メトロポリス社へようこそ! ~「役立たずだ」とクビにされたおっさんの就職先は大企業の宇宙船を守る護衛官でした~

アンジェロ岩井

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職人の惑星『ヒッポタス』

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(私の声が聞こえるかね? お二人さん?)

 二人の脳裏に聞き覚えのない男の声が響いていく。野太い声だったが、不思議と声に対する不快感は感じなかった。

「あぁ、聞こえるよ。それよりもお父さんはどこだ?どこに隠した?」

 スポーツ少年で普段はオカルトめいたことを行わない悠介が誰もいないところで不意に言葉を口に出したためか、ジョウジとカエデの両名が驚いた様子を見せた。

(まぁ、落ち着きたまえ。私のテレパシーに対する反応は心の中で念じれば返されるのだからな)

(クソッ、それを早く言えよ)

 悠介は悪態を吐いたものの、それに対する男の返事はなかった。恥ずかしさからか沈黙を保つ悠介の代わりに問い掛けたのは麗俐だった。

(お父さんはどこにいるの?)

(きみたちが向かった例の町だ。その町長の客室に私と一緒にいる)

(分かった。私たちがそこに行けばいいんだね?)

 麗俐の問い掛けに対して「そうだ」というシンプルな一言が返された。

 父親が監禁されている場所は分かった。あとは釈放についての条件である。今度は悠介が問いかけた。

(身代金はいくらだ?)

(身代金? そんなものはいらない。ただきみたちが金輪際この星と関わり合いを持たないと約束してくれればいいだけの話だ)

 それを聞いた二人は顔を見合わせた。当たり前だ。修也と同様に一護衛官の身である二人がそんな大それたことを約束できるはずがないのだ。
 だが、約束しなければ父親は帰ってこない。その思いが二人を突き動かした。

(分かった。この星から手を引く)

 と、悠介がいの一番に答えた。嘘も偽りもない真実から出た言葉だった。

 今の悠介にとって大事なのは父親の命であり、それ以上でも以下でもない。
 社長も人間だ。後で連絡を取って事情を話せば分かってくれるに違いない。

 悠介はそのように楽観的に物事を捉えていたが、ヒッポタスから手を引くことによって生じる不利益を想像するには悠介は若過ぎた。
 そのため容易に答えることができたのだ。

(よかろう。キミの意志は確認できた。今後の交流を断つため今回の交易で得た品を私の部屋に置いていってもらおう。その際にキミのお父上をお返ししようではないか)

 男の芝居かかった口調が鼻に付いたものの、悠介は男の提案を了承した。と、同時に男から日時が指定された。時刻は翌日の正午。お昼過ぎに町長の家の前、ということだった。

 テレパシーによる交流が終了し、悠介と麗俐は二人に何が起こったのかを話していく。当初二人は腕を組んで黙って話を聞いていたが、勝手に交渉を纏めたことに対して顔を顰めていたが、取り引きの話を聞いて直ぐに顔を明るくした。

「ありがとうございます。これで取り引きに乗じてあの男を地獄へ叩き落とすことができるでしょう」

「と、言いますと?」

「取り引きに応じなくてもいいということです。無論怪しまれないように箱は持っていきます。ただし、その中に入れるのはどうでもいいものばかり……相手がそれを受け取り、大津さんを離したタイミングを見計らい、我々全員で奴を叩きのめします。そうすればいくらあの恐ろしい男でも対処することはできないでしょうね」

「……なるほど」

 悠介はジョウジが瞬時にこれほどの作戦を思い付いたことに対し、驚きを隠せなかった。動揺のためか、生唾を飲み込んでしまったほどだ。

 だが、それを見てもジョウジは得意げな顔を浮かべて笑っている。
 二人はここにきてアンドロイドと人間の思考回路における差というものをまじまじと見せ付けられたような気がした。

「……ですが、心配なのは大津さんです。人質であるため殺されることはないでしょうが、もしかしたら酷い虐待を受けているかも……」

 ジョウジの顔が曇っていくのが見て取れた。それと同時にそれまで宇宙船の中にあった微かな希望を感じ取った明るい空気が消え、重苦しい空気が立ち上っていった。気まずさからか全員が無言を貫く。わざとではないにしろここまで暗くなってしまえば葬式会場と変わらない。

「と、とにかく……時間は明日の正午です。それまでに疲れが溜まっていてはなんですからいっそ今日はこのまま休みませんか?」

 と、麗俐が宇宙船の中に漂っていた閉塞感や闇が辺りを渦巻いているかのような重苦しい空気感を取り除こうとし、極力明るい声を出して休息を提案した。どこか気まずそうに笑っているのが見て取れた。

 悠介も姉の気持ちを汲んでか、無理に明るい笑顔を浮かべてその場を締め括ったのだった。それでも一行の中で一度浮かんだ不穏な考えというのは消そうにも消えなかった。結局その日の夜は浮かない顔をしながら二人で味のしないレトルトカレーを食べることになったのだった。

 翌日二人は朝食として出された栄養カプセルを口にし、宇宙船の外に出て適当な鎧を探し、自分たちに向かってきた鎧を朝のラジオ体操代わりに数体片付けて体をほぐすことになった。

 その後に各々が宇宙船に戻り、それから部屋で身支度を整えるものの、その間もどこか落ち着かない様子だった。麗俐は動揺のせいか、朝のメイクの最中にマスカラを付けるのに失敗してしまったほどだ。

 麗俐は鏡の中にいつもより沈んだ顔を浮かべている自分の姿から目を背けるためか、思わず目を洗面台へと背けた。

(お父さん……大丈夫だよね?)

 人間というのは不安なことを考えると余計に不安を覚えてしまうものであるらしい。悪い方へ悪い方へと想像が広がっていく。嵐の日に際限のなく広がっていく雷雲のように……。

 麗俐は最悪の想像をしたところで首を横に向かって大袈裟に振り、必死になって想像を振り払った。

(そんなことはさせない。絶対にお父さんは生かしてみせる)

 麗俐は先ほど失敗したマスカラを付け、いつも通りアイラインを塗り、ばっちりしとした目を作り上げていく。

 覚悟を決めてメイクを行う麗俐の心境はというと古代ローマの剣闘試合の前に気合を入れるため
 化粧を行う女性剣闘士の気分だった。

 麗俐は同じ剣闘士や凶悪な動物を相手に戦う女性剣闘士だと思うことで己の気合いを高めていったのだった。

 この時別の部屋では奇しくも悠介が鏡の前で試合に出る前の自分の姿を想像していた。姉と違い化粧に興味がない悠介は部屋に戻るなり、ベッドの上でふて寝をしていたのだが、その時に大事なバスケットボールの試合の日のことを思い出し、ベッドの上から体を起こし、洗面台の前へと向かっていった。

 その試合が行われたのは中学2年生の頃のことでその日の悠介も今と同じように大きな絶望感に苛まれていた。
 その時に悠介を重荷から取り払ってくれたのは両親の存在だ。母のひろみはその日の朝食に悠介の好物を並べてくれたし、父修也は怯える悠介の肩を押してくれた。

「お父さんはね、試合なんてどうでもいい。観たいのは悠介が頑張ってる姿だ。結果はどうでもいい。力を振り絞って戦ってこい」

 赤いシャツに黒色のボトムスという私服姿の修也はそうニッコリと笑いながら言った。
 緊張と恐怖で押し潰されそうになっていた悠介にとって修也の一言はどれほど有難いものであったのだろうか。

 修也の言葉のお陰で、あの時の結果はともかくとして、悠介は自分が出せる精一杯の力を出すことができた。

(あの時おれが臨んだのはあくまでもバスケットボールの試合。それで負けてもおれの身が裂かれるとか、お父さんやお姉ちゃんに危害が加わるというものじゃあなかった……)

 悠介はこの時に一度強く顔を水で洗った。それから水しぶきを顔全体に浴びた
 自分の顔を見つめた。そこには先ほどまでの不安に押し潰されていた少年の顔はなかった。そこで見えたのは虎の顔だ。
 鋭く尖った両目はまさしく獲物を狙う虎顔そのものだ。

(……待っていてくれ、おれは必ずお父さんを救ってみせるさ)

 悠介は自身の顔をもう一度見た後でポケットの中に入れていたカプセルを強く握り締めていった。
 二人の戦士にもう恐れはなかった。嫌な想像や不安な想像は全て消え、覚悟を決めた顔で偽の荷物を両手に抱えたジョウジと共に町長の家へと向かっていく。
 町長の家の前にたどり着くと、既に修也の後ろ手を握り締めている男の姿が見えた。

「約束通りに来たぞ! お父さんを離せ!!」

 悠介が大きな声で叫ぶ。

「荷物を渡せ」

 男が淡々とした口調で答えた。

「それよりも前にお父さんをこっちに渡せ!」

 悠介と麗俐の両名がカプセルを握り締めながら叫んだ。それを見ていた男は答えることなく、無言でフレシュット・ピストルを構えていった。
 二人で睨み合う姿は西部劇の映画のクライマックス場面で対決前のガンマンが互いに銃を突き付け合いながら睨み合う姿を彷彿とさせた。

 だが、この気まずい空気に耐え切れなくなったのか、男の方が修也の背中を突き飛ばして修也を解放した。

「約束だ。お前たちも荷物を渡せ」

「……わかりました」

 ジョウジが箱を両手に抱えながら男の前へと向かっていく。いつも通りに男が淡々とした様子で箱を開こうとした時だ。

 ジョウジが無言でビームポインターを抜いた。それを見た男は舌を打ち、ジョウジの顎を勢いよく蹴った。
 勢いを付けられたせいか、ジョウジは大きく地面の上を飛び上がり、大の字になって落下していった。

「死ね、鉄屑」

 男の怒りは余程のものだったのだろう。身動きの取れないジョウジに向かってフレシュット・ピストルの先端を突き付けた。

 ジョウジが倒された姿を見た修也が慌てた様子でカプセルを押し、『メトロイドスーツ』の装甲を纏いながら男に向かって突進していった。
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