メトロポリス社へようこそ! ~「役立たずだ」とクビにされたおっさんの就職先は大企業の宇宙船を守る護衛官でした~

アンジェロ岩井

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漂流する惑星『サ・ザ・ランド』

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 衝撃と片付けるにはあまりにもショックが大き過ぎた。修也も悠介も呆然としたまま口を開けていることがその証明であるといえるだろう。

 唯一、その場で平静な態度を見せていたのはコブラ男であるが、彼はアンドロイド。人間のように取り乱したり、騒いだりするはずがない。

 修也たちだってこの場で騒いでいないことが不思議なほどだ。

 修也が忙しなく視線を動かしていると、それまで沈黙を選んでいたはずの悠介がいつの間にか、その場を離れてわざと足を踏み鳴らしながら長官の元へと向かっていく。


「今すぐにその『マザー』とやらを止めろ!」

 悠介は長官の胸ぐらを掴み上げながら叫んだ。

 だが、長官は必死の形相となった悠介を小馬鹿にしていた。冷笑を携え、顔を赤く染め上げる悠介をどこまでも見下ろしていたのである。

 悠介は怒りに駆られたのか、長官を拳で殴り付けたのだが、長官の顔は体同様に強靭かつ冷徹な機械で出来上がっていることをすっかりと忘れてしまっていた。

 血や涙、感情といった人間が持つべき素晴らしい取り合わせを有していない他の追随を許さない完璧な存在。それが長官に代表されるホーテンス星人を騙るアンドロイドたちなのだろう。


 実際に殴り付けた反動で悠介の右手にも強烈な痛みが生じているのがその証拠だ。

 苦痛に顔を歪める悠介を長官は嘲りの目で見下ろした後に鼻から息を漏らす。

 明らかな嘲りの態度に悠介は拳をプルプルと震わせていたが、先ほどの経験を踏まえてみすみす殴り付けるような真似はしなかった。

 代わりに胸ぐらを掴み上げてから長官を壁に向かって勢いよく叩き付けていった。

 これには流石の長官も面食らったような表情を見せた。苦笑を浮かべながらゆっくりと腰を上げる長官の元へと駆け寄り、悠介は胸を掴んでもう一度勢いよく引っ張り上げたのであった。

「なら聞くぞ。俺たちのパワードスーツはどこだ?」

「フッ、ここだ」

 長官は人差し指を伸ばした後に目の前に現れたウィンドウのキーを打った。
 同時にそれまでは存在しなかった机の上に修也たちのパワードスーツが収納されたカプセルが現れた。推測になってしまうが、机の上に置いていたものを特殊電磁波か何かで人間の目には見えないように取り計らっていたのだろう。


 慌てて駆け寄り、手触りを確認した後に機能を確認したが、無事にパワードスーツを装着することに成功できた。

 後になって修也もパワードスーツを纏ったので偽物ではないと証明されたことになる。

 コブラ男もイヤリングを付けてパワードスーツを身に付けた。これによって3名の近未来の宇宙兵士が宇宙船の中に勢揃いすることになった。

「久し振りの感覚だよッ! こいつがありゃあ怖いものなしさ!」

『ゼノン』のパワードスーツに身を包んだ悠介は両手の拳を握り締め興奮のためか、全身を震わせながら言った。

「あぁ、だが、こいつは万能の力じゃあない……気を付けた方がいいぞ」

「その男の言う通りだ!」

 修也の忠告に同調したかのような言葉を吐き出した長官に向かって一斉に視線を向けていく。

 全員から敵意の込められた視線を向けられてもなお長官は嘲りを含めた笑みを消さなかった。

「なぜ、私がわざわざ貴様らの武器を返したと思う? 野蛮な人間どもに私が屈するとでも思ったか? 違うね。これは余裕という奴だ。もう母星の決定は止められん。『マザー』が貴様らを滅ぼすのだ」

 長官は高笑いを響かせていった。不愉快な笑いに悠介がフェイスヘルメットの下で苦虫を噛み潰したような顔を浮かべていた時のことだ。

 修也が無言で長官の元へと向かい、その心臓部へと向けてビームソードを突き立てたのである。

 高笑いの最中に心臓部を貫かれたということもあり、長官は顔に下品な笑みを貼り付けたままその機能を永遠に停止した。心臓部に向かって光剣を素早く突き刺し、引っこ抜いたこともあり、長官は悲鳴を上げる暇もなかった。

 ぽっかりと虚しく空いた穴からはバチバチと静電気の音が聞こえてくる。
 機能停止を告げる不穏な音も聞こえてきた。

 まるで人を殺したかのような精巧な造りであったが、不思議なことに修也には罪悪感というものが湧いてこなかった。

 長官やその長官が所属するアンドロイドたちの優生思想に対する反発からだろうか、罪悪感というものは微塵もない。

 修也はビームソードを仕舞うと、コブラ男に向き直って言った。

「すいませんが、この宇宙船を我々の宇宙船の元にまで運ぶことは可能でしょうか?」

「問題ありません。先ほど、この宇宙船における機械のパターンは全て解析致しましたので」

 それの証明だとばかりにコブラ男は指を走らせ、宇宙船のパスワードを難なく突破し、宇宙船を動かしてみせたのである。

 同時に修也と悠介はこれまでに味わったことがないような特別な浮遊感を体感した。そればかりではない。悪質なアンドロイドたちが作った宇宙船は修也たちが乗ってきた宇宙船とは比較にならないほどの激しい動きを見せた。

 勢いよく空へと昇っていったかと思うと、今度は宇宙船を停めている方向に勢いをつけて進んでいく。

 船酔いという言葉が地球にはあるが、今の修也たちは宇宙船の激しい動きに酔ってしまいそうだった。

 慣れない動きに酔った様子を見せる修也たちを放置して高性能な宇宙船は一瞬で大規模な距離をワープし、あっという間に修也たちを宇宙船の元へと連れて行ったのである。

 出戻った修也たちを迎えたのは宇宙船から出てきた麗俐だった。もっとも見慣れない宇宙船が飛んできたということもあってか、彼女は『エンプレスト』のパワードスーツに身を包んでいた。

 この措置が警戒のためということは明白である。

 誤解は解かねばなるまい。修也はコブラ男に指示を出し、ハッチの扉を開かせた後でタラップを下ろした。

 その上で最初に修也と悠介が地面の上へと降り立ったのである。
 しかし依然として麗俐はレーザーガンを構えて警戒の姿勢を崩さなかった。

「麗俐、私だよ」

 修也は口を開いたものの、彼女はまだレーザーガンを握ったままだ。

「信用できない。もしかしたら敵がお父さんの名を騙っているかもしれないしね」

「そうか、なら麗俐……お前が5歳の時のことだ。私や悠介、ひろみと一緒にデパートに買い物に行ったよな?」

「そ、それがどうかしたの?」

 明らかに声が上擦った。もう一押しだ。修也は畳み掛けるように言った。

「その時にお前、象のぬいぐるみが欲しいと玩具売り場の中で駄々を捏ねたよな? 誕生日でもないから駄目だと私は静止したが……そしたらお前はなんて言った?」

 その問い掛けが投げ掛けられるのと同時に麗俐の体がプルプルと震えているのが見えた。幼い頃の自身に対する羞恥心が彼女から戦闘意欲を奪い取ったといってもいいだろう。フェイスヘルメットの下の顔は羞恥心という名の炎に照らされ、すっかりと火照ってしまっているはずだ。

 先ほどまで警戒していたということも忘れ、レーザーガンを地面の上に置いたばかりではなく、両耳に掌を当ててそれ以上は聞きたくないとばかりの態度をみせているのがその証拠だといえるだろう。

「お前はあの時になってーー」

「い、言わないでッ!」

 わなわなと体を震わせた麗俐が慌てて修也を静止させた。

 幼い頃の思い出というのは大きくなった際に当人が覚えていれば触れられたくない秘部になる上、忘れていれば古傷をナイフで抉っていくような打撃になるのだろう。

 悠介はこれまで見たことがないほど悶えた様子の姉を見てそう確信させられた。
 今後は父親が自身が覚えていない幼い頃の記憶を持ち出さないことを祈るしかなかった。

 切実な思いを抱える悠介を他所に、修也は羞恥心で起き上がれなくなっている麗俐に向かって、これまでの出来事を話していった。

 話が終わる頃には麗俐もいつもの調子へと戻り、落ち着いた態度で話すことができるようになっていた。

「なるほど、いよいよ『マザー』が来るんだね」

「そうだな。ところでそっちの方はどうなった?」

「お父さんたちが連れ去られてから……残ったアンドロイドのビィーやジョウジさん、カエデさんが奮戦したみたいだね。なんとか宇宙船には戻ることができたよ」

「全員無事ならよかった。今から『マザー』への対抗策をみんなで考えよう」

「……それもいいけど」

 麗俐は修也たちが乗ってきた宇宙船を見つめながら問い掛けた。

「あの宇宙船で私たちは帰ることができないの?」

「麗俐、逃げるつもりなのか?」

 そう問い掛ける修也の両目の双眸は大きく開き、瞳の下に怪しげな白い光を帯びていた。修也の心境としては敵前逃亡を咎める上官のような心持ちであった。

 他の宇宙や惑星に関しては分からないが、地球各国が保有する軍隊は例外なく敵前逃亡は重罪と決められている。
 これは大昔からの決まり事であり、いくら時代が揺らいだとしても変わるものではない。

 祖国やそこに住む人々を防衛する兵士が迫り来る敵から逃げることを許していては軍隊が成り立たないというのがその理由だ。

 もちろん、修也たちは軍人ではない。民間人を守って悪質非道なホーテンス星を破壊する義務などもない。当然ながらカサスやアリサたちを保護する義務もない。

 だが、人道や道徳といった言葉が出るとどうしてもカサスやアリサといったアンドロイドの被害者たちを放って置くことができないというのが人情というものだ。

 しかし修也の感じた人情を踏み躙るかのように麗俐は平然とした様子で言い放った。

「悪いけど、私はあの恐ろしいホーテンス星人と戦いたくなんてないよ。帰ることができるのであれば帰るべきじゃあない?」

 麗俐は弱音を剥き出しにしながら言い放った。

「それで負け犬みたいに尻尾を巻いて逃げるのが筋なのかな? お父さんは違うと思うぞ」

「けど、あの宇宙船にワープ機能があれば逃げるべきだと思う。あいつらから逃げられるのならばなんと言われてもいいよ」

「逆だよ」

 ここでようやく、これまで黙って話を聞いていた悠介が口を挟む。悠介は麗俐が咄嗟の乱入で上手く言葉が出てこないのをいいことにそのまま自身の考えを述べていった。

「ワープ機能があれば奴らもきっとこっちに追い付いてくる。それならばその前に奴らの切り札を叩いて、奴らに地球人は恐ろしいと実感させることが正解だと思う」

 悠介の言葉は正論であった。事実夜逃げ同然の身で逃げ出したとしてもホーテンス星人を名乗るアンドロイドたちが追跡してこないなどという保証はどこにもない。

 それどころか、次の征服地として地球に狙いを定める可能性すら考えられた。

『日進月歩』という言葉があるように地球の技術は21世紀と比較しても大きく発展していたが、アンドロイドたちの技術よりは大きく下回っている。

 技術の差というのは思っているよりも大きい。ましてや人間を見下ろしているアンドロイドたちであれば蹂躙や虐殺といった人類のタブーを堂々と破ることは明白。そのことを理解した麗俐は小さく首を縦に動かした。


 あとは『マザー』という最悪の存在にどう対処するかだけだ。
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