太刀に宿る守護霊とその上位の神々に認められたので、弟と妹を殺された兄ちゃんは仇の相手である妖鬼に復讐を誓います!

アンジェロ岩井

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風太郎の旅立ち編

蛇の支配する村

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「お、お許しを ……これ以上の生贄は今年は無理でございます」
そう言って、老齢と思われる白髪の茶色の羽織に着物を着た男は畳の上に頭を擦り付けて慈悲を乞う。
だが、上座の上で胡座をかく蛇の姿をした怪物は怒りに身を任せて座っていた畳を叩き付けて、
「足りぬ!妾にこれ以上お預けを食らわせるつもりか!一人や二人の飯などもう飽きたわ!早う多量の男子を献上せぬか!」
「お、お許しを……大東亜戦争開戦の折に際し、我が村にも徴兵の勅諭が賜れられ、多くの若者が戦地へと出兵したのでございます。勿論、その際にあなた様が我々にお慈悲をお与えになられ、若者の免除を授けてくださいました事には感謝の意を表します。ですが、若者はもう村には……」
「居ないのならば、他所から連れて来い!それくらいの事も考えつかぬのか!主は!?」
蛇の体を持ち、同時に上半身は姫カットの美少女の頭を持つ恐ろしき妖怪は老齢の男に向かって盃を投げ付ける。
小さい盃が額に直撃し、清酒と血とが同時に垂れるが、老齢の男はそれを拭う事なくただひたすらに頭を下げ続けていく。
ここまで、彼はこれ以上ない程に表情を青くさせていたが、次の怪物の一言で彼は海の底の水よりも青くさせていく。
「ならば、主の子を食わせてもらおうか、妾は聖戦を成功させるためと称し食を四年も預けさせられ、久方ぶりに食べる食事は戦争の前よりも質の低いものばかり……こうなれば、主の祖先と取り決めた約束も反故にしなければならぬな」
老齢の男は自分の心臓がこれ以上ない程に唸っている事に気が付く。恐らく、昭和二十年の初頭に東京を訪れた際に見舞われたあの災禍に直面し、危うく命を奪われそうになった時と同じか、それ以上の唸りを彼の耳へと届けさせていた。
満州事変の発生した年に生まれた彼の息子は既に23となっている。
つまり、目の前の蛇の姿をした怪物が丁度、食べごろとする年である。
元来であるのならば、村長である自分と自分の家の子供は食べられない筈なのである。
それが、群雄が割拠していた戦国の時代に周囲の大名の侵攻や野武士の襲撃、そして自然災害からの庇護を得るために彼の祖先はこの地をたまたま訪れた妖怪に契約を持ち掛け、村の守護と繁栄の代わりに、毎年、5、6人の若者を供物として献上する際に結ばれたり条約の一部に含まれたものだったのだから。
だからこそ、村長を務める老齢の男は冷や汗が止まらない。いや、それどころかより一層、汗が頬の上を流れていく。
老齢の男は何とかその場を取り繕い、村に用意された一番大きな屋敷を出るのと同時に、外で溜息を吐くと、彼の前にえんじ色の着物の下にワイシャツを着た中年の男が走ってきて彼に向かって言った。
「村長!大変だ!学生さんと思しき二人が村の入り口の方に現れて、電話を貸してくれって!」
その言葉を聞いた村長は天啓が来たと思った。彼は息子を差し出さずに済んだのだ。
彼は慌てて村の入り口へと向かう。既に衣服に汚れの目立つ二人の男女は苦笑しながら現れる。そして村長が宿泊を促すとセーラー服を着た女性の方が丁寧にそれを断って、
「すいませんが、電話を貸してくださいませんか?」
と、丁寧な口調で尋ねた。村長は心の内ではベロを出しながらも、家の方に案内していく。
そして、引き戸を開けると二人を自宅の中へと案内していく。
村長の家だけあり、他の家々とは違って、二階が存在し、生活空間を表す床の下には土間さえある。
床下の土間に履き物を並べるのは江戸の時代からの村長の家のしきたりであり、彼もそれに倣って履き物を土間に並べて、二人の若い客人を自宅へと招き入れていく。
生活空間の中には囲炉裏がある他に、大きな桐の箪笥に大きな火鉢が揃えられている他に、土間にはこれ見ようがしに大きな釜が置いてある。
どれも村長の家の栄華を保証するものであり、その栄華の最もたる物が村の中に唯一存在する黒電話だろう。
彼は箪笥の側に備え付けられた電話台の上に置かれた電話を指差す。
セーラー服を着た少女は電話台の側にまで向かうと、受話器を手に取り、ダイヤルを回していく。
それをぼんやりと眺める少年。村長はこの二人が何者なのかを思案していく。
恋人同士なのか、はたまた友人なのか。それとも、既に結婚していたりするのだろうか。
そんな事を考えながら、彼の顔を眺めていると、先程の少女が生活空間の上にある円座の上で胡座をかいていた少年に向かって、
「喜んでください!今、連絡がありまして、明日には迎えとしてこの村に関東の一番強い対魔師を派遣するそうです!」
対魔師という言葉を聞いた瞬間に、彼は思わず両眉を上げる。
対魔師と言えば、今、村を守護している妖怪を狩る人間どもの総称ではないか。
戦国の時代にも彼らが村の妖怪を追っていた話は彼の父や祖父、更には妖怪自身の口から語られているのでよく知っていた。
その時に村長に悪魔が囁く。対魔師たちならば餌として招き入れても構わないのではないのか、と。
彼は作り笑顔を浮かべて、二人に向かって言った。
「お二人さん、今日はどうするつもりじゃ?まさか、このまま夜道を歩いていくつもりではなかろうな?」
「い、いやそれは……」
少年が言葉を濁す。老人は二人が今晩の対応をどうしようかと悩ませているのを悟った。
そして、今後の対応に困っている二人に対して天啓とも呼べる提案を施す。
「もし、良かったのなら、翌日に来るというお二人さんの迎えが来るまでこの村に泊まっていったら良いのではないかな?」
その言葉を聞いて顔を見合わさる二人。
暫くは悩んでいたらしいが、やがてセーラー服を着た若い女性が頭を下げて、
「よろしくお願いします。今晩はもう遅いですし、それに対峙してきたばかりですから、体も疲れていますしね。今晩はここで厄介になろうかなと思っています」
女の声は透き通る程に綺麗であり、彼自身は耳にした事が無かったが、西洋のオペラならば、間違いなく主役を張れる程の声。
加えて、女は容姿だけでも食べていけそうな程の美しい顔をしていた。
その顔はまさに蝶。毒を放つ妖艶な胡蝶などではない。花の周りを飛び回り、蜜を求める美しき蝶。
それが、村長からの評。一方で男は平凡な顔立ちであり、いかにも若者と言わんばかりの元気に溢れん顔。
並んで歩けば目立つのは当然、女の方だろう。
そんな事を考えながら、彼は二人を妖怪に献上するための準備を進めていく。
その第一段階として彼は床下に置いていた焼酎を引っ張り出し、食器棚から酒を取り出して二人に勧めていく。
村長は表向きは愛想笑いを、裏では蝶を狙う蜘蛛のような心境を出し、両手を広げて二人に酒を勧めていく。
「さぁ、若いお二人さん、飲んでくれ、飲んでくれ。今夜は無礼講だ。遠慮はいらないよ」
二人は進められるまま酒を手にしようとしていた。
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