ヒノキの棒と布の服

とめきち

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第四十一話 レジオの奇跡 その③

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 さて、この辺から、話はガラッと変わってきます。
 前のお話とは、別ものとご承知ください。


 教会前を通り男爵邸から、東に向けて歩いて行くと、瓦礫の山。
「あ~あ、ひどいなこれは。」
「こんなに破壊されているのですね。」
 アリスティアは、冷や汗をたらしている。
「あ~、なんかでっかい地竜が二匹もいたからな。」
「地竜?」
 ティリスが首をひねる。

「さっき見せたろう、こんなのが二匹も当たれば、城門なんか紙屑同然だな。」
 俺は、城門の跡となった瓦礫を見ながら言う。
「さようでございますね。」
 アリスは、落ち着いたようで、うなずいて答えた。
「ラル、古い祠ってのは遠いのか?」
「いや、すぐそこだよ。そこの丘の上。」

「ああ、あそこですか、古いオシリス神殿。」
 ティリスも地元なので、知っているようだ。
「マルガレーテに言われて、お掃除に行ってたんですよ。」
「なんだよ、魔物が居るんじゃないのか?」
「彼女には見えないらしいです。」
 おやおや、神殿も意外と生臭い。

 森が途切れて、その横に小さな丘が見える。
 がしょがしょと、兵隊たちの鎧が音を立てる。
 原因と言うぐらいだから、なんか生き物なんだろうか?
 がしゃがしゃ言ってると、気づかれないかな?

「ゴルテスさんよ。」
「なんでござる?」
「こうガチャガチャ音がしては、丘に居る何かに気付かれてしまう。」
「それもそうでござるのう。」
「歩兵部隊は、このへんで待機してもらえるかい?」
「うむ、ここからならある程度丘も見え申す。」

「それでは、俺たちは偵察に行ってくるよ。」
「かしこまって候。」

 俺たちは、ゴルテスさんと歩兵部隊を残して、丘に上がった。
 低い丘だが、風が吹き抜けて気持ちのいい場所だ、なるほど祠を建てるにはいいかもしれん。
 だが、丘の頂上から東を見て、息が止まった。

 眼前に広がる蒼い海。

 いや、何者かの蒼いウロコが、呼吸と同時に上下しているのだ。
 時折、ぷるぷると震えてもいる。
 はるか向こうに、二本の枯れ木のようなものがゆらゆら…
「ドラゴンじゃねえか!」
「し!」
 俺の口をアリスティアがふさいだ。

「あんぎゃああああああ」
 なんだか情けない泣き声を上げている。
 とても弱弱しい。
「くくくく」
 ドラゴンは、青い背中をふるわせて、せつなそうにうめいている。
「ど、どうしたんだ?」

 俺は、素朴な疑問を持った。

「あぎゃ?」
 ドラゴンは、その首を持ち上げた。

『何者じゃ。』
 その声は、北浜晴子さんのような、高貴な感じの声だった。
(知らないお友達は、お父さんお母さんに聞いてみよう。)
(ハッチのお母さんとか、初代お蝶夫人とか。)

「なんだよ、メスかよ。」
『誰じゃと聞いておる。』
「おう、俺は隣のマゼランから来たカズマってもんだけどよ。」
『そのカズマが、何の用じゃ。』
「いや、どうしたのかと様子を見に来たんだ。」

『ほっておけ、我はお主の相手をするような暇はない。』

「なにか屈託があるんじゃないのか?」
『斯様なことは…』
「あるみたいだな。」

 一行は、ドラゴンの前に移動した。

「でけえなあ。」
 ざっと見、身長は頭からしっぽまで一〇〇メートルは優に超えている。
 体重は十万トンはありそうだ。
 さっきの地竜なんか、赤ん坊にしか見えない。
 蒼い鱗は、きらきらと輝いて、まるきり傷一つ見当たらない。
「美しいですね。」
 アリスは、素直な感想を漏らした。

『そのメスは、よくわかっているではないか。』
 美しいと言われて、気分が良くなったようだ。
「どこかお具合が悪いのですか?」
 その間に、ティリスはドラゴンの真下に居た。
 なんだ?バケツを持っている。
『…たいのじゃ』
「たい?」
『痛いのじゃ!』

「おなかでも痛いのか?」
『いや、口の中、歯が痛むのじゃ。』
「む、虫歯かよ。」
『わからんが、この前からずきずきと痛んで、この近くに来て動けないほど痛くなったのじゃ。』
「いやしかし、ドラゴンって魔法使えたよな。」
『痛くて集中できん!』
「そんなことかよ…」

『歯が痛くて、ここで落ちたのじゃ。』
 高空から一気に落ちたらしい。
「おちたのじゃって…すごい音がしたんだろうなあ。」
 なんせ十万トンだもんな。
 どーんてなもんだよ。
『かなり高空を飛んでいたのじゃ。』
「うわ~、だから森中の魔物が逃げ出したのか。」
 
 そりゃあ、この巨体がいきなり高空から落ちた来て、地面が揺れるほどの衝撃を受けたら…
 だれでも、この森を蹂躙に来たと思うわな。
 だから、みんなこぞって逃げたのか。
 うわ~悲惨。

 ドラゴンの虫歯で、レジオは壊滅したのか…
 笑えない冗談のようだ。
 これほどのドラゴンが飛来すれば、確かに他の魔物は逃げ出すわ。

 ドラゴンは、その大きな眼から、ぼたんぼたんと涙を流す。
 ティリスは、手に持ったバケツでそれを受けているのだ。

 あいつ、なにやってるんだ?
「ああ、竜の涙!」
 アリスが声に出した。
「竜の涙?」
「ええ、エリクサーの材料です。」
「へえ~、そりゃすごい。」

「だからティリスさんは、バケツで受けているのですね。」
「なるほどね、あいつすげえな。」
 怖くないのかね?
 ドラゴンのあごの下を走ってやがる。
 あ、バケツ二個目だ。
「ティリス、これを使え。」
 俺は、かばんからバケツを出して渡した。

「はいっ」
 元気なやつだな。
「よし、女神オシリスさまからいただいたグローヒールを試してみるか。」
『オシリスさま?』
「そうだ。」
『おお!それならば!たのむ、なんとかしてくりゃれ。』
「よし、口を開けてくれ。」
『んが~。』

 かぱりと大きな口が開けられる。

「うえ~ドブ臭い。」
「ほんとうですね。」
「これは、マジで虫歯だな。あ、変な虫がいる!」
 歯の上に、黒っぽい虫がいた。
「スラッシュ!」
 空気の刃が飛んで、虫を両断した。
「ははん、こいつドラゴンの魔力を吸って巨大化したな。」

「そんなことあるんですか?」
「タイミングだよ。」
「まあ。」
 そう、世の中は幸も不幸も、タイミング次第だ。
 ボタンをかけ違えたら、いらぬ不幸を呼びこむものだ。

 この虫も、たまたま居合わせただけだろう。
 そこに好物の石灰質の塊があったから、喰い散らした。
 実に不幸なタイミングだ。

「アリス、ヒールのタイミングを合わせろ。」
「はい。」
 二人の魔力が高まる。
 みょみょみょ
 精霊が金色の光をまとって、俺たちの周りを乱舞する。
「「グローヒール」」
 ぱあっと金色の光が飛び散って、ドラゴンの口の中が光り輝いた。
「ほえ?」

 ティリスは、バケツをもって上を見上げていた。

『うむ、気分は爽快じゃ!』
「それはよかった。」
『お主たち三人に良いものをやろう。』
 ドラゴンは、息吹を込めて三人に吹きかけた。
 さわやかな草原の風のような、いいにおいがする。

 しゃらり

 三人には、ドラゴンのうろこでできた青い鎧が装着されていた。
「ど、ドラゴンスケイル?」

「わ、私まで?」
 ティリスは、バケツ持ってただけなのにね。
『それは、我の鱗でできた鎧じゃ、それをつけていれば我と繋がることもできるぞえ。』
「へえ。」
『我が名は、メルミリアス。祈りあらばまた相まみえようぞ。』
 ばさりと翼を広げると、二百メートルもの幅を持つ。
 それが、ゆるりと空中に舞い上がった。
『我はこれより、マートモンスに立ち返る。』

 本当にゆっくり羽ばたいているだけなのに、ドラゴンは急激に空高く舞い上がった。
「気の早い奴だなあ。」

 すでに、メルミリアスは米粒のような黒い点になってしまった。

「ドラゴンからしたら、人間の街など、何ほどのこともないんだろうなあ。」
「そうですね。」
「ちくしょうめ、大山鳴動してドラゴン一匹か…」
「どういう意味ですか?」

「大げさな音がしたが、気づいたらたいしたことではなかった。」
「はい。」

「カズマさん、すごいですよドラゴンの涙がバケツ三倍!国家予算に匹敵しますよ!」
「ええ!そんなに?」
「はいっ!」
「ここ、これに入れろ!」
 俺は新しい革袋を用意した。

「はい!」
 ティリスは素直に受け取って、バケツを収納した。
「うむ、これでなくすことはないだろう。」
 竜の涙がそんなに貴重なモノとは知らなかったわ。


「おおお!!」
「おう、ゴルテスさん。」
「その鎧は?」
「いま、青龍からもらったんだよ。」
「なんと!聖者にしてドラゴンスレイヤーとは恐れ入りましてござる。」
「いやその、そんな大層なモノではないんだけど…」
「しかも、聖王剣ランドルまで手に入れるとは。」

「あの…」
 この人の中で、俺はどう言う人物になっているのやら…
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