【完結】糸と会う〜異世界転移したら獣人に溺愛された俺のお話

匠野ワカ

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87.山田さんの最後のページ

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――山田氏の手記より 


『朝食時にさり気なさを装って、一緒の墓に入ろうと言ってみたら、日本の墓とはどういった物なのかという話になってしまった。

 どうやらこちらでは、亡くなった後は霧となって消える精霊族以外の種族は全て、国の外の砂漠に安置し、怪鳥に食べてもらう儀式をするのが一般的らしい。

 所謂、鳥葬だろうか。

 魂が解放された後の肉体は、こちらの人にとっては肉の抜け殻に過ぎないと認識しているらしい。魂の抜け出た遺体を「天へと送り届けて、また巡り会える」ようにするための方法として、鳥に食べさせる儀式を行っているのだそうだ。

 一口で丸呑みされるため、髪の毛1本残らない。それがこちらの普通なのだ。
 こちらに来て十年以上経ってもまだ初めて知る事があるのだなと、いっそ感心してしまった。

 ただし渡来人は事前に希望しておけば、可能な限り要望に添うように手配してもらえるのだと、日本の墓の形状や儀式について、パォ殿が熱心に聞いてきた。

 鳥に食われるので構わんと、つい素っ気ない言い方になってしまったが、パォ殿が鳥葬なら私も同じで良いんだ。



 違う。私が伝えたい事は、そうじゃない。


 これからの毎日も変わらずパォ殿の朝食を食べたいのだと言えば、嬉々として、施設に宿泊するときも抜け出して料理を作ります、と返ってきた。

 仕事が第一だろうと説教をしかけて我に返る。



 そうじゃない。
 どうしろと言うんだ。 

 ピーリャでも買ってきて渡せば良いのかと聞けば、やっと伝わったのか、日本人は分かりにくいと泣き出した。 


 泣かせたい訳じゃないと慌てる私に、愛していると言って欲しいと言われた。
 そんな軽薄な言葉を素面で言えるものか。

 ぐっと詰まって言い渋る私に、では山田さんからのキスが欲しいと言いつのられた。


 日本での接吻は閨の中でしかしないものだと言ったら、無理矢理に寝所へと連れ込まれる。
 散々に接吻をねだられ恥ずかしい事を言わされたが、まぁしかしパォ殿が、と言いかけて、いやサフィフと名前で呼ぼうかと思い至る。

 サフィフが満足したなら良かった、と言ったら、無言で服を剥ぎ取られた。
 
 その後は、生まれて初めて仕事を欠勤する羽目になってしまった。
 もう絶対、パォ殿と呼び続けてやる。絶対にだ。



 それでも。

 そんな強引で優しいパォ殿の事が、私はこんなにも大切なのだから。

 私の残りの全てを、パォ殿に捧げる。』





『などと意気込んだものの、こちらの結婚という制度に書類提出はないのだった。

 さらには親への挨拶も不要だと言われた。
 同居するしないと揉めた時から、パォ殿の両親にはお会いしていない。私としてはきちんと挨拶をしたいのだが、私を気遣ってくれているのだろうか。

 やはり有耶無耶にせず、関係を持った段階で挨拶をするべきだったのか。

 御宅の息子さんに手篭めにされましたと……いや、言える訳がない。


 パォ殿はピーリャを使わないから、ピーリャの交換も必要がないと言われた。

 唯一する事と言えば、アキュース神の前で誓うという行為だけらしい。
 それで婚姻が成立となるのだから、やはりこちらの文化には馴染めぬ。しかしそれでパォ殿が満足するのなら、山の頂上だろうがどこだろうが行ってやろうじゃないか。

 さっそく私の次の休みに行こうかと話しているうちに、パォ殿が仕事になってしまった。

 担当は断る、家に帰ると馬鹿な事を言っていると、私に連絡が入った。

 施設に向かい、貴方は重要で謂わば命を預かる仕事に就いているのだという事、渡来人は同郷であり広い意味では家族のような存在である事、働いている時のパォ殿はいい男である事を説明し、納得させた。

 しかし、最後の良い男の部分だけに反応していたような気がしないでもない。


 そういう所は、いつまでも少年のようで可愛い。

 そう思ってしまう私は、手に負えない初恋に翻弄されている男のようだと気が付いた。』






『今日、一人でマリラ医師の元を訪れた。

 軍の仕事で顔馴染みになった医師だが、口が堅く牢固たる姿勢が気に入って、今では数少ない私の友人とも言える人だ。

 パォ殿はあれからまだ施設に泊まり込んでいる。

 一度担当に入ると、最短でも三ヶ月は泊まり込むのだから大変な仕事だ。しかし、パォ殿に心配をかけなくて済んで良かったと思う。

 体の怠さや微熱が続き、吐き気までするようになってきたのだ。

 どこか悪いのだろうか。』







『診断の結果、妊娠しているとの事だった。』




『何度聞いても結果は変わらんと、マリラ医師を怒らせてしまった。

 身に覚えがあるはずだと言い切られたが、身に覚えはない。いや、あるにはあるのだが、何故いまさらという気持ちが大きすぎて認められぬ。


 男の身で、といったら、ここでは普通だ。他の渡来人男性だって産んでいると言われた。

 知っている。知ってはいるが、まさか自分の身にそんな事が起こるとは夢にも思っていなかったんだ。

 何より。

 今の今まで十年以上数え切れない程きて、なぜこんな年老いてから急に妊娠するのだ。


 心から愛し愛された相手との間に赤ちゃんが生まれる事は子供でも知っているぞと、呆れ顔の医師が言っている。
 いやだから知っていると言いかけて、まさかと思う。

 まさか、まさかとは比喩ではなく、精神的な繋がりが妊娠の具体的な条件だったのか!? 
 あれか、よもやアキュース神の加護とか言い始める感じなのか!?

 これだから異世界は、常識という常識の全てを打ち壊してくるのだから堪らない。』
   



『マリラ医師に、子供が出来るくらい愛されているのだから、相手に伝えれば死ぬ程喜んでもらえるだろう。馬鹿な事は考えず、相手にちゃんと伝えるようにと執拗に念を押されて、帰宅した。

 マリラ医師が言うには、軽い仕事なら続けても大丈夫らしい。

 良かった。働かぬ男など、本当に妻のようで居た堪れない。』





『今日は心底、驚いた。

 驚きはしたが、落ち着いて考えれば、先に逝く私が唯一残してあげられる証となるのだ。
 正しく愛し愛されている証だ。


 喜びが、じわじわと湧いてくる。

 パォ殿に早く帰ってきて欲しい。
 どうしようか。明日、仕事帰りに施設に寄ろうか。迷惑だろうか。パォ殿のご両親にも、報告に伺うべきだろうか。

 ああ、パォ殿に相談したい事が沢山ある。早く帰って来ないだろうか。』


  





 これが魔法の本の中で、山田さんの記した最後のページだった。




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