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ウィンストン・セイライム・セレモニー編

屋敷でのお泊まり会

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「折角ですので、今晩は皆様でお泊まりになられてはどうでしょうか?外もこんなに暗くなっていますから、今から下宿に帰るのも危険かなと……」
そう言えばもうとっくに陽は沈んでいるらしい。幸いにしてこの屋敷には多くの部屋が存在し、リネン室にも大量のシーツが保管してあるので不可能ではないと思うのだが、寝巻きはどうするのだろう。流石に私のネクジェでは限界があるし、男性陣にネクジェを着せるのもどうかと思う。
そんな事を考えているとケネスがニヤリと笑って、
「なぁに、制服でも構わんさ、いざとなれば裸で寝れば良い」
その言葉を聞いて女子一堂の顔が赤くなっている事に気が付く。勿論、その中に私も含まれている。
ケネスに問いたい。あなたは何故こんなにデリカシーのない発言ができるの、と。
ケネスはここで全員から白い目を向けられている事に気が付き、乾いた笑い声を上げて部屋の椅子の上に深く腰を下ろす。
この気不味い空気を変えるのにはどうしたら良いのだろう。すると、私の頭の中に天啓に近い思いを見出していく。
私は人差し指を掲げて、
「ねぇ、みんな、私が寝ている間に見た恐ろしい夢の事を話そうと思うのだけれど、良いかしら?」
「あぁ、良いぞ、それでお前の気が紛れるんだったらな」
ケネスもこの場の空気を変えたいと思ったのか、積極的に話を進めていく。
私の見た妙な海、そこで溺れて落ちていく夢の事を話していくとみんなの顔付きが変わっていくのが見えた。
先程までの気不味い空気とは明らかに違う重々しい沈黙。全員が何かを考えているかのように黙りこくってしまう。
ケネスはゆっくりと椅子から立ち上がると一人、大きな声で呟く。
「ダゴンの夢……お前が見たのはそれだ」
それを聞いて私は思わず両目が見開いてしまう。ダゴンの夢、それはかつてこの世界がまだ神々の楽園であった頃にその神々と敗北し、地下へと追いやられたという暗黒の邪神、ダゴンが狙った相手に見せる夢の事だ。
ケネスは懐からタバコを取り出し、それを口に咥えて、
「ダゴンの夢を見た以上はお前はダゴンの選ぶ次の哀れな生贄ターゲット
に選ばれてしまったらしいな。気の毒な話だ……」
「待てよ!そんなのはただの迷信だろう!?第一、ダゴンなんてのが本当に存在するのかも怪しいのにーー」
「いるさッ!オレのお袋はダゴンの夢を見て死んだんだッ!」
マーティの反論にケネスはワザと大きな声を被せる。
加えてダゴンの夢で死んだという言葉を聞いて一気に部屋の中はお通夜ムードになってしまう。
みんな考えたのだろう。私の死んでしまう場面を。私が病に倒れて惨めに死んでしまう場面を。
だが、私はベッドの上から起き上がると大きな声で部屋に集まってくれたみんなに向かって叫ぶ。
「残念だけれどね!私は死ぬつもりはないわッ!例え、ダゴンだろうと何だろうと私に不可能はないわ!例え、何が来ようとも戦うつもりよ!」
その言葉に全員が同調して首を縦に動かしていく。
ケネスはそんな私を強く抱き締めて、
「大丈夫だ。私に出来る事だったら、何でも手伝ってやるからな……」
それを見たマーティが、
「あっ、テメェ、ケネス!ずるいぞ!抜け駆けしやがって!」
と、マーティがケネスを押し除けて私の手を強く握って、
「あ、安心しろよ。例え、この後にダゴンの夢を見たとしても、ダゴンなんてまたオレらで叩きのめせば良いんだからな」
その言葉を聞いて私は微笑む。だが、そんなマーティをジャックは乱暴に突き飛ばし、私の手を取って私の手の甲に口付けをして、
「ぼくだって……ぼくだって頑張ってみせるよ!世間一般からは役立たずって分類される身分だけれど、それでもキミを守る事くらいはしてみせるさッ!」
「ずるいぞ、お前ッ!オレだってな、一生懸命やってやるよ!安心しろッ!オレは優等生だッ!その実力をダゴンの悪夢とやらにたっぷりと見せてやるよ!」
ジャックを乱暴に押し除けて私の前に現れた副部長は私の目の前で立派に鍛え上げた大胸筋を強く叩く。
私が副部長を逞しいなと思っていた矢先の事だ。その副部長を乱暴に押し除けて唐突にクラリスの唇により、私の唇が塞がれてしまって私は一瞬、何が起こったのか分からずに目を白黒させていると、そのクラリスが私の両肩に手を置いて、
「待ってよ!なら、私も戦わせて!あなたの存在はずっと私の憧れだったもの!劣等生なのに、エリーと共に肩を並べて戦うあなたの姿にどれ程、憧れたか……」
彼女は唇を離すと私に向かってそう言って笑い掛けた。
すると、ピーターはなぜか不機嫌そうな調子で乱暴に手を叩いて、
「ほらほら、皆様、お泊まりになられる部屋の準備が出来ましたよ!明日もお嬢様を医師に見せるんですから、明日はお嬢様に会う前に学校に行ってくださいね。朝食は下の方に置いておきますから……」
ピーターの口調が少し苛立った調子に聞こえるのはどうしてなのだろうか。
また、それに対するケネスやマーティを含むほぼ全員の顔が険しくなっているのはどういう事なのだろうか。
ピーターと五人の仲間が言い争う隙を見てソルドとカレンの二人が私の前に現れて、
「頑張れよ。ダゴンの夢なんてもの、お前だったら、直ぐに放置できるって信じてるぞ!」
「頑張ってね。ヒーロー」
と、カレンは最後に私の額に口付けをしてその場から去っていく。
ソルドもそれに続いて言い争いをしている六人の間を縫ってメイドのボニーの指示にしたがって客間へと向かう。
未だに言い争いを行なっている六人であったが、その争いはピーターが懐中時計を出して叫んだ事により中断されてしまう。
「お、お嬢様がいつもお休みになられる時間じゃあないか!」
その言葉を聞いて五人の仲間たちは慌てて部屋から飛び出していく。
それを笑顔で案内する我が家の執事ピーター
私は気が抜けたように心が休まり、安心して寝台の上で横になっていく。
寝台の上で仲間たちがどうして私の家を知ったのかは気になるのだが、大方、教師の誰かが教えたに違いない。
私は苦笑してシーツを被る。そして、今度はもう一度良い夢が見えるように目蓋を閉じていく。
私の意識が深い深い夢へと落ちていくのにはそう時間が変わらなかった。
気が付けば、私は見慣れた屋敷ではなく、見た事もない石の橋の上に立っていた。
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