おっさんは 勇者なんかにゃならねえよ‼

とめきち

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第五十九話 仕事は忙しいね

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 早朝、日の出とともに、けたたましい産声が男爵亭に響いた。

 カズマの子が生まれた!

 カズマにとっても、自分が父親になったなんて言う実感は、なかなか湧いてこないものだ。
 それはどんな時でもそうなんだけど、生まれたての赤ちゃんなんて、しわくちゃで真っ白でよくわからん物体なんだよ。
 ところどころ血が着いていたりして、経験のないやつだとそれだけで怖くなる。
 生憎、そういう経験も持って生まれているカズマには、普通としか映らないんだけどね。
 全身をお湯で洗われて、きれいになったところでティリスの初乳を飲む赤子は、髪の色はティリスに似ている。
 顔自体は、もう少し経ってみないとわからんな。
 ただ、眉はくっきりしていて、カズマのようにも見える。

 ベスおばさんに呼ばれて、やっと部屋に入れてもらえたカズマは、いきなりティリスに笑顔を向けた。
「ティリス!疲れたろう、ごくろうさま。よくやってくれたな、偉いぞ。ありがとう。」
 開口一番、ティリスの苦労をねぎらう。
 出産と言うのは、病気じゃないと言うけれど、やはり命がけの行為でもあるのだ。
 なんでも、男には出産の痛みには耐えられないそうだ。
 イシュタール王国では、えい児死亡率は四〇%くらいあるし、産婦の死亡率も一〇%近くあると言う。
 そんな、大事業をなしとげて、ぐったりと力の入らないティリスの髪をなでる。
 となりでアリスが、回復魔法を唱えている。
 出産で使った体力は回復しないが、疲労でへろへろな状態には心地よい。
 やっぱこれでしょう。


「お屋形さま、女の子でした。」


 ティリスが、真剣な目をして口を開く。
「ああ、健康ないい子だ。女の子でうれしいな。」
 俺は、にこにこして答えてやった。
「うれしいのですか?」
「ああ、俺の故郷では最初の子が女の子なのは、縁起がいいと言われている。よかったな。」

 ティリスは、あきらかに安心したようにため息をついた。

「今はゆっくり休め。疲れたろう。」
「はい、お屋形さま。」
「ばかだな、こう言うときはカズマでいいじゃないか。」
「ふふ…」
 ティリスの体から力が抜けた、眠ったのだろう。


「ベス、マリア、ご苦労だった。チコもトラも恵理子もごくろうさん、みんなありがとう。」
 全員が、カズマに向かって頭を下げた。
 カズマも深々と頭を下げた。
「今夜は私が付きます、みなそれぞれ部屋に戻って休みなさい。」
 アリスが皆を見回して、重くうなずいた。
「お屋形さま、姫さまお誕生、おめでとうございます。」
 ベスが、赤子を抱きあげて朗らかに言った。
「ああ、ありがとう、後のことは頼むぞ。恵理子、衛生管理は任せた。」
「かしこまりました。」

 産屋を出て、居間に移動する。

 追い出された男たちは、その辺でとぐろを巻いている。
「生まれたぞ!女の子だ!」
 部屋に響くカズマの声に、みな目を覚ます。
「お屋形さま!おめでとうござる!」
 ゴルテスとロフノールが、競って俺の前に走り寄ってきた。
「おう、ありがとう。みな、一度自分のベッドにもどれ、あとでまた祝おうぞ。」
「「はは!」」
 ほとんど徹夜なんだか、呑んでいたんだかわからん惨状だが、心配して集まってくれたのだ。
 昼食ごろまで寝よう。
 そして、後はもう一回どんちゃん騒ぎでもやってやろう。
 カズマはみんなを送り出して、玄関から空を見上げた。

 レジオの空は、びっくりするくらい晴れていた。

 わが子の名前に悩む自分と言うものも、新鮮だが、カズマは一番目の姫には『アンジェラ』と名付けた。
 ジェシカが教えてくれた。
 天使だ。
 オシリスの祝福ももらって、むっちゃ健康そうな顔色をしている。
 出産から十日、ティリスも三日目からは歩いて平気な顔をしている。
「鼻からリンゴ出すとか言われてるからなあ、こっちのリンゴはでかすぎるから、なんて言うんだろうな?」
 そんなことを考えながら、居間で赤子を抱くティリスを見ている。

「どうしたの?」
「いや、こんなことも、あの時は考えられなかったな。」
「…教会の前で、オークに襲われていた時?」
「そうさ、生きるか死ぬか、やるかやられるか、実際恐ろしかったしな。」
 あの時のことを思い出すと、今でも冷や汗が出る。
 片足、ほとんどちぎれかけてたし、いつ出血性ショック起こしても不思議じゃなかったからな。
「カズマが?信じられないけど。」
「いつだって不安さ。あのときなんか、そばにはラルしかいなかったんだぜ、それも遠くの丘の上に置いてきた。」

「そう、一人で戦っていたのね。」
 カズマは、黙ってうなずく。
「アンジェラ、いい子にしているな。」
「良く寝るし、よく飲むのよ。あたしの分では足りないかしら?」
「じゃあ、乳母でも雇うか?いいぞ。」
「そうね、少し助けてもらおうかしら。」
「よし、アリスに探してもらおう。」
「そうね、そこはあたしが相談しておくわ。」
「そうか?わかった。」

「お屋形さま~!お使者でござる!」

 部屋に響く、ゴルテスの銅鑼声。

「こら、アンジェラが目を覚ますだろう。」
「はっ!失礼しました。王都からお使者でござる。」
「そうか、今行く。」
「は、こちらに。」
 ゴルテスは、先に立って案内をする。
 ティリスは、小さく手を振っていた。

 応接に行くと、前に来たことのある使者が、また手紙を携えていた。
「おう、お主か。久しいの。」
「は、男爵さまには、ご機嫌麗しく。お子様誕生だそうで、おめでとうございます。」
 使者は、そつなく挨拶をする。
 お追従でも、嬉しい時は自然と笑顔になるものさ。
「まあ、子供も生まれて、機嫌はいいさ。」
 そう言って、机にある記念品を、使者にも持たせてやった。
「こ、これを私に?」
「ああ、子供が生まれた引き出物だが、よかったら受け取ってくれ。」
「は、ありがたくあります!」

 手紙を受け取ると、封ろうは宰相の紋章である。

「んだよオッサン。またなにか難癖付けて来たのか?」
 俺は、チコにお茶を頼んだ、手紙を読む間使者を待たせる必要があるから。
「どうだ王都は、なにか変ったことはないか?」
「そうですね、この前アンリエッタ王女さまの一〇歳のお祝いがありましたよ。」
 えい児死亡率の高いイシュタール王国では、一〇年も生き伸びると言うことは非常に重要なことなのだ。
 一〇歳になれば、ある程度体力もできて、死亡率が一気に下がる。
 早い子は一三から一四で結婚する。
「そうか、あの姫さまがねえ。なんだってえ?」
「どうされましたか?」

「いや、輸送任務か…東のアルザス子爵の領地では、魔物の侵攻があって困っていると言うが、どの程度か聞いているか?」

「アルザスですか…黒い森という針葉樹の森が、二十五万ヘクタールもありまして、その奥には魔素だまりがあると言われています。」
「ふむ、興味深いな。」
「その魔素だまりが、魔物を呼び寄せるとか、そこから魔物が湧くとか言われているんです。」
「めんどくさいもんだな、それで軍隊まで派遣しているのか。」
 カズマは、使者に顔を向けて聞いた。
「はい、王国軍からも一〇〇〇名が派遣され、アルザス軍二五〇〇も動員されて、魔物の討伐を行っているそうです。」
 使者は、ソファの上でカップを持ったまま答える。
「それは大げさなことだな、三五〇〇人か。食料も足りなくなるな。」
「まあ、食える魔物も多いですからね、そこまでひっ迫はしていないかもしれませんが、酒や調味料は不足気味です。」
「そうか、それで輸送任務か…まあ、そのくらいならしょうがないな、出兵しようか。」
「アルザスにですか?馬車で十五日かかりますよ。」
「しょうがあるまい、王名で命令書が届いては、拒否もできんしな。」
「さようで…」
「ご苦労だった、今日は風呂に入って休め。劇場にもいい席を用意してやる。」

「ええ!あの有名なレジオ歌劇団ですか!」
 使者は、ソファから飛び上がって驚いた。
「ああ、食事つきでいい席がある、ゆっくり鑑賞して行ってくれ。」
「か、感激であります!!」
「ははは、ウチの名物だ、せいぜい宣伝してくれよ。」
「か、かしこまりました!男爵さま!」
「ラル!使者殿を部屋に案内しろ。そして、着替えたら、大浴場にご案内して、俺の席で夕食と観劇だ。おまえも、そこで一緒に食事してこい。」
「ええ?いいんですか?お屋形さま。」
「使者殿がいやだと言わなければな、ウチの小姓と食事では落ち着きませんかな?」
「いえいえ、かえって一人では落ち着きません、よろしくお願いします、小姓殿。」
「はは、ではこちらへどうぞ。」
 二人は部屋を出て行った。

「ゴルテス、ロフノール。」
「「はは、お呼びで。」」
 二人は同時に部屋に入ってきた、見事にハモってるな。
「国王陛下から、指示が出た。アルザス子爵領へ物資の輸送任務だ。」
「では、私が行ってまいりましょう。」
 ゴルテスが前に出る。
「いや、ここはワシが。」
 ロフノールがゴルテスを押しのけるように前に出た。
「お主なにをする。」
「なんじゃ、文句があるか。」
「なんじゃと!」

「静まれ、アホ。」
「「はっ」」
「今回も、俺が行くにきまってるだろ。どっちかは留守番だ。城代が居なくてどうする。」
「城代だとさ、お主受けろ。」
 ロフノールが、ゴルテスに言うもんだから、ゴルテスは真っ赤になった。
「ばかものが、そんな重大な役など、ワシにかのう訳もない。お主受けろ。」
「なんだと?欲のない奴だな!」
「ケンカすんなって言ったろう。この前はゴルテスが着いてきたから、今回はロフノールが受けろ。城代は、ゴルテスが受けろ。」
「「畏まって候!」」
 最初からそうすればいいんだけど、この漫才を見ないと話が始まらない。

 これで、仲が悪いわけでもないんだよ。

「輸送任務でございますか?」
 ティリスは、赤ん坊をあやしながら俺の方を振り向いた。
「ああ、シェルブール辺境伯爵領の南、アルザス子爵領の黒い森だ。魔物が大量に発生して、三千五百人が戦っている。」
「まあ!おそろしいこと。」
 アリスティアが、にこにことお茶のカップを持ち上げた。
「アリス、お前おもしろがるんじゃないよ。」
「あら、そんなことございませんわ。三千五百人が戦っていると言うことは、少なくともその倍は魔物が発生していると言うこと。」
「そうだろうな。」
「もしかしたら、またオークキングや、オークジェネラルなども居るかもしれません。」
「そうだな。」
「それは恐ろしいですわ。」
「あ~、はいはい。」

 オークやゴブリン程度なら、普通の兵士でもなんとかなるが、ジェネラルやキングクラスになると、まずはその怪力にやられる。
 ましてや、オーガなんか出て来た日にゃ、兵士三人がかりでやれるかどうかだ。
 オーガは、オークより五割増しで大きい魔物で、膂力も倍くらいある。
 こいつ一体で、オーク五体分はあばれるんだ。
 まあ、個体数が少ないから、助かるんだけど。
 オークが豚がおなら、オーガは牛顔だ。
 角も生えている。
 顔が怖い。
 レジオ解放の時に、二~三匹混じっていたけど、怖かったわ~。

 あれはないわ~。

 アルザスの森では、このオーガがたくさん出るそうだ。
 そら危ないな。
 お供に、マルノ=マキタを連れて行こう。
 あいつが一番怪力だ。
 その上、豪快で兵士も士気が高まるだろうしな。
 なにより、森の魔物は油断ができない。

 王国軍も、これだけ兵を出せばよもや魔物に遅れはとるまいと、多寡をくくっていたらしいが、どっこい魔物の方が多かった。
 結局は、長期にわたり苦戦を強いられてしまった訳だ。
 宰相もそうだが、将軍たちも甘いんじゃないか?
 この場合は、アルザス子爵領側の読みが甘かったのかもしれん。
 人相手だと有能な奴らも、魔物相手では勝手が違うらしい。
 どちらにせよ、迷惑な話だ。

「それにしても、なぜレジオが…」
 だれもがそう思うわな、疲弊しているレジオに、さらに追い打ちをかけるような出兵と任務。
「お屋形さまが若いと思って、無理難題を吹っ掛けて来ますな。」
 ロフノールもいぶかしげだ。
「まったくだ、おじゃるなんか寝てやがるくせに。」
 俺は、マゼラン伯爵のことを思い出していた。

「ひっきしょーい!」
 マゼラン伯爵は、自慢の髭を揺らしてくしゃみをした。
 マゼラン伯爵の城である。
 執務室は、王さまの部屋より広いぞ、おい!
 歴史のある伯爵家であるので、積み重なった戦利品などが、そこらじゅうに飾ってあったりする。
 執務机は、いつの年代のものかもわからないくらいう古いくせに、重厚な光は失っていない。
 その机を挟んで、向かいに黒い燕尾の執事が立っていた。
「使者?どこから?」
「は、国王陛下からでございます。」
 白いひげの執事は、黒い上着を整えながら言う。
「そうか、通すがよい。」
「はは!」

 マゼラン伯爵のところにも、輸送任務は回ってきたようだ。


.;:,,,,;::;::.,.,.,




 王都の陸軍工廠では、山盛りの輜重が集められていた。
「なんとまあ、これは大量でござるな。」
「うむ、これはちょっと、俺だけでは運び難いな。」
 前回作戦用に作った三枚でも、少しだけ足りない感じだな。
 よくもまあ、これだけ集めたものだ。
 レジオにしたら、一年使えるくらいないか?
 そんなこともないか、しかし兵隊ってのは物いりだね、こんなに喰うし、飲むし。
「干物<かんぶつ>などは、馬車でもよろしかろう。」
 干し肉っちゅうか、ジャーキーっつうか、固そうな肉がひとまとめにして袋に入れられて、山になっている。
 それ以外にも、なにやらパスタみたいなものとか。
「そうだな、濡れなきゃいいんだが。」
「さよう、お屋形さまの革袋が、もう一枚あれば…いやいや、贅沢でござるな。」
 ロフノールは手を振りながら言う。
「そうか、もう一枚作るか、ロフノール、お前小さい革袋持ってただろ。」
「へ?これでござるか?荷馬車一台分しか入り申さぬ。」
「それでいい、ちょっと貸してくれ。」
「はあ…壊さないでくだされ。これ一枚しか持っておらんのです。」
「わかったわかった。ふうん、汎用品だが丈夫なやつだな。」

 みょみょみょみょみょ…

 俺の手から、魔力があふれる。
 やべ、若干光ってしまった、これ、バレるかもしれん。
 みょみょみょ
 もう少し、ここをこう広げれば、教会二軒分の広さに…
「できた。」
 ベースがあると、一から作るよりずっと楽なんだ。
 ルイラに教えてもらったより、ずっと汎用性が上がったのは、俺の魔力が増えたからだが、それもナイショ。
「お屋形さま、どうです?」
「ああ、教会二軒は入るぞ。」
「へ?」
「中を広げて、教会二軒分にした。これで、物資を運んでも大丈夫だ。」

「はあ~、お屋形さま~これ、給金の三倍分くらいの値段ですぞ。」
 ロフノールは、年金が金貨五枚くらいなんだよな。
「じゃあ儲かったな。」
 ロフノールはにんまり笑う。
「まったくで…って!そう言う問題じゃないんですぞ…」

「おお!カズマ!元気でおじゃったか?」

「あらまあ、マゼラン伯爵どの、今日はどうされました?」
 噂をすれば影、おじゃる伯爵じゃないか。
「うむ、ワシも資材運搬の命令が来てのう、兵士二〇〇人と今着いたところでおじゃる。」
 おじゃる伯爵の後ろには、騎士一〇〇騎・歩兵一〇〇名がずらりと並んでいた。
「そうですか、それはお疲れ様でございます。私も、いま王宮で命令書をいただいたところです。」
「そうでおじゃるか、では今回はお主といっしょに旅でおじゃるな。」
「それはそれは、よろしくお引き回しください。」
「こちらこそ、よろしく頼むでおじゃる。」
 マゼラン伯爵は、こう見えても剣術はたいしたもので、オークぐらいは平気で切り倒す。

「カズマの革袋には、どのくらい入りそうでおじゃる?」
「そうですね、今日は五枚ありますので、この八割ほどですか…」
「ふえっ!なんと、そのように大きな革袋でおじゃるか!」
 貧乏なレジオに不釣り合いとでも思っているのか、驚き方がはげしいぞ。
「ロフノールに持たせているのも、同じくらい入りますから、運搬は楽ですね。」
「そうでおじゃるか、ワシの革袋ではこの二割半がいいところでおじゃる。」
「では、干物などの軽いモノをお願いできますか?濡れても困りますし。」
「そうじゃな、そうしよう。」

 マゼランは、兵士長に革袋を持たせて、資材を袋に納め始めた。

 やっぱ、革袋ってひと財産なんだな、伯爵みずから持ち歩いているなんてな。
 普通、部下に任せきりにするじゃない。
 カズマも、マルノ=マキタに革袋を持たせて、資材を収納させた。
「マルノ、お前それもっとけ、管理がめんどくさい。」
 カズマの革袋を使わなくても、前回の革袋三枚で事足りたので、マルノに持たせることにした。
「え~、そんな恐れ多いことできませんよ~。」
「アホ、お前が持っていた方が、なにかと便利だろうが。落とすなよ。」
「御意!」
 ロフノールも自分の袋に、目録を見ながら収納している。

 そこへ、陸軍大臣がやってきた。

 ちくしょうめ、今回はマゼランも居るんだから、夜に暗殺団なんか寄こすなよ。

 カズマは、見えないようにじろりと睨みつけた。
 油断はするまいよ。

 陸軍大臣は、お付きの副官とか、取り巻きを二〇人も連れている。
 大臣ともなると、動くだけでも大変だな。
「マゼラン殿、レジオどの、いかがでござる?」
 まずは、マゼラン伯爵に声をかける、あからさまに無視しているわけでもないが、隔意を感じるな。
「ああ、我らの分は収納できたでおじゃる。」
 陸軍大臣は、頭に「?」マークを浮かべた。
「全部ですか?馬車には?」
「カズマ…いや、レジオ男爵の皮袋は大きゅうおじゃるのでな、八割はレジオ男爵が持ってくれたのでおじゃる。」

「なんと!それは…」
 なんと言う財力だ、そんな革袋を持っているとは。
 これはあなどれんかもしれん。
 陸軍大臣は、あらためて俺を見た。


「いやまあ、たまたまですよ。マゼランさまが居てくださるので、助かりました。」
 カズマは、何事もないような顔をして、陸軍大臣エマヌエル公爵に敬礼した。
「そ、そうか。大義である、出発はどうされるか。」
「アルザスではこの物資を心待ちにしているのでしょう?これからすぐに立ちます。」
「うむ、ワシも準備は万端でおじゃる、さっそく出発しようぞ。」
「そうですね、行きましょう。」
「いや、国王陛下の観閲式はいかがいたすつもりだ。」
「それは、帰ってからお言葉を賜ろうと存ずる。今は、一刻も早くアルザスに出向きたい。」
「いや、しかし…」
「では、大臣殿が観閲式をおこなってくださればよかろう。大臣から陛下にくれぐれもよろしく伝えてたも。」
「は、はっ、承知しました。」
「くれぐれも、粗相なきようにお願いするでおじゃる。」

 さすが、腐っても王家につながる公家だね。大臣が、引いてるよ。

「出立するでおじゃる。先触れをせよ。」
「ははっ」
 副官は、すぐに部隊の前に立ち、全員を集めた。
「集まれー!これより出立する。全員整列!」
 兵士たちは、それぞれに馬に乗り、歩兵は前列に並んだ。
「これより、出発の観閲を行う!」
 マゼラン隊は伯爵の馬を先頭に、順次騎士が続く。
 観閲台には陸軍大臣が乗り、兵士の敬礼を受ける。
 マゼランの列が行き過ぎると、次にレジオの兵士。
 カズマを先頭に、一五〇名が進む。
 騎兵五〇、歩兵一〇〇である。

 今回の旅路は長いので、全員が馬車に揺られる。
 ただし、箱馬車ではない。
 屋根のない、荷馬車に一〇人以上が乗っている。
 まあ、歩くよりはマシと言うものだ。

 なんちゅうか、マゼランは貴族らしい貴族なんだな。
 だから、手順などにけっこう気を使う。
 そして、格式ばった輜重隊の出発の儀式は、王宮の窓からも見えていたんだ。
 陸軍大臣に見守られて、観閲式典を遂行して、陸軍工廠前広場で次々に出発する部隊を、多くの貴族たちが見守っていたのを後で聞いた。
 勇ましい騎馬の列を前に、俺とマゼランはゆっくりと進み、観閲台に乗る陸軍大臣に敬礼をしながら城門に向かって行進した。
「久しぶりの遠出でおじゃる。カズマはシェルブール辺境伯爵領から帰ってすぐでおじゃるな。」
「ええまあ、戻ってひと月ほどですかね?」
「ふむ、なにかと忙しないのう。」
「まったくです。」
「鉄腕ミューラーはどうであった?戦ったのじゃろう?」

「いや、直接戦ったのは、ペーター=ラッセルの軍です。なかなか手ごわい相手でしたよ。」
「なんとのう、帝国第二王子、ロルフォ=フォン=ゲルマニアも捕虜にしたのじゃろう?」
「ええ、帝国もケチくさいですね、第二王子だというのに、ほんの金貨三〇〇枚しか出さないんですから。」
「ほほほ!ほんの三〇〇枚のう、確かにケチくさいのう。第二王子の先が思いやられるわ。」
 おじゃる伯爵は、朗らかに笑った。
「そのほとんどは、シェルブール辺境伯爵が持って行っちゃいましたけどね。」
「なんじゃ、シェルブールのやつ、あいつもケチくさいのう。」
「まあね、そいつをくれてやっても、ベルゲン鉱山の利権を半分もらってきましたよ。」
「それは心強いのう!身代金よりよほど儲けになるではないか。」
「おおもうけでおじゃる。」
「ほほほほほほ!」

 扇子で口を隠しながら、高らかに笑うマゼランは、ホンマに楽しそうだ。

「時にカズマ、子供が生まれたと聞いたでおじゃる。」
「ええ、女の子でした。」
「おや、世継ぎは次回かのう?」
「まあ、それでもいいじゃないですか。女の子で、俺は嬉しいですよ。」
「そうでおじゃるか?まあ、本人が満足なら言うことはないでおじゃるが、世継ぎは大切でおじゃるよ。」
「忠言感謝します。ま、次も控えていますし、安心していますよ。」
「それは結構。はげむでおじゃる。」
「ははは!」

 轡を並べて進む俺たちは、実際には急ぐ旅だが、気持には余裕がある。

 前方に展開していたパッシブセンサーに感あり。

「マゼラン伯爵、魔物が出たようですね。」
「ほう?わしには見えんが?」
「まだ遠いです、一キロほど先になにやら影が五体ほど。オーク鬼でしょうかね?」
「ほほう、オークでおじゃるか、ではワシの獲物でおじゃるな。はい!」
 マゼラン伯爵は、馬に鞭を入れて駆けだした。
「おいおい!伯爵さま自ら出陣かよ!」
「男爵さま!ご安心を、我らが護衛つかまつる!」
 横合いから伯爵の騎士が、馬を進めてきた。
「よし、頼んだ。相手はオーク鬼が五匹だ!」
「承知!」
 騎士は駆けだして行った。

「お屋形さま、彼らだけでよろしいので?」
 マルノ=マキタが心配そうに聞くので、カズマは馬の首を回した。
「まあ、あれでマゼラン伯爵はけっこう使い手なんだ。心配には及ばんよ。気になるなら見に行って来い。
「は、行って来ます!」
 マルノ=マキタは、馬を走らせた。

「ほほほ!なんとのう、オーク鬼が五匹でおじゃる!みなのもの、ぬかるでないぞ。」
「「「はっ!」」」
 言うなり伯爵は、すらりと剣を抜き先頭の一匹に向かった。
「はっ!」
 しゅんっと剣が走ると、先頭のオークの首が、見事に宙を舞った。
「お見事でござる!お屋形さま!」
「見ていないで、他の敵を斬るでおじゃる!」
「はは!」
 おじゃる伯爵の家臣も、けっこうやる。
 オークに二人ずつ付いて、前に進ませず、確実に急所を切り裂いていく。
 マルノ=マキタが戦場に入るころには、全部斬り伏せられていた。

「おみごとでございます、伯爵さま!」
 マルノは、馬を寄せて伯爵に言った。
「おお、カズマの家臣か、ここは済んだでおじゃる。早々に戻って報告するがよい。」
「かしこまって候!」
 マルノはすぐに馬首を回して、俺のところに報告に来た。
「ほらな、心配いらないだろう?」
「は、お見それしました、伯爵さまは一刀でオークの首をはねましてございます。」
「で、あるか。」
 そこに、ぱかぱかと馬を遊ばせて、伯爵が戻ってきた。
「張り合いのない相手でおじゃった。」
「伯爵~、俺が言うのもなんだが、殿さまが先頭切って魔物と戦うなんて、やめてくれよ~。」
「まったくでござる!」
 あれ?ロフノールが怒ってるよ、あはは、おれにいつも口酸っぱく言ってるからな~。

「ほほほ!まあそう言うなでおじゃる。たまには羽目をはずすのも楽しいものでおじゃる。」
 伯爵も、ひさしぶりの遠出で、はしゃいでいるようだ。

 兵士たちは、それぞれにオーク鬼を捌いて、今夜の飯にしようと解体している。
 宵闇が迫る前に、テントを張って夕食の準備をするんだ。
 街道沿いに、いい広場があったのでそこにした。
 テントは、家臣にまかせたよ。
 家作るほどでもないし。
「カズマ、いっしょに食事をするでおじゃる。」
「ああ、ありがとう。ラル、伯爵の分も焼いてくれ。」
「はい!焼き方は、どうされますか?」
「レアでたのもうかのう。」
「かしこまりました!」
 ラルは、かまどにくっついて、フライパンをゆすっている。

「その子は?」
「小姓に使っております、ラルです。あの大暴走のとき、両親をやられましてね、以来面相をみていますよ。」
「ほう、カズマは、いい人じゃのう。」
「あはは、さ、イッパイやりましょう、家で作ったリンゴのスパークリングワインですよ。」
「おう、これはうまいの。シュワシュワするのが気持ち良い。」
「みんなで果物狩りに行った戦果ですよ。」
「なるほどのう。」
「伯爵も奥方さまと一緒になさってはどうです?けっこう喜ばれますよ。」
「そうでおじゃるか?やってみるかのう?」
 旅路は、始まったばかりだ。


しおりをはさんでいただいたみなさま、閑話の位置が間違っていましたので、差し替えました。
悪しからず、御了承いただきますよう、お願いいたします。
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黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

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