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第一話。完璧な弟に不完全な姉
しおりを挟む「久しぶり、いきなり呼び出してごめんね」
「ううん、ちょうど私も報告したいことあったから」
夜景が美しいと評判の、高級ホテルの最上階のディナー。
目の前にいるのは、高そうなスーツに身を包んだこの場にふさわしい、見事なエリートサラリーマン。
でも、メガネの奥の瞳がやさしそうに微笑んでいて、人に拒絶させないやわらかな雰囲気をまとっている。
目の前の人間は、デキスギクンだった。
今も女性客がちらちらと盗み見てくるほどの、イケメンで。
そしてこの不況の中、誰もが名前を聞いたことのある一流企業に勤めてる。
学生時代はテニスでインターハイに出るほどの腕前で、スポーツ万能。
語学も一年の留学で英語はネイティブかと思うぐらい堪能。
私の知る限り、彼ができないということは一度も見たことがなかった。
反対に私は大学卒業後は就職決まらず、いまだに派遣社員の平平凡凡な女。
彼といると女の視線が痛い、通行人その一ぐらいの十人並みのスペックだ。
もう十分に慣れたけど。
そんなスペックの違いすぎる私たちがなぜ一緒にいるのか。
理由はもちろんある。
私は彼の、義理の姉だからだ。
彼は父親、私は母親の方の連れ子。
こんな場所には、一人では来れない。
来れたとしても精々ランチ……でも厳しい。
大事な話があるからと言って、呼び出されてきた場所がこんな場所で。姉としてはおごるべきなんだろうか、誘って来たのは侑大だけど、内心割り勘になるかなって、ドキドキしていた。
彼から呼び出されたのは、理由は何となくわかってる。
わかっているけれど、やさしい義理の姉を演じている私としては相手を立てて、初めて聞いたという顔をしてあげるのが正解だろう。
そう思って、相手が話し始めるのを待っていたら、先になに? って顔をされる。
「ううん、侑大から話してよ」
「いや、聞きたいな」
「…………じゃあ、先に言うけど」
「うん」
「私、結婚することにしたの」
やさしげに、相槌を打っていた、侑大の顔が固まる。
晴天の霹靂といった表情に、私は少し溜飲が下がる。侑大はかなりの時間が経ってからやっと言葉を発した。
「相手……相手は誰?」
「えっと、柿崎君覚えてる?」
「……中学の時の?」
さすがに記憶力が、いい。
柿崎君は中学の頃、一年間だけ一緒のクラスだった男の子だった。
そんな彼との突然の再会。
久々にあった彼の姿はむさいおっさんって感じで、ひげもそってないような感じだったけど。
変わらない、温かい笑顔と、誰でも許容してしまう温かい空気。
なにより彼は私にとって、特別な存在だった。
それはなぜかというと……彼は私と侑大を比べない人だったからだ。
私はこの目の前にいる完璧超人の義弟が、本当は………大嫌いだった。
私は、目の前の侑大と仲の良い姉弟を演じているに過ぎない。
初め弟として紹介された時は、こんなにかわいく素晴らしい弟が自分にできるなんて、しっかりしなきゃとかすごくうれしかった。
でもその気持ちは一年ぐらいしか続かなかった。
なぜなら、この光り輝くほどの弟のそばにいると、私の存在なんてかすんでしまうのだ。
何をするにも侑大の姉だから。
侑大の姉らしく。
侑大はできるのに……。
――私が自身が、なくなっていく。
そうことごとく比べられ続けて……まだ、侑大が嫌な奴だったらよかったのに、侑大はこんな十羽一絡げの何も取り柄のない私にも純粋にやさしく、姉として敬った。
私のゆがんだ嫉妬心は、吐き出す場所がなくだんだん心の中でたまっていく。
その淀みが支えきれなくなり、破裂しそうなほど苦しんでいた時に、まるで換気をするように空気を抜いてくれたのが、転校生の柿崎君だった。
柿崎君はすごく風変わりで、両親を亡くしてカメラマンのおじさんに引き取られているといっていた。
そのおじさんの都合で一年しか一緒にいられなかったけれど、私を侑大の姉としてではなく一人の女の子として見てくれる。
多分、柿崎君に会っていなかったら、私はもっと歪んだ人間になっていただろう。
そんな彼に再会したのは、飲み屋でぐだぐだに酔っぱらっているときだった。
社会人になって一人暮らしをはじめて、侑大の影響からは抜け出たと思っていた。
派遣先にはもちろん侑大のことなんて知っている人なんていない。
それだけで、羽が生えたように心が軽くなった。
それなのに、突然私の派遣先が侑大の会社と提携することになり、屈託なく私に話しかける侑大にどういう関係? と聞かれて……。
私は、「私」の居場所がなくなってしまうと感じた。
また侑大の付属物になってしまう。学生時代のトラウマがよみがえる。
……それで、やけ酒を飲んでいたところ、偶然にあったのだ、柿崎君と。
初めは思い出の男の子と、目の前のひげもじゃで大柄のくまさんのような人物が、同一人物だとは思えなかったけど。
柿崎君はおじさんの影響で海外を飛び回る写真家になっていた。
ひげをあまりそらないのは、ひげがないと成人男子として認めてもらえない国にもいくから、らしい。
私に再会して、「君はいままでどうしてた?」と聞いてくれるのは、彼だけだった。
皆、私に久しぶりに会うと「侑大君どうしてる?」と聞いてくるのが当たり前なのに。
やっぱり柿崎君は柿崎君で、私は年甲斐もなく泣いてしまった。
それから、彼が日本にいるときは何度か飲んで、今度は長期で外国に行くと言っている彼に、私も行ってみたいなと言ってしまった。
どこでもいい、侑大がいない場所に行きたい。
すると、柿崎君はまるで近所のコンビニに行くような気軽さで私にいった。
「じゃあ俺と結婚して、一緒にいくか?」
すごく大変なことなのに……私はすぐに「うん」と答えていた。
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