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日常編

ウェンディ・スペンサーの舞踏

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二日酔いから目を覚まし、悪い顔のまま学校に向かうと、馬繋場のジャックから朝から全校集会が掛けられている事を知る。
全校生徒を集めての広い会場の中でゴールドマン校長は大きく息を吸って溜めてから、今週の休みの前日に学内舞踏会の開催を行う事を告げた。何でも、この舞踏会は賞金稼ぎ部による『サラマンダー』の壊滅を祝福してこの体育館を改装して行われるものらしい。
なので、『サラマンダー』の壊滅に関わった賞金稼ぎ部の面々は主役として参加する必要があるらしく、大してダンスに興味のなかった私も主役として半ば強制的に参加させられる事になった。
ちなみに、その舞踏会には男子生徒は制服ではなくキチリとした礼装を、女子生徒はドレスを着て参加する事になっていた。
いわば、学校規模で再現する城の舞踏会という所だろうか。
ちなみにその日は部活の方も休みになるらしい。部活の方が休みというのならば、その日の放課後はダンスに使うドレスなどを見にいく日になるのは間違い無いだろう。
その日はカレンがドレス選びに付き合ってくれるというのでお言葉に甘えて彼女と共にショッピングに向かう事になった。
彼女ならば良い物を選ぶだろう。そんな事を夕食の席でピーターに話していると、何処から入ってきたのかメイドのボニーが口を挟む。
「お嬢様、良いドレスを選ぶのは淑女の
嗜みですわ。そのドレス選びに私も付いて行っても良いでしょうか?」
ボニーの顔は真剣そのものだ。恐らく、ピーターの持っている数少ない本、従者の心得を読んで影響されたのだろうか。
そこまで見つめられては私としても断る事が出来ない。
私は一応は許可を出す。そのために、翌日にソルドとカレンの二人に屋敷のメイドが付いてくる事を告げたのだが、二人は快く彼女の事を引き受けた。
ホッとした私はその日、安心して賞金首に挑む事が出来た。すると、その日警察署から帰り、その男の賞金額を渡していると、部長は何枚かの王国ドルを私の取り分に加えてくれる。
私は慌てて部長に返そうとしたのだが、部長は優しい顔で笑って、
「良いって事だ。お前はあの事件の功労者なのだからな。ただ」
部長は昨日の一件について雷を落としてから、私を部室から返す。
馬繋場で既に係りの仕事に就いていたジャックに預かってもらっていた愛馬を出してもらい帰ろうとしたのだが、校門を出ようとするケネスが大きな声で呼び止める。
「待ってくれ、ダンスの日なんだが……悪いが、オレと一番最初に踊ってくれないか?勿論、無理にとは言わないが……」
ケネスがボリボリと頬をかく様子を見て大体の察しが付いてしまう。
大方、他に声をかける相手が居なくて相棒でいる私に声を掛けたのだろう。
全く仕方のない男だ。私は顔にニヤニヤとした笑顔を浮かべて彼のダンスに乗ってやる。
すると、ケネスはなぜか顔を真っ赤にして下宿へと馬を進めていく。
どうしたというのだろうか。やはり、他に誘う人間が居なくて寂しかったのだろうか。
そんな事を考えながら、私は屋敷へと帰っていく。
その後もなぜか私の殆どの知り合いの男子の殆どに最初のダンスを申し込まれたのだが、ケネスと先約があるからと告げるとなぜかみんな退散していく。
何故だろう。だが、あまり声を掛けられないというのは良い事だ。そういう訳で私はダンスの日まではしつこく声を掛けられる事なく過ごす事が出来たのだ。
ダンスの日、部活が無いので放課後がオフになり、私は当初の約束通り、カレンとボニーの三人で街の服屋でドレスを買う事になった。
服屋はあまり入った事が無かったのだが、やはり服屋というだけあり、多くの服が畳まれており、更に店のカウンターの奥には色とりどりの生地が並べられていた。
恐らく、特注をすれば期日にまで作ってくれると言うのだろう。
私はドレスの畳まれている棚へと向かって、棚の下に描かれているドレスの写真を眺めながら、どのドレスのどの色がいいのかを話し合っていく。
カレンは派手な色を指差したのだが、ボニーはそれに対し地味な色のドレスを指差す。
彼女曰くお嬢様は地味な色の方が似合うという事らしい。
だが、カレンはボニーとは対照的な台詞を述べ、ウェンディには派手な色の方が似合うと力説していく。
話し合いの結果、私は青色のドレスを選ぶ事になった。ただ色こそ派手なものであるが、他のドレスと違って本当にシンプルなドレス。
私は結局、そのドレスを着て晩のパーティーに向かう事になった。
その後でカレンのドレスを二人で選ぶと、店の前でカレンと別れ二人で馬に乗り屋敷へと戻っていく。
ボニーにドレスを着飾らせれ、歩いて学院に向かう事になった。
私が学院に到着した時には既にダンスパーティーを始めていたらしい。
煌びやかな衣装を纏って舞踏会の会場に飾り付けられた体育館の中で踊る若い男女の姿が私の視線に飛び込む。そして、その中には本当に幸せそうな表情で踊るソルドとカレンの姿。
ソルドは白色の礼装用の衣装で、カレンは私の選んだ白色のドレス。
とても似合っていた。その光景を眺めていると、私の目の前に一人の貴公子が、いや、黒色の上下の衣装の下に高そうな白色のフレンチシャツを着て蝶ネクタイを付けたケネスが立っていた。
ケネスはいや、物語の童話から登場したような貴公子は丁寧に頭を下げて、
「ミス・スペンサー。良かったら、私と踊っていただけませんか?」
完璧だ。礼儀作法といいその後にダンスにしても彼は躓く事なくダンスを続けていく。
ワルツもタンゴも完璧だ。何処でこのダンスを学んだのだろう。
完璧な貴公子ぶりのケネスは私の首元に口付けを与える。
突然の事に赤面する私を他所に彼は完璧なリズムでダンスを踊っていく。
正直に言えば彼がここまで踊れるのは予想外であったと言っても良いだろう。
私は幼い頃から王宮でやがて訪れるであろう社交界デビューに備えてダンスを学んでいたので一応は踊れる。
だが、ケネスはダンスを練習する過程は無かった筈なのに、どうして踊れるのだろうと考えていると、彼は私の耳元で、
「実は言うとだな。私は実はあのダンスが決まった日から、夜遅くまで独学で勉強していたんだ。ダンスを……その、お前と上手く踊れるように」
その言葉を聞いて私の口元も緩む。どうやら、彼は彼なりに私の気を遣ってくれていたらしい。
私は満面の笑みで感謝の言葉を述べる。
その言葉を聞いてケネスは赤面していたのが分からなかったのだが、それ以上に理解できなかったのは、どうして用意された食べ物に釘付けになっていた筈のマーティやケネスや副部長などがケネスを睨んでいたかという事だ。
だが、私の心境などとは裏腹に、私とケネスとのダンスが話題になり、パーティーは盛り上がっていく。
下手をすれば、夜明けまで続くかもしれない。
そんな事を考えながら私は苦笑した。
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