おっさんは 勇者なんかにゃならねえよ‼

とめきち

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第七話 難民の群れ ①

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 鹿島立ちである。
 未明、まだ夜も明け切らない時間に、商隊は出発していく。
 そこかしこに、マゼランを出発する商人たちの馬車が散見される。
 アランたちの王都へ向かう商隊も、その中にあった。
 もちろん、Cクラスの冒険者を雇うくらいの商人なので、馬車も十台を越えている。
 アランたちだけではない、Dクラスの冒険者が二パーティついている。
 ほかの商人たちにも、冒険者がついているので、城門前の広場はごったがえしている。
 広場の隅に置かれたかがり火だけでは追いつかず、そこかしこにライトの明かりが浮いている。

 ユフラテはアランから差し出された手を握った。
「じゃあ、達者でなユフラテ。修業はサボるなよ。」
「ああ、ありがとうアラン、頑張るよ。」
「ユフラテ、魔法は魔力が尽きるまで使うのよ。伸び代が増えるから。」
「わかった、やってみるよ。ルイラも気を付けてね。」
 アランのパーティーが出発する。
 湿っぽいのはやだけど、恩義は恩義だ。
 朝から見送りに出た。


 だいたい、旅立ちは夜明けと決まっている。
 街道をより多く進むためだ。
 鹿島立ちと言われるように、出発は教会の前の広場で送る。
 見送りはここから動かずに見送るものとされている。(らしい)
 日が昇る東門に向かって、一行は行列を作って旅立っていった。
 かぽかぽという、蹄の音。
 ガラガラという、車輪の音。
 がたがたゆれる、荷物の音。
 そんなものが、少しずつ遠ざかってゆく。


 チコと二人、見送って家路につく。
 二度と会えないわけではないが、なんだかジーンとする場面だ。
 俺たちは、石造りの橋を渡って職人街に戻ってきた。
 今日は、たいしてやることもないので、風呂場に屋根でも付けようと思っている。
 草原から草を刈り取ってきて、カヤぶき屋根にしようと思う。
 まずは、下地の枠を組む、細い枝を何本も交差させて、カヤを結ぶ下地にするのだ。
 チグリスの鎌は切れすぎて怖いぐらいで、すっと刃が通る。
 さくさくと切り進むと、すぐに欲しいだけのカヤが採れた。
 風呂場の屋根にゆっくりとカヤを乗せて、縄で縛りつける。
 こんなことやってると、スローライフを地で行っていると痛感する。
 いやだと言うわけじゃないよ、のんびりしているのは大好きだし、その中でも風呂は一番好きだ。
 だから、いまのこの状態は、風呂に入るための大事な儀式さ。

「う~ん、これなら雨降りでも平気で入れるな。」
「ユフラテー、できた?」
「ああ、これでどうだろう?」
「う~ん、棟(むね)の所がイマイチしっかりしてないわね、あれじゃ雨水が入ってくるよ。」
「そうか?」
「うん、棟の部分はカヤを横にして、三角に積むのよ。」
「すげー、チコはそんなことよく知ってるな。」
「まあ、村の子だもん。」
 俺は、チコの指導で棟を積み上げて、雨切りを完成させた。
「あとは、すそをこうやって切れば、ほらきれいだわ。」
 チコは、手に持ったナイフで、器用にすそを切りそろえる。
「おお、なるほど!」
 庇の部分をまっすぐに切りそろえると、屋根らしくなった。
「庇の先がモサモサじゃあ、みっともないもの。」
「う~ん、なんか立派になったなあ。壁がよしずじゃもったいない。」
「秋になったら板で囲えばいいじゃない。今はこのほうが涼しいよ。」
 気候的に、亜熱帯っぽいこの町(マゼラン)は、ずっと寒くならないと思うが。
 俺は、城門から外に出て、ルイラに習った魔法の練習をすることにした。

「う~んと、こうだったな。」
 ランドウオールである。
 まあ、簡単に言えば土壁。
 築地塀の屋根のないやつだな。
 これをぎゅっと固めて、ぎゅ~んと伸ばすと…
「できた!」
 一〇メートルくらい、一気に横に伸びて、土壁は唐突に途切れた。
 先っぽが、ぼろぼろ崩れる。
「ありゃ?」
 魔法がいいかげんで、魔力が途切れているんだ。
「裾の始末を忘れているな。」

 もう一回。
 ぎゅう~ん!
「どうだ?」
 今度は、端まで神経を行き渡らせた。
「よしよし、こんどは崩れないぞ。」
 土壁は、ただ土を立てただけなので、簡単に崩れる。
 これを維持させるには、硬化の魔法が必要で、同時にかけるのはけっこう難しい。
 だけど、どうせ立てるなら、硬化も一緒に入れたほうが効率がいいはずだ。
「こんどこそ…っと。」
 魔力を練って、両手を伸ばす。
「土壁!」
 ぎゅいいいいいいいんんんん
 こんどは、しっかりした土壁が立ち上がった。
 高さは一メートル、幅は一〇センチ。
 長さは一〇メートルを超える。
 成功だ。

 これで、チグリスんとこの畑は、動物に荒らされない。

 先に作った土壁は、ぼろぼろと崩れるので、地面に戻した。
 ついでに、畑の周りに溝を掘って、排水を良くしておいた。
 地面の硬化もうまくできるようになったな。
 やはり練習が大事なんだ。
 ルイラの言うことは、無駄にはならないな。
「ユフラテ~」
 やってきたのはチコである。
「どうした?チコ。」
「お昼持ってきた。」
「おっと、もうそんな時間か?」
「そうだよ~。」
「とうちゃんはどうした?」
「ちゃんと食べさせてきた。」
「そうか。」

 職人街は、一般に比べて景気がいいし、力仕事も多いので一日三食しっかりとる。
 商人などは、一日二食が一般的である。
 対して、冒険者はと言うと、いいかげんである。
 腹が減ったら食う。
 それで娑婆は回っていくものだ。
 食ったり食わなかったりと言う時が多いことも関係している。
 ダンジョンなどに入ったときは、時間の経過もよくわからないからだ。
 一般的な異世界と、なんら変わりはない。
 つか、一般的な異世界ってなによ?

 チコは、パンに燻製肉の薄切りとレタスを挟んだサンドイッチを持ってきた。
 当たり前だが、手軽でうまい。
「チコはじょうずだね。」
「そう?」
「そうだよ。」
「いつもやってることだもの。」
「そうか?」
 世の中は平和である。

 そのときまでは。



 風呂の現場で、壁についての相談をチコとしたいたんだ。
 ランドウオールでぱぱっと立てれば、簡単なんだよな。
 ふたりでとりとめなく、あーだこーだと話していると、突然風呂の向こうに人影が現れた。

「なんだ?」
 人影は、くるくる回りながら、黒いローブをまとった人物に姿を替えた。
「ルイラ!」
「たいへん!ユフラテ!助けに来て。」
「どうした!」
「街道の先で、たくさんの人がオークと獣に追いかけられてる!」
「わかった!チコ!ギルドマスターに知らせてくれ。俺は先に行く!」
「わかった、とうちゃんとか呼んでくる!」


 俺は六尺を手に、ルイラについて走り出した。
「つかまって!」
 ルイラが手を伸ばすのでそれをつかむと、ぐいっと空間がゆがんだ。
「!」
 気が付くと、目の前にオークの群れが走っているのが見えた。


 これが空間転移か!


 その先には、必死になって逃げているぼろをまとったきちゃない男女が数百人、子供もいる。
 それが、土煙を上げながら逃げまどっている。
 オーク鬼、ゴブリン、シャドウ=ウルフなどが、そんな人たちを襲ってかぶりついている。
 空中で体勢を整え、アランのそばに降り立つ。
 さすがにアランのまわりには、冒険者が集まっている。
 商人たちは、馬車を固めて防壁にしているが、あまり有効ではないな。
「土壁!」
 俺は、練習した硬化土壁を、馬車の前に展開した。


「アラン!」
 ちょっと目をはなした隙に、オークの群れに交じって、アランたちの姿が見えた。
「アイスアロー!!」
 俺は、間髪を入れずアイスアローを詠唱する。五秒で一〇本の矢を出して、オークの群れにブチこんだ。
「うぎゃー!」
 アランの前にせまっていたオーク鬼は、八匹がその場で崩れた。
 Dクラス冒険者は、右往左往している。
「ユフラテ!」
「左!くるぞ!」
 俺は、六尺をくるくる回して、オーク鬼の眉間を割る。
「よっしゃあ!」
 アランも持ったバスターソードをオークの腹に突っ込む。


「ファイヤーボール!」
 やせ形イケメンのジーゲが、すきを見て呪文を詠唱していた。
 ぼはあ!
 ファイヤーボールがさく裂したまわりには、二メートルくらいの穴が開いている。
 そこだけ、オークが吹っ飛ばされたのだ。
 ムキムキマンのゾルが、大きな盾を振り回すと、コボルトが真横にすっ飛んで行く。
 その数一〇匹ほど。
 ドワーフのアトスが、ハルバートをふるうと、オークの首が飛ぶ。
 やっと突破口があいたので、Dクラスたちが殺到する。
「うりゃああああ!」
 冒険者五人で取り囲んで、オーク鬼をタコ殴りにする。


 右前方、子供がこけた。
「いかん、まにあうか!」
 俺は、急いで詠唱する。
「エアハンマー!」
 ルイラのエアハンマーが、子供に迫るウルフを跳ね飛ばす。
「ちくしょう、シャドウ=ウルフか!」
 俺は、五人から離れて子供に向かう。
 跳ね飛ばされたウルフに止めを刺し、その横合いから顔を出したクマの眉間を叩き割る。
 チグリスの鍛えた日本刀は、伊達じゃねえ!
 すげえぜ、一刀両断だ。
 男の子(らしい)は俺の後ろに隠した。
「時間をくれ!」
 アランに声を振ると、気持ちよく帰ってくる。
「おうさ!」
 アランがこちらにかけてくる。


 畜生、時間がおしい!


 アランの支援を受けて、少し長い詠唱をする。
 ちくしょう、あせる気持ちが拍車をかける。
 こいこいこい!
「ランドウオール!」
 俺を中心に左右に壁が立ち上がる。高さ二メートル幅は二〇メートルくらいか。
  厚みは二〇センチくらいしかないから、足止めくらいにしかならんが、ないよりましだ。
 両脇四〇メートルは追いかけられない。
「やるなあ、ユフラテ。これは安心だ。」
 俺は、子供の首筋を握って持ち上げて、壁の裏に隠した。
 一瞬!
 前を向いた。壁のこっちに敵はない。

「よし、くるぞ。」
 アランの声を横合いに聞く。
 ゴブリンとコボルトは、しばしば同一視されることが多いが、実はけっこう違う。
 ドイツではコボルトと呼ばれる精霊の姿で現れるが、一メートルくらいの耳のとんがった姿で現れる。
 物語によっては、頭が狼・体が子供との魔物とも言われる。
 ここでは後者だ。
 ゴブリンはイギリスに現れる子鬼で、やはり身長は一メートルくらいの丸顔で現れる。
 が・どちらも凶暴に顔をゆがめて、手持ちの武器をかかげる。
 コボルトは棍棒、ゴブリンはショートソードで武装している。
 どちらもその辺で拾ってきたものだろう。汚れたり錆びたりしている。


 汚れの素は、旅人の血かもしれないが。


 ホブゴブリンは少し大きい。
 平均して一二〇センチくらいか、やっぱり凶暴な顔をしてせまってくる。
 逃げている最中に、背後から攻撃を受けた運の悪い人間が、そこかしこに転がっている。
 が、助けている暇がない。
 生きてるかどうかもあやしいもんだが。
 大半が命の火が消えているのは見てもわかる。
 ばかやろうが、無駄に命を散らしやがって。

 くやしいが、これは現実だ。


「ちくしょう!」
 無詠唱のマジックアローを五本飛ばす。
 ゴブリンがまともに食らって三匹吹っ飛んだ。
 みな眉間に穴が開いている。
「やるなあ。無詠唱、早いじゃないか。」
 ジーゲが感心したように声を上げる。
「まだ五〇匹ぐらいいるな!」
 俺は前を見据えて独り言のように言う。
「じゃあすぐだな。」
 アランは、にやりと獰猛な笑いを見せる。
 四分の一(クオーター)獣人らしく危険な犬歯が横から見える。
「まったくだ!」
 俺はアランを残して駆け出した。


「こら!抜け駆けスンナ!」
 ひときわ大きなオーク鬼が、拾った片手剣を振り回す。
「あほう!そんなもんが当たるか!」
「いや~、かすってるわ~。」
 アランの吠え声に、俺は気の抜ける声で答えた。
「お前はアホか!」

 剣を持っていない左手のこぶしが、俺の眼前に迫る。
 俺は、六尺を立ててそれを受け止めた。
「ぐわー!力がつよい!」
 半分ふっとばされて、たたらを踏む。
 もう一発くらって吹っ飛ばされる、痛い。
 ちくしょうやられた。
 そこに、横なぎの一閃が来るのでよけざま脛にいっちょう当ててやると、向こうも悲鳴を上げた。
「ぐわー!」
「甘いんだよ!」


 腹に続けて三段突きを食らわせてやると、ごべごべと喰ったもん吐きやがった。
「きったねえな!」
 ハートブレイクショットを打ち込んで、動きが止まったところに渾身のメン打ち!
 オーク鬼は、頭骸骨を粉砕されて崩れた。
 お前なんかに、チグリスの銘刀はもったいないんだよ!
 オーク鬼の絶命を確認して振り返ると、ドワーフのアトスが、無双していた。


 アトスの通った後には、振り回されたハルバートに切られて、手だの首だのオブジェのように点々と転がっている。
 いやだなあ。

 筋肉ムキムキ、ぞーるの振り回した盾には、コボルトの腕とか足がこびりついている。
 ジーゲが降らせたアイスランスがウルフを地面に縫い付けて、野生のメリーゴーランドになっている。
 あんま、楽しそうじゃない。


 これが戦場のメリーゴーランド…なんちて。


 むこっかわには、別の護衛だろう。
 馬車が三台あるあたりで一〇人くらい護衛に徹している
 顔知ってるよ、Eランクの冒険者だ、よわっちいから、出てくんなよ。
 ああ、けっこうゴブリンとか転がってるな。
 二〇〇匹以上も残っていたモンスターや獣は、やっと駆逐できた。
「つか、いてーな!いつやられたんだよ!」
 ルイラがヒールかけてくれて、なんとか痛みは引いていった。

 しかし、ルイラは力が抜けて、へなへなと膝をつく。
「おい、ルイラ!」
「魔力使いすぎた、瞬間移動は魔力消費がはげしい。」
「わかった、休んでよ。」
 俺は、ルイラを木の陰に運んだ。
 ついでにヒールもかけてやる。
 俺のヒールじゃ多寡が知れてるけどな。
「アラン、ルイラが疲れてる。」
「おう、悪いな。」
 アランは、ルイラに水を飲ませている。


 一千匹以上もいた魔物は、すべて殲滅した。


 おっとり刀で駆け付けた冒険者ギルドは、なにもすることがない。
 三十人くらい来てくれたんだけどな。
「ユフラテー、俺の分も残してくれヨー。」
「んだよ、ヨールまで来たのか?もう大丈夫だよ。」
「うわ~、すげえ数だなあ、これお前たちでやっつけたのか。」
「まあな、おれの獲物は…」
 俺は、ひょいひょいと確認して、袋に収めた。
「こいつはヨールにやる。」
 ホブゴブリンの状態のいいのがいた。
「え~、いいのか?」
「ああ、持って帰って売ればいい。」
「さんきゅ~!」
 魔石も持ってるからな、二~三日暮らせるだろう。


「アラン、あんたたちの獲物はどうだ?」
 俺が聞くと、アランは振り返った。
「ああ、ジーゲが収めてる、どうだ儲かったか?」
 けっこうやっつけたが、どんなもんかな?
「まあ、三〇匹くらいかなー?メシ代になるわー。」
 俺が答えると、アランはオーク鬼を指さして言った。
「おう、このでかいオークはお前のだ、もってけ。」
「いいのか?」
「おまえひとりでがんばってたじゃないか。」
「見えてたのかよ?」


 アラン恐ろしい子!


 おそろしいやつだ、あの乱戦の中で俺の戦いを見てたのか。
「ルイラ・ジーゲ、魔法でやったやつは回収できたか?」
「これ、あたしのじゃない。」
「俺でもないな、ユフラテだろ。」
「え~?そうかあ?」
 ゴブリンの眉間にめっきり穴が開いている、こりゃ俺だな。

「ありがとうございます、助太刀助かりました。」
「ああ、無事で何よりですね。」
 商人風のおっさんが声をかけてきたので、ていねいに答えておいた。
 商人は、いいお客さんだからな。
 アランたちが雇われていることもある、ここはいい顔しろ。
「それで、これは助太刀代ですが…」
「ああ、今日のはいいです、急な助太刀ですし。」
「そう言わずに、どうか受け取ってください。」
「アラン…」
「いただいておけ、あって困るもんじゃなし。ゴルフさんの気持ちだ。」
「そうか?じゃあいただきます。」
 気前がいいな、銀貨二枚だ。

 受け取って、皮袋に仕舞った。

「しかし、これはいったいどういうことなんだ?」
 アランを向いて聞くと、アランも困惑したような顔をしている。
「いや、俺たちもこのゴルフさんを護衛して出発したわけだが、半日も歩いたところで昼飯のために休んでいたんだよ。そしたら向こうから逃げてきた人たちがいてな。」
「ああ、あのぼろ着た連中か。」
「そうそう、それを追いかけて、こいつらモンスターが現れたんだよ。」
「ふうん。」
「しかも、みんなよたよたしてて、すぐにやられるやつがたくさん出てな、しかたないから馬車を避難させて俺たちでやっつけてたんだ。ルイラにはお前を呼びに行かせてな。」
「そう言うことか。」
 魔物をトレインしてマゼランに入られたらことだしな。
「とにかく逃げてきた連中に話を聞かんことには、この先にナニがいるのかわからん。大型モンスターだと目も当たらんからな。」
「ああ、そりゃそうだな。なんで逃げてたんだろう?」
 おれが振り返ると、ウオールの隙間から、さっき助けた子供が顔を出した。
「おお、生きてるぞ、こっちこいよ。」

 子供はラルと言った。
 俺は、皮袋から固いパンを出して、ラルに食わせる。
「レジオの町の城門が壊されて、魔物が一斉に入り込んできたんだ。みんな逃げるのに必死で、何も持ち出せなかった。」
 そうして、ラルがむせたので、水を飲ませた。
「食べるものもなくて、やっとここまでたどり着いたんだ。途中でウルフやオークに出会って、また逃げた。」
 まったく天災だな、台風とか地震と何ら変わらない。
「そうか。」
 アランは優しく聞いている。
「三日間逃げている間、なにも食ってない。」
「そうか、今はこんなもんしかないが、喰うか?」
 アランも、固焼きパンをラルに持たせた。
 パンは、瞬く間にラルのおなかに入った。
「ほら、水だ。」
 それもすぐに空になった。
「そうか、レジオの町は全滅か…」
「だれも知らないから、援軍もこなかったんだ。」
「そりゃそうだな、俺たちは王都に行くから、王国軍に知らせておくよ。」
「うん…」
 ラルは、アランの言葉に力無くうなずいた。


「アラン、お前たちは王都にいくんだろ?この子は、俺がマゼランに連れて帰るよ。」
「頼めるか?」
「ああ、マゼランまでなら、半日だし。」
「わかった、面倒あずけるが頼む。伯爵様が、うまくやってくれるだろう。」
 やってくれるかなあ?
 見たこともない殿様なんか、どんなもんかわからんし。
 俺たちは目で挨拶して別れた。
 商隊は、なにごともないように出発していく。
 俺は、ウオールをそのままほっといて、ラルを連れて歩き始めた。
 どうせあんなもんすぐに崩れるし。
 土だけ盛り上げただけで、硬化もかけてないからな、ただの目くらましだよ。

「俺はユフラテ。俺もマゼランで居候してるんだけどな、ラルは親とかどうなった?はぐれたのか?」
「俺の両親は、最初の魔物の襲撃でやられちまった。弟もいっしょに…」
「悪いことを聞いたな、とりあえずこれでも喰え。」
 俺は、皮袋に入っていた白パンを出して渡した。
 俺のおやつだ。
「いいの?」
「いいさ、子供は遠慮するな。」
 俺たちは、夕方になってマゼランの門に着いた。
 門の周りには、難民となったレジオの町の住民がゴマンといた。
 一〇〇〇人から一二〇〇人くらいはいるんじゃないか?
「なんで入らないんだ?」
「入場税の銅貨が払えないんだ。」

「へ?」
 門番の声に、俺は素っ頓狂な声を出してしまった。
「まあそれじゃしょうがないな、伯爵様はなんかしてくれるのか?」
「わからん、いま、レジオの村役と相談してるよ。」
「なるほどねえ、あそこで畑のもん盗んで食ってるやつがいるぞ?」
「なに~、どいつだ!」
 兵士は、門番を置いて走って行った。

 そこかしこで畑作泥棒がはじまっている、収拾がつかなくなりそうだ。

「あ~あ、これは大変なことになったなあ。」
「にいちゃん、どうすんだ?」
「お前はついてこい、銅貨ぐらい出してやる。」
 兵士に銅貨を一枚預けて、ギルドカードを見せた。
「ユフラテ、あいつら助けに行ってたんだって?」
「ああ、魔物が一〇〇〇匹くらいいたんだ、アランたちがいなかったらみんな死んでたさ。」
「そりゃすげえ。」
「みんなぼろぼろだろう?後ろから爪や牙で引っ掛けられて、着てるものが破られたんだな。すっげえ数だったからな。」
「それを、お前とアラン達でやっつけたのか?」
 俺は肩をすくめて見せた。
「ああ、D級冒険者も結構いたのが幸いだったよ。ウルフあるからやるよ。」


「へ?」
「五〇匹くらい獲ってきた。オーク鬼とゴブリンもいる。ウルフは毛皮もいいかんじだぞ。」
「うわ~、くれくれ。」
 俺はシャドウ=ウルフを一匹出して、門番にくれてやった。
「うひゃ~、今夜はごちそうだ。ユフラテ、ゴチんなるぜ。」
「ああ、よかったな。」
 賄賂が効いて、俺たちはすんなり城門を通った。
 俺は、ラルを連れてチグリスの工房に向かった。


「悪い!チグリス、今夜こいつを泊めてやってくれ、あした俺は家を探してくるから。」
「ああ?なんだ藪っから棒に。ガキのいっぴきやにひき、食わして泊めるくれえ、へでもねえ。心配スンナ。」
「すまん、そのかわし、オーク鬼獲ってきたから、喰ってくれ。」
「オーク?まったくお前はすげえなあ、これでランクFは、詐欺だぞ。」
「にいちゃんFランク冒険者なのか?」
「ああ、そうだが、ラル、先におっちゃんにあいさつしろ。」
「ら、ラルです、レジオの町から逃げてきました。」
「ああ、ゆっくりしていけ。」
 チグリスは、言葉少なにラルを迎えた。
 奴の腹は、微塵も疑ってない。
 そのかわり、なんか盗まれたって、自分のせいだと思ってる。
 心が広いのか、ズボラなのか?

 まあいい、俺はラルを連れて市場に向かった、着替えもなければ履物もない。
 裸足だ。
 逃げている間に、履物もなくしたらしい。
 とりあえず、市場で子供の古着とサンダルを手に入れた。
「いいのか?にいちゃん。」
「拾っちまったモンはしょうあんめえ、小汚ねえかっこうでチグリスの家に置けねえだろ。これじゃ飯も食えねえしな。」
 たった三日で、ぼろぼろになっている。いかに魔物の襲撃がひどかったかがわかる。
 爪や武器でやられたのか、そこかしこが裂けている。

「レジオの町には何人くらいいたんだ?」
「八〇〇〇人くらいだよ。そのうち七割が最初の襲撃でやられた。逃げている間にもう一割が死んだ。」
「なんちゅうことだ、ほぼ全滅か!門の前には千人くらいいたぞ。」
「まあそんなもんだろうさ、とにかく武器も持つ暇がなかったんだ。」
「へえ、おっちゃんこれくれ。」
 おれは、ウサギの串焼きを三本買って、二本をラルに持たせた。
 市場のベンチに座る。
「それにしても、おかしいな。八千人の町だったら、兵士だっているんだろう?」
「門の周りは一番にやられたさ、兵士もそこにいるからさ。六百匹以上の魔物が一気に襲ってきたんだぜ、二百人の兵隊じゃ太刀打ちできないよ。」
「そうか、災難だな。」
「中にでっかいオークが五匹ぐらいいてさ、あいつらがアタマじゃねえかな?とにかく頭二つくらい大きかった。」
「ああ、おれの倒したやつか…」

 実は、あとでそれが間違いだとわかるんだがな…

「にいちゃんたち、すげえなー。二百匹くらいいた魔物をあっという間にやっつけちゃったもんな。」
「アランたちはCランク冒険者だからな、オーク鬼やゴブリン、ホブゴブリンなんかたいした敵じゃないだろ。」
「オーク鬼なんか、一人でやれるわけないじゃん!」
「そうか?かんたんだぞ。」
「かんたんって…どれだけツエえんだよ。でも、それでFランクって、おかしかないか?」
「ああ、十日前に登録したばっかだしな。」
「なんだよそれは。」
「俺は、『忘れ病』なんだよ。何も覚えてない。」
「わすれやまい…」
「ラルはいくつだ?」
「十歳。」
「そうか、じゃあチグリスんとこで世話になるが、チコってえ姉ちゃんがいるから、ちゃんとあいさつしろよ。」
「んだよ、レコか?」


 ラルは小指を出して見せた。


「ばかやろう、マセたこと言うんじゃねえよ。チコも十二歳だ。」
「な~んだ、つまんねえ。」
「つまるつまらんの話じゃねえ、ここでは礼儀を大事にしろって言ってるんだ。」
「わ、わかったよ。」

 チグリスの家に戻った俺は、すぐに風呂を沸かしてラルをぶちこんだ。
 やっぱくせえ!
「うげー!」
「よく洗え!三日もほこりにまみれていたんだから、ひでえことになってる。」
「わかったってば!うわー!」
 おれは、ラルの頭をごしごし洗った。
 石鹸が減る?
 なにそれおいしいの?

「まあいい、これで見られるようになった。」
「なんだよこれ、マゼランにはかわったもんがあるなあ?」
「ああ、これはおれが作ったんだ。マゼランには風呂がなかったからな。」
「へ~、すげえなあ、にいちゃんが作ったのか~。」
「ああ、ここの鍋はチグリスが作って、周りは土魔法で固めたんだ。」
「すげえ!さっきもマジックアローぶっ放してたろ?にいちゃん魔法使いなのか。」
「まあ、魔法使いっちゅうか、教えてもらったからな。」
「教えてもらったからって、使えるかどうかはわからんじゃないか、やっぱすげえ。」
 ラルは痩せてほそっこいが、けっこうすばしっこいようだ。
 短めに切った髪の毛も、ほこりが取れるときれいな金髪になった。

 からだのあちこちに擦り傷ができているが、まあ死ぬほどでもなかろう。
「うぎゃー!」
 湯船につっこんだら、傷にしみたらしい。
「しみるよ!しみるよ!」
「死にゃしねえ、がまんしろ。近所迷惑だからぎゃーぎゃー言うな。」
「ウウ~。」
 まったく、ひろってきた犬みたいなもんだな、まことにうるさい。
 風呂から上がって、ラルにこざっぱりした格好をさせると、リビングに顔を出す。
 すると、来客がいた。

「隣の工房の、ゴンゾだ。」
「どうも、ユフラテです、こいつはラル。」
「こんちゃ。」
「なんだな、居候が居候連れてきたんか?」
 俺はむっとした。
「そう言うな、ユフラテは忘れ病なんだし、ラルは避難民だ。捨てておいていいもんでもないだろう。」
「ふん、悪さしなけりゃいい。」
「ユフラテは、いいやつだ。この酒だって、こいつが作ってくれたんだ。」
「酒?」
「そうだ、呑んでみろ。」

 ゴンゾは、出された酒をぐいっとあおる。
「ぶは!なんだこの濃い酒は!」
「ドワーフがむせるほど濃い酒精か、ユフラテやったな!」
「まったくだ!」
 俺は、ゴンゾに一矢報いたので、いい気分になった。
「うまいじゃないか!これ、どうしたんだ?」
「ああ、去年の酒は雨が多かったから、うすかったろう?」
「そうだな、水みたいな酒だった。」
「あれを五樽買ってきて、こいつを作った。ひと樽になっちまったけどな。」
「だから、どうやったらあれが、こんなに濃くなるんだよ!おかしいじゃねぇか。」
「おかしくねえんだよ、ユフラテの考えた道具を使うと、酒精だけを取り出すことができる。」
 さすがにドワーフだけあって、アルコールに関しては理解が早いらしい。


「いい酒を造れるやつは、いいやつだ。」
 ゴンゾがぼそりとつぶやいた。
「あはは、そうだな。」
 チグリスが、酒のコップを持ち上げて笑った。
「明日には、家を探すよ。」
「ユフラテ!出ていっちゃうの?」
「ああ、さすがにラルまで置いてくれとは言えないしな。」
「いてもいいぞ。」
「ああうん、近くにいい家があればなあ。」
「三軒向こうにオイゲンが出てった家があったろう、あれならどうだ。」
 ゴンゾがコップをつきだして言う。
 チグリスが、酒をつぎながら聞いた。」
「オイゲンの工房か、かなり痛んでたんでないか?」
「まあ、不動産屋も渋ってたからなあ、直せばいいじゃないか。」
「なんだよ、売りモンか?」
「ああ、金貨一枚くらいだったぞ。」
 金貨一枚か、三〇〇万円くらいだよな、安いな~。

「金貨一枚くらいなら持ってる。」
「なんだと?おまえ金持ちだな。」
 ゴンゾの目がきらりと光った。
「ああ、熊とイノシシ売った金が残ってるよ。それと、今日五〇匹ぐらい獲れたからな。」
「五〇匹?」
 チグリスが、眉を上げる。
「ああ、ラルたちを追いかけてた魔物、オーク鬼の親方みたいなのとほかに五匹ぐらい、ゴブリン三〇匹にシャドウ=ウルフ二〇匹、熊二匹くらいかな?」
「くらいかなって、そんな大群だったのか!」
「ああ、アランたちがいなかったらヤバかったな。ほかの冒険者がEクラスパーティーで、馬車守るので精一杯だったんだ。」
「へえ、アランはCクラスだもんな。」
「俺たちで二百匹くらいぶっとばした。」
「二百匹!」
 ゴンゾが大声を上げた。
「ルイラが教えてくれた魔法は効果あったわー。」
「覚えたのか?」
「ちょっちな、アロー系は効く。」


「ふうん、しかしそんだけあれば、金貨三枚近いな。」
「ああ、明日これ売ってくるわ。」
「売ってくるって、どこにあるんだ?」
 ゴンゾが聞くので、腰の袋を見せた。
「魔法の革袋か!どうしたんだそれ!」
「ルイラになー。」
「魔法使いにもらったのか!」
「ああうん…」
 俺はチグリスをみた。
 チグリスはうなずいている。
「すげえなあ。」
「ルイラは、Cクラス魔法使いだからな、俺の前で作ってくれた。」
「そりゃもうけたな~そいつだけで金貨三枚はするぞ。」
「そいつは、教会クラスだ、金貨五枚以上する。」
「一財産じゃねえか。」
「ま、だからここに五〇匹以上の魔物が入っているんだ。」
「ほえ~、一人でよくやったな、よし、おまえはエライ!一杯呑め!」


「俺の酒だ!」

 ゴンゾが調子いいので、チグリスが怒った。


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