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ムーン・アポカリプス編

邪神の未来と神話から繋がる現代への警鐘

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彼は私を手招きして例の入口の橋の上を渡らせてから、そのまま中に広がる建物の中に私を招き入れて私に紅茶と茶請けを振る舞う。
紅茶も茶請けも至って普通のものだ。何処も怪しいものはない。見た事はない甘そうな菓子が並ぶ姿を見て私は思わず生唾を飲み込む。
すると、茶色の粗末なテーブルに座った青年はそれを見てクスクスと笑って、
「遠慮はいらないよ。欲しかったら、好きなだけ取りなよ。誰も咎めないからさ」
彼はそう言って菓子を勧めた。私は恐る恐るその菓子を口にして味わう。
中々に美味い。しかし、一体何なのだろう。この白色のもちもちとした菓子は。
私が疑問に思っていると目の前に座る少年は丁寧に説明してくれた。
「それはマシュマロという菓子だね。今から30年くらい後に作られるお菓子だ。それに、ほら、これなんかもどうかな?」
と、少年は指を鳴らして得体の知れない包装紙に包まれたものを私の目の前に出す。
これは一体何なのだろう。私が指を差すと少年は大きな声で笑いながら答えた。
「これから50年後くらいに作られる包装紙に包まれたお菓子さ!食べ方が分からないんだろう?そのギザギザを引っ張ってごらんよ」
私がそうしてその得体の知れない包装紙を破くと私の目の前にチョコレートが現れた。
私はそれを手に取って口の中に放り込む。噛んでみると成る程、これは一見するとチョコレートのようではあるが、中はクッキーのような菓子であるらしかった。私がサクサクとした感触を楽しんでいると、例の少年は身を乗り出して、
「美味しいだろう?でもね、これは正確に言えば、もうこの世には出てこないお菓子なんだ……」
お菓子を食べていた手が彼のその言葉によって遮られてしまう。少年は今、何と言ったのだろう。
このお菓子が食べられない?もう未来には出ない?何を言っているのだろう。
このお菓子が未来に出ているからこそ、今、彼がこの夢の世界に出して自分に振る舞ってくれているのではないのか。
と、ここで目の前の少年が口元を緩めて、待ってましたと言わんばかりのドヤ顔を浮かべている事に気が付く。
どうやら、こちらの思考は筒抜けらしい。私は苦笑した。
すると、それにつられて彼も笑って本題へと入っていく。
「キミもご推察の通りに、その未来の菓子は美味いものだよ。でもね、ここであの『月の民』が来ちゃったら、世界はどうなるのかな?」
彼が指を鳴らすと机の上に並んでいたお菓子が消炭のように燃えて消えてしまう。
彼は消炭と化したお菓子の代わりに、机の上にブリキ細工の人形と材木の馬車や大砲やガトリングガンやらを机の上に積み上げていく。
どれも全て私たちが過ごす世界のものだ。彼はそれらの物を並べた上でもう一度指を鳴らし、そのブリキのおもちゃを月を模した大きな置物で粉々に砕いてしまう。
私は推察した。これこそが、あの狂った元生徒会長が呼び出そうとしている『月の民』の正体。全ての文明を滅ぼす真の世界の統治者。
私が固まっていると彼は椅子に座った後ももう一度指を鳴らしてブリキのおもちゃと月を片付けて、代わりにまだ写真が使われていなかった時代。
全てのものを稚拙な絵で表現していた時代の絵を私の目の前に浮かべていく。
その絵に描かれているのは王冠を被った古代の王と思われる人物が多くの弓と矢を持った裸姿の男たちに土下座をする絵だ。
彼は言った。
「それはかつて、この世界を統べる皇帝だった男だよ。キミの住む南北の大陸が発見されるよりも三千年も前の話だ。世界は当時、三つの帝国が牛耳っていた」
歴史の教科書の神話の記述で習った覚えがある。かつて、古代に世界を支配していた三つの帝国。
それらの帝国はお互いに戦争を繰り広げ、それに従う多くの国により、人々は戦乱の恐怖に喘いでいたのだという。
だが、謎の民族、海の民の襲来により、彼らは駆逐されたと聞く。
あまつさえ、海の民によりこの様にかつての皇帝は降伏の憂き目に遭わされ、それを伝えた絵が現代でも残っている。
私がそれを思い出していると、目の前の少年は今度は小さな笑い声を上げて、
「彼らが滅んだ理由を知りたい?そうだよね。気になるよね?海の民の数が多かった?ノンノン、帝国の方が圧倒的だったさ。文明力が今と違って原始人に毛が生えたレベルだった?ノンノン、違うよ。だって、彼らは今のキミたちの文明なんて文明力を築いていたのだから……」
唐突に彼の声が低くなる。では、どうしてあんな程度の絵しか残っていないのだろうか。
私が尋ねると、彼は無邪気な声で言った。
「決まってるさ、彼らに徹底的に滅ぼされて何も残らなかったからさ。彼らは文明が滅び、人々が魔法を有効利用するのを見届けてから、月へと飛び立ち、海の民から月の民になったんだ。けれど、そこでーー」
「そこで、あなたの仲間に捕まり、奴隷となったそうでしょう?」
言葉を被せた私に対して少年は可愛らしく頬を膨らませて抗議していたが、直ぐに首を縦に動かして、
「うん、そうだよ。彼らはあのいかれた怪物の言いなりになっちゃった。そして、あんたの学校の狂った元生徒会長に言われるがままにもう一度、キミの世界に来ようとしている」
その言葉を聞いて私は思わず頬が引きつってしまう。不味い。このままでは本当に死の黙示録とやらが実現してしまうではないか。
私は席を立ち、彼に向かって叫んだ。
「お願い!私を元の世界に戻して!何としてでもあの人を止めたいの!」
彼は首を縦に動かす。
「いいよ。最後に一つ教えておこう。ミッドナイトスペシャルはあいつの自供で撲滅されるよ!」
そう言うと私の体は再び白い光に包まれて現実の世界へと戻っていく。
目が覚めた私は警察署に向かい、保安委員の摘発により、あの女の家から見つかった私のトランクを差し出す。
私がトランクを開けて中身を見てみると、中身は無事であった。
制服もちゃんと存在している。私は保安委員にお礼を言って、宿屋に戻り服を着替える。
派手なドレスもいいが、やはり、自分はこの制服姿が一番似合う気がした。
財布の中にある金で駅馬車に乗り、自宅へと戻り、そして手紙や口頭で白亜の騎士団に全てを話すつもりだ。
ミッドナイトスペシャルの件は勿論、私が今日、見た夢の事も。
夢で語られたあの話も彼らならば信じてくれるだろう。私はそんな期待に胸を抱きながら馬車に揺られていく。
馬車に揺られる中で私は元生徒会長やドラッグスや共和国、そして『月の民』と戦う決意を固めていく。
この世界を奪わせてはならない、と。
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