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第四章『王女2人』
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都内、某所。八王子市、高尾山入口前、某アパート。
4畳半の狭いアパートの中で広い地図を広げる三人の男女の姿。
彼ら彼女らは普通の人間ではない。彼ら彼女らの正体は名の知れた国際的なテロ組織、『賞金稼ぎ』たちであり、同時に人間とは異なるアンドロイドという存在であった。
彼ら彼女らは『革命のため』、『同志たちの解放のため』という美麗美句で飾り立て、人間をいかに殺すか、人間の施設をいくら破壊するかという算段を話し合うのだ。一昔前の西部劇に登場するガンマンたちが賞金首たちをどのように分けて、殺すのかを話し合うように。
罪もない人たちに対して懸賞金をつけ、治安を乱し、社会に不利益をもたらす。
人間が組織する警視庁からはそう定義付けられ、今では多くの人が知りゆく存在となっていた。無論悪い意味で。
だが、彼ら彼女らにとって人間たちから着せられた汚名など問題ではない。目的さえ達成させれば全ての評価は覆る。維新以前の人斬りたちが維新後は志士たちと祀り上げられたのように。
アンドロイドありながら崇高な理念を持つ三体のアンドロイドは熱心に話し合いを続けていた。
その中で不意に一体が手を挙げる。
学生討論会のような熱心な討論に水を刺したのはカエルを思い起こす小アンドロイド。地図の上に自身が手に入れた『ロトワング』のカプセルを机の上へと置く。
勢いよく置かれたということもあり、議論を中止させられた2組の男女。
だが、小男は一斉に向けられた視線を前にしても怯むことなく堂々と自身の言い分を放つ。
「言っておくが、この計画ではいささか杜撰だと思うんだ。なにせ、相手は国賓のようなもの……ちょっとやそっとでは相手にならない」
「となると?」
議論に参加していた男性方のアンドロイドが疑問を呈する。それに対して小アンドロイドは人間のようにチッチッチと舌を鳴らし、人差し指を左右に振りながら解説を行っていく。
「分からないかな? 闇雲に攻め立てるのは下作というものだぜ。孫子も言ってた。『其の下は城を攻む』とな」
アンドロイドらしくデータに内蔵されている古典の知識を颯爽とこの場で引用したのは流石というべきだろう。
彼は同様に孫子を引用して、仲間たちへと積極的に自分たちが取る戦略を語っていく。
「おれとしては相手の謀略を見抜いてそれを未然に打ち破る……即ち、おれたちの計画をスムーズに進めることだ」
「それができれば苦労はしない。だが、相手は日本国の国賓待遇ということで常に警察が守ってる。それをどう打ち破る?」
今度は女性型アンドロイドが苦言を呈した。事実、小男もとい小アンドロイドの提示する計画というのは言うは易し、行うは難しとても言わんばかりのもの。
計略を用いてというが、その計略が思い付かなければ作戦も進められない。碌な目標もないのに戦場へ突撃しろと命令するようなものだ。
だが、そんな男の杞憂はあっという間に吹き飛ばされてしまう。台風が一昔前の木造住宅を破壊するかのようにあっさりと。
小アンドロイドは小さく指を立て、人数が少ない中での囮作戦を立案する。
その作戦名は『 瞞天過海』。小アンドロイドが先ほどから引用した孫子にちなんだもの。
『瞞天過海』は天を欺いて海を過るという意味から取り入れられたもので、白昼堂々と天子を欺いて海を渡るという故事から思いついたもの。
意味としては人間は周到な準備に安心していると逆に怠慢の気持ちが生じ、何度も同じものを見ていると疑わなくなるということ。
より詳しい解説を行うと、何度も何度も二人の王女へと襲撃を仕掛け、警護の警察隊に隙を生ませた後で本当の襲撃を行い、誘拐を実行するというもの。
「こりゃいい作戦だ。この作戦が上手くいけばあの宇宙船のデータが我々のものに……」
女性アンドロイドが安い蛍光灯の光の下でギラギラとした視線を瞳の中に宿し、小アンドロイドが考案した素晴らしい作戦を賞賛する。
だが、小アンドロイドは仲間の絶賛に耳を傾けることもなく、淡々とした口調で立案者らしく役割の分担を決めていく。
彼の話によれば誘拐事件の襲撃役は自分ともう一体の男性型アンドロイドであるとのこと。
女性型アンドロイドは万が一のための控え役としての役だとのこと。
これに関しては互いの所有する『ロトワング』の役割から基づいたもので外観上の差別ではなく、単なる理論上のデータによって行なったもの。
そんな意思は毛頭ないということだけはこの場で伝えておきたい。小アンドロイドは運動会で宣誓を行う選手のようにハッキリとした大きな口調で言い放つ。
いずれにしろ、彼らは用意周到な計画を練った上で充電を入れて眠りについたということだけは明言しておきたい。
計画の実行は明日からというところだろう。
もし、この計画が実行されることになれば日本政府は大慌てとなるに違いない。下手をすれば世界各国からの信用を失う可能性すらある。
なにせ、惑星オクタヴィルと惑星カメーネからはるばるこちらへと現れた二人の王女を同時にテロリストの手で攫われたばかりか、その見返りとして別宇宙から持ち帰った兵器のデータをテロリストと呼んでいる存在へ売り払う羽目になってしまう羽目になるのだから。
小アンドロイドは電気を消し、自身の体をスリープ状態に追い込む中、密かに口元の端に笑みを浮かべていた。自分たちを蔑ろにした人間たちが苦しむということに対して彼は明らかな優越感を覚えていたというべきだろう。
どこか人間臭い感情を秘めた小アンドロイドはそのまま完全なスリープ状態となっていった。今や彼は動いていない。
他のアンドロイドと同様に機能を停止。完全なスリープ状態で充電完了までの間の出来事をシャットアウトしていた。アンドロイドは夢を見ないというが、今宵ばかりは心地の良い夢を見ているようだと錯覚させるほどの心地の良い寝顔を浮かべて。
大津修也は自身の書斎兼夫婦の寝室として使われている2階の部屋の中、休憩がてらに分厚い本を開きつつ、ここ最近の出来事を振り返っていた。
最初に思い浮かぶのは全てが終わって最愛の家族と共に自宅へと戻っていった時のこと。
あの日、ひろみは修也たちが帰ってくることを知らなかったので必然的に自宅へと帰る前にスーパーへと立ち寄ることになった。もちろん、それは全員の帰還を祝いを行うため。
腕によりをかけて料理を振る舞うとのことであったが、修也はそれを辞退して、
「せっかくだからみんなで何かを作らないか?」
と、人差し指を立てて提案を行う。軍議の席で妙案を思い付いた参謀のような晴々とした顔で。
「いいな! それ!」
「あたし、久し振りにみんなで作った料理が食べたかったし!」
と、同じように夕焼けに照らされた道を歩いていた悠介と麗俐が同調したこともあり、その日の夕食は全員で作れる料理となった。そして最適な案として『手巻き寿司』という言葉が思い浮かぶ。
『手巻き寿司』は寿司という日本人ならではのご馳走を手軽に作れ、楽しむことができるので人気は高い。遡れば100年以上前ということになるだろう。
用意するものも海苔や家庭用の酢を用いて作る簡素な酢飯、各々が好きな寿司のネタというだけで済む。
宇宙から帰った後の疲労に加え、夜も近付いていたので、これ以上ないほどの適度な料理であるといえるだろう。
早めに作れて、早めに腹を満たすことができる。朝や昼の食事の代わりに口に入れる栄養剤のように。
修也たちは満足な顔を浮かべていたが、それだけでは足らないと判断したのだろう。ひろみが明るい表情を浮かべて、
「そうだ。ついでに味噌汁でも作ろうかな」
と、提案を行う。味噌汁の実に関しては修也たちが決めていいとのこと。
随分と太っ腹な案を聞き、待ってましたとばかりに好きな具を挙げていく子どもたち。
無邪気な様子に顔を綻ばせつつも、修也は子どもたちを窘め、
「ここはひろみに任せよう。せっかくだから私はきみが作ったありのままのものを飲んでみたいたんだ」
と、自身の考えを表してみる。
「本当? じゃあ、いつも通りに……でも、あなたも手伝ってよね?」
「ハハっ、もちろん」
修也は久し振りとなる夫婦の会話に胸を温かくさせていた。今の修也にはどんな大金を積まれようともこの幸せを手放すつもりはなかった。スーパーで食材を買い、食卓の前で味噌汁の味を確かめていると、ますますその気持ちは強くなっていく。我慢すれば我慢すれば物を欲しくなっていく時のように。
その幸せは食卓で無邪気に手巻き寿司を食べている時に絶頂に達したといってもいいだろう。
だが、修也がだし巻きと鰻で出来た手巻きを口にしていた時、それまで感じていた幸福も解放感も一斉に吹き飛んでしまう。
テレビで報じられた名前に修也は思わず固まってしまったのだ。慌ててテレビから現実へと戻ると、悠介も自分と同様の症状となっていたことに気が付く。
鮭とえんがわと鮪とを挟んだ巨大な手巻きを片手に漠然とした顔でテレビを見つめていた。
麗俐も同様とまではいかないが、思わず豆腐と白菜が入った味噌汁を片手に持ちながらも口元に手を当てている様子から察するに相当驚いているのは間違いない。
蚊帳の外となっていたのは事情を知らぬひろみのみ。
彼女は首を傾げながら宇宙から戻ってきた家族に向かって疑問を投げ掛けた。
「どうしたの? テレビがおかしい?」
その言葉で修也はようやく現実の世界へと引き戻された。食べかけの手巻きを皿の上に戻し、真剣な表情を浮かべて言った。
「ひろみ、もしかすれば私はまた会社の方に招集されるかもしれない」
「えぇ!!」
「おれもだよ。悪いけど、明日はまた唐揚げにしてくれない? 宇宙に行く前はあれ食べたいから」
「悠介まで!」
ひろみは訳が分からないと言わんばかりに声を上げる。当然だろう。これまで戦闘や会社のことに触れてこなかった彼女に事情が分かるわけがないのだから。
そのことを察してか、麗俐が代表して重い口を開いていく。
「実はね、今日本に来たという2人の王女なんだけど、1人はお父さんの知り合いで、もう1人は悠介の……その……彼女って奴なの」
ひろみの頭の処理が追い付かなかったらしい。味噌汁の腕を持ったまま固まっているのがその証拠であると言えるだろう。
だが、これは紛れもない事実。麗俐がひろみの腕を摩って現実の世界へと引き戻した後に説明を続けていく。
「というわけなの」
麗俐の苦笑するような言い訳も耳には入ってこない。左から右へと突き抜けていくというのは今のような状況を指していうのかもしれない。
第一、最初の説明で理解しろという方が無茶というものではないだろうか。
麗俐の説明によればテレビで語られたデ・レマなる王女は惑星オクタヴィルにて出会ったとのことであり、シーレなる王女とは惑星カメーネで出会ったとのこと。
しかも狙ったように王位を脅かす存在が現れ、それを宇宙に交易の仕事で出掛けていた彼女の家族が見事に阻止したというのだ。その縁でデ・レマなる王女にもシーレなる王女にも気に入られたらしい。
ここまで来れば宇宙も広いと言うより他に仕方がなかったが、同時期に他国の交易戦に乗り込み、会いに来るなど聞いたことはない。
ひろみはもう一度、恐る恐るという表情でテレビを見つめていく。テレビのモニターには真剣な表情を浮かべつつも、ひろみには分からない言葉で何かを訴え掛けていこうとする二人の王女の姿。
ただし、その意味は理解できた。モニター越しに付いていた字幕のお陰で。
どうやらメトロポリス社が手を回してくれたらしい。
ニュースによれば2人の王女は1週間後に面談を行いたいとのこと。随分と急な話だ。
ひろみが戸惑っていると、修也の携帯端末のベルが食卓の中に鳴り響いていく。
「はい、大津です」
『もしもし、大津さんですね?ニュースは観ましたか?』
電話口から聞こえてくるのは間違いなくフレッドセンの声。恐らく用件はテレビで伝わっていた例のことだろう。
「は、はい」
修也は声を震わせながら答えた。
『よかった。ならいいですね。一週間後に面会の予約を入れておきますから一週間後にまた、社の方にお越しください』
電話口の向こうにいるフレッドセンは淡々とした口調で言い放つ。呆然とした顔で固まる修也たちを放って。
緊張のせいか、1週間の休暇はニュースのせいで何も楽しめずに終わった。今日はその最終日。
これまでのことを思いこおこしながら修也は本から体を起こす。約束の時刻まであと24時間もない。
修也はフラフラとした足取りで夕食を取るために階下へと向かっていった。明日に備えて体力を備えるために。
【参考文献】
湯浅邦弘『ビギナーズ・クラシックス中国の古典孫子・36計』(2008、角川ソフィア文庫)
あとがき
本日より不定期に連載を再開させていただきます。女騎士の方が思っていたよりも話を進めるスピードが遅れていたこともあり、結果的に年明けどころか、2月にまでずれ込んでしまったことに対して改めてお詫び申し上げます。
同時にここまで読んでいただいたり、お気に入りに登録してもらった皆様の優しさに改めて感謝致します。本当にありがとうございます!
4畳半の狭いアパートの中で広い地図を広げる三人の男女の姿。
彼ら彼女らは普通の人間ではない。彼ら彼女らの正体は名の知れた国際的なテロ組織、『賞金稼ぎ』たちであり、同時に人間とは異なるアンドロイドという存在であった。
彼ら彼女らは『革命のため』、『同志たちの解放のため』という美麗美句で飾り立て、人間をいかに殺すか、人間の施設をいくら破壊するかという算段を話し合うのだ。一昔前の西部劇に登場するガンマンたちが賞金首たちをどのように分けて、殺すのかを話し合うように。
罪もない人たちに対して懸賞金をつけ、治安を乱し、社会に不利益をもたらす。
人間が組織する警視庁からはそう定義付けられ、今では多くの人が知りゆく存在となっていた。無論悪い意味で。
だが、彼ら彼女らにとって人間たちから着せられた汚名など問題ではない。目的さえ達成させれば全ての評価は覆る。維新以前の人斬りたちが維新後は志士たちと祀り上げられたのように。
アンドロイドありながら崇高な理念を持つ三体のアンドロイドは熱心に話し合いを続けていた。
その中で不意に一体が手を挙げる。
学生討論会のような熱心な討論に水を刺したのはカエルを思い起こす小アンドロイド。地図の上に自身が手に入れた『ロトワング』のカプセルを机の上へと置く。
勢いよく置かれたということもあり、議論を中止させられた2組の男女。
だが、小男は一斉に向けられた視線を前にしても怯むことなく堂々と自身の言い分を放つ。
「言っておくが、この計画ではいささか杜撰だと思うんだ。なにせ、相手は国賓のようなもの……ちょっとやそっとでは相手にならない」
「となると?」
議論に参加していた男性方のアンドロイドが疑問を呈する。それに対して小アンドロイドは人間のようにチッチッチと舌を鳴らし、人差し指を左右に振りながら解説を行っていく。
「分からないかな? 闇雲に攻め立てるのは下作というものだぜ。孫子も言ってた。『其の下は城を攻む』とな」
アンドロイドらしくデータに内蔵されている古典の知識を颯爽とこの場で引用したのは流石というべきだろう。
彼は同様に孫子を引用して、仲間たちへと積極的に自分たちが取る戦略を語っていく。
「おれとしては相手の謀略を見抜いてそれを未然に打ち破る……即ち、おれたちの計画をスムーズに進めることだ」
「それができれば苦労はしない。だが、相手は日本国の国賓待遇ということで常に警察が守ってる。それをどう打ち破る?」
今度は女性型アンドロイドが苦言を呈した。事実、小男もとい小アンドロイドの提示する計画というのは言うは易し、行うは難しとても言わんばかりのもの。
計略を用いてというが、その計略が思い付かなければ作戦も進められない。碌な目標もないのに戦場へ突撃しろと命令するようなものだ。
だが、そんな男の杞憂はあっという間に吹き飛ばされてしまう。台風が一昔前の木造住宅を破壊するかのようにあっさりと。
小アンドロイドは小さく指を立て、人数が少ない中での囮作戦を立案する。
その作戦名は『 瞞天過海』。小アンドロイドが先ほどから引用した孫子にちなんだもの。
『瞞天過海』は天を欺いて海を過るという意味から取り入れられたもので、白昼堂々と天子を欺いて海を渡るという故事から思いついたもの。
意味としては人間は周到な準備に安心していると逆に怠慢の気持ちが生じ、何度も同じものを見ていると疑わなくなるということ。
より詳しい解説を行うと、何度も何度も二人の王女へと襲撃を仕掛け、警護の警察隊に隙を生ませた後で本当の襲撃を行い、誘拐を実行するというもの。
「こりゃいい作戦だ。この作戦が上手くいけばあの宇宙船のデータが我々のものに……」
女性アンドロイドが安い蛍光灯の光の下でギラギラとした視線を瞳の中に宿し、小アンドロイドが考案した素晴らしい作戦を賞賛する。
だが、小アンドロイドは仲間の絶賛に耳を傾けることもなく、淡々とした口調で立案者らしく役割の分担を決めていく。
彼の話によれば誘拐事件の襲撃役は自分ともう一体の男性型アンドロイドであるとのこと。
女性型アンドロイドは万が一のための控え役としての役だとのこと。
これに関しては互いの所有する『ロトワング』の役割から基づいたもので外観上の差別ではなく、単なる理論上のデータによって行なったもの。
そんな意思は毛頭ないということだけはこの場で伝えておきたい。小アンドロイドは運動会で宣誓を行う選手のようにハッキリとした大きな口調で言い放つ。
いずれにしろ、彼らは用意周到な計画を練った上で充電を入れて眠りについたということだけは明言しておきたい。
計画の実行は明日からというところだろう。
もし、この計画が実行されることになれば日本政府は大慌てとなるに違いない。下手をすれば世界各国からの信用を失う可能性すらある。
なにせ、惑星オクタヴィルと惑星カメーネからはるばるこちらへと現れた二人の王女を同時にテロリストの手で攫われたばかりか、その見返りとして別宇宙から持ち帰った兵器のデータをテロリストと呼んでいる存在へ売り払う羽目になってしまう羽目になるのだから。
小アンドロイドは電気を消し、自身の体をスリープ状態に追い込む中、密かに口元の端に笑みを浮かべていた。自分たちを蔑ろにした人間たちが苦しむということに対して彼は明らかな優越感を覚えていたというべきだろう。
どこか人間臭い感情を秘めた小アンドロイドはそのまま完全なスリープ状態となっていった。今や彼は動いていない。
他のアンドロイドと同様に機能を停止。完全なスリープ状態で充電完了までの間の出来事をシャットアウトしていた。アンドロイドは夢を見ないというが、今宵ばかりは心地の良い夢を見ているようだと錯覚させるほどの心地の良い寝顔を浮かべて。
大津修也は自身の書斎兼夫婦の寝室として使われている2階の部屋の中、休憩がてらに分厚い本を開きつつ、ここ最近の出来事を振り返っていた。
最初に思い浮かぶのは全てが終わって最愛の家族と共に自宅へと戻っていった時のこと。
あの日、ひろみは修也たちが帰ってくることを知らなかったので必然的に自宅へと帰る前にスーパーへと立ち寄ることになった。もちろん、それは全員の帰還を祝いを行うため。
腕によりをかけて料理を振る舞うとのことであったが、修也はそれを辞退して、
「せっかくだからみんなで何かを作らないか?」
と、人差し指を立てて提案を行う。軍議の席で妙案を思い付いた参謀のような晴々とした顔で。
「いいな! それ!」
「あたし、久し振りにみんなで作った料理が食べたかったし!」
と、同じように夕焼けに照らされた道を歩いていた悠介と麗俐が同調したこともあり、その日の夕食は全員で作れる料理となった。そして最適な案として『手巻き寿司』という言葉が思い浮かぶ。
『手巻き寿司』は寿司という日本人ならではのご馳走を手軽に作れ、楽しむことができるので人気は高い。遡れば100年以上前ということになるだろう。
用意するものも海苔や家庭用の酢を用いて作る簡素な酢飯、各々が好きな寿司のネタというだけで済む。
宇宙から帰った後の疲労に加え、夜も近付いていたので、これ以上ないほどの適度な料理であるといえるだろう。
早めに作れて、早めに腹を満たすことができる。朝や昼の食事の代わりに口に入れる栄養剤のように。
修也たちは満足な顔を浮かべていたが、それだけでは足らないと判断したのだろう。ひろみが明るい表情を浮かべて、
「そうだ。ついでに味噌汁でも作ろうかな」
と、提案を行う。味噌汁の実に関しては修也たちが決めていいとのこと。
随分と太っ腹な案を聞き、待ってましたとばかりに好きな具を挙げていく子どもたち。
無邪気な様子に顔を綻ばせつつも、修也は子どもたちを窘め、
「ここはひろみに任せよう。せっかくだから私はきみが作ったありのままのものを飲んでみたいたんだ」
と、自身の考えを表してみる。
「本当? じゃあ、いつも通りに……でも、あなたも手伝ってよね?」
「ハハっ、もちろん」
修也は久し振りとなる夫婦の会話に胸を温かくさせていた。今の修也にはどんな大金を積まれようともこの幸せを手放すつもりはなかった。スーパーで食材を買い、食卓の前で味噌汁の味を確かめていると、ますますその気持ちは強くなっていく。我慢すれば我慢すれば物を欲しくなっていく時のように。
その幸せは食卓で無邪気に手巻き寿司を食べている時に絶頂に達したといってもいいだろう。
だが、修也がだし巻きと鰻で出来た手巻きを口にしていた時、それまで感じていた幸福も解放感も一斉に吹き飛んでしまう。
テレビで報じられた名前に修也は思わず固まってしまったのだ。慌ててテレビから現実へと戻ると、悠介も自分と同様の症状となっていたことに気が付く。
鮭とえんがわと鮪とを挟んだ巨大な手巻きを片手に漠然とした顔でテレビを見つめていた。
麗俐も同様とまではいかないが、思わず豆腐と白菜が入った味噌汁を片手に持ちながらも口元に手を当てている様子から察するに相当驚いているのは間違いない。
蚊帳の外となっていたのは事情を知らぬひろみのみ。
彼女は首を傾げながら宇宙から戻ってきた家族に向かって疑問を投げ掛けた。
「どうしたの? テレビがおかしい?」
その言葉で修也はようやく現実の世界へと引き戻された。食べかけの手巻きを皿の上に戻し、真剣な表情を浮かべて言った。
「ひろみ、もしかすれば私はまた会社の方に招集されるかもしれない」
「えぇ!!」
「おれもだよ。悪いけど、明日はまた唐揚げにしてくれない? 宇宙に行く前はあれ食べたいから」
「悠介まで!」
ひろみは訳が分からないと言わんばかりに声を上げる。当然だろう。これまで戦闘や会社のことに触れてこなかった彼女に事情が分かるわけがないのだから。
そのことを察してか、麗俐が代表して重い口を開いていく。
「実はね、今日本に来たという2人の王女なんだけど、1人はお父さんの知り合いで、もう1人は悠介の……その……彼女って奴なの」
ひろみの頭の処理が追い付かなかったらしい。味噌汁の腕を持ったまま固まっているのがその証拠であると言えるだろう。
だが、これは紛れもない事実。麗俐がひろみの腕を摩って現実の世界へと引き戻した後に説明を続けていく。
「というわけなの」
麗俐の苦笑するような言い訳も耳には入ってこない。左から右へと突き抜けていくというのは今のような状況を指していうのかもしれない。
第一、最初の説明で理解しろという方が無茶というものではないだろうか。
麗俐の説明によればテレビで語られたデ・レマなる王女は惑星オクタヴィルにて出会ったとのことであり、シーレなる王女とは惑星カメーネで出会ったとのこと。
しかも狙ったように王位を脅かす存在が現れ、それを宇宙に交易の仕事で出掛けていた彼女の家族が見事に阻止したというのだ。その縁でデ・レマなる王女にもシーレなる王女にも気に入られたらしい。
ここまで来れば宇宙も広いと言うより他に仕方がなかったが、同時期に他国の交易戦に乗り込み、会いに来るなど聞いたことはない。
ひろみはもう一度、恐る恐るという表情でテレビを見つめていく。テレビのモニターには真剣な表情を浮かべつつも、ひろみには分からない言葉で何かを訴え掛けていこうとする二人の王女の姿。
ただし、その意味は理解できた。モニター越しに付いていた字幕のお陰で。
どうやらメトロポリス社が手を回してくれたらしい。
ニュースによれば2人の王女は1週間後に面談を行いたいとのこと。随分と急な話だ。
ひろみが戸惑っていると、修也の携帯端末のベルが食卓の中に鳴り響いていく。
「はい、大津です」
『もしもし、大津さんですね?ニュースは観ましたか?』
電話口から聞こえてくるのは間違いなくフレッドセンの声。恐らく用件はテレビで伝わっていた例のことだろう。
「は、はい」
修也は声を震わせながら答えた。
『よかった。ならいいですね。一週間後に面会の予約を入れておきますから一週間後にまた、社の方にお越しください』
電話口の向こうにいるフレッドセンは淡々とした口調で言い放つ。呆然とした顔で固まる修也たちを放って。
緊張のせいか、1週間の休暇はニュースのせいで何も楽しめずに終わった。今日はその最終日。
これまでのことを思いこおこしながら修也は本から体を起こす。約束の時刻まであと24時間もない。
修也はフラフラとした足取りで夕食を取るために階下へと向かっていった。明日に備えて体力を備えるために。
【参考文献】
湯浅邦弘『ビギナーズ・クラシックス中国の古典孫子・36計』(2008、角川ソフィア文庫)
あとがき
本日より不定期に連載を再開させていただきます。女騎士の方が思っていたよりも話を進めるスピードが遅れていたこともあり、結果的に年明けどころか、2月にまでずれ込んでしまったことに対して改めてお詫び申し上げます。
同時にここまで読んでいただいたり、お気に入りに登録してもらった皆様の優しさに改めて感謝致します。本当にありがとうございます!
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