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第一部『人界の秩序と魔界の理屈』
大蜘蛛退治の一幕
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大蜘蛛は恐らく自分たちの匂いを辿って山奥からわざわざその姿を見つけてきたに違いない。
猟師として昔から進歩していたレイチェルが背後で解説していた。
「クソッタレッ! もうやるしかねぇみたいだなッ! 」
コクランは腰に下げていたガンベルトから拳銃を抜き出し、目の前に現れた大蜘蛛たちと対峙していく。
二、三発の弾丸が大蜘蛛に直撃したものの、大した威力は発揮されなかったらしい。
大蜘蛛は叫び声を上げてコクランたちの元へと向かっていく。コクランは咄嗟に真横に避けた。すると、突然には止まれないのか、大蜘蛛が木に直撃した。
木に頭が直撃した大蜘蛛はショックが大きかったのか、しばらく木の下で動かなくなっていた。それを見たコクランは打ちどころが悪くて死んだのだと判断した。
「ハハッ、やったぜッ!見ろ、オレたちの勝利だッ!」
コクランは勝利を確信して歓喜の声を上げた。しかし鬼の首を取ったように喜ぶコクランとはレイチェルは無言だった。
それどころか、険しい表情さえ浮かべていた。
なぜ無言であったのかコクランは当初理解できずにいた。
が、やがて大蜘蛛が何事もなさそうに起き上がり、こちらへと迫ってきた時にコクランはようやくレイチェルが何も言わなかったことを理解したのである。
レイチェルは恐らくあの蜘蛛の怪物があの程度では何事もなかったと判断したのだろう。
コクランは大蜘蛛の攻撃を慌てて避けようとしたが、コクランが避けるよりも前に大蜘蛛が迫ってくる方が早かった。
コクランは拳銃を突き付けたものの、大蜘蛛は怯える気配を見せなかった。
万事休すかと思われたその時、突如、大蜘蛛から悲鳴が聞こえてきた。何があったのかとコクランが確認すると、大蜘蛛の背中に矢が突き刺さっていることに気が付いた。
どうやら見かねた彼女が痺れを切らして矢を放ったらしい。矢を放たれ、大きな傷を負った大蜘蛛は標的をコクランからレイチェルへと変えた。
この隙を逃してはならない。コクランは大蜘蛛の注意がレイチェルへと向いている隙にもう一度拳銃を構えた。
銃口は真っ直ぐ大蜘蛛を捉えている。このまま引き金を引けば間違いなく大蜘蛛へと直撃するに違いない。
それに加えて今回コクランは銃弾に魔法を込めている。元々コクランの扱う拳銃はいくら発射しても無くならない魔法の弾丸を込めた拳銃であるが、それに加えて今回は弾丸の中に吸収の魔法を込めている。
吸収とは相手の魔法エネルギーや生命エネルギーを吸い取り、相手を干からびさせて殺すという魔法だ。
強力な魔法ではあるものの、致命的な欠点があった。欠点というのはこの魔法を使用するたびにコクランは自身に吸収した相手の生命エネルギーや魔法エネルギーが戻ってきて、その反動によってダメージを受けてしまうという凄まじいものだった。
反動の力は凄まじいもので、酷い時には反動の力で体が傷付いてしまい、三日ほど寝込んでしまった経験さえあった。
そのため普段は使用を避けている魔法なのだ。有事の際にも使わなかったのは自身の体調を顧みて使わない方がいいと判断していたからだ。
しかし今回巨大な蜘蛛の怪物に自身のメイドが破れそうになっている姿を見て、コクランは考えを改めたらしい。
躊躇うことなく引き金を引き、大蜘蛛から生命エネルギーを奪い取った。
その吸収の魔法が込められた弾丸が腹部へと直撃した際に耐えきれなかったのか、大蜘蛛は悲鳴を上げた。
大きな体は転倒し、地面の上をのたうち回っていく。最初大蜘蛛が暴れ回っていた理由は弾丸を喰らった衝撃からきたものだった。
だが、次第に自身の体から生命エネルギーが吸い取られていき、弱っていくことに対して危機感を覚えて辺りを荒らし回っていたのである。
先ほどまであったはずの生体エネルギーすなわち肉体を動かすために必要なものが徐々に減ってしまっているのでその反応は当然であった。
コクランはその姿を黙って見つめていた。ヤケクソになって木々を倒したり、近くにあった雑草や小さな虫などを手当たり次第に食べなんとか生命エネルギーを得ようとする大蜘蛛を見ても同情する気など微塵も起きない。
あの怪物は自分が生きるために多くの生命を餌にしてきたのだ。その報いを今は受けているだけに過ぎないのだ。
やがて動くのも無理になったのか、大蜘蛛は苦しそうに前脚を伸ばしていた。その姿は助けを乞う人間のようであった。
やがて、最後にビクビクと体を上下に動かした後に大蜘蛛の怪物は生き絶えた。
コクランはその姿を見て安堵して溜息を吐いた。同時に張り詰めていた緊張の糸が解けたということもあり、膝を突いた。このまま一休みでもしようと考えたのだが、この時体にドッと疲労の波が押し寄せてきたのである。
まるで、鈍器にでも頭を殴られたかのようにコクランは地面の上へと横たわった。
「こ、コクラン様!?」
意識を失い、両目を閉じようとするコクランが最後に見たものはただならぬコクランの様子を見て、駆け付けてくるレイチェルの姿であった。
次にコクランが目を覚ましたのはベッドの上であった。
辺りを見渡すと、そこには木製のクローゼットやサイドテーブルといった簡素な家具が置いてある。側には心配そうな目でこちらを見つめるレイチェルの姿が見えた。
部屋の中央には薄手のカーペットが敷かれており、簡素な机と椅子が置かれている。
「ここは?」
「街の宿屋です」
コクランの問い掛けに答えたのは側で椅子に座っていたレイチェルであった。
「や、宿屋?」
「えぇ、あの後にコクラン様は倒れてしまいまして、それで私がここまで運ばせていただきました」
レイチェルの話によればコクランが倒れた後にコクランをおぶって街の宿屋にきたらしい。それから三日の間、コクランは眠りっぱなしだったそうだ。
その間にレイチェルが街の人を山の上に案内し、大蜘蛛の死骸を街の人に見せたり、旅に必要な物資の調達などを行なっていたらしい。
食料や消耗品といったものをコクランに見せていた。コクランはそれを見るたびに笑顔を見せていた。
コクランがレイチェルから渡された干し漬けの肉を満足そうに眺めていると、ノックの音が聞こえてきた。
コクランが入室を許可すると、そこには例の町長の姿が見せた。
「あんたかな?大蜘蛛の件に関しては礼を言おう。ご苦労だった。ありがとう。だが、目が覚めたのならば明日にでもこの街から旅立ってもらおうか」
「そ、そんなッ! 」
レイチェルは椅子の上から立ち上がって抗議しようとしたものの、それをコクラン自らが止めた。
「……分かりました。先を急ぐ旅ですからね。明日にでも失礼しますよ」
町長はそれを聞くと黙って扉を閉め、その場を立ち去っていく。扉が閉まられるのと同時にレイチェルは歯を軋ませながら抗議の言葉を口に出していた。
「なんて失礼な人なのッ! コクラン様のおかげで大蜘蛛を倒せたというのにッ! 」
「まぁ、あれが亜種族に対する人間の一般的な対応なんだろうな」
コクランは皮肉を込めて『一般的な』という単語を強調して言った。
それからコクランは大きな溜息を吐きながらもう一度ベッドの上へと倒れていく。
「コクラン様、どうなさいました?」
「あぁ、疲れちまった。オレはもう寝るよ」
コクランはそう言って両目を閉じた。そしてしばらくすると寝息が聞こえてきた。ただ眠っていただけの時とは異なり、実に気持ち良さそうに眠っていた。
そんなコクランを見てレイチェルは思わず微笑みを浮かべていた。それから彼女は黙って椅子の上から立ち上がり、部屋を後にしていた。
猟師として昔から進歩していたレイチェルが背後で解説していた。
「クソッタレッ! もうやるしかねぇみたいだなッ! 」
コクランは腰に下げていたガンベルトから拳銃を抜き出し、目の前に現れた大蜘蛛たちと対峙していく。
二、三発の弾丸が大蜘蛛に直撃したものの、大した威力は発揮されなかったらしい。
大蜘蛛は叫び声を上げてコクランたちの元へと向かっていく。コクランは咄嗟に真横に避けた。すると、突然には止まれないのか、大蜘蛛が木に直撃した。
木に頭が直撃した大蜘蛛はショックが大きかったのか、しばらく木の下で動かなくなっていた。それを見たコクランは打ちどころが悪くて死んだのだと判断した。
「ハハッ、やったぜッ!見ろ、オレたちの勝利だッ!」
コクランは勝利を確信して歓喜の声を上げた。しかし鬼の首を取ったように喜ぶコクランとはレイチェルは無言だった。
それどころか、険しい表情さえ浮かべていた。
なぜ無言であったのかコクランは当初理解できずにいた。
が、やがて大蜘蛛が何事もなさそうに起き上がり、こちらへと迫ってきた時にコクランはようやくレイチェルが何も言わなかったことを理解したのである。
レイチェルは恐らくあの蜘蛛の怪物があの程度では何事もなかったと判断したのだろう。
コクランは大蜘蛛の攻撃を慌てて避けようとしたが、コクランが避けるよりも前に大蜘蛛が迫ってくる方が早かった。
コクランは拳銃を突き付けたものの、大蜘蛛は怯える気配を見せなかった。
万事休すかと思われたその時、突如、大蜘蛛から悲鳴が聞こえてきた。何があったのかとコクランが確認すると、大蜘蛛の背中に矢が突き刺さっていることに気が付いた。
どうやら見かねた彼女が痺れを切らして矢を放ったらしい。矢を放たれ、大きな傷を負った大蜘蛛は標的をコクランからレイチェルへと変えた。
この隙を逃してはならない。コクランは大蜘蛛の注意がレイチェルへと向いている隙にもう一度拳銃を構えた。
銃口は真っ直ぐ大蜘蛛を捉えている。このまま引き金を引けば間違いなく大蜘蛛へと直撃するに違いない。
それに加えて今回コクランは銃弾に魔法を込めている。元々コクランの扱う拳銃はいくら発射しても無くならない魔法の弾丸を込めた拳銃であるが、それに加えて今回は弾丸の中に吸収の魔法を込めている。
吸収とは相手の魔法エネルギーや生命エネルギーを吸い取り、相手を干からびさせて殺すという魔法だ。
強力な魔法ではあるものの、致命的な欠点があった。欠点というのはこの魔法を使用するたびにコクランは自身に吸収した相手の生命エネルギーや魔法エネルギーが戻ってきて、その反動によってダメージを受けてしまうという凄まじいものだった。
反動の力は凄まじいもので、酷い時には反動の力で体が傷付いてしまい、三日ほど寝込んでしまった経験さえあった。
そのため普段は使用を避けている魔法なのだ。有事の際にも使わなかったのは自身の体調を顧みて使わない方がいいと判断していたからだ。
しかし今回巨大な蜘蛛の怪物に自身のメイドが破れそうになっている姿を見て、コクランは考えを改めたらしい。
躊躇うことなく引き金を引き、大蜘蛛から生命エネルギーを奪い取った。
その吸収の魔法が込められた弾丸が腹部へと直撃した際に耐えきれなかったのか、大蜘蛛は悲鳴を上げた。
大きな体は転倒し、地面の上をのたうち回っていく。最初大蜘蛛が暴れ回っていた理由は弾丸を喰らった衝撃からきたものだった。
だが、次第に自身の体から生命エネルギーが吸い取られていき、弱っていくことに対して危機感を覚えて辺りを荒らし回っていたのである。
先ほどまであったはずの生体エネルギーすなわち肉体を動かすために必要なものが徐々に減ってしまっているのでその反応は当然であった。
コクランはその姿を黙って見つめていた。ヤケクソになって木々を倒したり、近くにあった雑草や小さな虫などを手当たり次第に食べなんとか生命エネルギーを得ようとする大蜘蛛を見ても同情する気など微塵も起きない。
あの怪物は自分が生きるために多くの生命を餌にしてきたのだ。その報いを今は受けているだけに過ぎないのだ。
やがて動くのも無理になったのか、大蜘蛛は苦しそうに前脚を伸ばしていた。その姿は助けを乞う人間のようであった。
やがて、最後にビクビクと体を上下に動かした後に大蜘蛛の怪物は生き絶えた。
コクランはその姿を見て安堵して溜息を吐いた。同時に張り詰めていた緊張の糸が解けたということもあり、膝を突いた。このまま一休みでもしようと考えたのだが、この時体にドッと疲労の波が押し寄せてきたのである。
まるで、鈍器にでも頭を殴られたかのようにコクランは地面の上へと横たわった。
「こ、コクラン様!?」
意識を失い、両目を閉じようとするコクランが最後に見たものはただならぬコクランの様子を見て、駆け付けてくるレイチェルの姿であった。
次にコクランが目を覚ましたのはベッドの上であった。
辺りを見渡すと、そこには木製のクローゼットやサイドテーブルといった簡素な家具が置いてある。側には心配そうな目でこちらを見つめるレイチェルの姿が見えた。
部屋の中央には薄手のカーペットが敷かれており、簡素な机と椅子が置かれている。
「ここは?」
「街の宿屋です」
コクランの問い掛けに答えたのは側で椅子に座っていたレイチェルであった。
「や、宿屋?」
「えぇ、あの後にコクラン様は倒れてしまいまして、それで私がここまで運ばせていただきました」
レイチェルの話によればコクランが倒れた後にコクランをおぶって街の宿屋にきたらしい。それから三日の間、コクランは眠りっぱなしだったそうだ。
その間にレイチェルが街の人を山の上に案内し、大蜘蛛の死骸を街の人に見せたり、旅に必要な物資の調達などを行なっていたらしい。
食料や消耗品といったものをコクランに見せていた。コクランはそれを見るたびに笑顔を見せていた。
コクランがレイチェルから渡された干し漬けの肉を満足そうに眺めていると、ノックの音が聞こえてきた。
コクランが入室を許可すると、そこには例の町長の姿が見せた。
「あんたかな?大蜘蛛の件に関しては礼を言おう。ご苦労だった。ありがとう。だが、目が覚めたのならば明日にでもこの街から旅立ってもらおうか」
「そ、そんなッ! 」
レイチェルは椅子の上から立ち上がって抗議しようとしたものの、それをコクラン自らが止めた。
「……分かりました。先を急ぐ旅ですからね。明日にでも失礼しますよ」
町長はそれを聞くと黙って扉を閉め、その場を立ち去っていく。扉が閉まられるのと同時にレイチェルは歯を軋ませながら抗議の言葉を口に出していた。
「なんて失礼な人なのッ! コクラン様のおかげで大蜘蛛を倒せたというのにッ! 」
「まぁ、あれが亜種族に対する人間の一般的な対応なんだろうな」
コクランは皮肉を込めて『一般的な』という単語を強調して言った。
それからコクランは大きな溜息を吐きながらもう一度ベッドの上へと倒れていく。
「コクラン様、どうなさいました?」
「あぁ、疲れちまった。オレはもう寝るよ」
コクランはそう言って両目を閉じた。そしてしばらくすると寝息が聞こえてきた。ただ眠っていただけの時とは異なり、実に気持ち良さそうに眠っていた。
そんなコクランを見てレイチェルは思わず微笑みを浮かべていた。それから彼女は黙って椅子の上から立ち上がり、部屋を後にしていた。
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