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船橋事変編
疑心暗鬼の密室で
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風太郎は自然と会話が重くなっているのに気が付いて、彼女と会話を取りやめてしまう。
暫くの間、二人は黙って海を眺めていた。夜の海に満天の星空が反射してキラキラと輝く様は宝石箱を見ているかの様だ。
二人は共に海を眺めて大きな溜息を吐くと、そのまま黙って肩を寄せ合っていく。
肩を寄せ合っているうちに、彼女の体が自分の肩から落ちている事に気が付く。
風太郎は彼女を起こす事なく、肩を貸して海を眺めていく。
普段は突っ張ってはいるが、寝顔は中々に可愛らしい。
あの寝顔を見たのなら、彼女を睨む古い頭の大人その価値観を受け継いだ子供たちも考えを変えるかもしれない。
そもそも、乱暴だからなんだというのか。お嫁にいけないからなんだというのか。
それも彼女の個性だ。その個性が尊重されなくて他人の敷いた線路の上を歩くのが世の中というものなのだろうか。
そんな事を考えながら、風太郎は海を眺めていく。
恐らく、海は今後も色々な世の中を見ていくだろう。風太郎は海になりたい気分だった。
海ならば永遠に生きて、地球の移り変わりを見ていられるのに。
と、風太郎はここで変に哲学的な思考に走った自分を落として、元の自分へと戻っていく。
第一、哲学を巡らせるなど、どうも自分には向かない。
彼は苦笑すると、未だに寝たままの冴子に肩を貸して彼女の部屋の前に向かう。
長い道どりであったが、ようやく彼は部屋の前へと辿り着く。
冴子の浴衣から鍵を取り出そうとした時だ。
扉が嫌な音を立て開いて、目の前には冴子と同じく施設で貸し出されている浴衣を着ており、恐ろしい笑顔を浮かべた綺蝶が立っていた。
「あら、獅子王院さん。わざわざ、こちらの部屋に来てくれたのですか?ご苦労様です」
表向きは労っている。表向きは。だが、肝心なのはその裏。笑顔で巧妙に隠された彼女の本音。
彼女は間違いなく怒っていた。眉間に皺を寄せているのがそのハッキリとした証拠と言えるだろう。
彼女は眠ったままの冴子を預かると、明らかに怒りを混ぜた声で言った。
「明日の朝、朝食の時間に詳しい事情をお聞きしますので、今日の所はお休みください」
彼女はそう言うと、無言で扉を閉めて強制的に風太郎をその場から追い出す。
風太郎は部屋に戻り、用意されていた浴衣に着替えてから、敷かれた布団の上に転がっていたが、明日の話し合いが怖くて布団の上で震えてしまう。
何とか眠りにはついたものの、翌日は扉を乱暴に叩く音で強制的に夢の世界から現実へと引き戻されてしまう。
風太郎は慌てて着替えて外へと出て行く。
彼女は風太郎が出てきたのを見計らうといつものニコニコとした笑みではなく、笑顔の横に怒りを張り付けた調子で告げた。
「おはようございます。獅子王院さん。昨晩の事ですこーしお話がありますので、一階のサロンでご一緒しませんか?」
断れる空気ではない。風太郎は引きっつった笑顔を浮かべながら、屋内施設の一階に用意されているサロンへと足を伸ばす。
そのまま、四人は日の差し込む四人用の席に座ったのだが、三人の間に重い空気が漂っているために楽しむ気にはなれない。
折角、サロンからは日差しが差し込み、朝が来たのを祝福するかの様に、明るいというのに、風太郎と冴子は嵐の夜の様に暗く、反面、綺蝶は照り付ける太陽そのものの怒りだ。
彼女は一般企業の社長や上司の様に頭ごなしに怒鳴り付けたりはしない。ただ、静かに彼女は怒っていた。笑顔の中に怒りを巧妙にだが、一目で判る様に隠して。
「ねぇ、答えてくださいよ。お二人とも、口をなくしたんですか?違いますよね?ねぇ?」
あまりにもしつこい。だが、抜け駆けする様な形になってしまったために、二人は答えにくい。
綺蝶の毒舌が敵に回るとこんなにも厄介だったとは……。
二人が気まずそうに顔を見合わせている時だ。
四人の座る席に一人の男が腰を掛ける。
男は従業員の女性にお茶と朝のメニューを頼むと、鼻歌を歌いながら椅子の背にもたれていく。
すると、それを見ると綺蝶も怒る気力が失せたのか去ろうとしていた従業員の女性に注文を頼む。
冴子と風太郎も綺蝶と似たり寄ったりの注文を行う。
取り敢えず、この場は乗り切れたのだが、この次はどうなるのだろう。
そんな事を考えていると、余った席に座った青年が三人に声を掛ける。
「おはようございます。私の名前は戦雲玄竜。戦国時代の武士みたいな名前ですが、これでも一応、現代の昭和の人間です」
そう言ってみせたのは彼なりの冗談だったのだろうか。彼は言い終わるのと同時に口から白い歯をこぼしながら笑う。
「所で、御三方は先程、何やら揉めておりましたが、もしかして、最近、欧米などで盛んに言われている三角関係なる奴ですか?」
彼はどうやら、学生らしい。会話の『欧米』という単語から意識の高さが伺える。
三角関係なる言葉など知らない風太郎からすれば、男の会話など何やら意識の高い事を喋っているだけにしか聞こえなかった。
だが、彼はそんな欧米かぶりの意識の高い学生に質問をするのも憚られたので、適当に話を合わせてその場から逃れようとしたが、綺蝶は静かに手を上げてその意味を尋ねていく。
すると、彼は顔を輝かせてその意味を三人にも解説していく。
すると、三人は顔を真っ赤にして互いの顔を見つめていく。
それを見て玄竜は悪戯っぽく笑う。やがて、朝のメニューが頼まれると同時に、四人の中で楽しげな会話が育まれていく。
そんな折、彼はトイレのために席を立つ。
風太郎と冴子が気まずくなった空気が打ち払われた後の雰囲気を楽しんでいたのだが、ただ、綺蝶一人だけは深刻な顔で頼んだ紅茶へと視線を下ろしていた。
「どうしたんだよ?綺蝶、あいつに何か変な事でも言われたのか?」
「……お二方、気が付きませんか?あの人から漂う空気に……」
それを聞いて顔色を変える二人。
「斑目、それはもしかして……」
「ええ、妖鬼の匂いです。とは言っても、彼個人が妖鬼だとかそんな事を言いたいのではありません」
「じゃあ、何だ?まさか、妖鬼に協力している人間が居るとでも?」
「……その表現が的確どうかは分かりませんが、あの男からはかなり強い妖鬼の匂いが漂ってきます」
彼女がそう言い終わるのと同時に、先程の青年はようやくトイレ休憩から戻ってきたらしく、笑顔で朝食を再開していく。
その青年に対して、全員が楽しげな空気を壊さない様に、必死に楽しそうに食事を食べるふりをしていく。
だが、三人の頭の中はもうこの青年への警戒の心でいっぱいであった。
暫くの間、二人は黙って海を眺めていた。夜の海に満天の星空が反射してキラキラと輝く様は宝石箱を見ているかの様だ。
二人は共に海を眺めて大きな溜息を吐くと、そのまま黙って肩を寄せ合っていく。
肩を寄せ合っているうちに、彼女の体が自分の肩から落ちている事に気が付く。
風太郎は彼女を起こす事なく、肩を貸して海を眺めていく。
普段は突っ張ってはいるが、寝顔は中々に可愛らしい。
あの寝顔を見たのなら、彼女を睨む古い頭の大人その価値観を受け継いだ子供たちも考えを変えるかもしれない。
そもそも、乱暴だからなんだというのか。お嫁にいけないからなんだというのか。
それも彼女の個性だ。その個性が尊重されなくて他人の敷いた線路の上を歩くのが世の中というものなのだろうか。
そんな事を考えながら、風太郎は海を眺めていく。
恐らく、海は今後も色々な世の中を見ていくだろう。風太郎は海になりたい気分だった。
海ならば永遠に生きて、地球の移り変わりを見ていられるのに。
と、風太郎はここで変に哲学的な思考に走った自分を落として、元の自分へと戻っていく。
第一、哲学を巡らせるなど、どうも自分には向かない。
彼は苦笑すると、未だに寝たままの冴子に肩を貸して彼女の部屋の前に向かう。
長い道どりであったが、ようやく彼は部屋の前へと辿り着く。
冴子の浴衣から鍵を取り出そうとした時だ。
扉が嫌な音を立て開いて、目の前には冴子と同じく施設で貸し出されている浴衣を着ており、恐ろしい笑顔を浮かべた綺蝶が立っていた。
「あら、獅子王院さん。わざわざ、こちらの部屋に来てくれたのですか?ご苦労様です」
表向きは労っている。表向きは。だが、肝心なのはその裏。笑顔で巧妙に隠された彼女の本音。
彼女は間違いなく怒っていた。眉間に皺を寄せているのがそのハッキリとした証拠と言えるだろう。
彼女は眠ったままの冴子を預かると、明らかに怒りを混ぜた声で言った。
「明日の朝、朝食の時間に詳しい事情をお聞きしますので、今日の所はお休みください」
彼女はそう言うと、無言で扉を閉めて強制的に風太郎をその場から追い出す。
風太郎は部屋に戻り、用意されていた浴衣に着替えてから、敷かれた布団の上に転がっていたが、明日の話し合いが怖くて布団の上で震えてしまう。
何とか眠りにはついたものの、翌日は扉を乱暴に叩く音で強制的に夢の世界から現実へと引き戻されてしまう。
風太郎は慌てて着替えて外へと出て行く。
彼女は風太郎が出てきたのを見計らうといつものニコニコとした笑みではなく、笑顔の横に怒りを張り付けた調子で告げた。
「おはようございます。獅子王院さん。昨晩の事ですこーしお話がありますので、一階のサロンでご一緒しませんか?」
断れる空気ではない。風太郎は引きっつった笑顔を浮かべながら、屋内施設の一階に用意されているサロンへと足を伸ばす。
そのまま、四人は日の差し込む四人用の席に座ったのだが、三人の間に重い空気が漂っているために楽しむ気にはなれない。
折角、サロンからは日差しが差し込み、朝が来たのを祝福するかの様に、明るいというのに、風太郎と冴子は嵐の夜の様に暗く、反面、綺蝶は照り付ける太陽そのものの怒りだ。
彼女は一般企業の社長や上司の様に頭ごなしに怒鳴り付けたりはしない。ただ、静かに彼女は怒っていた。笑顔の中に怒りを巧妙にだが、一目で判る様に隠して。
「ねぇ、答えてくださいよ。お二人とも、口をなくしたんですか?違いますよね?ねぇ?」
あまりにもしつこい。だが、抜け駆けする様な形になってしまったために、二人は答えにくい。
綺蝶の毒舌が敵に回るとこんなにも厄介だったとは……。
二人が気まずそうに顔を見合わせている時だ。
四人の座る席に一人の男が腰を掛ける。
男は従業員の女性にお茶と朝のメニューを頼むと、鼻歌を歌いながら椅子の背にもたれていく。
すると、それを見ると綺蝶も怒る気力が失せたのか去ろうとしていた従業員の女性に注文を頼む。
冴子と風太郎も綺蝶と似たり寄ったりの注文を行う。
取り敢えず、この場は乗り切れたのだが、この次はどうなるのだろう。
そんな事を考えていると、余った席に座った青年が三人に声を掛ける。
「おはようございます。私の名前は戦雲玄竜。戦国時代の武士みたいな名前ですが、これでも一応、現代の昭和の人間です」
そう言ってみせたのは彼なりの冗談だったのだろうか。彼は言い終わるのと同時に口から白い歯をこぼしながら笑う。
「所で、御三方は先程、何やら揉めておりましたが、もしかして、最近、欧米などで盛んに言われている三角関係なる奴ですか?」
彼はどうやら、学生らしい。会話の『欧米』という単語から意識の高さが伺える。
三角関係なる言葉など知らない風太郎からすれば、男の会話など何やら意識の高い事を喋っているだけにしか聞こえなかった。
だが、彼はそんな欧米かぶりの意識の高い学生に質問をするのも憚られたので、適当に話を合わせてその場から逃れようとしたが、綺蝶は静かに手を上げてその意味を尋ねていく。
すると、彼は顔を輝かせてその意味を三人にも解説していく。
すると、三人は顔を真っ赤にして互いの顔を見つめていく。
それを見て玄竜は悪戯っぽく笑う。やがて、朝のメニューが頼まれると同時に、四人の中で楽しげな会話が育まれていく。
そんな折、彼はトイレのために席を立つ。
風太郎と冴子が気まずくなった空気が打ち払われた後の雰囲気を楽しんでいたのだが、ただ、綺蝶一人だけは深刻な顔で頼んだ紅茶へと視線を下ろしていた。
「どうしたんだよ?綺蝶、あいつに何か変な事でも言われたのか?」
「……お二方、気が付きませんか?あの人から漂う空気に……」
それを聞いて顔色を変える二人。
「斑目、それはもしかして……」
「ええ、妖鬼の匂いです。とは言っても、彼個人が妖鬼だとかそんな事を言いたいのではありません」
「じゃあ、何だ?まさか、妖鬼に協力している人間が居るとでも?」
「……その表現が的確どうかは分かりませんが、あの男からはかなり強い妖鬼の匂いが漂ってきます」
彼女がそう言い終わるのと同時に、先程の青年はようやくトイレ休憩から戻ってきたらしく、笑顔で朝食を再開していく。
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