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風太郎の旅立ち編
勇気のある蝶
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斑目綺蝶はお酌を口元に持っていき、そのまま飲み干そうとしたが、その前に目の前に座る老人の口元が不自然に歪んでいる事に気が付き、無意識のうちに持っていたお酌を地面に下ろしてしまう。
それを見た老人は明らかに慌てた様子で尋ねる。
「ど、どうかなさいましたか?お気に召しませんでしたか?村一番の名酒でしたが……」
綺蝶は視線を下に向け、上手い言い訳を思案していく。
そして、上手い言葉が思い付いた後に多くの男、場合によっては女性さえも虜にしまいそうな満面の笑顔を振り撒いて、
「何でもありません。少し考え事をしていた様です。ちょっと疲れたみたいなので外に出てもいいですか?」
綺蝶は慌てる素振りを隠して自身の弟子を外へと連れ出す。
幸いにして愛弟子は自分と同様にまだお酌に口を付けていないらしい。
だからこそ、青年の腕を乱暴に掴んで外へと有無を言わさずに連れ出したのだ。
綺蝶は田んぼの前で荒い息を吐いて、抗議の声を出そうとする不詳の弟子を右手で静止して自身が先程、頭の中に思い付いた出来事を話していく。
「獅子王院さん、妙だと思いませんか?わざわざ余所者の私たちをこんな快く歓迎してくれる村だなんて」
「何を言い出すのかと思えば、今は昭和の時代だぞ、武士が幅を利かせていた封建時代とは訳が違うんだ。今は文明の開かれた時代でーー」
「戦争の前、文明の開かれた時代でもそんな場所はごまんとありましたよ。少し前に静岡県で少女が村の慣習に背いて不正を告発して、一家ごと村八分にされた事件は記憶に新しい筈です」
「おいおい、それじゃあ、お前、この村は妙に開きすぎてるって言いたいのか?」
綺蝶は迷う事なく首を縦に動かす。あまりの躊躇の無さに風太郎は思わず生唾を飲み込む。
目の前の綺蝶に、いや、彼女の体から放たれる村という言葉や昔ながらの掟という言葉に圧倒されているのだろうか。
分からない。だが、この場で風太郎の足が無意識に下がっているのだけは変わりようがない事実であった。
そんな弟子の様子など気にも留めずに綺蝶は話を続けていく。
「獅子王院さん、あなたは感じませんか?この村の放つ異様な雰囲気に。この村を包み込む妖の存在に……」
綺蝶は既に言葉を奪われている風太郎に自分たちの敵である妖の存在について語っていく。
妖というのは彼ら彼女らの敵である妖鬼の通称であり、人の中に紛れ込み、人を使役する事からその名前を与えられたという。
他にも妖が存在する場所にはベテランの対魔師のみが感じられる独特の雰囲気が感じられるという。
「成る程、だから、綺蝶は若いのにあんなに大きな家に住めるんだな。妖の空気を感じられる数少ないベテランで、組織にとって貴重な存在だから」
「ええ、ついでにいうと私のあんな我儘が赦されたのも上様にとって、私が貴重な人材の一つだからでしょうね。だからこそ、たまに家を開ける事を条件に、あなたを三年間も育成できたんです」
綺蝶は喋り終えるのと同時に愛弟子の服の袖を引っ張り、村の外へと出て行こうとしたのだが、その前に先程、二人が酒をいただこうとした扉が勢いよく開き、二人の前に紋付きの羽織袴を着た老人が姿を表す。
「おやおや、若い者は短気でいかん。まだお主ら、酒も飲んでおらんじゃろ?それなのに帰るのはちと寂しくないかのぅ。どうじゃ、酒はまだ残っておるぞ、他にも料理などはどうじゃ?」
口調や口元こそ穏やかに笑っているものの、その目は笑っていない。
綺蝶はあの場所で話を持ち掛けた事を後悔していた。
恐らく、あの声が家の中に届いたのだろう。あの男の微妙な表情から察せられる。
そして、二人は一瞬で老人の意図を察した。
風太郎は咄嗟に背中に隠していた太刀に手を伸ばそうとしたが、それを綺蝶が静止する。
「折角ですが、ご辞退させていただきます。私たちは先を急がねばならなければなりませんから」
綺蝶はそう言って来た道を引き返そうとしたが、それを先程の老人が大きな声を上げて静止する。
そして、老人の声に釣られて村の家々の扉が開いていき、虚な目をした村人たちが斧やら鉈やらを持って現れた。
老人は集まった村人たちに向かって述べていく。
「皆、よく聞け!此奴らは儂の酒を断り、儂のもてなしを断り、儂を殺そうとしていたッ!左様な事を許されるか!?」
その言葉を聞いた老人たちは大きな声で異を唱えていく。そして、言葉を態度で表すべく村人たちは手に持った凶器を持って二人に近付いていく。
綺蝶は大勢の村人たちが近付いて来るのと同時に、背中に隠していた刀を抜いて、蛇が畝りを上げて動いていく様に蛇行していく。
彼女に背後を取られた村人たちは武器を持ったまま地面へと倒れていく。
それを見た風太郎も綺蝶に倣って刀を抜こうとするが、綺蝶本人が大きな声で静止する。
それにプライドを傷付けられたのは村人たち。
村人の中には女の癖にというやっかみがあった。村の中高年の中には内心、歯軋りをしていた者もいただろう。
が、綺蝶はそんな村人の心境に構う事なく峰打ちの居合いを放っていく。
村人は綺蝶のそんな剣技に見惚れ、そして倒れていく。
そして、駆け付けた村人たちの大勢が地面に倒れるのと同時に綺蝶は一人、怯む老人に向かって刀の先を突き付ける。
「どうです?これで私を逃すつもりになりましたか?」
「くっ、己……あと少しでお前たちをあのお方に捧げられる筈じゃったのに……」
老人はそう言って目の前の綺蝶を睨み付けていたが、彼は直ぐに表情を変えていく。
大きく見開かれた両目は背後に向かれ、驚愕の色を浮かべていた。
綺蝶は老人を蹴り付けると、直ぐに背後に向かって持っていた剣を横に振るう。
が、手応えはない。念のためにもう一度両手で刀を構える。
今度は寄って来ようとしない。その瞬間に、彼女は道の真ん中に置いていた愛弟子の顔を思い出す。
彼女は慌てて刀を持って家を飛び出し、道の真ん中へと移動する。
そこで見たのは人間の上半身に蛇の下半身を持った怪物が弟子に襲い掛かる姿。
思わずに綺蝶は叫ぶ。
「獅子王院さん!!」
が、返事は返ってこない。目を凝らすと、多くの倒れた村人に囲まれた風太郎はその村人の上を這って進んできた怪物の攻撃を太刀で必死になって阻んでいた。
綺蝶は助太刀に向かうタイミングを見出す事ができ、刀を持って震えていた。
それを見た老人は明らかに慌てた様子で尋ねる。
「ど、どうかなさいましたか?お気に召しませんでしたか?村一番の名酒でしたが……」
綺蝶は視線を下に向け、上手い言い訳を思案していく。
そして、上手い言葉が思い付いた後に多くの男、場合によっては女性さえも虜にしまいそうな満面の笑顔を振り撒いて、
「何でもありません。少し考え事をしていた様です。ちょっと疲れたみたいなので外に出てもいいですか?」
綺蝶は慌てる素振りを隠して自身の弟子を外へと連れ出す。
幸いにして愛弟子は自分と同様にまだお酌に口を付けていないらしい。
だからこそ、青年の腕を乱暴に掴んで外へと有無を言わさずに連れ出したのだ。
綺蝶は田んぼの前で荒い息を吐いて、抗議の声を出そうとする不詳の弟子を右手で静止して自身が先程、頭の中に思い付いた出来事を話していく。
「獅子王院さん、妙だと思いませんか?わざわざ余所者の私たちをこんな快く歓迎してくれる村だなんて」
「何を言い出すのかと思えば、今は昭和の時代だぞ、武士が幅を利かせていた封建時代とは訳が違うんだ。今は文明の開かれた時代でーー」
「戦争の前、文明の開かれた時代でもそんな場所はごまんとありましたよ。少し前に静岡県で少女が村の慣習に背いて不正を告発して、一家ごと村八分にされた事件は記憶に新しい筈です」
「おいおい、それじゃあ、お前、この村は妙に開きすぎてるって言いたいのか?」
綺蝶は迷う事なく首を縦に動かす。あまりの躊躇の無さに風太郎は思わず生唾を飲み込む。
目の前の綺蝶に、いや、彼女の体から放たれる村という言葉や昔ながらの掟という言葉に圧倒されているのだろうか。
分からない。だが、この場で風太郎の足が無意識に下がっているのだけは変わりようがない事実であった。
そんな弟子の様子など気にも留めずに綺蝶は話を続けていく。
「獅子王院さん、あなたは感じませんか?この村の放つ異様な雰囲気に。この村を包み込む妖の存在に……」
綺蝶は既に言葉を奪われている風太郎に自分たちの敵である妖の存在について語っていく。
妖というのは彼ら彼女らの敵である妖鬼の通称であり、人の中に紛れ込み、人を使役する事からその名前を与えられたという。
他にも妖が存在する場所にはベテランの対魔師のみが感じられる独特の雰囲気が感じられるという。
「成る程、だから、綺蝶は若いのにあんなに大きな家に住めるんだな。妖の空気を感じられる数少ないベテランで、組織にとって貴重な存在だから」
「ええ、ついでにいうと私のあんな我儘が赦されたのも上様にとって、私が貴重な人材の一つだからでしょうね。だからこそ、たまに家を開ける事を条件に、あなたを三年間も育成できたんです」
綺蝶は喋り終えるのと同時に愛弟子の服の袖を引っ張り、村の外へと出て行こうとしたのだが、その前に先程、二人が酒をいただこうとした扉が勢いよく開き、二人の前に紋付きの羽織袴を着た老人が姿を表す。
「おやおや、若い者は短気でいかん。まだお主ら、酒も飲んでおらんじゃろ?それなのに帰るのはちと寂しくないかのぅ。どうじゃ、酒はまだ残っておるぞ、他にも料理などはどうじゃ?」
口調や口元こそ穏やかに笑っているものの、その目は笑っていない。
綺蝶はあの場所で話を持ち掛けた事を後悔していた。
恐らく、あの声が家の中に届いたのだろう。あの男の微妙な表情から察せられる。
そして、二人は一瞬で老人の意図を察した。
風太郎は咄嗟に背中に隠していた太刀に手を伸ばそうとしたが、それを綺蝶が静止する。
「折角ですが、ご辞退させていただきます。私たちは先を急がねばならなければなりませんから」
綺蝶はそう言って来た道を引き返そうとしたが、それを先程の老人が大きな声を上げて静止する。
そして、老人の声に釣られて村の家々の扉が開いていき、虚な目をした村人たちが斧やら鉈やらを持って現れた。
老人は集まった村人たちに向かって述べていく。
「皆、よく聞け!此奴らは儂の酒を断り、儂のもてなしを断り、儂を殺そうとしていたッ!左様な事を許されるか!?」
その言葉を聞いた老人たちは大きな声で異を唱えていく。そして、言葉を態度で表すべく村人たちは手に持った凶器を持って二人に近付いていく。
綺蝶は大勢の村人たちが近付いて来るのと同時に、背中に隠していた刀を抜いて、蛇が畝りを上げて動いていく様に蛇行していく。
彼女に背後を取られた村人たちは武器を持ったまま地面へと倒れていく。
それを見た風太郎も綺蝶に倣って刀を抜こうとするが、綺蝶本人が大きな声で静止する。
それにプライドを傷付けられたのは村人たち。
村人の中には女の癖にというやっかみがあった。村の中高年の中には内心、歯軋りをしていた者もいただろう。
が、綺蝶はそんな村人の心境に構う事なく峰打ちの居合いを放っていく。
村人は綺蝶のそんな剣技に見惚れ、そして倒れていく。
そして、駆け付けた村人たちの大勢が地面に倒れるのと同時に綺蝶は一人、怯む老人に向かって刀の先を突き付ける。
「どうです?これで私を逃すつもりになりましたか?」
「くっ、己……あと少しでお前たちをあのお方に捧げられる筈じゃったのに……」
老人はそう言って目の前の綺蝶を睨み付けていたが、彼は直ぐに表情を変えていく。
大きく見開かれた両目は背後に向かれ、驚愕の色を浮かべていた。
綺蝶は老人を蹴り付けると、直ぐに背後に向かって持っていた剣を横に振るう。
が、手応えはない。念のためにもう一度両手で刀を構える。
今度は寄って来ようとしない。その瞬間に、彼女は道の真ん中に置いていた愛弟子の顔を思い出す。
彼女は慌てて刀を持って家を飛び出し、道の真ん中へと移動する。
そこで見たのは人間の上半身に蛇の下半身を持った怪物が弟子に襲い掛かる姿。
思わずに綺蝶は叫ぶ。
「獅子王院さん!!」
が、返事は返ってこない。目を凝らすと、多くの倒れた村人に囲まれた風太郎はその村人の上を這って進んできた怪物の攻撃を太刀で必死になって阻んでいた。
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