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第四章『王女2人』
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意を決してというのは決して大袈裟な表現ではない。今の修也の心境を表すのであれば江戸時代において小国の大名が徳川将軍の招きに応じて江戸城の中へと足を踏み入れる心境といえばよいだろうか。いや、そんな例えではまだ不足である。実態を表すのであればもっと大きい表現で表してもいいかもしれない。
かつて別の惑星で大きく仲良くなったとはいえども今の自分は単なるサラリーマン。メトロポリス社から提供される給料のみで暮らしているような存在。
言うなれば江戸時代でいうところの手代のようなもの(修也の年齢を考えれば番頭と表現するのが的確なところだろうが、会社に入った日数が短いためそちらの方が的確な表である)。
対して相手は大国の姫君。日本国内でも賛否両論はあれども国賓の扱いなのだ。
江戸時代で例えれば雄藩の姫君もしくは朝廷の有力公家のような存在。
両肩を強張らせたガチガチの緊張状態とは程遠い状況にはあるものの、それでも両肩が自然と強張るのも無理はあるまい。手代と雄藩の姫君が謁見するというのが先ほどの例えよりもしっくりくるような気がしてならない。
意を決して扉を開く。だが、まだ姿は見えない。二重扉であった。修也の視界に飛び込むのは靴箱と手洗いやら洗面所やらを繋ぐ巨大な土間ともいうべき場所。
修也は20世紀のギャグ漫画に登場する主人公のように転けてしまいたくなった。芸人のように情けなくみっともない姿で。
2人の子どもに肩を貸してもらいながら部屋の中を確認すると、そこには下駄箱と手洗いがあった。不浄とも言える場所は客が利用する場所から少し離れたところに置いておくという配慮なのだろうか。この辺りは昔ながらの日本人の価値観がそのまま生きているような気がしてならない。
修也は手洗いの真横にあった洗面所を見据えながら考え込む。洗面所は扉で仕切られていて見えないが、恐らく脱衣所も兼ねているのだろう。その奥に存在するのは小さなバスルームの存在。
ホテルの屋上には大浴場があるとのことなのでほとんどそこを利用することはないだろうが、それでもこうした配慮がなされているのはありがたいことであるに違いない。というのも大勢の人が集う大浴場を嫌う神経質な人も客の中には必ずいるであろうから。
修也がそんなことを考えながら立ち止まっていた時のこと。扉を引く音が聞こえた。慌てて振り返ると、そこには立ち尽くしている様子を見せる悠介。
どうやら修也を放置して扉を開いたらしい。待ちきれなかったというのが本音というところだろう。扉が開いてしまえばもう腹を括るより他にあるまい。いくら緊張していても状況は良くならないのだから。
修也は神社の狛犬の如くその場に立ち尽くしている悠介の横を通り抜け、部屋の中を見つめる。贅を尽くした部屋の中には机を挟んで対話を行う2人の姫君の姿。
姫たちの背後にジョウジとカエデが控えていることから各星の言葉をそれぞれ通訳しているのだろう。あの星の言葉を通訳できる人間は日本どころか地球でも限られているだろうからこの2人に白羽の矢が立ったのは当然であるといえるだろう。
2人の王女は通訳を通して何やら熱心に話し合っていた様子であったが、修也たちに気がついたらしい。まるで、暗い闇の中に降りてきた光を見つめるかのように両目を輝かせて胸元へと飛び込む。
デ・レマは修也へ、シーレは悠介に。
感動の再会を両者は共に果たしたのである。この時修也は困惑した様子であったが、隣にいた悠介は初めて恋人であるシーレと抱き締め合ったこともあってか、どこか顔を赤く染め上げている。スーパーで売っているよく熟れた林檎のように。
嬉しさからか、口元を変に捻じ曲げている弟に対して麗俐は苛立ちを感じたらしい。入り口の前で立ち止まっている彼を部屋の中へと押し込む。邪魔になった荷物を押し込むかのように乱暴な手付きで。
悠介は姉のどこか乱暴な態度に困惑した表情を浮かべつつも両手と両足をバタバタと動かし、シーレと共にホテルの部屋の中へと足を踏み入れた。
東京都の中でも最高峰のホテルということもあり、壁も床も外国のどこかにある宮殿かと錯覚させるほど整っている。
床の上には裸足で踏めば足全体に食い込むような柔らかさを秘めた赤い絨毯が敷かれていたし、壁は白を基調とした金色の刺繍が施された立派なものであった。
部屋の中央には立派な革張りの長椅子と机とが置かれていたし、その背後には東京の景色を一望できるという巨大な窓の姿。大きく開かれた巨大な窓は窓というよりかは映画のスクリーンのようであった。特定の場所に向かい、窓の開閉ボタンをタップすれば、巨大なシャッターが降りてきて窓の景色をシャットアウトするというのだからスクリーンという表現もあながち間違いではないように思える。
大きな窓の端には景観を保つための観葉植物が置かれていた上にその逆の端には食器と小さな冷蔵庫が収められた食器棚の姿。開閉部分から部屋を利用する客がこの戸棚から茶葉やコーヒーの粉を取り出して楽しむというコンセプトであるに違いない。
長椅子に向かうまで場所には巨大な二脚のベッド。天蓋付きの大きなベッドであり、寝心地の良さそうなマットレスの上にシミひとつない純白のシーツが敷かれている。巨大で寝心地の良さそうな枕を下に敷いて部屋の中で休む。これこそ高級ホテルを利用する客の特権ではないだろうか。
他にも扉の側にある巨大なウォークインクローゼットの姿。部屋と一体と化し、来客に違和感を与えぬその姿には敬意を感じてしまう。
修也がそんなことを考えていると、デ・レマが修也を強く抱き締めながら叫ぶ。
「シューヤ!! 会いたかった!!」
両目から涙を溢しながら再開を喜ぶ幼い姫君の姿を見て、修也はあの時のことを思い出しのだろう。柔和な笑みを浮かべながら彼女の頭を優しく撫でていく。幼い時の子どもたちを撫でるような優しい手つきで。
デ・レマも修也の心遣いが分かったのだろう。エヘヘと可愛らしい笑みを浮かべながら積極的に頭を差し出す。もっと撫でろとでも言わんばかりに。
修也はお言葉に甘えてと言わんばかりに亜麻色の柔らかな髪の毛を撫でていく。こうして小さい子どもの髪を撫でていると、麗俐が小さかった頃のことを思い出す。あの頃は無邪気で可愛らしかった。
近所でも評判の美少女でひろみが鼻を高くしていたことが昨日のことのように思い出せる。そんなことを考えていると、背後で何か言いたげにしている麗俐の姿が見えた。
「そうか、麗俐はまだ知らなかったな。こちら惑星オクタヴィルで出会ったダコティアヌ帝国の皇女、デ・レマ殿下だ」
「あぁ、お初にお目に掛かります。大津麗俐と言います。よろしくお願いします」
麗俐は恭しく頭を下げた。この態度で合っていたのかどうかは分からない。
しかしデ・レマは特に不快感を感じなかったらしい。寛大な笑みを浮かべながら麗俐の元へと向かい、右手を差し出す。
「こちらこそ、よろしくレイリ」
と、彼女はダコティアヌ帝国語で寛大な言葉を放ったものの、麗俐には理解できていない。
困惑した修也は長椅子の側で待機していたジョウジとカエデを呼び、通訳を依頼する。面倒には思いつつもそこは仕事。快く引き受けてくれた。
通訳が入ったことで両者ともに円滑なコミュニケーションが取れるようになったらしい。
通訳を介した上で自己紹介を行ってからというものの、すぐに両者は打ち解けていた。麗俐と遠い惑星の皇女とは生まれも育ちも異なるはずでいるが、不思議とウマが合ったようだ。
通訳であるカエデを通し、熱心な様子で何かを語り合っていた。仕舞いには麗俐が懐から携帯端末を取り出し、修也の知らないアクセサリーやら化粧品やらを見せる始末。
デ・レマは麗俐が見せる地球の文化にすっかりと心を奪われたらしく、矢継ぎ早に質問を行う姿が見えた。矢のように次々と質問が繰り出されるので通訳であるカエデが困っているように見えたのは気のせいではあるまい。
修也が苦笑しながらその景色を見つめていると、既に悠介とシーレは長椅子に戻り、悠介は自身の携帯端末を用いて配信サービスから映画を観せていた。過激な映画でないといいのだがと修也は気に病んだものの、悠介が選んだのは20世紀から存在するアメリカの大手アニメ製作会社が手掛けた人気アニメ映画シリーズの第一作目。
内容も悪い帝国の皇帝に囚われたお姫様を勇敢な軍人が助け出すという王道モノ。悠介が解説するのをジョウジが側で翻訳しているという構図。
いちいち解説を翻訳するのは大変だろう。ジョウジの苦労を思いながら修也が偲び笑いを漏らしていた時のこと。
扉を叩く音が聞こえてきた。生憎と全員が話に夢中になっていて扉の音には聞こえていないらしい。修也が億劫な表情を浮かべながら扉を開いていく。
深刻な顔を浮かべた警察官が修也の姿が見えるなり、面倒くさそうな口調で言い放つ。
「メトロポリス社の方ですね? 私、警視庁から派遣された両殿下護衛担当の者ですが、実は少し厄介なことになりましてね」
「や、厄介なことですか?」
「えぇ、なんでも賞金稼ぎの奴らがこのホテルを嗅ぎつけたとか」
修也はその話を聞いてテレビのニュースでやっていたことを思い出す。両人物の存在を賞金稼ぎが嗅ぎつけ、幾度も襲撃を仕掛けてきたのであった。恐らく、革命達成のための身代金が目的であるには違いない。
その度に彼らの杜撰かつ短絡的な襲撃は警察官の護衛に阻まれ、失敗していると聞く。今回もどうせ失敗するのであれば放置しておいて問題はないだろう。
修也はそう提案したのだが、警察官の男性は首を横に振って、
「いいえ、公安部によりますと、こういう失敗を繰り返している時こそ相手はより執念深くなるとのことでして……『窮鼠猫を噛む』ということもありまして、我々としては万が一のことも考えてーー」
警察官の男性の言葉がそれ以上続けられることはなかった。というのも、彼の頭が撃ち抜かれてしまったから。
魂を失った警察官は体の支えを失い修也の前へと倒れ込む。同時に修也は慌てて警察官を受けとめるものの、その体が川に打ち捨てられた枯れ木のように冷たくなっていることに気がつく。
どうやら先ほどまで喋っていた警察官からの肉体から永遠に輝きというものは失われてしまったらしい。
修也は必死になって警察官に向かって励ましの言葉を投げ掛ける。当然のことながら反応は返ってこない。
唖然とする修也の目の前には白い装甲で身を固めたアンドロイドの姿。片方はトビウオを模したような装甲、もう片方はアルマジロを模したような硬い装甲を纏っていた。
そのうち、トビウオの方には手の部分にはヒレの代わりに鋭い刃が揃っており、アルマジロの方は左手に円形の純度の高い硬度で固めた盾を有しており、右手にはレーザーガンが握られている。
どうやらあのレーザーガンが修也と話をしていた警察官の息の根を止めたに違いない。
身の危機を感じるよりも先に人間の命を虫けらか何かを潰すように簡単に奪ったことに対する怒りが込み上げてきた。そのせいか、カプセルを用いて『メトロイドスーツ』に身を包んだ時も、レーザーガンを構えて突っ込んでいった時にも不思議なぐらい恐怖というものを感じなかった。
怒りの方が先行しているといえばいいだろうか。とにかく、今の修也に恐れというものは湧いてこない。ほんの僅かな恐れすら感じられないのだ。例えるのであれば栓で蓋をしているといったところだろうか。
何はともあれ恐れを感じなかったのは事実。修也はまず、最初にレーザガンでアルマジロの怪物が身に付けているレーザガンへと狙いを定めていく。射的で狙いやすそうな的を絞るかのように。
修也の手から放たれたレーザー光線でアルマジロが握っていたレーザーガンが地面の下へと落ちていく姿が見られた。
いいぞ。修也は勝利を確信し、握り拳を作りあげてさえいる。最初の攻撃が成功したことで油断していたのだろう。
敵はそんな僅かな慢心を突いて攻撃を仕掛けてきた。
どこか浮ついた気持ちでいた修也の前にトビウオが例の刃を振り翳しながら修也の懐へと飛び込む。
慌てて身を翻したものの、あと少し肉体が直撃していたのであれば修也の肉体に例の刃が直撃していたに違いない。ギザギザとしたノコギリのような刃は日本が誇る『ロトワング』の装甲ですら鋏で切ったコピー用紙のようにバラバラとなってしまったに違いない。
紙一重で交わすことができたのは運が良かったからだろう。
修也がビームソードを抜いて新しい襲撃に備えようとしていた時のこと。背後から熱線が飛ぶ。
それにより2体のアンドロイドが慌てて背後へと下がった。修也が振り返ると、そこには互いに『エンプレスト』と『ゼノン』で武装した子どもたちの姿。
騒ぎを聞き付けて、慌てて参戦してきたらしい。
修也は援軍に現れた2人の子どもを見遣りながら言った。
「さてと、ここからは三対一になるが、どうする?」
返答はない。だが、黙って武器のみを突き付けてきたということから両者が数の優位性如きで降伏しないということは間違いないだろう。
修也は背後で悠介が扉のノブを回し、その前に立つ姿を確認した。背後の守りは完璧であるらしい。
背後が守られるのであれば心配はいらないだろう。修也はヘルメットの下に「へ」の字の笑いを浮かべながら襲撃者たちへと立ち向かっていく。
かつて別の惑星で大きく仲良くなったとはいえども今の自分は単なるサラリーマン。メトロポリス社から提供される給料のみで暮らしているような存在。
言うなれば江戸時代でいうところの手代のようなもの(修也の年齢を考えれば番頭と表現するのが的確なところだろうが、会社に入った日数が短いためそちらの方が的確な表である)。
対して相手は大国の姫君。日本国内でも賛否両論はあれども国賓の扱いなのだ。
江戸時代で例えれば雄藩の姫君もしくは朝廷の有力公家のような存在。
両肩を強張らせたガチガチの緊張状態とは程遠い状況にはあるものの、それでも両肩が自然と強張るのも無理はあるまい。手代と雄藩の姫君が謁見するというのが先ほどの例えよりもしっくりくるような気がしてならない。
意を決して扉を開く。だが、まだ姿は見えない。二重扉であった。修也の視界に飛び込むのは靴箱と手洗いやら洗面所やらを繋ぐ巨大な土間ともいうべき場所。
修也は20世紀のギャグ漫画に登場する主人公のように転けてしまいたくなった。芸人のように情けなくみっともない姿で。
2人の子どもに肩を貸してもらいながら部屋の中を確認すると、そこには下駄箱と手洗いがあった。不浄とも言える場所は客が利用する場所から少し離れたところに置いておくという配慮なのだろうか。この辺りは昔ながらの日本人の価値観がそのまま生きているような気がしてならない。
修也は手洗いの真横にあった洗面所を見据えながら考え込む。洗面所は扉で仕切られていて見えないが、恐らく脱衣所も兼ねているのだろう。その奥に存在するのは小さなバスルームの存在。
ホテルの屋上には大浴場があるとのことなのでほとんどそこを利用することはないだろうが、それでもこうした配慮がなされているのはありがたいことであるに違いない。というのも大勢の人が集う大浴場を嫌う神経質な人も客の中には必ずいるであろうから。
修也がそんなことを考えながら立ち止まっていた時のこと。扉を引く音が聞こえた。慌てて振り返ると、そこには立ち尽くしている様子を見せる悠介。
どうやら修也を放置して扉を開いたらしい。待ちきれなかったというのが本音というところだろう。扉が開いてしまえばもう腹を括るより他にあるまい。いくら緊張していても状況は良くならないのだから。
修也は神社の狛犬の如くその場に立ち尽くしている悠介の横を通り抜け、部屋の中を見つめる。贅を尽くした部屋の中には机を挟んで対話を行う2人の姫君の姿。
姫たちの背後にジョウジとカエデが控えていることから各星の言葉をそれぞれ通訳しているのだろう。あの星の言葉を通訳できる人間は日本どころか地球でも限られているだろうからこの2人に白羽の矢が立ったのは当然であるといえるだろう。
2人の王女は通訳を通して何やら熱心に話し合っていた様子であったが、修也たちに気がついたらしい。まるで、暗い闇の中に降りてきた光を見つめるかのように両目を輝かせて胸元へと飛び込む。
デ・レマは修也へ、シーレは悠介に。
感動の再会を両者は共に果たしたのである。この時修也は困惑した様子であったが、隣にいた悠介は初めて恋人であるシーレと抱き締め合ったこともあってか、どこか顔を赤く染め上げている。スーパーで売っているよく熟れた林檎のように。
嬉しさからか、口元を変に捻じ曲げている弟に対して麗俐は苛立ちを感じたらしい。入り口の前で立ち止まっている彼を部屋の中へと押し込む。邪魔になった荷物を押し込むかのように乱暴な手付きで。
悠介は姉のどこか乱暴な態度に困惑した表情を浮かべつつも両手と両足をバタバタと動かし、シーレと共にホテルの部屋の中へと足を踏み入れた。
東京都の中でも最高峰のホテルということもあり、壁も床も外国のどこかにある宮殿かと錯覚させるほど整っている。
床の上には裸足で踏めば足全体に食い込むような柔らかさを秘めた赤い絨毯が敷かれていたし、壁は白を基調とした金色の刺繍が施された立派なものであった。
部屋の中央には立派な革張りの長椅子と机とが置かれていたし、その背後には東京の景色を一望できるという巨大な窓の姿。大きく開かれた巨大な窓は窓というよりかは映画のスクリーンのようであった。特定の場所に向かい、窓の開閉ボタンをタップすれば、巨大なシャッターが降りてきて窓の景色をシャットアウトするというのだからスクリーンという表現もあながち間違いではないように思える。
大きな窓の端には景観を保つための観葉植物が置かれていた上にその逆の端には食器と小さな冷蔵庫が収められた食器棚の姿。開閉部分から部屋を利用する客がこの戸棚から茶葉やコーヒーの粉を取り出して楽しむというコンセプトであるに違いない。
長椅子に向かうまで場所には巨大な二脚のベッド。天蓋付きの大きなベッドであり、寝心地の良さそうなマットレスの上にシミひとつない純白のシーツが敷かれている。巨大で寝心地の良さそうな枕を下に敷いて部屋の中で休む。これこそ高級ホテルを利用する客の特権ではないだろうか。
他にも扉の側にある巨大なウォークインクローゼットの姿。部屋と一体と化し、来客に違和感を与えぬその姿には敬意を感じてしまう。
修也がそんなことを考えていると、デ・レマが修也を強く抱き締めながら叫ぶ。
「シューヤ!! 会いたかった!!」
両目から涙を溢しながら再開を喜ぶ幼い姫君の姿を見て、修也はあの時のことを思い出しのだろう。柔和な笑みを浮かべながら彼女の頭を優しく撫でていく。幼い時の子どもたちを撫でるような優しい手つきで。
デ・レマも修也の心遣いが分かったのだろう。エヘヘと可愛らしい笑みを浮かべながら積極的に頭を差し出す。もっと撫でろとでも言わんばかりに。
修也はお言葉に甘えてと言わんばかりに亜麻色の柔らかな髪の毛を撫でていく。こうして小さい子どもの髪を撫でていると、麗俐が小さかった頃のことを思い出す。あの頃は無邪気で可愛らしかった。
近所でも評判の美少女でひろみが鼻を高くしていたことが昨日のことのように思い出せる。そんなことを考えていると、背後で何か言いたげにしている麗俐の姿が見えた。
「そうか、麗俐はまだ知らなかったな。こちら惑星オクタヴィルで出会ったダコティアヌ帝国の皇女、デ・レマ殿下だ」
「あぁ、お初にお目に掛かります。大津麗俐と言います。よろしくお願いします」
麗俐は恭しく頭を下げた。この態度で合っていたのかどうかは分からない。
しかしデ・レマは特に不快感を感じなかったらしい。寛大な笑みを浮かべながら麗俐の元へと向かい、右手を差し出す。
「こちらこそ、よろしくレイリ」
と、彼女はダコティアヌ帝国語で寛大な言葉を放ったものの、麗俐には理解できていない。
困惑した修也は長椅子の側で待機していたジョウジとカエデを呼び、通訳を依頼する。面倒には思いつつもそこは仕事。快く引き受けてくれた。
通訳が入ったことで両者ともに円滑なコミュニケーションが取れるようになったらしい。
通訳を介した上で自己紹介を行ってからというものの、すぐに両者は打ち解けていた。麗俐と遠い惑星の皇女とは生まれも育ちも異なるはずでいるが、不思議とウマが合ったようだ。
通訳であるカエデを通し、熱心な様子で何かを語り合っていた。仕舞いには麗俐が懐から携帯端末を取り出し、修也の知らないアクセサリーやら化粧品やらを見せる始末。
デ・レマは麗俐が見せる地球の文化にすっかりと心を奪われたらしく、矢継ぎ早に質問を行う姿が見えた。矢のように次々と質問が繰り出されるので通訳であるカエデが困っているように見えたのは気のせいではあるまい。
修也が苦笑しながらその景色を見つめていると、既に悠介とシーレは長椅子に戻り、悠介は自身の携帯端末を用いて配信サービスから映画を観せていた。過激な映画でないといいのだがと修也は気に病んだものの、悠介が選んだのは20世紀から存在するアメリカの大手アニメ製作会社が手掛けた人気アニメ映画シリーズの第一作目。
内容も悪い帝国の皇帝に囚われたお姫様を勇敢な軍人が助け出すという王道モノ。悠介が解説するのをジョウジが側で翻訳しているという構図。
いちいち解説を翻訳するのは大変だろう。ジョウジの苦労を思いながら修也が偲び笑いを漏らしていた時のこと。
扉を叩く音が聞こえてきた。生憎と全員が話に夢中になっていて扉の音には聞こえていないらしい。修也が億劫な表情を浮かべながら扉を開いていく。
深刻な顔を浮かべた警察官が修也の姿が見えるなり、面倒くさそうな口調で言い放つ。
「メトロポリス社の方ですね? 私、警視庁から派遣された両殿下護衛担当の者ですが、実は少し厄介なことになりましてね」
「や、厄介なことですか?」
「えぇ、なんでも賞金稼ぎの奴らがこのホテルを嗅ぎつけたとか」
修也はその話を聞いてテレビのニュースでやっていたことを思い出す。両人物の存在を賞金稼ぎが嗅ぎつけ、幾度も襲撃を仕掛けてきたのであった。恐らく、革命達成のための身代金が目的であるには違いない。
その度に彼らの杜撰かつ短絡的な襲撃は警察官の護衛に阻まれ、失敗していると聞く。今回もどうせ失敗するのであれば放置しておいて問題はないだろう。
修也はそう提案したのだが、警察官の男性は首を横に振って、
「いいえ、公安部によりますと、こういう失敗を繰り返している時こそ相手はより執念深くなるとのことでして……『窮鼠猫を噛む』ということもありまして、我々としては万が一のことも考えてーー」
警察官の男性の言葉がそれ以上続けられることはなかった。というのも、彼の頭が撃ち抜かれてしまったから。
魂を失った警察官は体の支えを失い修也の前へと倒れ込む。同時に修也は慌てて警察官を受けとめるものの、その体が川に打ち捨てられた枯れ木のように冷たくなっていることに気がつく。
どうやら先ほどまで喋っていた警察官からの肉体から永遠に輝きというものは失われてしまったらしい。
修也は必死になって警察官に向かって励ましの言葉を投げ掛ける。当然のことながら反応は返ってこない。
唖然とする修也の目の前には白い装甲で身を固めたアンドロイドの姿。片方はトビウオを模したような装甲、もう片方はアルマジロを模したような硬い装甲を纏っていた。
そのうち、トビウオの方には手の部分にはヒレの代わりに鋭い刃が揃っており、アルマジロの方は左手に円形の純度の高い硬度で固めた盾を有しており、右手にはレーザーガンが握られている。
どうやらあのレーザーガンが修也と話をしていた警察官の息の根を止めたに違いない。
身の危機を感じるよりも先に人間の命を虫けらか何かを潰すように簡単に奪ったことに対する怒りが込み上げてきた。そのせいか、カプセルを用いて『メトロイドスーツ』に身を包んだ時も、レーザーガンを構えて突っ込んでいった時にも不思議なぐらい恐怖というものを感じなかった。
怒りの方が先行しているといえばいいだろうか。とにかく、今の修也に恐れというものは湧いてこない。ほんの僅かな恐れすら感じられないのだ。例えるのであれば栓で蓋をしているといったところだろうか。
何はともあれ恐れを感じなかったのは事実。修也はまず、最初にレーザガンでアルマジロの怪物が身に付けているレーザガンへと狙いを定めていく。射的で狙いやすそうな的を絞るかのように。
修也の手から放たれたレーザー光線でアルマジロが握っていたレーザーガンが地面の下へと落ちていく姿が見られた。
いいぞ。修也は勝利を確信し、握り拳を作りあげてさえいる。最初の攻撃が成功したことで油断していたのだろう。
敵はそんな僅かな慢心を突いて攻撃を仕掛けてきた。
どこか浮ついた気持ちでいた修也の前にトビウオが例の刃を振り翳しながら修也の懐へと飛び込む。
慌てて身を翻したものの、あと少し肉体が直撃していたのであれば修也の肉体に例の刃が直撃していたに違いない。ギザギザとしたノコギリのような刃は日本が誇る『ロトワング』の装甲ですら鋏で切ったコピー用紙のようにバラバラとなってしまったに違いない。
紙一重で交わすことができたのは運が良かったからだろう。
修也がビームソードを抜いて新しい襲撃に備えようとしていた時のこと。背後から熱線が飛ぶ。
それにより2体のアンドロイドが慌てて背後へと下がった。修也が振り返ると、そこには互いに『エンプレスト』と『ゼノン』で武装した子どもたちの姿。
騒ぎを聞き付けて、慌てて参戦してきたらしい。
修也は援軍に現れた2人の子どもを見遣りながら言った。
「さてと、ここからは三対一になるが、どうする?」
返答はない。だが、黙って武器のみを突き付けてきたということから両者が数の優位性如きで降伏しないということは間違いないだろう。
修也は背後で悠介が扉のノブを回し、その前に立つ姿を確認した。背後の守りは完璧であるらしい。
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