上 下
208 / 211
エピローグ

それからの世界

しおりを挟む
それからの世界は大きく変わった。あの後に王宮へと戻った父は生き残った帝国と王国の後継ぎの二人と盟約を結び、今後は三つの国々で共和国を監視する事を宣言した。そして、今後は三つの国家に干渉される事となった共和国は事件の対処に追われた。彼らはこの事件はかつての狂人、レイモンド・ストロンバーグの教え子が起こした事件と主張し、官邸内で彼の影響を受けた閣僚や議員の排除が行われ、新たにかつてのストロンバーグ政権や少し前まで成立していたドラッグス政権の熱烈な批判者であったヘンリー・スローンを新たな大統領として国民が選出し、ヘンリーはストロンバーグやドラッグスの件をそれぞれの国を訪れて謝罪し、新たに国家の代表として平和に尽力を尽くす事を明言していく。
そして、責任を取る形になったのは、
「あ、久しぶりかな、かな」
彼女は閉じ込められた牢屋の中で手を振って私を出迎えた。
彼女の顔は死刑が決まったとは思えない程の元気な顔だった。
私はレナに差し入れを渡す。雑貨屋店で売られている可愛らしい熊の縫いぐるみ。
こんなものを十代後半の女性に渡すのはどうかと憚れたのたのだか、彼女は目を輝かせてそれを受け取った。
「可愛らしいぃ~うーん、最高ぅ~決めたよぉ~私、この子と一緒に地獄に行くよぉ~ウッフフぅ~」
彼女は縫いぐるみに勢いよく頬擦りしながら言った。
そう、彼女の発した『地獄』という単語から分かるように、彼女は全ての責任を取る形で死刑となったのだ。
たまに彼女の元にも家族が面会に来るらしいから、それも彼女は満足そうに語っていた。
勿論、私は人形の他にも差し入れを持ってきたのだが、彼女はそれを受け取らない。彼女曰く、
「この子だけでいいんだよぉ~あの世までお持ち帰りするんだからぁ~」
と、満面の笑みで言っていた。私はその後に元生徒会長であるレナと思い出話に花を咲かせていると看守から面会の終了を告げられ、その場を立ち去っていく。
彼女は私が立ち去る際にも悲しそうな顔一つせずに笑顔で私を見送った。
その後に私はレナが看守から、彼女の死刑執行が一週間後だと聞いた。
その際には多くの人間が彼女の絞首刑を見守るのだという。
だが、私は彼女が絞首刑の前に消えるくらいの事は予測できた。恐らく執行されたフリをして適当な人形、それこそあの熊のぬいぐるみでも下げて逃げるかもしれない。
その後は彼女が騒動を起こさなければ問題はない。偽名で別人としての余生を送るのもよし、そのまま山奥で静かに暮らすのも良しだ。
第一、時間停止の魔法でそれも48時間という長い時間を止められるのなら、止めようがないだろう。
それに、彼女がまた暴れるようならば、私が止めに行けば良い。
私は駅馬車に乗り、窓の外に流れる光景を眺めながらあの後の事を思い出す。
白亜の騎士団のみんなには双子の件を説明するのが大変であり、その後は王女を敬うべきだと主張し、敬語で呼び始めたので私は慌ててそれを止めさせる。
その後にはウィンストン・セイライム王国に帰っての大宴会が行われた。
宴会の場で私は両親との和解を行ったものの、身分はこのままで良いと主張した。
その理由というのはこのまま宮殿に居続けていずれ妹と対立するのを避けるためだ。
それに、武の部分に重点が置かれた私よりも、文の部分に重点が注がれた聡明な王女の方が次の王には相応しいだろう。
学院に帰った後はクラスのみんなが私の本当の身分とドラッグス元大統領を撃ち殺した功績により、敬語を使い始めようとしたが、直ぐにケネスがそれを止めさせた。
やはり、みんなとは今まで通りの関係でいきたいのだ。
だが、教師陣やエリートのクラス連中は私の事を今まで以上に苦々しい様子で私を見つめていたが、私はそんな連中の嫉妬の声などに耳を貸す事なく堂々と廊下を歩いていく。
勿論、賞金稼ぎ部としての活動もあれ以来、疎かにしていたわけではない。
きちりと任務を遂行し、多くの賞金首を捕らえ、撃ち殺して地元の保安委員の元へと送っていた。
そして今は引退前。既に今年の終わりの月の初日、つまり、今日、駅馬車に乗りながら、最後の大物の写真を眺めていた。
ポスターに写されていたのは〈強盗夫人〉ヒルトン・バードリーの顔写真。
彼女はその二つ名に相応しい凶悪犯と共犯で多くの強盗事件を起こした凶悪犯だった。彼女は顔を変える魔法を使用し、多くの名前と人間になりすまし、時に夫とされる共犯者を切り捨ててまで生き延びていったのだという。
ただ、実家は分かっているので彼女の年齢が現在は30代の後半だというのだけは判明している。
だが、それだけでは判別するのが難しいだろう。
私はヒルトン夫人の事を考えながら、駅馬車での旅を過ごしたのだった。
そして、シティーに戻り、家へと帰る最中に立ち寄った雑貨屋の入り口で私は一人の婦人と肩がぶつかってしまう。
ぶつかった際に頭を下げた時にちらりと見えてしまったが、思わず歓声を上げてしまう程の美しい顔の夫人だった。
夫人は最近、夫を亡くしてしまったのか喪服を着ており、その長い黒髪がレースの中からでも光を放っており、艶やかだというのがこちらにもハッキリと見えた。
穏やかな口元に優しげな顔立ち。そんな優しそうな顔の夫人は私を見て優しそうに笑って、
「いえ、こちらこそぶつかってしまって申し訳ありません。お嬢さん、お怪我はなかったかしら?」
「いいえ、私は大丈夫です。それよりも、あなたの方が……」
「あたしは大丈夫よ。それよりも、やっぱり、久し振りに来るとなると街も大きく変わるものね……」
彼女は視線を落として言った。
どうやら、ここに来るのは久し振りであったらしい。彼女はそれから自分の話を続けていく。
なんでも、このシティーを訪れるのは結婚以来であり、本日は子供と共にここを訪れたのだという。
彼女はそれから、私にこれまでの事を話していく。
どうしようもなかったけれど、一緒に暮らしていくうちに愛を育んでいった夫の事、現在はホテルで夫の母親と共に待機している二人の子供の事、そして現在の生活が幸せだという事を伝えた。
前時代的かもしれないが、私はそんな細やかな暮らしに憧れた。
彼女の様な幸せを掴めたらとさえ夢想した。夫人は話を切り上げてトランクを持って立ち上がってホテルに向かって歩き出す。
私がそれを見送ろうと立ち上がった時だ。地元の保安委員が慌ただしく騒いでいる事に気が付く。
私は彼らに尋ねた。
「あ、あの何があったんですか?」
「……誘拐だよッ!二人組の男が老婦人を突き飛ばして、子供を誘拐したんだッ!」
その言葉を聞いて夫人の悲鳴が聞こえた。私は慌てて彼らと共にシティーのホテルへと向かっていく。
しおりを挟む

処理中です...