メトロポリス社へようこそ! ~「役立たずだ」とクビにされたおっさんの就職先は大企業の宇宙船を守る護衛官でした~

アンジェロ岩井

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第四章『王女2人』

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 いや、そればかりではない。彼女は養父から『モーリアン』のカプセルまで受け取ったのである。養父の手によって地面の下から放り投げられたカプセルを落とすことも滑らせることもなく両手で握り締めていく。

 マリーは『モーリアン』のカプセルを受け取るのと同時に敵たちが迫るよりも早くスイッチを押し込む。

 同時に眩い光が生じていく。やがて日焼けの跡が醒めるように光が引いていくと、軍服を思わせる上半身と赤と青のデザインがタイル状に刻まれた特殊な合金で使われた下半身に身を包んだ麗しの戦姫が姿を現す。

「……やられた」

 小柳は周囲に聞こえるほどの舌打ちを行った後でプラズマライフルを構えるものの、フレッドセンが持つレーザーガンによってその武器は敢えなく撃ち落とされてしまう。

 プラズマライフルを失ったこともあり、今度は自身が所有する『フルンディング』のカプセルを押し込む。同時に小柳の体が眩い光に包み込まれていく。

 一瞬の間に視界が奪われていったのと同時に蛸の姿をモデルにした強力なパワードスーツへと身を包んだ小柳がプラズマライフルを構える。

 背中に生えた蛸の足を模したアームがウィンウィンと獲物を狙うように鳴っている。準備は万端というべきだろうか。

 こうして再び三対三の戦いが生じていったのである。

 が、思った通りに流れは動かなかった。というのも、リザードマンことコナー・リザレードが先ほどまで戦っていた修也を突き飛ばしてまでマリーへと襲い掛かってきたのだ。小柳がプラズマライフルの引き金を引くよりも先に。

 コナーの中では強力な力を持ったマリーを力を使いこなすまでに始末しておきたいという算段であるに違いない。

 しかしコナーが抱いていた予想は大きく外れることになってしまう。マリーはコナーが強力な拳を彼女の腹部へと突き上げるよりも早く彼女自身の拳を叩き込む。

 想像もつかない別宇宙の技術を流用した装甲で作られたパワードスーツを纏った戦闘経験豊富な装着者による殴打。これに動じるなという方が無茶だろう。

 コナーは悲鳴を上げながら倉庫の上へと倒れ込む。機会は今を置いて他にあるまい。

 マリーはそのまま『モーリアン』に装着しているビームソードを抜く。ピンク色の眩い光に包まれた強力な光剣を両手に構えながら地面の上で起き上がるのにも苦戦しているコナーの懐へと突っ込む。

 このまま飛び掛かられ、突き刺されるようなことがあればコナーは一貫の終わりだろう。敢えなく装甲ごと体を砕かれて見知らぬ異国の地で灰になることは間違いない。

 それを止めたのは小柳である。彼はマリーがコナーにばかり意識が注がれていることを利用して背後から飛び掛かったのだ。
 背中から勢いよく抱き付かれたこともあってか、マリーはバランスを失って地面の上へと倒れ込む。

 そのまま小柳は両腕の手首を縛り上げていく。そして、今度は自身の蛸のようなアームを長い手のように伸ばして彼女の手首を完璧に縛り上げた。いくら彼女がその場でもがいたとしても強力な鉄鋼製のアームを打ち砕くことなど不可能だろう。

 もし、この戦いが彼女を誘き出した時のように一対一或いは複数人の戦いであればこの時点で勝利を収めることができていただろう。

 だが、小柳もまた忘れてしまっていた。コナーが大津修也を突き飛ばして戦場に乱入していたという事実を。


 修也は相手に先取られることなく小柳の背後へと向けてレーザーガンを構える。背中であればマリーには当たらない。

 卑怯だと呼ばれることは自覚しているし、他の人がもしこの戦いを見ていたのであれば卑怯者の汚名を被せられても文句は言えないだろう。しかし仲間を救うためなので、勘弁してもらいたいというのが本音だろうか。

 それでも後ろめたさからか、修也は心の中で「南無三」と呟くのと同時にカッと大きく両目を開いてレーザーガンの引き金を引く。

 奇しくもその時は小柳がマリーへと向けて自身が所有するレーザーガンの銃口を突き付けようとしていた時のことであった。

 小柳は勝利を確信した笑みを浮かべていたが、その直後に背中から強烈な熱線を喰らうことになったのである。

 もちろん、『フルンディング』の性能上、熱線は小柳に致命傷を与えるまでにはいかないだろう。頑丈な装甲に多少は火傷の焦げが残ったり、ヒビが入ったりするくらいにはなるだろうが、それでも1発だけであれば、今後の『フルンディング』を装着しての活動に支障が出るほどのものでもない。

 しかし、いくら頑丈だといっても多少のダメージを受けるのは事実。ましてや熱線を直撃した際に生じる衝撃を完全に防ぐことは不可能。背後から小柳は衝撃と多少のダメージのために地面の上へと倒れそうになった。

 慌てて踏み止まったのだが、その隙を利用してマリーが足首を曲げた後で背後の小柳の腹へと向かって蹴りを放つ。

 この際にマリーが放った蹴りによる微かな衝撃によって小柳のバランスは完全に崩れてしまったといってもいい。

 小柳は大の字になって倒れ込む。慣れない酒を楽しいからと飲み過ぎて、居酒屋の上で倒れ込んだ若者のような哀れな一面を見せるが、同情にはまるで値しない。

 一歩間違えていれば再誘拐、下手をすれば殺されていたかもしれないのだ。そんな相手に同情などする必要はない。

 マリーは気兼ねない様子で、側に落ちていたビームソードを拾い上げるのと同時に横たわっている小柳の上へと光の刃をかざす。真夜中の街道で辻斬りの獲物を狙う浪人のように。

 どこか黒い心境でありながらも彼女は逆手に握り締め、小柳の体へと躊躇うことなく突き立てようとした時のこと。

 背後からドタドタと何かを踏み鳴らすような大きな音が響く。振り返ると、背後には両腕を突き出しながら自身の元へと向かってくるコナーの姿。

 2つの拳を鈍器の代わりとでも言おうばかりに突き出している。

 マリーは咄嗟に小柳の元を離れ、迫り来るコナーへと向けてビームソードを突き立てる。

 上手くいけばコナーの突進を利用して、頭を下げてビームソードの刃を突き立てることができるだろう。

 その時だ。今度は小柳が駆け出す。彼が向かったのは先ほど、拾い上げようとして撃ち落とされたプラズマライフル。

 プラズマライフルは会長が特別な伝手で手に入れたレーザーガンやビームライフルといった武器の性能を超える強力な武器。

 これがあればいかに外宇宙からの技術を流用したパワードスーツとてひとたまりもあるまい。たちまち粉々になってしまうだろう。子どもが癇癪を起こし、拳で潰して食べられなくなったスナック菓子のように。

 人類の未来への希望がスナック菓子のように細かな破片となってあちらこちらに飛んでしまう様は見ていて気持ちがいいものではない。

 が、この場で最優先されるのは自身の身の安全のみ。そもそも既に敵の勢力が自由自在、まるで手足のように使いこなしている様子から察するに、会社としても『奪う』より『壊した』方が利益が生じるはずだ。

 小柳が脳内の中でありとあらゆる危険性を考慮しながらプラズマライフルの照準を合わせようとしていた時のこと。

 突然、背後から熱線が飛ぶ。幸いなことに熱線は小柳本人に直撃することはなかったが、無惨にも彼が握っていたプラズマライフルへと直撃していく。

 熱線による衝撃に耐え切れなかったのだろう。しっかりと握り締めていた筈のプラズマライフルは小柳の手を離れて地面の下へと落下していく。

 慌てて拾い上げようとするも、動こうとする自身の前に熱線が飛んできては意味がない。

 小柳が慌てて振り返ると、背後にはレーザーガンを握り締めた修也の姿。

 小柳はフェイスヘルメットの下で両目をサーベルのように尖らせて睨み付けた。細く尖った目の底には怪しい真っ白な光が輝いていたが、修也には知る由もない。

 ただ黙って拳銃を突き付けていた。「何もするな」とでも言わんばかりに。

 いくらアームや射程距離があろうとも、いつでもレーザーガンを放てる距離にあれば話は別。両手を上げて大人しくしているのが賢明というべきだろう。

 小柳は真横で展開されていたケイの方を見つめる。が、ケイ本人は迎撃してきたと思われる麗俐と壮絶な戦いを繰り広げており、こちらにまで助力する余裕はない。

 こうなってしまってはコナーに託すより他にあるまい。その願いが無茶なことだというのは百も承知。

 絶望に瀕した目で小柳はコナーを見つめる。大きな期待を寄せられたコナーはといえば壮絶な争いを繰り広げてい最中であった。

 しかし、戦いをリードしているのは彼ではない。『モーリアン』を装備したマリーの方だった。

 もともと俊敏な動きで賞金稼ぎバゥンディ・ハンターや人間社会の秩序を乱すロボットたちを葬り去ってきたマリー。

 初めて使うという不利な条件をお首にも出さず、ただ父から大金をかけて仕込まれた武術や剣術の経験を披露していく。

 一方で翻弄されているのはコナー。彼はこれまでに何度か会社の中で、極秘裏に今自身が着用している『フルンディング』を纏って戦闘経験を積んできてはいた。
 が、ここまで追い込まれてしまったことは初めであったと言っても過言ではない。コナーに追い込まれてそのまま逆転できずに敗北するボクサーの姿が頭に浮かぶ。

 コナー自身は自身のことを『天才』だと信じてやまなかったが、やはり宇宙というのは広いと認めざるを得なかった。自身の技術なるものが意味もないということを否が応でも突き付けさせられたというべきだろうか。

 と、のんびりと腰を構えて待ち侘びることもできないようだ。またしてもマリーによって拳が放たれる。

 マリーによって放たれた強力な拳は正確で強力だった。レーザー照射のアシストを受けた弾丸のように。

『フルンディング』の装甲も突き抜けたらしい。ボディブローによってコナーは殴打されて地面の上をのたうち回っていく。

 腹を抱えながらバタバタと動くコナーへと向けてビームソードを突き付けるマリー。

 フェイスヘルメットで顔を覆われて、他の人間には見えないが、彼女はそのヘルメットの下でコナーを刺すような視線で見つめていた。

 当然、その瞳の底には打倒、リザードマンという確固たる決意が秘められていた。
 コナーは殺されることを回避したいと考えたのか、バタバタと暴れ回っていた。
 が、惨めな姿を見ているにも関わらず、マリーに躊躇いの色は見えない。

 悩むことなくコナーの心臓部へとビームソードの刃を突き刺す。頑丈な筈の装甲であるが、常に一定の場所へ強力な熱エネルギーが放出されてしまえば装甲はたちまちのうちに耐え切れなくなって壊れてしまう。

『フルンディング』ですら例外ではない。
 コナーは装甲を貫かれた上に心臓まで壊されてしまったことで永久に生命としての機能を停止する羽目に陥ってしまった。

 最後は恨めがましそうにマリーへと向かって手を伸ばしていたのだが、剣を体から抜き終えるのと同時にその手すらも無惨に地面の上へと落ちてしまう。力尽きたかのように。

「まさか、博士がやられるとは……」

 コナーの無惨な最期を見た小柳の声に焦りが混じっていたのは気のせいではあるまい。事実、彼はコナーの力だけでこの場を制圧できると思っていた。

 それくらい信頼を寄せていた上に、コナーの装着する『フルンディング』は強力なもの。コナーの持つものを超えるとするのならば、社長や重役にのみ与えられるものくらいではないだろうか。

『ロトワング』しか扱えない彼らの相手にはこれで十分無双できると踏んでいたが、『モーリアン』の力はそれ以上だったということが明らかになった。これでは勝てるはずがない。

『モーリアン』の装甲を纏ったまま小柳へと振り返るマリー。何も言わずに向かってくる姿が却って不気味に思えた。相手は人間のはずだというのに、今の小柳から見ればマリーは無言で自分の命が尽きるまで狙う殺人ロボットのようだった。

 逃げようにも近くに修也やフレッドセンが立っているため逃げることはできない。反撃を行おうにも腰が抜けている。今の自身の状況を指して言うのであれば頭に思い浮かぶのは『万事休す』という言葉。

 他にも『年貢の納め時』という言葉もある。今の状況を指すのに、どちらの言葉が正しいにしろ、今の自分が置かれている状況は変わらない。

 諦めて両目を瞑ってそれまでの人生でも振り返ろうとした時のこと。

 小柳の両耳に凄まじい音が響く。交通事故が起きたのではと錯覚するほどの轟音。

 恐る恐る彼が目を開くと、そこにはアルマジロを模した装甲を纏ったケイの姿。

 背後で麗俐がレーザーガンを構えている様子から彼女を振り切ってこの場に現れたのだろう。

「調子に乗るんじゃないぞ。次はオレが相手だ。覚悟しろ」

 ケイは自身のビームソードを構えながらマリーと睨み合う。

 これによって一瞬、その場にいた全員の注意がケイへと飛ぶ。この隙を利用しない手はない。

 小柳は必死に尻を上げてその場から駆け出す。全力疾走とでも言わんばかりに駆け出していったので止めることは無理だった。こうして小柳は息を切らし、子どものようなみっともない姿を晒しながらも逃亡に成功したのである。

 こうして倉庫に残されたのはもはやケイ一体のみ。それが分かったからか、

「……行ってしまったか。どんなに機械のように見せかけても所詮は人間ということか……」

 ケイがどこかもの悲しそうに言い放つ。もしかすれば彼の中にあっても小柳は普通の人間とは異なる存在。すなわち異形なものを見つめる際に感じる異形の念のようなものをどこかで認識していたのかもしれない。

「あんなに怯えたんだもの。当然じゃないかしら」

 マリーはそれをいいことに嘲笑うかのように言葉を返す。相手に対する冷笑が垣間見えた。言い終わると、ケイの真横でクスクスと笑ってみせる。

「まぁ、あの人よりお前の方が不愉快なのは変わらない。今度はオレがお前を倒してやるぞ」
「それよりも、あの時に出来なかった処刑の続きをさせてもらおうかな?」

 マリーはビームソードを突き付けながら言った。両者に抜かりはない。あとはどちらが先に動くかということのみ。
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