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第一部 第一章 異世界転生

逆転の追捕戦

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ガラドリエル・フォン・ヴァレンシュタインは今日起こった出来事を思い返す。
父親の所有する城と最愛の家族に別れを告げてから、彼女らにはヴァレンシュタイン家を妥当を掲げた巨大勢力の追手が迫っていた。
鉤十字と薔薇十字の二つの旗を掲げた騎士の団体は城から少しばかり、離れた黒の森シュヴァルツ・バルトで、とうとう女王一行とその馬車を捕らえたのだ。
リーダー格と思われる、青色の派手な装飾の入った鎧を身に纏った男はこれまた派手な装飾によって彩られた鞘から、大袈裟な装飾を施したサーベルを取り出す。
「フフフ、お姫様よ。あんたもこれでお終いだな?今のあんたを守るのは、その騎士一人だけ……チェックメイトだな」
「愚か者が、この私がむざむざ貴様ら如きの手で殺されると思うておるのか?私の首はそう容易くは取れぬぞ」
ガラドリエルは自分専用のサーベルを取り出し、相手にその刃を向ける。
だが、ガラドリエルは追手の騎士達に向かうよりも前に、制止されてしまう。他ならぬ、彼女の従者ーーガートールード・ムーンの右手によって。
「言っておくが、本来ならば、貴様ら下賤な一騎士如きが気安く口を聞いてはならぬ方であるぞ!女王陛下への数々の無礼、そして、他ならぬ暗殺を企む行為……死罪に値する!この私が裁いてくれようぞ!」
ガートールードは意気揚々と自身の腰に下げられた形の良いガッシリとした剣を手にする。
そして、その剣を両手で持って、二つの勢力によって構成された騎士団へと向かっていく。
最初に、黄銅色の鎧を被った騎士がその剣先でガートルードの喉元を貫こうとするが、ガートルードはそれを頭を下げて、避け、次に鎧の急所とも言える脇の下に向かって弧を描く。
黄銅色の鎧を被った男の脇から大量の血が出ていく。
それを見た、他の騎士達がガートールードに向かっていく。
ガートールードは騎士たちの繰り出す剣を正確に見極め、それぞれの足の脛を切っていく。
の鎧は現実の鎧と違い、少しばかり、緩い箇所があって助かった。
ガートールード・ムーンは心の底からそう思った。
彼女が胸を撫で下ろそうとした時だ。別の騎士が彼女の背後から剣を振り下ろす。
ガートールードは右方向に転げて、難を逃れ、次に起き上がって、男の首元を貫く。
男はこの一撃によって絶命してしまった筈だ。
ガートルードは確信を持って言えた。
再び前方から攻撃が襲い来る。勇敢な護衛兵は襲ってくる相手のロングソードを避けて、相手の首元を彼女自身の剣によって失血させていく。
血を流して倒れていく相手はいささか、気の毒なようであったが、女王の命を狙ったのだ。ガートールードからすれば、前の世界の陛下の次に忠誠を誓うと考えていた人物。
そんな、彼女の命を狙うのは、死罪に値するのだ。
彼女が荒い息を吐きながら、そう考えていると、
「見事だな、お前さんの剣は」
リーダー格と思われる男が土と返り血に塗れた彼女を見下ろしながら言う。
「だが、所詮はオレの剣には勝てんのよ!〈鋼鉄の聖霊よ!全てを守りし、石の王者よ!我に力を与えたまえ!〉」
その言葉を唱えた瞬間に、男の剣が前よりも一層鋭くなっていく。
男は口元をカタカナの「ン」の字に歪めて、
「冥土の土産とやらに教えてやろう!オレの魔法は鋼鉄と石の慈悲スティール・アンド・ストーン・マーシー!!特性は限界よりも多く剣の力を強くする事だッ!」
男の剣が地面に転がっていた、岩を貫く。これでは、剣で防いでも、鎧で防いでも意味はない。
「限界を超えて、様々な力を斬るのだよ。分かってるか?」
「まさか、魔法を使うとは……」
この世界における魔法は呪文の取得なのであるが、魔法の取得は世界の法律によって、貴族のみとされている。
例え、騎士であっても、平民上がりの人間ならば、魔法は教えられないのだ。
平民の叛乱を塞ぐという名目で……。
「フフフ、平民上がりの人間にはオレが悪魔にでも見えるってのかい?まあ、最後に言い残す言葉は無いか、聞いておいてやるよ」
「お前なんかにヴァレンシュタイン家は負けない!」
人生最後の言葉が前の人生で、別の相手に向かって言った言葉に酷似てしまうとは……。
ガートールードにはつくづく皮肉だなと思った。覚悟を決め、目蓋を閉ざす。
そして、男の剣がガートールードの頭上に振り下ろされようとした時だ。
男の剣と別の剣の音が重なり合う音が聞こえた。
恐る恐るガートールードが目を開けると、そこにはこの世界では馴染みのない服を着た、少年が男の剣を防いでいた。
「小僧、何者だ!?」
「お前なんかに名乗る名前はないッ!」
端正な顔をした少年は続けて、卑劣漢の剣や鎧に向かって斬りかかっていく。
ガートールードが守るべき、主人の姿を確認すると、そこには目の前の少年と瓜二つの少女がガラドリエルを守る姿を確認できた。
ガートールードはその様子を見て、ニッコリと笑い、
「よし、少年!共に戦おう!」
端正な顔をした懐かしい黒髪黒瞳の美男子は首を縦に動かす。
「ちょこざいなァァァァァァァ~!!」
女を狙う小物は剣を振り上げて、二人に向かう。
ガートルードと少年はお互いを見つめ、首を頷かせ、左右に分かれて走り、そして殆ど同時に、男の首元を斬り付ける。
二つの剣によって勢いよく斬られた男の首は首元から血をダラダラと流す肉体を放置して、上空に吹き飛んでいく。
ガートールードはその様子を笑顔で見届けたが、ガートールードとは対照的に少年はその首を見ると、気絶してしまう。
少年の体が地面とぶつかるよりも前に、ガートールードが支えてやる事によって、少年が地面に頭をぶつけて気絶という事態には至らない様だった。
ガートールードが気絶した少年を抱き上げて、主人の元へと向かうと、少年と瓜二つの美しい顔を持つ少女が、少年元へと駆け寄り、
「大丈夫!ねえ、大丈夫なの!?」
「平気だ。どうやら、戦闘でショックを受けて、倒れてしまったらしいな」
が、少女はそんなガートールードの言葉には耳を貸さずに、必死に少年に向かって叫び続けている。
ガートールードは地面に少年をゆっくりと下ろしてやり、少年と少女を放置して、主人に報告に向かう。
ガラドリエルは済ました顔でフフンと頷いてから、
「ガートールード。お前はよくやってくれた。恩に着るぞ」
ガートールードはガラドリエルの言葉をありがたく拝聴し、かつて忠誠を誓った相手を見る時、同様に深々と頭を下げる。
だが、次に主人から放たれた言葉には耳を疑わずにはいられない。
何故ならば、彼女はあの見知らぬ二人を配下に加えると言ったのだから。
「僭越ながら申し上げます!あの二人は確かに、優れた実力を持っておりますが、このまま配下に加えるのは危険が過ぎるかと……」
「仕方あるまい。今は私とお前しかいないのだ。配下を増やすのはやむを得ない事だ。我々が生きるために、仕方がなく、鶏から卵を奪い食するようなものだ」
ガラドリエルの巧みな比喩に感服した、ガートールードはもう言う事はないと、引き下がる。
とにかく、主人があの二人に剣と鎧を与える事を約束したのだ。
自分はそれには逆らえない。部下なのだから。
ガートールードはモヤモヤとした気持ちを抱えて、下がっていく。
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