なお世話かもしれないと思いながらも、地球人の個体識別番号から記憶を引っ張り出してきて、その地球人の性格や注意点をメッセージの最後に押しつけがましくならないように注意しながら書き足した。
 地球人にとって環境の変化という負担が少しでも軽減されることを祈って、丁寧にメッセージを送信していく。

 こうして何か仕事をしていた方が、気が紛れた。ティフォはようやく息ができたような心持ちで、しばらく仕事に没頭した。






 ホログラムの端で、通話のサインが明滅している。
 エリクレアス施設長からだ。

 ぼんやりとした頭で通話許可をすれば、すぐに3Dホログラムにエリクレアス施設長が浮かび上がった。



「部下から報告を受けました。ティフォ君。私は休みなさいと言いましたよね」
「はぁ。申し訳ございません。しかし他にすることもなく、暇を持てあましていたものですから」


 長い長いため息が聞こえる。エリクレアス施設長からだ。なぜだろう。私は何か怒られるようなことをしただろうか。


「あなたね、まだ夕方の宇宙惑星ニュースを見ていないでしょう。悪いことは言わないので、今は休みなさい。またすぐに忙しくなるんですからね」
「はぁ。ニュースですか?」
「ついに今回の事件が、宇宙世論を動かしたのですよ。政府ももはや言い逃れはできないでしょう。地球人への対応が、変わりますよ。これもすべてティフォ君のお陰です」
「私、ですか?」



 地球人密売に保護施設が関与していた今回の事件は、衝撃を持って広く伝えられた。
 その中で保護という名のもと、地球人が大量に殺処分されていたという事実が明るみに出たのだ。


 人は得てして、自分の興味のないことには残酷なまでに無関心になれる。
 しかし今回のセンセーショナルなニュースで宇宙世論が高まり、他人ごととして受け流していた他の惑星政府も、ようやく重い腰を上げざるを得なくなった。
 今後は他の惑星政府も積極的に地球人保護の監視にあたり、殺処分の全面禁止と、速やかな地球人送還に向け、惑星政府間の協力体制をすすめていくとの発表があったのだった。



「実はね、すべて私が先頭に立って、リークをいたしました。無駄に広い人脈を駆使して、世論操作も少し、ね」
「世論操作?」
「そうです。もうずっと機会をうかがっていたんです。地球人の置かれた状況を一転するには、最後の一押しがどうしても必要だった。本当は、ティフォ君をこちら側にスカウトして、ちょっとした密偵になってもらえないだろうかと思っていたのです」
「密偵?」
「私は、地球人保護団体組織のリーダーを務めていましてね。あの施設の非道な行いは、ずっと聞きおよんでいたんです。ただ確かな証拠が掴めなくて、手を焼いていましてね」


 そんな中、エリクレアス施設長はカヤからの連絡を受けた。
 これ幸いと、迅速な行動で動かぬ証拠を押さえ、あの状況を見ことに利用して世論さえも味方に付けたのだそうだ。


「今回のことは地球人のためとは言え、あなたを利用してしまいました。すみません」


 そう言いながら、ホログラムの向こうでは、エリクレアス施設長が綺麗な角度で頭を深く下げている。
 ティフォはただ戸惑うばかりだ。



「殺処分される運命だったたくさんの地球人を犯罪に手を染める施設長から守り、一人で戦い抜いた心優しい職員。これが民衆の同情を引く感動的なストーリーとして、連日のニュースに取り上げられましてね。他の動物愛護団体を始め老人から小さな子供にいたるまで、熱狂的な支持を得ることができたんです。あなたは今、ちょっとした正義のヒーローになっているんですよ。勿論、あなたの個人情報は守られていますが、狭い業種ですからね。仲間内ではティフォ君のことだと周知の事実です」

 ティフォは呆気にとられた。それから慌てて否定する。

「私はそのような人物ではありません。とんでもない誤解だ」
「ストーリーは多少美化されているかもしれませんがね。あなたの功績は紛れもない事実ですよ。何より、これであなたが守り通してきた地球人も、無事に母星に帰れるんです。今までよく一人で戦ってきましたね。もうこれで大丈夫ですよ」
「違うんです。違うんですよ。私はただ……」


 ティフォはただムームとの生活を守りたかっただけなのだ。
 ムームに嫌われたくない、それだけで動いてきた矮小な社畜だとティフォは自覚をしていた。


(戦うことなく、逃げ続けたこの私のどこが正義のヒーローだろう。何を守れたというのだ。ここにムームはいないのに?)


 何も言えなくなったティフォの態度をただの謙遜と受け取って、落ち着くまでしばらくはゆっくり休むように厳命してから、エリクレアス施設長は通話を切った。




 通信が終了したホログラム画面を呆然と見つめるティフォの視界に、いつ受け取ったのか、メッセージ受信サインが点滅していた。
 そのメッセージ数が、次々に増え続けている。

 震える触手で開けば、先ほど送った保護施設から熱狂的なまでのお礼の返信に、見知った同僚から知らない人まで応援と励ましとファンレターの入り交じったメッセージが届き、ホログラムを埋め尽くしていく。


 ティフォは考えることを放棄して、ぼんやりと外を見た。
 窓に映る3D映像を切れば、いつの間にか外には夜が広がっていた。








 ムームは大丈夫だろうか。

 ティフォは心配でたまらなかった。どれだけ自分の気持ちをごまかしてみても、もうずっと会いたくて心配で、ムームのことを考えると喉が詰まったように苦しくなるのだ。
 こんなにも苦しいのに、本当にムームを忘れることができるのだろうか。

 ティフォは窓を開けて、外に出た。
 このケプラー惑星群の夜は、星も見えない。月明かりのない、ただの暗闇が広がるばかりだ。


「ムーム……」



 呼びかけに応える鳴き声は、どこにもない。

 ティフォの声は誰にも届かず、闇夜に飲み込まれて消えていった。





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