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新しい時代の守護者編

遠呂智との決戦

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草薙遠呂智の脳裏によぎるのは過去の記憶。この時代より一千年も前の時代。
それは、この国で弥生時代と呼ばれる時代の事。
彼は彼女の姉の補佐として民衆にお告げを告げるのが役割であった。
と、言うのも彼の双子の姉は巫女であったからだ。
彼女は後世で言われる神権政治を行い、今の九州の端で巨大な王国を運営していた。
ある日、遠呂智が姉である巫女の信託がない事が気になり、姉の部屋に入った時だ。姉は地面の上に倒れており、彼は急いで姉を呼び起こしたものの姉は呼吸をしていなかった。
だが、奇跡は起きた。姉が息を吹き返したのだ。彼女は起き上がると同時に酷く怯えた様子で言った。
「あ、あ、あ、この国はもう終わりよ……この国のいや、この世界の正統なる王が現れて、私を追い出すのよォォォォォ~」
青い表情を浮かべて頭を抱える姉を彼は懸命に励まし、彼女を一度横にさせると、当時、彼女の政治の補佐をしていた姑獲鳥に姉の錯乱の理由を尋ねると、
「姉様がぁ、取り乱した理由ぅ?簡単ですよ。それはある人を恐れているんですぅ、姉様は聞いたのでしょうね。今日のお告げでこの国をこの国の正統なる王に差し出せ……と高天原の神に」
遠呂智はそれに憤りを感じた。高天原の神だろうが、なんだろうが、そんな横暴は許せない。
彼は腰に下げていた直剣を取ると、姑獲鳥に尋ねる。
「なぁ、姑獲鳥……今から、神に逆らうつもりはないか?」
姑獲鳥は答えない。ただ、何かを言いたそうに目を細めて遠呂智を睨んでいた。
遠呂智は答える代わりに、無言で直剣を振り回して、建物の外に出ていく。
高床式の建物が何件も立ち、周りを木の柵に囲まれたこの要塞は女王である姉の権勢を誇るものであるのと同時に、姉が神に認められたこの地の王であるという事を証明するものである。
だが、正統なる王の手によってこの地は明け渡されてしまうのだ。
納得ができない。彼は直剣を握り締めながら、姉が寝所から起き上がるのを待つ。
そして、神が告げる正統なる王なるこの地の侵略者を迎え撃つために懸命に刀を振っていく。
そして、翌日。この国で執務を行う巨大な高床の建物にこの国の同盟国の王が召集され、病床と言って部屋に引き籠る姉に代わり、玉藻姑獲鳥が名代として出席し、それぞれの意見を纏めていく。
この時、姑獲鳥は今のような派手な飾りの付いた黒いドレスを着用してはおらず、代わりに自分と同じ麻の服に女王の補佐に相応しい貝の首飾りを二、三巻いていた。
彼女がその格好をやめ、それぞれの時代に相応しい服を身に付けるようになったのはいつの頃だったのだろうか。
遠呂智は懸命に考えたものの思い出せない。
だが、今の遠呂智からすれば服の話などは地面の下に自身の不要物を落としてしまった事と同じくらいどうでも良い話であった。
遠呂智は一度、神のお告げを告げたが、同盟国の王は納得がいかなかったらしく、拳を振り上げて抗議の言葉を口に出していく。
「ふざけるな!何がこの国の正統なる王だッ!」
「その通りだ!我々はこの地を先祖の代から懸命に開拓し生きてきた!それなのに、神は正統なる王に国を譲れだと!神のお告げにしても納得がいかぬ!」
「それに我々の女王には大陸からの支援が期待できる!大陸とも手を結んで侵略者を滅するべきじゃ!」
同盟国の王がそれぞれ拳を上げて、抗議するのを玉藻姑獲鳥は満足そうに口元の右端を吊り上げて眺めていた。
そして、同盟国の諸王がそれぞれの意見を口に出し終えたところで彼女は一世一代の大演説を行なっていく。
「確かにぃ、この土地は神様から渡せと言われたわぁ、自分たちの子孫にねぇ、あたしはぁ、神様が言ったのならば、渡すべきかなぁとさえ思っているわぁ」
彼女の声に諸王たちが口々に不満を投げ掛けていく。
そして、彼らの不満が頂点に達した時に、姑獲鳥は本題を切り出していく。
「けれどね、あなた達の考えを聞いて考えが変わったわ。この国の正統なる王だなどと神が主張するから何よ。この国はあたし達の土地よ!この国を侵略者の足で踏み躙らせ、侵略者を蹂躙させてたまるものか!そうでしょうぅ?」
姑獲鳥の言葉に同盟諸王国の王たちは次々と拳を振り上げて同意の言葉を口にしていく。
普段、姑獲鳥があの様な低い声を用いて話さない事もあるためだろうか、意外な一面に気が付いた彼らは戦いの話に乗り出していく。
遠呂智はそれを見届けると、集まった同盟諸王国の王たちの前に黒く輝く一枚の鏡を差し出す。
「遠呂智殿?これは?」
「大陸より伝わりし、忌まわしき力を得る鏡よ。大陸の王が自分の国の西の奥、更に西の奥の国に存在する巨大な国に住む、よく分からない男から手に入れたという物だ。おれと姉、そして、妹はこいつで強大な力を手に入れた」
彼の言葉に真実味があった。同盟国の王たちは次々と鏡を通して異能の力を手に入れていく。
そして、来るべき侵略に備え、侵略者を迎え撃つために、戦争の準備を進めていく。
彼はあの時は勝てると思っていたのだ。
だが、結果は違った。幾らは兵の数が多くても、幾ら異能の力。おぞましき怪物の力を利用したとしても結果は惨敗。
それは単に一つ。この国の正統なる王を主張する人物が破魔式なる力と二つの破魔式を使用する紋章なる力を手に入れたからだ。
そう、今の目の前の少年の様な氷と風の紋章を利用して……。
遠呂智が長い回想から現実にまで戻ってきた時だ。
真上から風太郎が滑空し、風に体を押されながら、氷を纏わせた刀を振るう姿が見えた。
「くっ、おのれ!」
遠呂智は直剣を利用して魔獣覚醒『破軍金鎖』を利用する。
またもや、巨大な力がぶつかり合って大きな音が生じ、白い煙と共に莫大なエネルギーが辺りに放出されていく。
だが、今度は風太郎も離さない。二人の刃と刃とが混じり合い、金属が擦り合う大きな音が二人の耳にも轟く。
「ッ、ウォォォォォ~!!」
ここで風太郎は更に力を込めて紋章の力を纏わせた刀を遠呂智の直剣へと押し込む。
遠呂智は地面を踏ん張り、それを防ぐが間に合わない。
風太郎は刀を振り上げると、今度は地面を蹴って、遠呂智の剣に何度も自身の太刀を振り上げていく。
剣と太刀とが擦り合う音が聞こえる。遠呂智は笑った。
ここまで自分を追い詰める者が現れるとは思いもしなかった。
遠呂智は千年以上もの時間はこの時のためにあったのではないのかと考えて彼に剣を返していく。
気分は最高の気分であった。
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