おっさんは 勇者なんかにゃならねえよ‼

とめきち

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第十八話 レジオの復興 ③

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 消えたと思ったら、また壁から顔が出てきた。
『あ!言い忘れました!カズマ、あなたの魔法の使い方が変です、系列をそろえて使わないと魔力の無駄が多すぎます。』
「そうは言っても、師匠がそばにいるわけじゃないしな。なにが正しいかはわからないよ。」
『それでは、スティグマを出してください。』
 俺は左手の甲を出す。
 ジェシカは、右手で聖痕に触れながら目を閉じた。
 すると、聖痕を伝わってなにやら文字の羅列が腕に送り込まれるのがわかる。
 ふうん、なるほどねえ、こういうことか…
 くすぐったいような、うぞうぞした感触は、若干気持ち悪い。
『はい、これで魔法の整理ができたと思います、練習すればもっとうまく仕えるようになりますよ。』
「ありがとう、 ジェシカ。」
 俺は、素直に笑って、ジェシカを見た。
 ジェシカも、こころなしうれしそうだ。


「はいはい!ジェシカさま?」
 ティリスが右手を上げながら、大きな声で入り込んできた。
 あいかわらずノウーテンキなやつだな。
 悪くはないが。
『なんですか?シスター=ティリス。』
「あの、私グローキュアがほしいんですけど、使えますか?」
 キュアの発展系で、エリア全体の回復ができる。
『どれどれ?そうですね、今のあなたの魔力なら大丈夫ですね、授けましょうか?』
「ぜひお願いします!」
 すると、横からアリスティアも手を上げた。
「はなはだ僭越でございますが、わたくしにもお授けくださいますか?」
『シスター=アリスティア、そうですね、あなたにも授けましょう。』
 そう言って、二人の額に手を添えると、指先がちかりと光った。

「ああ!わかる!わかるわ!ジェシカさま、ありがとうございます!」
 ティリスは、その場でひざまずいたままジェシカに頭を下げた。
「わたくしもわかりました、ジェシカさまありがとう存じます。」
 そこでまた頭を下げると…あーあ、またプリンが出ちゃった。
『では、またなにかあったら声をかけなさいカズマ。』
 ジェシカは、唐突に宙に浮くと、ふっと消えた。
「カズマさま、すごいんですね、本当にジェシカさまが降臨するなんて。」
「ああ?へんなオバはんだろ?」
「そんなことおっしゃるものじゃありませんわ。それに、左手のスティグマ。私も始めてみました。」

「ああ、これもおまけみたいなもんだよ。神様とのチャンネル開くために付けられたもんだし。」
「そんなことおっしゃってはいけません、教会のものが、願っても得られないものなのですから。」
「そうかね?こんなの付けてたら、勇者に祭り上げられるんじゃないかと心配だよ。」
「そこは、私とシスター=ティリスが、使徒で押し通します。」
 ティリスは、自分を指さして首をかしげた。
「そうでもしないと、王国にいいように振り回されます。教会も利用しようとするでしょう、そうなりたいですか?」
「まさか!」
 俺は、ぶるぶると首をヨコに振った。
「カズマさまは、まだご自分の力もうまく仕えないようですし、その習熟にも時間が必要です。」
 それはその通りだろう。

「ですから、今後は私も使徒付きの修道女として、おそばを離れないことにします。」
「ちょっと、アリスティア!それはどういう意味なの?」
「そのままですよ、そうしないと魔法もうまく使えませんし、社会的にもうまくいきません。ですから、どんなときも付き従って、離れてはいけません。」
 アリスティアは、ティリスに目をやって、しっかりと告げた。
「だって、あたしは還俗するのよ。」
 ティリスは、悲鳴のように口をあける。
「ここに至っては、そう言う訳にもいきませんよ。使徒には、修道女が付き物ですから。巡礼の旅も、まずは従者がいませんと。」
「それはナニか?様式美ってやつか?」
 俺は、まじめにたずねてみた。
「まあそうですね、それに回復役が一人では、心もとないではありませんか。」
「おっしゃるとおり。」


 俺は、シスター=アリスティアの意見をじっくり吟味した。
 確かに、このまま聖痕さらけ出して、生活するのは難儀だ。
 しかし、どうしようもなかったら逃げればいいんじゃないか?
「なあラル、別に面倒になったら、よその国にバックレてもいんじゃね?」
 俺は、ラルに話を振ってみた。
「ああ、いいよ、付き合うよ。」
 ラルは、気持ちよく二つ返事だ。
 こいつの信頼感って、ハンパねえなあ。
「よし、じゃあその方向で行こう。」
 あわてたのは、アリスティアだ。
「ちょ!カズマさま!」
「めんどくさくなったらだ、俺たちはどこに行ったって食っていけるからな。」
 俺は、アリスティアに念を押した。
「わかりました。」
 仕方なさそうにうなずくアリスティア。


 空いっぱい覆い尽くしていた積乱雲は、来た時と同じように唐突に行き去り、青空と太陽が顔を出した。

「ほえ~、通り雨ってレベルじゃないよな、パリカール行こうぜ。」
 ロバのパリカールに声をかけると、鼻を鳴らした。
「ぶるる!」
 俺たちは、パリカールを外に出すと、ゆっくりと街道に出たのだった。
「で、アリスティア、何人くらい供養できたんだ?」
 馬車のそばを歩きながら、アリスティアに聞いてみる。
「そうですね、だいたい二百人くらいでしょうか。」
「そりゃあごくろうさんだ。」
「ほとんど切れ端みたいなものばかりですが、少しでも供養になればと、いろいろ拾ってきました。」
「それは、教会にまつるのか?」
「そうです、せめて天の国に行かれますように。」
 教会の裏手には、無縁墓地もあるそうだ。
 つか、無縁仏が多すぎるだろう、この世界は思ったよりずっとハードモードだ。

 シスターは、十字を切って聖句を唱えた。
「ふうん、こっちでも十字を切るんだ。」
「そうでしょう?オシリス教会ではどこもそうですよ。」
 ティリスが、不思議そうに聞いた。
「おれは忘れ病だったんだから、知らないもの。」
「あらそう、おや?ねえ、あれウサギじゃない?」
 ティリスの指差すほうを見る。
 ウサギ?おいおい、街道沿いに歩いている旅人を狙ってるぞ。
 ウサギは、俺たちは人数があるので、一人歩いている男を目指して走り出した。


 俺は、大声で旅人に声をかけた。
「そこの人!ウサギだ!あぶないぞ!」
「へ?ひえ~~~~!」
 男は情けない声を上げて、荷物を捨てて走り出した。
「って、向こうに逃げてどうすんだ!こっちへこい!」
「ひょえ~~~~!」
 奇声を上げながら右往左往している。
 俺は、弾道起動で無詠唱の光の矢を放つ。
 食えりゃあいいのさ、この際毛皮はあきらめよう。

 か・か・か・か・ざく!

 走っているウサギを追いかけるように、上空から飛来したマジックアローは、順番に着弾していく。
 うまく街道に上がったところで、ウサギの脳天に矢が突き刺さった。
 走っている勢いのまま、つんのめるように街道に飛び出してきて息絶えた。

「うまく、一本だけ刺さったな。」
 俺は、ウサギを持ち上げて、血抜きをする。
 目の端に、男の荷物が落ちている。
 俺は、ゆっくり歩いて、その荷物を持ち上げた。
「はあはあ、すみません助かりました。」
 男は方で息をしながら、やっと礼を口にできた。
「なんだよ、ウサギにすら逃げる奴が、どうしてこんなところを歩いているんだ?」
「いや、お恥ずかしい。剣も弓も半人前で、どうにかこうにか生きてきました。マゼランの親戚に呼ばれて、尋ねるところです。」
「へえ~、商隊とかにくっついてこれば良かったのに。」
「それが、このまえからの騒ぎで、商隊が一つも動かないんです。」
「あらまあ、そりゃごくろうさん。」

 俺は、街道脇の木にウサギを吊るして血を抜くと、旅人に向き直った。
 若い男である、ひょろひょろした感じの、体に、ぼさぼさの栗色の髪。
 縞模様だか紺無地だか、地の模様がわからないくらいツギの当たった筒袖を着ている。
 なんだかなー、ウチの世界で言えば苦学生みたいなもんか?
 それにしても、貧乏が板についてる、カマボコ貧乏だな。
「しっかし、すげえ格好だな。金がないのか?」
「ええまあ、もらったお金はほとんど本に代わってしまうので。」
「それでその本は、どこにあるんだ?」
「この皮袋の中です、これだけは死んだ父親の遺産で。」
「なるほどねー、ほらパンだ、はらへってるんだろう?」

「い、いいんですか?」
「いいから出してる、さっさと食え。」
「ありがとうございます。」
 男は、よほどおなかが空いていたのか、むさぼるようにパンを食べている。
「あんた名前は?」
「ウォルフです。」
「へ~、りっぱな名前だなあ。」
 ラルは、体つきと名前のギャップについ声が大きくなった。

「オオカミとはね、勇ましい名前だ。」
「へ?」
「なんだ、ティリス、知らないのか?」
「ええまあ。」
「そうか、じゃあ俺の国の言葉なんだな、ヴォルフガングなんてぇのはオオカミって意味なのさ。」
「そうなんですかー?」
 アリスティアも首をかしげている。
 なんだよ、言葉の意味もないのかよ?考えすぎか。

「いやー、僕の名前をちゃんと言える人に初めて会いましたよ。」
「そうかい?水は?」
 そう言って、水筒を出してやる。
「あ、ありがとうございます。」
「よし、じゃあ行くぞ、俺たちもマゼランに向かっているんだ、一緒に行こう。」
「いいんですか!」
 ウォルフは、顔をぱあっと輝かせた、よっぽど怖い目に会ってきたんだろう。
「いいさ、袖振り合うも多生の縁ってやつだ。」
「なんですかそれ?」
「俺の国の、ことわざだ。」

 大雨の後、一気に晴れたので世間は蒸し暑く、照りつける太陽もけっこう暑い。
 俺は、タオルを頭にかぶせて、日光を遮りながら歩みを進める。
「こういう時、修道女のフードは便利だな。」
「生地が厚いですから、けっこう暑いですよ。」
「そうかい?」
 馬車には幌がついているので、その中は陰になっていて少しはマシなんだろう。
 アリスティアは、飛び降りるように馬車から降りてきた。
「カズマさまは、そんなほっかむりで大丈夫ですか?」
「ああ、日差しさえ直接当たらなきゃ大丈夫。」

 それだけ聞いて、アリスティアは黙って俺の横を歩く。
 ティリスは、幌の中で寝てしまったようだ。
「ラル、暑くないか?」
「平気。パリカールに日よけがほしいね。」
「なめし皮でもかけてみるか?」
「う~ん」
 そうこうしているうちに、小川と街道の合流点に着いた。
「悩む前に、水をかけるが正解だな。」
「俺もそう思うよ。」

 俺たちは、小さなバケツで水をすくって、パリカールの背中にかけてやった。
 ついでに小川に入って、水のぶっかけあいを始めると、収拾がつかないくらいずぶ濡れになった。
 この暑さだ、どうせすぐ乾くさ。
 街道筋の木立の陰が、色濃くなっているので道の端を歩けば、ずいぶんマシだ。
 どちらにせよ、陽がかなり傾いてきて、このまま進むのも危ない。
 パリカールだって疲れる。
「今日はここで休むか。」
「そうですね、パリカールも疲れたでしょう。」
「ぶるる」
 ティリスは、パリカールのバケツを出して、その中に水を出している。

 本当に魔法ってやつは、便利だな。
 一家に一人魔法使いがいると、なにかとはかどる。
 まあ、だいたい九五パーセントの家にはいないんだけどな。
「この辺に小屋を作るぞ。」
 俺は、街道脇に一二畳くらいの小屋を持ち上げた。
 ティリスは、小屋を確かめながら言う。
 家の中は、いつものように土だから、あんまり代わり映えはしないんだけど。
「土魔法のウデが、上がってるんじゃないの?」
「ああ、さっき整理してもらったから、魔力の無駄がなくなった。」
「へえ、これは便利ですね。」
 ウォルフも中に入って感心したように口を開いた。
 ちゃんとパリカールの入るところも付いているぞ。

 小屋の真ん中で火を焚いて、フライパンを温める。
 ウォルフを追いかけたウサギの肉を、塩と胡椒で焼けば、いい香りがしてくる。
「兄ちゃん、ウサギのサバきがうまくなったなあ。」
「まあな、毎回やってりゃ要領も覚えるさ。」
「血抜きがじょうずだと、あとが楽ですものね。」
 ティリスは、フライパンをのぞきながら言った。
「カズマさま、おいしいです。」
 アリスティアは、マイペースだなあ。
 赤道付近とはいえ、夜はやはり冷える。

 小屋が有ると無いとでは、体の回復も雲泥の差と言うものだ。
「しかし、すごい土魔法ですね、こんなの見たことないです。」
 ウォルフはお茶を受け取って、つぶやくように言う。


「兄ちゃんの魔法は、桁がちがうからなあ。」
 ラルは、笑いながらウォルフに返した。
「今度から、ヘタレて動けない演技でもするよ。」
「あはは、そりゃちげえねえ。」
「まあいい、そら焼けたぞ。ウォルフ皿出せ。」
「ぼ、僕ですか?」
「おまえが囮になって捕まえたウサギだ、お前にも権利がある。」
「は、はあ…」
 ウォルフは、おずおずと皿を出した。
 どさっと音がするくらい、山盛り乗せたら皿を落としそうになった。
「ちゃんと持ってろよ、落とすともったいないぞ。」

「カズマ、あたしもどっさりー。」
 ティリスは遠慮がねえなあ。
「はいはい、わかったよ。」
「カズマさま、私が焼きますのでお座りください。」
 アリスティアが気を遣って、手伝おうとする。
「ああ、今日はいいよ。やりはじめたことだし、アリステリアも座って皿出して。」
「よろしいのですか?」
「ああ、ほら。」
 俺は、アリスティアの皿に、肉を盛ってやった。
「まったく、ティリスはアリステリアを見習えっての、俺に対する気持ちが足りねーんじゃねえの?」
「え~、ふぉんなこふぉないれすよ~。」
「喰ってから言え!」

「しかし、喰いモン削ってまで本買うとは、勉強家もいたもんだな。」
「いや~、僕はばかだから、知らないことが多すぎるんです。」
「それで、知識を集めようとする行為が尊いじゃないか。知識を集め、知性を磨くのが美しいんだぜ。」
「そのとおりですよ!すごい、僕の思考をこんなふうに、明快にしてくれた人にはじめて会いました。」
「そうなん?」
「そうですよ!百姓の子が、本なんか読んでも意味がないとか、よく言われました。」
「野菜だって、勉強しなくちゃ作れないだろうに。」
「そうですよね!なんでみんな、そこがわかんないかなあ?」
「現状で満足しちまうからだろ、少し食えるようになると、努力をしなくなる。」
「ああ~、そう言う考え、アリですか~。カズマさんは、すごいですね。」
「よせやい、たいしたこと言ってねぇよ。」

 昭和初期の、農村の考え方だヨ。
 ちくしょう、気にいらねえ。
 選民意識と、劣等感のまざったいやな思考だ。
 そんな話をしながら、夜は更けていった。
 気がつくと、俺の毛布の中にちっこい存在がくっついている。
「またティリスか…」
 めんどくさいので、そのまま寝てしまった。
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