メトロポリス社へようこそ! ~「役立たずだ」とクビにされたおっさんの就職先は大企業の宇宙船を守る護衛官でした~

アンジェロ岩井

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第四章『王女2人』

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 マリーを誘拐した相手が取り引きの場所にと指定したのは東京から外れた神奈川県にある川崎にある港。港の中にあるソード&サンダル社が所有する倉庫の扉の前で取り引きを行うとのこと。

 この時にフレッドセンに同行したのは修也と麗俐の2名。本来であれば麗俐は今日が編入当日。川崎の倉庫にまで父親や自分が勤める会社の社長と共に訪れる必要などないはずだ。

 本来であれば断る権利があるというのに、彼女がわざわざ同行を願い出たのは恩義の為。

 アメリカの巨大軍事企業に誘拐されているマリーはかつて騒動を起こして前の学校に居られなくなった自分を転校させてくれた上に仕事まで与えてくれた大恩人。彼女が仕事を紹介してくれたおかげで家計は上手く回っている。このまま順調に金を貯め続ければ進学も可能だろう。

 このように色々と恩を受けているのだ。恩を返すというのであれば今の機会を置いて他にあるまい。麗俐は身構えながら社長や父親と共にソード&サンダル社が所有する倉庫の前へと向かう。

 倉庫の扉の前にはソード&サンダル社の特徴的なロゴが記されていた。スパタと呼ばれる古式の剣と古代のギリシャやローマで使われていた革製のサンダルが絡み合ったもの。

 緑色のペンキで乱雑に記されているのをわざわざブライダーで再現しているのだから、余程社長がこのロゴに拘っていると見えて間違いない。アメリカ各地の映画会社が未だに創業当初のロゴに拘っているように。

 だが、注目するべき点はそこではない。倉庫の前に立っている2人の男であるに違いない。

 男のうち、1人は幾度も戦いを繰り広げたソード&サンダル社の小柳真一。もう片方の名前は分からないが、剥き出しの人工皮膚と冷徹な両目といった特徴から察するにアンドロイであることは間違いない。

 そのアンドロイドが背中に動物園で小柳が持ってきたのと同じプラズマライフルを下げている。物騒なものを下げている様子や圧を秘めた態度から察するに男が小柳の護衛として立っていることは明白。

 万が一のためのものか、それとも最初から取り引きに応じた人々を皆殺しにするため揃えているのかは分からぬ。或いはその両方が目的か。

 互いに代表となる人物の背後で構えていることもあってか、一色触発の状態に苛まれているといってもいい。

 だが、どのような理由であるにせよ背中に物騒なものを掛けておいて、いつでも取り出して使用することができる以上、警戒しておくに越したことはない。

 麗俐がそんなことを考えながら取り引き相手を睨み付けていると、小柳が思い出したように口を開く。宿題を忘れたとでも言わんばかりの気軽な口調だった。

「本日はお越しくださいまして誠にありがとうございます。両社にとってこの取り引きが有意義なものとなることを心の底から願っております」

 どこか嫌味を含んだ口調で小柳は言い放つ。ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている様子からも彼が本音から丁寧な言葉を喋っているというわけではないのは明らかだった。

 わざわざ煽るように取り引き成立を願う言葉を投げ掛けることで、マリーのことで必死になっているフレッドセンを揶揄うことが彼の本意であるのは目に見えていた。

 だが、フレッドセンは無視をした。『丁重に』という名詞が置けるほどに。

 無視どころか、寛容な笑みを浮かべて相手に握手さえ求めた。

 フレッドセンから差し出された手を一瞬、神妙な顔を浮かべて見つめていたが、小柳もさるもの。すぐに不快感など心の奥底へと押し込み、胡散臭い笑みを浮かべながら差し出された手を黙って握り返す。

 両者ともに顔を歪めた様子を見せていないことから強い力を込めた握手を交わしてはいないようだ。どこか味気ない機械のような握手。

 アンドロイ同士の取り引きであれば、違和感は感じられないが、フレッドセンも小柳も血の通った人間。

 余計に目立つように感じてしまう。麗俐がそんなことを考えながら2人を見つめていると、話が進んだようだ。

 両者ともに活発な話し合いを行なっている。断片的にしか聞き取れないものの、どうやら取り引きの内容で揉めているらしい。

 長い間、両者は議論を重ねていたが、やがて両者が共に妥協して引くことで取り引きが纏まったらしい。

 取り引き成立の合図だとばかりに互いにもう一度握手を交わす。今度は両者共に純粋で朗らかな笑顔を浮かべて。

 何が起こったのか理解できずに首を傾げている修也たちの元にフレッドセンが戻ってきて、声を顰めながら先ほどの取り引きの内容を語っていく。

「マリーはどうやらこの倉庫の中に閉じ込められているようで、私が彼の手の中にモーリアンのカプセルを握り締めさせれば取り引きは成立とのことです」

 フレッドセンは修也がスーツの上ポケットから取り出した『モーリアン』のカプセルを指しながら言う。

「しかし、社長。社長はわざわざ変装してまで私に近づき、カプセルを渡しました。そのことから察するに社長は絶対にカプセルを渡したくはないはずなのでは?」

 修也が驚嘆の声を上げる。口にした声が強く震えている様子から彼がひどく怯えているのが伝わってくる。

 だからこそ、フレッドセンは修也を安心させるように彼の手を握り締めながら言った。

「えぇ、もちろんです。だからこそ、御二方の協力が必要なのです」

 フレッドセンは悪賢い笑みを浮かべながら2人をこっそりと呼び寄せて耳打ちを行う。耳打ちした内容というのはこれまた衝撃的なもので2人は倉庫に招かれるのと同時に片方が小柳を攻撃。もう片方が例のアンドロイドに向かって攻撃を行うという計画だ。

 相手の意表を突いた奇襲作戦といえば分かりやすいが、言い換えるのであれば騙し討ち。戦場においては最も忌むべき策とされる。

 歴史を纏める人々がこの行為を忌み嫌うのは『卑怯』という言葉が頭に浮かんでくるからだろう。

 特に『徳』を重んじる国家からすれば騙し討ちは卑劣な行動であり、最も許されざる行為として批判される。

 いや、それは『徳』や『仁』を重んじる国家以外でも強く批判される行為に違いない。修也は慌てて首を横に振る。

 19世紀から20世紀前半にかけての列強諸国の動きが今現在、各国の歴史教科書等で批判気味に記されるのも『騙し討ち』とも呼べる行動を行なったからというべきだろう。

 だが、計画を実行しなければ強力なパワードスーツが敵の手に渡ってしまう。テロリストや敵対する勢力に渡ってしまえば色々な道から逸れてしまうことになりかねない。

 人道にしろ帰属意識にしろ、さまざまなものを裏切ることになるのだ。平気で人を売り渡す卑劣漢のようだと人によっては非難の矛先を向けてくるに違いない。

 それを防ぎ、社長の養娘を自宅へと帰すにはこれ以上の適切な手段は他にあるまい。他に代替案が思い付かない以上は修也も麗俐も納得の上で騙し討ちに加担するより他にない。犯罪の片棒を担がされる共犯者の気持ちが今ならば理解できた気がする。

 胸の中に違和感を感じるほど、抵抗感は強くなったが、綺麗事では物は片付かない。ビジネスの場において時と場合によっては非情とされる行動が賞賛されるように。

 小柳の案内のもと、社長と共にパスワードとセンサーを抜けて倉庫の中へと辿り着く。倉庫の中には簡素なパイプ椅子の上で縛られたまま、視線を下に向けているマリーの姿。

 両手こそ電子手錠で縛られているものの、猿轡や開口器等の口枷は行われていない。

 人質として大切に扱われているからか、はたまたマリーが賢く、叫んでもどうにもならないことを理解しているからのどちらかであろう。或いはその両方か。

 いずれにしろ、マリーが無事であるのは明らかである。あとは作戦を実行するだけである。

 修也がこっそりとポケットに隠していたメトロイドスーツのカプセルへと手を伸ばした時のこと。

「『モーリアン』のカプセルを渡す前に養娘の安否を確認したいので、よろしければ手を握ってもよろしいでしょうか?」

 フレッドセンの言葉を聞いた小柳の顔に動揺の色が迸る。あり得ない話ではない。騙そうとしているのは何も修也たちばかりではないのだ。

 もしかすれば目の前にいるマリーは替え玉であり、椅子に座っているのは精巧なホログラフ映像であるのかもしれない。

 そうなってしまえば作戦は全て無に返す。海中で吐き出した時になす術もなく壊れてしまう泡のように。

 そういったことを避けたいからこそフレッドセンはマリーが本当に本人であるのかを確かめたいのだろう。

 小柳は不本意だと言わんばかりに両眉を険しそうに顰めていたが、断るのも不自然だと判断したのか、あっさりとフレッドセンに安全の確認についての許可を出す。

 小柳から直々の許可を得たフレッドセンが娘の元へと近付いていき、今度は互いに会話を交わす。

 安否確認のための言葉に過ぎなかったが、それでも適切な受け答えができていた。電子音声では考えられないような流暢で正確な声を出していたことや直近の様子までも素直に応えていたことから本人であることは間違いない。

 それからフレッドセンは本人確認のための証明だと言わんばかりに手を取って指紋を調べたり、体温を測ったり、脈を打ったりしていたが、フレッドセンの手をつたって温もりが伝わってくることから機械や映像の類ではない。

 彼女が本人であることはこれで証明されたといえる。

 フレッドセンは小柳に向かって大きく頭を下げた後で彼の掌の中へと『モーリアン』のカプセルを押し込む。

 小柳は掌の中に押し込まれたカプセルを何度も何度も握り締めて本当に存在するのかを確認していたようだが、本物であることを実感した後に心からの笑みを浮かべて言った。

「感謝します。これで取り引き成立ですね」

 フレッドセンは嬉しさからか、はたまた喜びからか今度は握手もせずに背中を向けてその場から立ち去ろうと試みる。

 背中を向け、無防備な瞬間を晒した時こそが絶好の機会だ。修也はメトロイドスーツのカプセルを取り出す。同時にスイッチを押し、強力なパワードスーツへと身を包み込む。

 異変を感じた小柳が振り向くのと同時にレーザーガンの引き金を引く。

 不意を喰らったこともあってか、小柳は避けることには成功したものの、掌の中で弄んでいた『モーリアン』のカプセルそのものは地面の上へと落としてしまう。

 カラーンと味気のない音を立てて倉庫の床の上を滑っていく。小柳は慌てて拾い上げようと目論むものの、その前にレーザー光線を発射されてその場に留まらざるを得なくなる。

 しばらくの間、小柳は忌々しげな顔を浮かべていた。眉間に何本もの青筋を立てて動物が獲物を威嚇するかのように修也を睨んでいたが、やがてククッと大きな笑い声を上げていく。

 気が狂ったのかと首を傾げていたが、修也の危惧とは対照的に小柳は余裕のある笑みを浮かべていた。

『西遊記』において自身の掌の上を移動して笑い声を上げる孫悟空を嘲笑する釈迦のような笑みであった。

 予想外の対応に思わず身じろぎを行う修也。どうやら麗俐も仲間であるアンドロイドも予想外の行動であったらしい。

 互いにパワードスーツを身に纏い、武器を突きつけ合いながら固まっている姿が目に見えた。

 その修也に向かって小柳が出来の悪い生徒に間違いを指摘する教師のような慈愛に満ちた声で言い放つ。

「この取り引きが最初から簡単に上手くいくとは思ってもいませんでした。ですから、私は会社の方に連絡して強力なものを仕入れていたんですよ」

 小柳が目の前にディスプレイを表示させていく。同時に人差し指を何かのボタンへと押し込む。

 修也がフェイスヘルメットの下で唖然とした表情を浮かべていると、突然閉まっていたはずの倉庫の扉が開いていく。どうやら小柳が押したのは倉庫の開閉ボタンであったらしい。

 扉が完全に開いていくのと同時に扉の外から異形の怪物を模したパワードスーツに身を包んだ男の姿が見えた。

 小柳によれば伝説上に伝わるリザードマンと呼ばれる存在を模したパワードスーツとのこと。

 言葉の通り、トカゲの緑色の鱗を模した硬質の装甲で全身を覆っている。

 リザードマンを模しているとはいってもパワードスーツという特性上のためか、尻尾等は存在しない。

 ただ、爬虫類が持つ黄色く大きなギョロッとした特徴的な目や大きく開いた口頭にはノコギリの刃のようなギザギザとした歯が刻み込まれている。

 もしかすれば本当に相手に噛み付いて例の歯で粉々にしてしまう算段であるのかもしれない。

 なんにせよ、体も頭もトカゲを模していて、機会的な部分を全て取っ払われたかのような体型をしている。腰には小さな筒の中に収められたビームサーベルと思わしき小さな円筒とレーザーガン。この2つのシンプルな武器こそが攻撃用として携帯させられた武器であるに違いない。

 この武器がなく、舌や尻尾さえあれば修也は本当にリザードマンだと錯覚しただろう。

 リザードマンは不気味な目をギョロギョロと動かしながら修也を凝視する。

 それを見た小柳は不適な笑みを浮かべながらリザードマンを手招く。彼は無言のまま倉庫の中へと足を踏み込む。

 それから修也を睨んだかと思うと、そのまま何も言わずに近付いていく。カサカサっと本当に爬虫類が床の上を這うかのように。

 修也は思わず嫌悪感を感じた。リザードマンの動きが本当のトカゲを模した動きをしていることに加えて、カサカサっと人類が嫌う例のあの虫のような音を立てていたことも理由の一つ。

 正直にいえばリザードマンの猛攻を止める自信はない。全てを捨てて逃げ出したいという衝動に駆られたものの、昨夜の出来事が頭に浮かぶ。

 もし、自分がここで逃げればマリーの救出は失敗。フレッドセンから首を言い渡されることは想像に難くない。それに加えて有能なパワードスーツが流出することから日本の安全保障が脅かされる危険性もある。

 そうなれば自分とひろみとの生活は脅かされることになってしまうだろう。

 最悪の未来を防ぐためだけに、目の前にいるリザードマンを止めなければ未来はない。

 修也は心を決めた。右手の中にビームソードを握り締めながらカサカサっといやらしい音を立てて近付いてくるリザードマンへと立ち向かっていく。

 互いに一歩も引かないと言わんばかりにビームソードとビームサーベルとをすれ違い様に宙の上で大きく重ね合わせていった。

 戦国や幕末といった激動の時代に現れた剣客たちも今のように鋼で出来た刃を混じり合わせたかと思うとどこか感慨深いものを感じてしまう。

 悠介はそんなことを考えながらもう一度ビームソードの刃を振り放つ。リザードマンは修也の一撃を難なく受け止めてみせた。

 不気味な爬虫類を模したヘルメットのせいで顔は見えないが、微動だにしない態度から見て、ヘルメットの下で余裕の笑みを浮かべているような気がしてならなかった。
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