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第二十二話 レジオ復興 ⑦
しおりを挟むおじゃるの殿様(マゼラン伯爵)は、王都でかなりひどい叱責をうけたらしく、沈んでいた。
そりゃそうだな、命からがらここまで逃げてきた難民を、門前で追い払ったんだから。
しかも、いっぱいの麦粥だけで。
今でも目に浮かぶ、疲れきり家族を失い、うつろになった無表情で、マゼランの城壁前に座り込む難民たち。
人間って、絶望を目の当たりにすると、あんなに無表情になるんだ。
あれは、泣いているよりも胸に来るものがあるよ。
マゼラン伯爵としても、王都の評価はダダ下がりだ。
まあ、アレがどんな評価を受けようが、市民の生活にはあんま影響がないとは思うが、やけくそになって税金とか上げるとやっかいだ。
シャルル=ド=マゼランは、百二十年続く名門の生まれで、それなりにこの町を統治してきた。
五百年前の遺跡の教会もある、由緒正しい街「マゼラン」を持つ、かつての英雄の子孫だ。
王家としても、伝統ある騎士の家系なので、重要視してはいるが今回の問題は、人道問題なので蔑にはできない。
結果として、伯爵は王都に呼び出されて、個別に叱責を受けたそうだ。
それも、かなり重く。
まあね、領地を経営するという感覚からすると、あれはまずかったよな。
領民が、伯爵をどう思うかって言うのも、重要だろう。
貴族なんていうものは、王様から領地を管理すると言う義務を持たされる。
その分、税金の上がりを差配できるんだが。
その流れで、レジオの復興に協力すると言う名目で、かなりの資金を搾り取られたんだと。
はっきり言って、アホやね。
ただ、もう一つ問題なのが、レジオの町を解放したのが、どこの馬の骨ともつかない流れ者の忘れ病の冒険者であること。
しかも、それがそこいらの町と言う町に流布されて、知らないものがいないくらい知れ渡ってしまったこと。
これは、王家の威信にもかかわる大事なんだよ。
解放に向かったゴルテス準男爵は、何もしなくても町を押さえることができた。
また、帰ってきた住民に対して、カズマが食料を分け与えてしまったので、持ってきた物資も残っている。
王国にしては懐が痛まなくて、いいことなのは間違いない。
しかし、解放したのがただの冒険者では、王家としても対応に苦慮するんだ。
騎士団ならいいよ、ゴルテスのつれてきた陸軍の兵士でも。
活躍してくれたのなら、ばんばんざいだ。
でも、一介の冒険者ではね。
どんな褒美がいいのか、それ以前にどんな人物なのか。
功績の規模が大きすぎて、従前の記録に照らしても例がない。
王家は、徹底した前例主義なので、過去の日記や記録によって動く。
さすがに、金一封では安すぎるし…
なにしろ、魔物一万匹だよ、命がけじゃん。
俺は、特に何かしてほしいわけじゃないんだよな、成り行きでやっちゃっただけだし。
俺が使える魔法が、うまくかみ合ったようなもんだし。
死にそうになったのだって、実を言えば自業自得と言うもんだ。
自分から魔物の群れにもぐりこんだ訳だし。
ただ、オシリス女神にレジオを復興させろと、言明されてしまったことが重くのしかかる。
俺に何ができるのよ。
さしあたり、みんなに食い物配ったが、それだって俺ができることをしただけだ。
寡婦や孤児に仕事を与えることも必要だし。
そう思えば、俺のやっていることは、レジオの復興に一役買っていると言えなくもない。
レーヌ(女王様)川の川岸には、三階建てや六階建ての大きな建物が並び、カフェやパンや様々な店が軒を並べる。
中央広場には、いろいろな産物が並び、屋台店も並んで賑わっている。
街を囲む城壁の周りには、貧民街もあるがそれはしょうがない。
レーヌ川の中州にある教会は五百年の歴史を誇る、オシリス女神を祭る教会だ。
近隣からも巡礼がやってくる。
街の中には、五十か所以上の泉がわいていて、泉の精霊の加護もあるんだってさ。
そんな恵まれた街にあって、伯爵はけっこうな金持ちなのに、レジオに対して冷たすぎた。
俺だって、憤りを感じたりしたが、それは為政者の考えなので、こっちとしては引くしかない。
俺の町じゃない、奴(おじゃる伯爵)の町だ。
くやしいが、それが現実だ。
現実は現実なので、捨ててしまえ。
考えてもしょうがないことは、後回しにすればいい。
頭のいい連中が考えてくれるさ。
ティリスのおかげで、あたらしいバッファローを確保できたので、マゼランでも牛乳が取れるようになった。
当然、質のいいバターができる。
バターができれば、いいパンが焼ける。
そこで、俺は鉱物の取れる原っぱの街道沿いに生えている、果物の森に向かうことにした。
あれは、いろいろと使い道がある。
あいかわらずティリスとアリスは着いてくる。
今日は、ラルやチコまで一緒なので、ロバの馬車を出した。
かぽかぽと、平和な音をさせて街道を進む。
こうして見ると、この街道だって捨てたもんじゃないね。
ダケカンバの白い肌はあざやかで、葉っぱの緑に透けて落ちる陽の光がきれいだ。
街道も、マゼランの近くは石畳で舗装されて、ほこりも少ない。
これで、シャドウ=ウルフが出なけりゃ、天国なんだがな。
ウサギとか…
「お弁当持って来ればよかったですね~。」
ティリスが、のんびりと景色を見ながら言う。
「ストレージにいやほど食料なら入っているし、これから採るのは果物だぜ。」
「そう言う問題じゃないんです~。女の子がお弁当開けて、はいどうぞって言うのがいいんじゃないですか~。」
「そういうもんかね?」
ジジくさい。
鉱物の森の反対側には、ソフトボール大のブドウが実をつけている。
「う~ん、やっぱ大きいなあ。まあいい、ブドウとバナナとイチジク、リンゴもほしいな。」
「みんなで手分けして摘みましょう。」
アリスが言うと、子供たちも果物に手を出している。
「カズマ、獣が来ないか見張っててね。」
ティリスが俺に言うので、俺はメイスを持って馬車の前に立った。
どちらにせよ、見張りは必要なんだし、女子供よりはマシだろう。
明るい陽射しに囲まれて、森の中は見通しがいい。
下草が低いので、蛇ですらすぐ見つかる。
俺は、索敵範囲を二百メートルくらいに広げて、ようすを見た。
これで空間魔法って言うのも、けっこうアバウトなもんで、見つけたいものに集中しないと、動くものすべてに反応する。
今も、ティリスの足元に動く蛇の姿が見える。
「ティリス、後ろに蛇がいるぞ。」
「ええ~?どこにー?」
「あぶない、シスター!毒蛇ですよ!」
「え?アリス、どこ!」
ティリスはすぐに前に飛びのいた。
その途端に、草むらからマダラの蛇が鎌首をもたげて立ち上がる。
俺は、ストレージからナイフを取り出すと、一気に投げた。
同時に、無詠唱のマジックアローを三本飛ばす。
ナイフは、蛇の胴体に当たり、マジックアローは頭を切り飛ばした。
「うわー、兄ちゃんハヤワザ~、全弾命中でばらんばらんじゃん。」
ラルが、蛇の破片を持ち上げてみた。
「ちとあせった。」
俺は、ため息をついた。
「ふえ~、助かりました~。」
まだ口がぱくぱくしている。
なかなか命根性がきついな。
「マムシじゃん、こんなの居るんだな。」
「ええ、これは神経毒で、体がしびれるんです。噛まれると、ひどく腫れます。」
アリスは、すらすらと説明した。
「よかったね、ティリスおねえちゃん。」
チコも駆け寄ってきた。
「こんなのがいっぱい歩いているんでしょうか?」
「いえ、めったに出ませんから、心配はいりませんよ。」
「そうですか、よかった。」
ぶどうひと房で、けっこうな量があるのに、なしやリンゴはドッジボールくらいあるし、イチジクなんかバスケットボールくらいあるぞ。
馬車の荷台に山積みになりそうなので、少しでやめて丘の上で火をたく。
お茶が入ったところで、採ってきたリンゴをむいてみた。
「あま~い!」
チコはかなり気に入ったようで、喜んで食べている。
「ほれ、ラル。」
「あいよ。」
ラルもかぶりついてみたところ、かなり気に入ったようだ。
俺は、空間魔法で皮をむいたりんごを圧縮してみた。
もちろん、ぎゅ~っと絞ると、透明なジュースが滴り落ちる。
それをボウルに受けると、きれいなりんごジュースになる。
「あら、これはいいですね。」
ティリスが指を突っ込んだ。
「あ!こら、雑菌を入れるなよ。」
「へ?」
「手はけっこう雑菌が付いているもんなんだ、りんごジュースを酒にするんだからな、まあいい、それはお前が飲んでいい。」
「うわ~い、アリスさん飲んでみようよ。」
「あ、はい。」
俺は、あたらしいりんごの皮をむいて、りんご果汁をバケツいっぱい出してみた。
「すごい魔法だね、ユフラテ。」
チコが横から覗き込んできた。
「ああ、空間魔法で左右から圧縮しているんだよ。」
「ふうん、このジュースはどうするの?」
「俺の考えが正しければ、醗酵を促進すればりんご酒になるはずなんだ。」
「わお!それはいいわね、父ちゃんが喜ぶよ!」
「ドワーフは呑み助ばっかりだからな~。」
「じゃあ、もっとりんご採ってこよう。」
「そうだな。」
ついでだ、採れる限りとって果汁をとろうか。
今日は、果物三昧の日だからな。
チコたちが取ってきたりんごを、片っ端から圧縮して果汁にする。
それを土魔法で形成した壷に詰めていく。
りんごジュースの予定だったんだが、まあ、酒でもいいか。
「醗酵促進って、どうやるんですか?」
ティリスがコップを置いて聞いてきた。
「ジュースの中に、糖分があるだろう?そいつを魔法で刺激するんだよ。」
果汁の中には、どんな果汁でもアルコールの種が含まれているのだ。
そいつを刺激して、醗酵を促進する。
口で言うのは簡単だが、これが意外と難しかった。
「あ!わかりました!」
俺よりもティリスのほうが、先に捕まえたらしい。
「この子ですね!」
ティリスは、アルコールの種を見つけたようだ。
この子は、こういう細かい作業が得意なようだ。
「ああ、俺も見つけた。」
わかったぞ、これだな。
米?と似たやつだ。
顕微鏡みたいな視覚魔法が有効だ。
確か、糖度の半分くらいがアルコールになるんだよ。
隣のシズばあちゃんが密造のぶどう酒作ってたから聞いたんだ。
残りが炭酸になる。
「しまった、ジュースの糖度が上げてない。まあいいか、こいつは実験用だし。」
「糖度ってなんですか?」
「ジュースの甘さだ。」
「ああ、なるほど。よく熟していたほうが甘いですね。」
「そう言うことだな、チコ・ラル、真っ赤に熟しているヤツを集めてくれ。」
「わかったわ。」
「あいよ。」
そう言っているうちに、ティリスのボウルはぷちぷちと泡が上がってきた。
「おお、すげえ発泡した。」
「これでいいんですか?」
「そうそう、りんごの中のワイン酵母が活性化したんだ。」
「なるほど。」
「カズマさま、色が濃くなっていますわ。」
アリスティアも覗き込んで、驚いている。
「うん、糖分が酵母に分解されて、色が変わったんだな。」
俺のボウルも、発泡を始めた。
「ぶどうなら、簡単にワインになりますね。」
「そうだ、ぶどうも傷みやすいから、ここでジュースにしていこう。」
「じゃあ、踏み潰すんですか?」
「いや、これも空間魔法で搾り出すさ。」
別口で、形を変えた壷を大量に作って、これにぶどうを搾って入れる。
「ティリス、そっちにこの蜂蜜を加えるとどうだ?」
「やってみる。」
ティリスは、ボウルに蜂蜜を少しずつ加えて、醗酵を促進する。
見る間に泡が増えてきた。
「うわ~、なんか泡泡だよ。」
「やっぱり糖分を加えると、発泡と醗酵が進むな。」
アリスティアが聞いてくる。
「わたくしにもできるでしょうか?」
「どうかな?この中のワイン酵母が見つけられるか?」
アリスティアは、ボウルの中を覗き込んで一生懸命見ようとしている。
「う~ん、わかりません~。」
「それは残念、あとで顕微鏡魔法を教えてやろう。」
「今です、いま教えてください!」
こいつも言い出したら聞かないなあ。
まあいい、教えておけば今後も便利だろうからと、教えることにした。
「だから、この中には目に見えないほど小さいものがいるんだよ。」
「え~?」
「そう言うものなんだって、認識することから始めるの!」
「う~。」
だめだ、粒子とか分子とかの概念は、小さいころから触ってないと理屈でわからないんだ。
「なによ、アリスティアは粒が見えないの?」
ティリスが割って入ってきた。
「そうなんだよ~。」
「あのねえ、水って言うのは本当に細かい粒が集まってるのよ。だから、スライムがいっぱいいるって思うといいよ。」
「スライム?」
「そう。」
「余計わからない。」
「わかった、あたしの見てるものを見せてあげる。」
ティリスはアリスティアの額に自分の額をくっつけて、魔力を開放した。
「え?え!ちょっと!」
ティリスの視界はぐんぐんと拡大されていき、りんごジュースの粒子を拡大していく。
「こ、これが粒?」
「そうよ、りんごジュースの粒と、それを醗酵させているもうひとつの粒がこれ!」
「へえ~。」
ティリスって、こんなことができるんだな。
「言語理解の延長よ。」
「すげえ。」
「だから、これを魔法で刺激してあげると、泡がいっぱいできるのよ。」
「すごいです、ティリスさんはすごいですね!」
「あんた、あたしのことアホの子だと思ってたでしょう。」
「な、なんのことかしら?」
「計算に弱いからって、すべてができないわけじゃないんだからね。」
「はい、おみそれしました…」
なんだかんだいって、仲はいいんだよなこの二人は。
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