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妖鬼対策研究会編

11人居る!!

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玉藻姑獲鳥は月島順を始末した後にあの街を一旦去り、次なる計画を東京の三等地の安アパートの中で考えていた。
彼女は暫くの間は真面目に考えていたのだが、次第に飽きて辺りに積もった古本の山に首を突っ込む。
「うーん、やっぱり、この本は最高ねぇ~あたしぃは時代小説も好きだけれどぉ~やっぱりぃ、SFもいいわねぇ~」
姑獲鳥が畳の上に寝そべりながら、本を開いていると、安アパートの扉を叩く音が聞こえたので、彼女は不満そうに頬を膨らませながら、扉を開くと、そこには様々の色の飾りの無いドレスを着た11人の少女が並んでいた。
姑獲鳥はそれを見ると、口元を緩ませて、扉を閉めて11人の少女と共に近くの空き地へと向かう。
玉藻姑獲鳥は空き地に並ぶ11人の少女を一瞥して、彼女らの肩一つ一つに手を当ててから、笑顔を浮かべて言った。
「あなた達ねぇ、11人姉妹ねぇ、待っていたわぁ、あたしの作戦のぉ、後任となるぅ」
姉妹の中の長女と思われる髪を背中にまで伸ばした少女がその代表として彼女に答えた。
「はい、この11人姉妹を率いる筆頭となる、星泉雪と言います。以後、お見知り置きを」
雪と名乗る少女は丁寧に頭を下げて姑獲鳥の前に跪く。
「いいわぁ、あなたの態度、とっても気に入ったわぁ、それにぃ、11人も居るというのは大きいわよぉ。その人数ならぁ、きっと正妖大学を半ば乗っ取るというあたしの計画も上手くいく筈だわぁ」
雪はそれを聞くと頭を下げて姑獲鳥が差し出した右手の甲に口付けを交わす。
姑獲鳥はそれを見つめると、彼女の耳元でいつもの高い声ではなく、低い声で囁く。
「対魔師を殺せ、そしてあの忌々しいガキどもの首をあたしの元に持って来なさい」
雪は丁寧に頭を下げて再び10人の姉妹を従えて空き地の上を歩いていく。
姑獲鳥はそれを見届けると、自身のアパートへと戻っていく。
彼女は指令を伝え終え、作戦変更を確認すると、本の世界へと自身の意識を戻していく。











あの日から二週間の時が流れた。風太郎は元より、他の面々もいや、妖鬼に対抗する人々だけではなく、それとは関係のない菊園寺和巳も少なからず月島順の事を思い出して泣いていた。
特に、菊園寺和巳は菊島を助けに行けなかった機会を奪った教師陣並びにその背後にいる大物を憎み、学生たちに向かって演説を繰り返していく。
「月島順はあいつらの身勝手な行動によって殺されたんだッ!月島を仲間に助けようとさせなかった教師の理由は何だッ!全部、自身の保身の為だッ!教師の横暴を許すな!学生の自由を手に入れるんだッ!」
菊園寺の演説に多くの生徒たちが賛同の拍手を叩く。月島順の葬儀は和巳を奮い立たせ、その死を切っ掛けに闘争を始めた和巳の演説は学生たちを奮い立たせ、教師たちへの対抗心を昂らせていく。
彼ら彼女らは教師陣の授業を抗議の意味で外れ、単位を盾に助手作業を要求する教授陣に楯突き、ついには演説に影響を受けた一部の学生が教師を襲うという過激な事件までが発生していた。
教授陣はそれを疎ましく思いつつも、同時にその声が恐ろしくて堪らなかった。
と、言うのも彼ら彼女らは失うものなど何もなく立ち向かっているからだ。
古来より、王に立ち向かうのは何も持たない奴隷と相場が決まっているからだ。
失うものなど何もない奴隷が相手となれば、教授陣のバックとなる大物も無意味となってしまう。
教授陣はこの対応に頭を悩ませ、幾度も料亭などで会合を重ねたが、何も持たない学生に対処する術は思い付かない。
長根教授が頭を抱えながら、料亭から出された舟盛を突いていた時だ。
突如として自分たちの会合の場である松の間と料亭の廊下とを仕切る鶴が描かれた襖が開き、教授陣の前に一人の少女が姿を表す。
「ご機嫌麗しゅうございます。教授方……私の名前は星泉雪。雪と呼んで頂ければ嬉しいです」
スカートの両裾を持って丁寧に頭を下げて教授陣の前で人差し指を立てて、
「私から提案があります。私に治安維持をお任せください」
「ち、治安維持とは何だね?」
長根教授の隣に座っていた同じ様に太い体に四角い眼鏡をかけた生徒からは眼鏡豚という渾名を付けられた土山教授が尋ねる。
「大学の中に大学の許可が下りた取締組を作らせてくださいませ。今の正妖大学は幕末の京都か、それと同じくらい荒れておりますわ。そのためには新撰組が必要なんです」
それを聞いた長根教授は指を叩いてから、下品な笑いを浮かべた後に、賞賛の拍手を叩く。
「素晴らしい!あの忌々しい幕末の志士気取りどもに対抗するには新撰組が必要なのです!分かりますか、皆様方!」
興奮に満ちた声で長根教授は周りに集まった教授陣に語り掛け、彼らの賛同を集めていく。
だが、ここで教授の一人が疑問の声を漏らす。
「でも、星泉なんて生徒が居ましたかな?我々の中ではーー」
「あら、そんな事……
彼女はそう言うと両目を赤く染めて教授陣を睨む。
それを受けた教授陣は暫くの間、呆けていたのだが、直ぐに感嘆の声を上げて星泉雪を賞賛していく。
翌日から、星泉は校内秩序維持委員会なる組織を立ち上げ、学生運動に対抗の声を上げていく。
その度に彼女は校則や規則を盾に、学生運動の志士たちを下がらせていく。
だが、中には論争で勝てないからっていい彼女に鉄パイプを振るう者もいた。
それこそが、星泉雪の目論見だとも知らずに……。
鉄パイプ持った詰襟の学生は人の居ない夜道で彼を襲ったのだが、彼は返り討ちに遭い、地面の上に倒れていた。
彼は慌てて体勢を立て直そうとしたのだが、彼女が本性を表した際には思わず悲鳴を上げてしまう。
「あんたは中々、殺し甲斐がありそうじゃあないか。大丈夫、あたしはすっごい優しいからさ、声を上げる暇もなく喉を切った後に、あんたの体の部位をじわじわと切り取ってやるよ」
そう言うと、悲鳴を上げそうになったが、彼女の宣告通りに喉を蝙蝠の爪で切り取られ、声を奪われてしまう。
次に、彼女の魔の手は男の腕に伸び、彼の体を徐々に破壊していく。
そして、既に全身が傷に溢れ、死に掛けている男の耳の前で優しく囁く。
「最後だから教えてあげるけど、あたしの名前は黒牙翼って言うの。11人姉妹の長女……」
彼女はそう言うと、最後に彼女の頸動脈へと噛み付く。
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