背中合わせの

狭雲月

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オーエング編 3

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 オーエングは自分でも、下卑た声になったと分っていたが、止められなかった。

「ですからっ! 私とエンデ様は、そんな関係ではっ……」
「リエル、って言っていたな、お前は」
「!!」
「ただのメイドが主人と、親密に名前を呼び合うものなのか?」
「それはっ、私の……痛っ!!」
 オーエングは彼女の返事を待たずに、胸をもぎ取るように荒々しく揉み、そのとがった頂にむさぼるように歯を立てた。
 彼女は弄るたびに体を硬くし、呼吸が出来ないように苦しげに拒否の声を上げる。
 散々弄ってから、名残惜しくも胸から口を離して話す。

「いつもあの男と、してるんだろう?」
「そんな……こんなこと、して、ませんっ」

 ――嘘つきめ。

 彼女の下肢に手をのばし、ドロワースの切れ目から強引に指を差し入れると……濡れていない。そんな事は、女を抱いて初めての経験だった。それもそのはず、オーエングの今までの相手は高級娼婦や人妻で、十分な前戯をしなくても、蜜壷は男を誘うように潤おっているのが当たり前だったからだ。その大きな違いが判らない程、オーエングは怒りと衝動に突き動かされていた。
 彼女は悲鳴を上げるだけで、全くオーエングを受け入れる気配がない。
 尽く自分を拒む彼女の陰部を、指で乱暴にかき回す。
 オーエングは自分のしていることは棚に上げて、まだ十分に濡れそぼっていない彼女にイラつきを抑えられない。
 しかし彼女の肌を見ただけでも、すでに十分に硬くなった自身を押し当てると無理矢理挿れた。
 その進入を拒むような圧迫感に、入れただけでイキそうになりながら、そのきつさが心地よくてかまわず自分のいいように動く。
 それは今まで感じたことのない、熱さと、無理矢理奪っているという背徳感から来る高ぶりなのか、感覚が鋭敏だった。
 単純に彼女の中は気持ちいい。
 ――よすぎて、何もかも忘れてしまうぐらいに。

「痛っ……! 嫌っ……いやぁ、やめてっ、くださ……っ」

 一方の彼女の上げる声はただの悲鳴で、一つも艶めいた物にならない。が。そうは口でいっていても中が濡れて来たのか、オーエングの動きはスムーズになる。
 彼女の中を味わったように精を彼女の中に吐き出すと、一度抜く。
 いつもとは違う違和感。
 そこについていたのは、大量の血だった。

「まさか、初めてなのか?」


 信じられなかった。


「で、ですから……違うとっ……」
 涙声で答える彼女。その彼女の初めての男になったと、処女を犯してしまった罪悪感よりも……より深く暗い征服感が、彼の心を満たした。
 エンデさえも味わったことのない、彼女の肢体。それを、今味わっている。
 真っ白な雪に足跡を付けるのが楽しいかのように、彼女の白い肌にキスマークを散らして行く。体に征服の証を残す。一度だけですむと思ったのだろう、彼が開放しないと分かると彼女は絶望の瞳を向けた。

「こんなに、男に犯されて……それを知ったらエンデはどう思うだろうな」
 彼女はここに居ない男の助けをすがって名前を呼ぶ。
 彼女があの男の名を呼ぶほどに……塗り替えたくて。何度も何度も角度を変えて彼女を犯した。まるで精が尽きない。ずっとずっと犯していたい。なのに名前を呼ぶことを止めない。
 犯しながら、こうなった彼女がエンデにどう思われるのか、エンデに縋れなくなるような……あの偽善者が言うはずもない酷い言葉を投げかける。
 彼女の中の何かを変えたくて……動きをはやめ激しく荒く中に何度も何度も打ち付ける。消えない楔を打ち込むように。
 泣き崩れていた彼女はいつの間にか、エンデの名前を呼ぶのをやめていた。そしてその泣き声も消える。
 夜の庭園に聞こえるのは、肌のぶつかり合う音と、淫靡な水音。彼が動くたびに彼女の口から漏れるのは、苦しげな呼吸のみになった。

 何も見ていない、瞳。
 そして非難も怒りも……オーエングに向けていない。
 まるで人形のように宙を見つめる彼女に、彼は彼女に見つめることさえも拒否されていることに気がついた。

 その後の事は、惨めだった。
 彼女との情事の最中はなんともいえない征服感に満たされたが。自分の欲望を全てぶつけた結果は、彼女の心を壊しただけで何も残ることがないものになった。
 彼女は何も言わず破けた服を掻き合わせ着ると、幽霊のような蒼白な顔色で、呆然自失とした動作で庭園から去っていく。
 オーエングは何も出来ずに、ただ彼女が立ち去って行くのを見ていることしか出来なかった。
 残されたのは、まるで何もなかったのではないかと思うほどの静寂。
 しかし、彼女を組み敷いた草むらは荒れていて。
 彼女の胸元を飾っていたレースのリボンが月明かりに照らされているのが、夢ではないとオーエングを非難しているようだった。

「リエル……」

 彼はリボンを拾い上げると、無意識に彼女の名前をつぶやいた。 





 その後はどんな女を抱いても、オーエングは満たされることはなかった。
 彼女はどうしているだろうと怒りに任せて、奪ってしまったことを時間が経つほどに後悔する。

 彼女は、無垢だった。

 怒りのまま刹那的な快楽を追い求めた結果の、何も見ていない彼女の瞳を思い出すたびに……初めて会った時、見惚れた彼女の瞳との落差に思いが引きずられる。

 あの瞳には――もう二度と会えない。

 あとから耳に挟んだことだが、彼女の父親はファンボルト家のランドスチュワードで彼女自身、中流階級の裕福な身の上のようだった。
 彼の家の荘園の経済状況の優良さはどの貴族も知るところである。隙あらば引き抜きたいと思う程の逸材の娘。そんな彼女なら、屋敷の中で発言権があるのはもっともで、一介の使用人よりも重宝されても当たり前の事だった。
 全て……誤解だった。
 しかし、彼女の心はすでにエンデのものだということは、犯した時の彼女の態度で充分に気付かされた。
 彼女はオーエングの事を彼の望みどおりもう二度と忘れないだろう。が、その代償に二度とあの笑顔を見る事は出来ない。


 久しぶりに夜会で会ったエンデに、いつもどおりの挑発的な態度を取る。
 しかしその理由はいつもと違っていた。
 今まではエンデの評判に嫉妬していたが。今では彼女の心を捕らえて離さない存在である彼自身により嫉妬していた。
 彼女との情事を告白したらどうなるのだろうという意趣晴らしもあったのかもしれない。
 自分でもどうして言いか分からない、ドロドロとした出口の無い感情の捌け口を求めている時にエンデが現れたに過ぎない。
 彼女の忘れられない悪夢といえる初めての男になったということを証明した瞬間。
 頬を殴られた。

 その瞳に映るのは、紛れもない憎悪。

 今までどんな事を告げても、すましていたエンデが初めてオーエングに対してとった行動。
 その場に居たアミールがエンデを止めてくれなかったら、殴り殺されていただろうという憤怒。
 その怒りのまま、エンデは夜会を退出していった。

 後に残されたオーエングは、笑った。
 行き先は、彼には痛いほど分かる。
 それは、彼女を更に絶望に落とすのか……それとも。


 そのあと社交界に広まったのは、ファンボルト家の三男がメイドを妻に迎えたという、社交界の一大スキャンダルだった。
 一気にエンデの名声は地に落ちた。
 新興の事業家や社交嫌いな人間ならともかく、まともな貴族なら相手にしないだろうという醜聞。この汚点は、生半可な事では消える事はないだろう。
 退屈な貴族たちは、この醜聞を楽しく面白く繰り返す。
 エンデを追い詰める。

 それをオーエングは一番望んでいたはずなのに……少しも気が晴れる事がないのは何故だろう。
 それよりも、その話題が出れば出るほど、オーエングに重くのしかかる。

 それは醜聞の果てにエンデが手に入れたものの価値を、今のオーエングならば分かっているからだった。


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