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フォー・カントリー・クロスレース編

この荒野の道をキミを馬の背中に乗せて、手綱を精一杯引き締めて、ゆっくり走ってく

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お嬢様が『フォー・カントリー・クロスレース』から帰還して一週間が経過した。
私は旅から疲れたお嬢様の疲れを癒すために料理と酒、それに風呂を用いてお嬢様をもてなしたが、お嬢様はどれも素直に受け取ったのだが、何処となくぎこちない笑顔のままだ。
それどころか、まだ休みは一ヶ月もあるというのに三日間、部屋の中に篭り、課題に励んでいく。
その姿勢は是非とも見習いたいものだし、前世では宿題を夏休みの終盤まで溜め込むタイプだった私からすれば、お嬢様は間違いなく尊敬に値する人間であったが、あの様な無茶をしていては体が壊れてしまうだろう。
私は食事やお飲み物を部屋に差し入れる度に少しはお休みになられるように進言したのだが、お嬢様は目の下にくまを付けた状態で私を睨み、その剣幕に怯えた私はそれ以上、何も言えずにすごすごと引き下がってしまう。
そんな調子で、三日間。夏の課題を済ませたと思われるお嬢様は四日目に終了した日に死んだように眠りこけていた。
翌日、ベッドから起き上がったお嬢様は台所に降りて、私に朝食を要求し、私が白いテーブルクロスを敷いた並べられたメニューを優雅な調子で召し上がっていく。白いテーブルクロスの上にはパンとベーコンと卵を炒めた料理、色とりどりの果物を。
その後にお嬢様は一度部屋に戻ると、ズボンに白いシャツに牛河のジャンパーという動きやすい格好に着替えると、食べ物を片付ける私に向かって大きな鍵をズボンのポケットから出し、それをチラつかせながら言った。
「今から、学校に行くわ。あなた、魔法瓶に紅茶を入れて私について来なさい」
私は台所で皿を洗い、お嬢様の言われた通りに魔法瓶の入った紅茶を持って馬小屋へと向かい、そこでお嬢様の愛馬を玄関まで引っ張り、玄関の大きな扉を閉めると、お嬢様の操る馬の背中へと乗り、お嬢様の通われている王立魔法学院へと向かう。
馬に揺られ、周りの街を眺めながら、魔法瓶がこの世界にも存在していた事を知った時の初衝撃を思い出していると、唐突に馬が止まる。
私が馬の真上から学院を眺めると、真上には二階建ての広々とした建物が広がっている。
お嬢様のいつも通う学校。私の出入りが許されない聖域。ここでお嬢様は射撃の練習をするという。
お嬢様は馬から降りると、例の鍵を取り出し、閉ざされていた筈の門を開く。
そして、私を連れて、門の中に入ると、例の鍵で扉を閉めて学校の中を歩いていく。
レンガ状の通路の上を通り、一度校舎と思われる大きな建物に入り、そこを通ってから、奥の方にある荒野の様な砂場の様な場所へと向かう。
「ここは?」
「私が普段、教練している場所よ。今日はここで射撃の練習をするの」
そう言うと、お嬢様は教練所の端にある倉庫から射撃の的を取り出し、練習を行う。
何度も乾いた音が響く中、私はお嬢様の放つ銃弾が全て的の心臓部や頭部などの急所を撃ち抜いている事に気が付く。
見事しか言えない。前世の映画で見た西部劇のガンマン。
お嬢様はその名を与えられるに相応しい活躍を見せていた。
お嬢様は弾が尽きると、リロードを繰り返し、練習を続けていく。
だが、それでも集中力を欠かない。持続して急所に与えられるお嬢様は流石としか言えない。
そんなお嬢様の練習風景を眺めていると、流石に疲れが溜まってきたのか、重い息が漏れている事に気が付く。
そこで、私はお嬢様に魔法瓶を手渡し、
「どうぞ、ここらで少し休憩なさってはいかがです?」
お嬢様は顔に微笑を浮かべたものの、やはり、その表情には余裕が無い。
だが、お嬢様が大丈夫だという以上は執事である私が口を出せるものではないだろう。
私は疲れたお嬢様を横目で眺めながら、その日、私は陽が傾くまで、疲れるお嬢様にお茶を差し入れ続けた。
結局、その日お嬢様は鍛錬を終えて家に帰ると、いつもの室内用のロングドレスに着替え、部屋でワインを啜りながら、暫くの間、本を広げていたのだが、やがて二階の自室へと戻られてしまった。
私はお嬢様の口を付けたワイングラスを洗いながら、昼間のお嬢様を思い出し、不意に老婆心にお嬢様に気を緩めて欲しいと思うようになった。
それで、次の日も、その翌日も射撃練習をする前や射撃のお嬢様に息抜きの提案してみたのだが、だが、お嬢様はそれらの全てを突っ撥ねて、射撃練習へと向かって行く。
そんなこんなで、あのレースを終えてお嬢様が帰宅されてから一週間。
私はお嬢様の疲れを癒すために、強引にお嬢様の手を引っ張り、強引に馬へと乗せる。
見よう見まねの馬術はお世辞にも上手くいかなく、屋敷から左の方向、すなわち、学院前の街とは反対の方向に暴走する馬を背中のお嬢様が手綱を引っ張る事で、ようやく停止した。
すると、馬はどうもシティーの範囲を超えていたらしい。
辺りを見渡せば森ばかりだ。何処にいるのだろう。
そんな事を考えていると、お嬢様が私の頭に人差し指を突き付けて、笑っていた。
と、言っても顔は笑っていない。穏やかではない目で睨む鋭い視線がその証拠と言えるだろう。
「で、どうして、私をこんな所に連れて来たのか、説明してもらおうじゃあないか」
「じ、実はですね。お嬢様は休日でみんなもゴロゴロしている筈なのに、いつも忙しそうな顔をしていたじゃあないですか?だから、それが見ていられなくて……折角だから、気が晴れる場所に連れて行こうかなぁ~って」
私は視線をお嬢様の追及を恐れて、意図的に逸らしたが、お嬢様はそんな私の視線を追っていき、
「で、それがこの森の中なの?」
「も、申し訳ありません~本当は何処かゆっくりできる場所に連れて行く予定だったんですけれども……」
人差し指と人差し指を突きあって言い訳を繰り返そうとする、私に嫌気が差したのか、お嬢様は大きな溜息を吐く。
それから、ブスッとした表情のまま私に馬を降りるように指示を出す。
いよいよ、不興を買ってお嬢様にこの場所に置いていかれるのかと思ったのだが、どうも様子がおかしい。
お嬢様は私を馬の背中に乗せると、馬を走らせて森の中を駆けていく。
「折角だから、今日は休みにする事にするわ。今日は鳥料理になるけれど、それでもいいかしら?」
「勿論です!腕によりを掛けて料理を作らせていただきます!」
お嬢様はそう言って森の中へと馬を走らせて行く。
気のせいか、先頭のお嬢様の顔が笑っていたような気がした。
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