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風太郎の旅立ち編
田んぼの近くでの一幕
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風太郎と綺蝶は黒塗りの車の中で黙って揺られていた。時たま、ぼんやりと窓の外に流れる景色を眺めるが、それも二時間で飽きてしまう。車で京へと向かうのは些か無茶がある様に思われた。
だが、綺蝶が言うには、
「これは平安の世からの習わしなんです。一般に討滅寮所属の闇祓い師と認められるためには上様からの承認が必要なんです」
どうやら、綺蝶よりも更に上の地位にいる京都の偉い人の名称は『上様』というらしい。
馬鹿馬鹿しい。まるで封建時代そのものではないか。時代は元禄でも宝永でもない昭和。既に文明化を成し遂げ、20世紀へと入り、多くの人間が洋服を着る時代。
そんな時代錯誤的な呼び名が通っている事が風太郎には信じられない。
そんな事を考えていると、二人を乗せていた車が大きく静止する。
周りは既に夕暮れ。烏が飛び交い鳴く時間。加えて、周りは一面の田という場所。
こんな場所で止まるとはどういう事だ。風太郎がこっそりと運転席から顔を覗かせようとした時だ。綺蝶が素早く風太郎の服の袖を掴み、共に車から落ちていく。
風太郎が疑問に目をパチクリと動かしていると、彼の目の前には一刀両断にされた一台の車。
そして、彼の前にはこれまた時代錯誤な髪型に服装をした一人の赤い髪の男。
猫の様な細い目に蛇の様に嫌らしい舌を出した中年と思われる男は無言で真っ二つに切断された車から飛び上がり、風太郎を斬り殺そうと試みたのだが、それを綺蝶が盾となり防ぐ。
勿論、男の刀を彼女自身の体で防いだのではない。綺蝶は彼女自身の刀で男の刀を防いでいた。
表面上は穏やかでありながらも、明らかに怒気の含まれた声で彼女は突然の無礼者に向かって問い掛ける。
「失礼ですが、あなたのお名前は?そんな侍の様な格好をしながら、このまま名乗りもせずに攻撃をするなんて、侍にあるまじき失態ではありませんか?」
綺蝶の問い掛けに男はケタケタと大きな声を上げて答える。
「それはそうだったな。オレの名は孫四郎。山根孫四郎」
「そうですか、お名乗り頂き光栄です。お武家様、私の名前は斑目綺蝶。討滅寮所属の対魔師です。所で、時代にそぐわない格好をしたお侍様と思われるあなたはどの様な目的でこの場に馳せ参じたのでしょうか?理由をお聞かせ願えれば幸いですが……」
「ふん、しれた事よ。あのお方のご命令により、お主とお主が討滅寮へと連れて行く手筈となっておる小僧を始末する」
そういうと、孫四郎は奇声を上げながら、綺蝶へと斬りかかっていく。
素早い太刀筋。洗練された動き。まさに侍に相応しい統制の取れたものだ。
だが、綺蝶も負けてはいない。それどころか、孫四郎よりも僅かに優位に立っていた。
その上、切断された車が目の前に、真横にビチャビチャになった田んぼがあるのにも関わらずだ。
風太郎はそれを見て思わず震えていた。あの三年間の記憶は欠如し、初めて斧を持った老人が自分の家族を殺した時の事を思い出してしまう。
恐怖の表情に囚われていく。が、その思いも懸命に踏ん張る綺蝶の姿を見て吹き飛ぶ。
彼は自分を奮い立たせてから、目の前の男に向かって叫ぶ。
「オレこそがお前とお前の主人が探していた獅子王院風太郎その人だッ!掛かってこい!クソ野郎!」
その言葉を聞いた侍は向きを変えて、目の前で刀を構える風太郎へと向かっていく。
田んぼに挟まれた道は一本道。避けようがない。孫四郎は勝利を確信した。
あの怯えた目を見て彼は自分の目の前の少年が一度も自分の様な存在と戦った事がないという事を見抜く。
ならば、即座に斬り捨てられるだろう。江戸の時代、明和の頃に自身の上司により、妖の力を手に入れた時から既に孫四郎には殺す事に対しての未練がない。
なので、彼は突き立てる。それも容易に。
孫四郎が突いた刀は真っ直ぐに風太郎を狙っていたのだが、風太郎は顎を逸らして孫四郎の刀から逸れていく。
そして、彼は右斜め下から刀を振り上げて、孫四郎を狙う。
孫四郎は咄嗟にそれを交わし、背後へと下がっていく。
草履の擦れる音が風太郎の耳に届いていく。孫四郎はもう一度、距離を取ってから、今度は刀を下に逸らし、その刃に左手を伸ばしていって撫でていく。
彼が何やらぶつぶつと喋り始めるのと共に、突如、彼の背中が破け、ゲンゴウロウの足が生えていく。四つの虫の形をした足は宙の上で畝りを上げ、空を切っていく。
風太郎は両手で刀を構え直して、そこで三年間の日々の事を思い返していく。
彼は破魔式を覚える時の手順を思い出し、手に持っている刀に冷気を纏わせていく。
それから、目の前で刀を舐めて待っている時代外れの男へと刀を振っていく。
風太郎は大きな声で叫ぶ。
「第三の破魔式!博麗結氷!」
美しき一本の氷が男の元へと飛ぶ。が、男は背中に生えていた虫の足でそれを弾き飛ばす。男はそれだけでは飽き足らずに風太郎へのカウンターを喰らわせていく。
「魔獣覚醒!第一の目覚め!直近飛翔!!」
男はそう叫ぶと、足だけではなく、ゲンゴウロウの使う翼をも取り出し、風太郎へと襲い掛かっていく。
風太郎は両手で刀を構えて、今度は第二の破魔式を展開していく。
「氷刃下僕!」
風太郎の前に小さな氷の小人たちが現れて、ゲンゴウロウの羽根と足を持った男へと襲い掛かっていく。
が、それさえも男は歯牙にも掛けないらしく一瞥すらせずに、背中に生えていた足で風太郎の下僕を粉微塵にしていく。
が、風太郎は逃げようともせずに、両手で刀を構えて男を待ち構えていた。
男は勝利を確信した。そして、第二の魔獣覚醒を心の中で叫ぶ。
それはゲンゴウロウの特性、捕食。この新米の青年を捕食し、その死体をあの方に献上するつもりであった。
が、自分の体はどうして氷で固まっているのだろう。
自分の両手両足は勿論、魔獣覚醒の一環として背中から芽生えたゲンゴウロウの両手両足も完璧に凍っている。
訳が分からない。彼は凍ったままの表情でそこに至るまでの経緯を思い返す。
そう、あれは男の氷の下僕を足で片付け、男を四本の足で捕らえて捕食しようとした時だ。
男は小さな声。それこそ注意しないと聞き逃してしまう程の小さな声で呟いた。
「第一の破魔式、氷結牢」と。
そして、刀が振られ、避ける暇も無かったために、そのまま男は刀が直撃し、凍らされてしまっていたのだ。
凍ったままの男は地面の上に落ち、そのまま刀が空中から振り上げられる様を見上げる。
男は懇願した。助けてくれ、と。死にたくない、と。だが、その瞬間に男の脳裏に過ぎる。これまで辻斬りで始末した男たちの姿が。
男たちは皆命乞いした。その様を笑い、殺してきたのは自分ではないか。
男は氷の中で後悔した。助けてくれと叫んだ。だが、容赦なく刀は振り下ろされて男はそのまま光に包まれて悲鳴を上げる間も無く消滅していく。
風太郎はそれを見届けると刀を鞘の中に仕舞って、待機している綺蝶に向かって言った。
「行こう、綺蝶……街に着いたら、電話を借りるか、無かったら、電車に乗るかしよう。少なくとも予定よりは遅くなるかな……」
「どうでしょう?あなたは私が思っているよりも早くあいつを始末しましたから……まぁ、それはともかく、街か村に行かないと話は付きませんよね。行きましょう。徒歩というのも中々趣がありますね。文明の利器無しに生きるなんて、まるで、江戸時代に住んでいるみたいです」
綺蝶は満面の笑みを浮かべて言った。会話の中で江戸時代が出たのは先程の男へのメタフォーの様なものなのだろうか。
風太郎はそんな事を考えながら、田んぼが左右に見える田舎道を二人で並んで歩いていく。
だが、綺蝶が言うには、
「これは平安の世からの習わしなんです。一般に討滅寮所属の闇祓い師と認められるためには上様からの承認が必要なんです」
どうやら、綺蝶よりも更に上の地位にいる京都の偉い人の名称は『上様』というらしい。
馬鹿馬鹿しい。まるで封建時代そのものではないか。時代は元禄でも宝永でもない昭和。既に文明化を成し遂げ、20世紀へと入り、多くの人間が洋服を着る時代。
そんな時代錯誤的な呼び名が通っている事が風太郎には信じられない。
そんな事を考えていると、二人を乗せていた車が大きく静止する。
周りは既に夕暮れ。烏が飛び交い鳴く時間。加えて、周りは一面の田という場所。
こんな場所で止まるとはどういう事だ。風太郎がこっそりと運転席から顔を覗かせようとした時だ。綺蝶が素早く風太郎の服の袖を掴み、共に車から落ちていく。
風太郎が疑問に目をパチクリと動かしていると、彼の目の前には一刀両断にされた一台の車。
そして、彼の前にはこれまた時代錯誤な髪型に服装をした一人の赤い髪の男。
猫の様な細い目に蛇の様に嫌らしい舌を出した中年と思われる男は無言で真っ二つに切断された車から飛び上がり、風太郎を斬り殺そうと試みたのだが、それを綺蝶が盾となり防ぐ。
勿論、男の刀を彼女自身の体で防いだのではない。綺蝶は彼女自身の刀で男の刀を防いでいた。
表面上は穏やかでありながらも、明らかに怒気の含まれた声で彼女は突然の無礼者に向かって問い掛ける。
「失礼ですが、あなたのお名前は?そんな侍の様な格好をしながら、このまま名乗りもせずに攻撃をするなんて、侍にあるまじき失態ではありませんか?」
綺蝶の問い掛けに男はケタケタと大きな声を上げて答える。
「それはそうだったな。オレの名は孫四郎。山根孫四郎」
「そうですか、お名乗り頂き光栄です。お武家様、私の名前は斑目綺蝶。討滅寮所属の対魔師です。所で、時代にそぐわない格好をしたお侍様と思われるあなたはどの様な目的でこの場に馳せ参じたのでしょうか?理由をお聞かせ願えれば幸いですが……」
「ふん、しれた事よ。あのお方のご命令により、お主とお主が討滅寮へと連れて行く手筈となっておる小僧を始末する」
そういうと、孫四郎は奇声を上げながら、綺蝶へと斬りかかっていく。
素早い太刀筋。洗練された動き。まさに侍に相応しい統制の取れたものだ。
だが、綺蝶も負けてはいない。それどころか、孫四郎よりも僅かに優位に立っていた。
その上、切断された車が目の前に、真横にビチャビチャになった田んぼがあるのにも関わらずだ。
風太郎はそれを見て思わず震えていた。あの三年間の記憶は欠如し、初めて斧を持った老人が自分の家族を殺した時の事を思い出してしまう。
恐怖の表情に囚われていく。が、その思いも懸命に踏ん張る綺蝶の姿を見て吹き飛ぶ。
彼は自分を奮い立たせてから、目の前の男に向かって叫ぶ。
「オレこそがお前とお前の主人が探していた獅子王院風太郎その人だッ!掛かってこい!クソ野郎!」
その言葉を聞いた侍は向きを変えて、目の前で刀を構える風太郎へと向かっていく。
田んぼに挟まれた道は一本道。避けようがない。孫四郎は勝利を確信した。
あの怯えた目を見て彼は自分の目の前の少年が一度も自分の様な存在と戦った事がないという事を見抜く。
ならば、即座に斬り捨てられるだろう。江戸の時代、明和の頃に自身の上司により、妖の力を手に入れた時から既に孫四郎には殺す事に対しての未練がない。
なので、彼は突き立てる。それも容易に。
孫四郎が突いた刀は真っ直ぐに風太郎を狙っていたのだが、風太郎は顎を逸らして孫四郎の刀から逸れていく。
そして、彼は右斜め下から刀を振り上げて、孫四郎を狙う。
孫四郎は咄嗟にそれを交わし、背後へと下がっていく。
草履の擦れる音が風太郎の耳に届いていく。孫四郎はもう一度、距離を取ってから、今度は刀を下に逸らし、その刃に左手を伸ばしていって撫でていく。
彼が何やらぶつぶつと喋り始めるのと共に、突如、彼の背中が破け、ゲンゴウロウの足が生えていく。四つの虫の形をした足は宙の上で畝りを上げ、空を切っていく。
風太郎は両手で刀を構え直して、そこで三年間の日々の事を思い返していく。
彼は破魔式を覚える時の手順を思い出し、手に持っている刀に冷気を纏わせていく。
それから、目の前で刀を舐めて待っている時代外れの男へと刀を振っていく。
風太郎は大きな声で叫ぶ。
「第三の破魔式!博麗結氷!」
美しき一本の氷が男の元へと飛ぶ。が、男は背中に生えていた虫の足でそれを弾き飛ばす。男はそれだけでは飽き足らずに風太郎へのカウンターを喰らわせていく。
「魔獣覚醒!第一の目覚め!直近飛翔!!」
男はそう叫ぶと、足だけではなく、ゲンゴウロウの使う翼をも取り出し、風太郎へと襲い掛かっていく。
風太郎は両手で刀を構えて、今度は第二の破魔式を展開していく。
「氷刃下僕!」
風太郎の前に小さな氷の小人たちが現れて、ゲンゴウロウの羽根と足を持った男へと襲い掛かっていく。
が、それさえも男は歯牙にも掛けないらしく一瞥すらせずに、背中に生えていた足で風太郎の下僕を粉微塵にしていく。
が、風太郎は逃げようともせずに、両手で刀を構えて男を待ち構えていた。
男は勝利を確信した。そして、第二の魔獣覚醒を心の中で叫ぶ。
それはゲンゴウロウの特性、捕食。この新米の青年を捕食し、その死体をあの方に献上するつもりであった。
が、自分の体はどうして氷で固まっているのだろう。
自分の両手両足は勿論、魔獣覚醒の一環として背中から芽生えたゲンゴウロウの両手両足も完璧に凍っている。
訳が分からない。彼は凍ったままの表情でそこに至るまでの経緯を思い返す。
そう、あれは男の氷の下僕を足で片付け、男を四本の足で捕らえて捕食しようとした時だ。
男は小さな声。それこそ注意しないと聞き逃してしまう程の小さな声で呟いた。
「第一の破魔式、氷結牢」と。
そして、刀が振られ、避ける暇も無かったために、そのまま男は刀が直撃し、凍らされてしまっていたのだ。
凍ったままの男は地面の上に落ち、そのまま刀が空中から振り上げられる様を見上げる。
男は懇願した。助けてくれ、と。死にたくない、と。だが、その瞬間に男の脳裏に過ぎる。これまで辻斬りで始末した男たちの姿が。
男たちは皆命乞いした。その様を笑い、殺してきたのは自分ではないか。
男は氷の中で後悔した。助けてくれと叫んだ。だが、容赦なく刀は振り下ろされて男はそのまま光に包まれて悲鳴を上げる間も無く消滅していく。
風太郎はそれを見届けると刀を鞘の中に仕舞って、待機している綺蝶に向かって言った。
「行こう、綺蝶……街に着いたら、電話を借りるか、無かったら、電車に乗るかしよう。少なくとも予定よりは遅くなるかな……」
「どうでしょう?あなたは私が思っているよりも早くあいつを始末しましたから……まぁ、それはともかく、街か村に行かないと話は付きませんよね。行きましょう。徒歩というのも中々趣がありますね。文明の利器無しに生きるなんて、まるで、江戸時代に住んでいるみたいです」
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