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第二部『共存と憎悪の狭間で』
憎悪を煽った者は誰か
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マンドレイク族の乱心者イブリン・ カーペンターを仕留めたことにより、護衛の任務を達成したコクランは移動魔法を用いて執行官事務所へと戻り、その中で二人の助手と共に遅めの夕食を楽しんでいた。
夕食のメニューに出たのは鹿肉のステーキに、豆のスープに黒パン、そしてレタスとトマトを使ったサラダであった。それに酒の中に漬けていた柑橘類が付いている。なかなかに豪華なメニューだ。
コクランは豆のスープを啜り、鹿肉を切っていく。なかなかの味である。
コクランは鹿の肉をモグモグと噛んだ後に呑み込んでいった。その後にコクランは焼かれた鹿肉と格闘しているジオに向かい合うと、申し訳ないと言わんばかりの小さな声で謝罪の言葉を語っていく。ら
「悪かったな。お前の旧友との再会をあんな風にさせちまってよ」
「気にしないでください。それに元々オレのでしゃばる幕はありませんでしたし」
ジオはコクランに向かって気まずそうに微笑む。
コクランはジオに対して罪悪感を含めた目で見た後にゆっくりと席の上を立ち上がり、自室へと戻っていく。
それからベッドの側にあったサイドテーブルの上に置いてあった四角い箱を取り出した。箱の正面には『黄金バッド』と記されている。
これは定期的に魔界から送られてくる紙巻き煙草の名である。
魔界執行官という役目を担う以上、精神は不安定になりつつあるのを否定はできない。
魔界は執行官の精神を落ち着けるように煙草を送ってくるのだ。もっともコクランがこれに手を出したことはない。
コクランは紙巻きタバコの入った袋を手に取って見つめていく。
紙巻きタバコを嗜む趣味は前世で終わっているのだ。それに紙巻き煙草など見たこともない人界生まれの魔族であるジオや人間のレイチェルにも悪影響だ。
そう考えてコクランは机の引き出しの中に煙草を押し込む。
余計な心配をしたためか、欠伸が出てた。そのままベッドの上に寝転がり、大きな溜息を吐いていく。同時に両肩を凄まじいコリが襲ってきた。溜息を吐き出すのと同時に疲れが全身を襲ってきたらしい。コクランはそのまま眠ることにした。寝巻きに着替えて灯りを消し、隣の部屋でレイチェルに起こす時刻を朝の9時にするよう指定してベッドの上で眠っていく。
恐らく、この後レイチェルは皿を片付け、ジオを送り出すだろう。
何故「送り出す」という表現を用いたのかというと、ジオが執行官事務所に住んでいないからだ。
ジオは現在魔界の職人たちによって建てられた別棟と呼ばれるログハウスで寝泊まりを行っている。
流石に三人で同じ屋根の下に暮らすというのはいかがなものかと思われたのが要因だ。
本来であるのならば女性であるレイチェルが外に出て過ごすべきなのだろうが、レイチェルは、
「私はコクラン様にお仕えするメイドです。そのため同じ家に住み込みで働かなければならないのです」
と、譲らなかったのだ。
魔界の職人たちもレイチェルの剣幕を前にしてすっかりと萎縮してしまい、引っ込んでしまったのである。
そのため世間一般での過ごした方とは異なる過ごし方で三人は暮らしている。
面倒な形だ、と苦笑していると、急な眠気が襲ってきた。
コクランは口の前に手を当て、欠伸を堪えようとするものの、眠気には勝てず、そのまま眠り込んでしまった。
翌日コクランはレイチェルに体を揺すられて目を覚ました。
「あぁ、よく眠ったな。今は何時だ?」
コクランが問いかけると、
「はい、コクラン様。現在はお昼の十三時です」
レイチェルはメイドらしく淡々とした口調で答えた。
「……そうか、随分と長い間、眠ってしまったものだな」
コクランが指定した時間よりも四時間も過ぎてしまっていた。
「はい、私は当初起こそうとしました。しかしコクラン様は起きられず、そのまま気持ちよさそうにお休みになられていたものですから起こさないようにさせていただきました」
「……そうか。ジオは何をしてる?」
「はい、朝早くからお尋ねなられ、イブリン・カーペンターの一件を書類にまとめております」
「そうか。不甲斐ない上司を持つと部下も大変だな」
コクランは弱々しい微笑みを浮かべながら答えた。
「いいえ、ジオさんはそこまでお困りになられてはいないようですよ」
レイチェルは優しげな微笑を浮かべながら答えた。
「だといいんだがな」
コクランは寝巻きのままゆっくりと起き上がりながら言った。
「すまないが、朝飯兼夕食を用意してくれ。その後で書類の整理をする」
「はい、畏まりました」
レイチェルは頭を下げ、部屋を出て行った。コクランは部屋の扉が閉まったのを確認し、寝巻きから普段着用している執行官の制服を着用していく。
灰色のスラックスに白色のシャツ、黒色の上着というチグハグな取り合わせである。
だが、その格好が気に入っていたのである。コクランは姿見を見て思わず惚れ惚れとしてしまっていた。
最後に上着と同じ色の帽子を頭の上に被り、いつもの衣服を身に付けて朝食兼昼食の場へと向かっていく。
前世の言葉を使って表するのならば、いわゆるブランチというものにあたるだろう。机の上に用意されていたのはハムとブロッコリーを炒め、胡椒で味付け足した料理、ニシンの塩漬けを出したもの、えんどう豆のスープ、それから白パンとなかなか豪勢な料理だった。
同じ机の上ではジオが必死になって書類と格闘していた。ジオは本来であるのならば文盲のはずだろう。
しかしリタ・フランシスと友好関係を築いていく間に文字の読み書きを覚えたのである。そのため書類仕事も難なくこなすことができたのである。
レイチェルは自らの仕事を一つ奪われてしまったことに対して当初は不満を持っていた。
コクランは隠れて嫌がらせをしているのかと警戒していたこともあったが、その後は普通に接していることからレイチェルも不満は残らなかったらしい。こっそりと嫌がらせを行なっている気配も見えない。
その証拠に今でも執行官事務所の掃除を行っていた。
二人とも執行官である自分のために直向きに働いていた。その姿を見て罪悪感を感じながらも腹の虫には逆らえず、結局食卓の上に残っていた料理を一つ残らず平らげてしまったのである。
満足そうに腹をさするところにレイチェルはお茶を出したのである。
コクランはお茶を受け取ったものの、そのままのんびりとお茶を飲むことはしなかった。
椅子の上から立ち上がり、背もたれを握って椅子を引き摺ってジオの隣に座っていく。
「貸しな」
と、コクランはジオから書類を分けてもらい、最期のひと仕上げを行なっていった。
二人で懸命に仕事を行ったことによって仕事を早くに終えた二人はそのまま椅子の上でのんびりと過ごしていた。
「おい、レイチェル。新聞が読みたい。悪いが、新聞を持ってきてくれないか?」
コクランは椅子の上で手を出して新聞を要求した。レイチェルは嫌な顔一つすることもなく、コクランに対して新聞紙を手渡した。
新聞紙を受け取ったコクランはしばらくの間は黙って新聞紙に目を通していたのだが、すぐに異変に気が付き、新聞に釘付けになっていた。
「どうしたんですか?コクラン様?」
「……これを見ろ」
と、コクランは新聞紙の二面に記されている記事を指差す。
「あっ、これは」
「もしかして、コクランさん、この事件を止めに向かうつもりですか?」
コクランは首肯した。そこに迷いや後悔の念は見えない。
コクランはその後善は急げとばかりに椅子の上から立ち上がっていった。
その時だ。扉を叩く音が聞こえてきた。
コクランが扉を開くと、そこにはウルフス族と思われる中年の女性が立っていた。
ウルフス族はいわゆる人狼であり、狼の体と特徴を持ちながら二本の足で歩き、話をしたり、読み書きを行うという知性を持った魔界に住まう魔族の一つであった。
彼女は頭を丁寧に下げると、そのままコクランに向かっていき、彼の胸元を掴むと、そのまま泣き崩れていく。
「な、何があったんですか?」
コクランの戸惑う声も無視し、彼女は泣き続けた。コクランはレイチェルにお茶を淹れるように指示を出し、その後は地面に突っ伏していた彼女を椅子の上に座らせたのであった。
椅子の上にいる彼女に紅茶を手渡し、用件を尋ねていく。
彼女はしばらく落ち着かない様子でお茶を啜っていた。それでも落ち着きを取り戻すことができたのはお茶の効果だろう。
レイチェルはこの時コクランの指示に逆らい、敢えてハーブティーを淹れたのだそうだ。
やはり自身には過ぎたるメイドだ。コクランが笑っていると、椅子の上に座った人狼の女性がようやく口を開いた。
「私の名はアンジェラと申します。魔界に住むウルフス族の女です」
「ご丁寧にどうも。それで何がありましたか?」
「……実はですね。息子が人界に向かったのです。それもただ向かっただけではありません。人間に抗議する魔族たちの騒動に加わるために魔界を出たんです」
その言葉を聞いてコクランの顔色が変わっていく。コクランにとってそれは先ほど新聞で知り、自身が向かおうとしていた事件だったからだ。
「奥さん、よろしければもう少し詳しいお話をお聞かせくださいませんか?」
女性は決意を固めた目でコクランを見つめた後に小さく首を縦に動かした。
夕食のメニューに出たのは鹿肉のステーキに、豆のスープに黒パン、そしてレタスとトマトを使ったサラダであった。それに酒の中に漬けていた柑橘類が付いている。なかなかに豪華なメニューだ。
コクランは豆のスープを啜り、鹿肉を切っていく。なかなかの味である。
コクランは鹿の肉をモグモグと噛んだ後に呑み込んでいった。その後にコクランは焼かれた鹿肉と格闘しているジオに向かい合うと、申し訳ないと言わんばかりの小さな声で謝罪の言葉を語っていく。ら
「悪かったな。お前の旧友との再会をあんな風にさせちまってよ」
「気にしないでください。それに元々オレのでしゃばる幕はありませんでしたし」
ジオはコクランに向かって気まずそうに微笑む。
コクランはジオに対して罪悪感を含めた目で見た後にゆっくりと席の上を立ち上がり、自室へと戻っていく。
それからベッドの側にあったサイドテーブルの上に置いてあった四角い箱を取り出した。箱の正面には『黄金バッド』と記されている。
これは定期的に魔界から送られてくる紙巻き煙草の名である。
魔界執行官という役目を担う以上、精神は不安定になりつつあるのを否定はできない。
魔界は執行官の精神を落ち着けるように煙草を送ってくるのだ。もっともコクランがこれに手を出したことはない。
コクランは紙巻きタバコの入った袋を手に取って見つめていく。
紙巻きタバコを嗜む趣味は前世で終わっているのだ。それに紙巻き煙草など見たこともない人界生まれの魔族であるジオや人間のレイチェルにも悪影響だ。
そう考えてコクランは机の引き出しの中に煙草を押し込む。
余計な心配をしたためか、欠伸が出てた。そのままベッドの上に寝転がり、大きな溜息を吐いていく。同時に両肩を凄まじいコリが襲ってきた。溜息を吐き出すのと同時に疲れが全身を襲ってきたらしい。コクランはそのまま眠ることにした。寝巻きに着替えて灯りを消し、隣の部屋でレイチェルに起こす時刻を朝の9時にするよう指定してベッドの上で眠っていく。
恐らく、この後レイチェルは皿を片付け、ジオを送り出すだろう。
何故「送り出す」という表現を用いたのかというと、ジオが執行官事務所に住んでいないからだ。
ジオは現在魔界の職人たちによって建てられた別棟と呼ばれるログハウスで寝泊まりを行っている。
流石に三人で同じ屋根の下に暮らすというのはいかがなものかと思われたのが要因だ。
本来であるのならば女性であるレイチェルが外に出て過ごすべきなのだろうが、レイチェルは、
「私はコクラン様にお仕えするメイドです。そのため同じ家に住み込みで働かなければならないのです」
と、譲らなかったのだ。
魔界の職人たちもレイチェルの剣幕を前にしてすっかりと萎縮してしまい、引っ込んでしまったのである。
そのため世間一般での過ごした方とは異なる過ごし方で三人は暮らしている。
面倒な形だ、と苦笑していると、急な眠気が襲ってきた。
コクランは口の前に手を当て、欠伸を堪えようとするものの、眠気には勝てず、そのまま眠り込んでしまった。
翌日コクランはレイチェルに体を揺すられて目を覚ました。
「あぁ、よく眠ったな。今は何時だ?」
コクランが問いかけると、
「はい、コクラン様。現在はお昼の十三時です」
レイチェルはメイドらしく淡々とした口調で答えた。
「……そうか、随分と長い間、眠ってしまったものだな」
コクランが指定した時間よりも四時間も過ぎてしまっていた。
「はい、私は当初起こそうとしました。しかしコクラン様は起きられず、そのまま気持ちよさそうにお休みになられていたものですから起こさないようにさせていただきました」
「……そうか。ジオは何をしてる?」
「はい、朝早くからお尋ねなられ、イブリン・カーペンターの一件を書類にまとめております」
「そうか。不甲斐ない上司を持つと部下も大変だな」
コクランは弱々しい微笑みを浮かべながら答えた。
「いいえ、ジオさんはそこまでお困りになられてはいないようですよ」
レイチェルは優しげな微笑を浮かべながら答えた。
「だといいんだがな」
コクランは寝巻きのままゆっくりと起き上がりながら言った。
「すまないが、朝飯兼夕食を用意してくれ。その後で書類の整理をする」
「はい、畏まりました」
レイチェルは頭を下げ、部屋を出て行った。コクランは部屋の扉が閉まったのを確認し、寝巻きから普段着用している執行官の制服を着用していく。
灰色のスラックスに白色のシャツ、黒色の上着というチグハグな取り合わせである。
だが、その格好が気に入っていたのである。コクランは姿見を見て思わず惚れ惚れとしてしまっていた。
最後に上着と同じ色の帽子を頭の上に被り、いつもの衣服を身に付けて朝食兼昼食の場へと向かっていく。
前世の言葉を使って表するのならば、いわゆるブランチというものにあたるだろう。机の上に用意されていたのはハムとブロッコリーを炒め、胡椒で味付け足した料理、ニシンの塩漬けを出したもの、えんどう豆のスープ、それから白パンとなかなか豪勢な料理だった。
同じ机の上ではジオが必死になって書類と格闘していた。ジオは本来であるのならば文盲のはずだろう。
しかしリタ・フランシスと友好関係を築いていく間に文字の読み書きを覚えたのである。そのため書類仕事も難なくこなすことができたのである。
レイチェルは自らの仕事を一つ奪われてしまったことに対して当初は不満を持っていた。
コクランは隠れて嫌がらせをしているのかと警戒していたこともあったが、その後は普通に接していることからレイチェルも不満は残らなかったらしい。こっそりと嫌がらせを行なっている気配も見えない。
その証拠に今でも執行官事務所の掃除を行っていた。
二人とも執行官である自分のために直向きに働いていた。その姿を見て罪悪感を感じながらも腹の虫には逆らえず、結局食卓の上に残っていた料理を一つ残らず平らげてしまったのである。
満足そうに腹をさするところにレイチェルはお茶を出したのである。
コクランはお茶を受け取ったものの、そのままのんびりとお茶を飲むことはしなかった。
椅子の上から立ち上がり、背もたれを握って椅子を引き摺ってジオの隣に座っていく。
「貸しな」
と、コクランはジオから書類を分けてもらい、最期のひと仕上げを行なっていった。
二人で懸命に仕事を行ったことによって仕事を早くに終えた二人はそのまま椅子の上でのんびりと過ごしていた。
「おい、レイチェル。新聞が読みたい。悪いが、新聞を持ってきてくれないか?」
コクランは椅子の上で手を出して新聞を要求した。レイチェルは嫌な顔一つすることもなく、コクランに対して新聞紙を手渡した。
新聞紙を受け取ったコクランはしばらくの間は黙って新聞紙に目を通していたのだが、すぐに異変に気が付き、新聞に釘付けになっていた。
「どうしたんですか?コクラン様?」
「……これを見ろ」
と、コクランは新聞紙の二面に記されている記事を指差す。
「あっ、これは」
「もしかして、コクランさん、この事件を止めに向かうつもりですか?」
コクランは首肯した。そこに迷いや後悔の念は見えない。
コクランはその後善は急げとばかりに椅子の上から立ち上がっていった。
その時だ。扉を叩く音が聞こえてきた。
コクランが扉を開くと、そこにはウルフス族と思われる中年の女性が立っていた。
ウルフス族はいわゆる人狼であり、狼の体と特徴を持ちながら二本の足で歩き、話をしたり、読み書きを行うという知性を持った魔界に住まう魔族の一つであった。
彼女は頭を丁寧に下げると、そのままコクランに向かっていき、彼の胸元を掴むと、そのまま泣き崩れていく。
「な、何があったんですか?」
コクランの戸惑う声も無視し、彼女は泣き続けた。コクランはレイチェルにお茶を淹れるように指示を出し、その後は地面に突っ伏していた彼女を椅子の上に座らせたのであった。
椅子の上にいる彼女に紅茶を手渡し、用件を尋ねていく。
彼女はしばらく落ち着かない様子でお茶を啜っていた。それでも落ち着きを取り戻すことができたのはお茶の効果だろう。
レイチェルはこの時コクランの指示に逆らい、敢えてハーブティーを淹れたのだそうだ。
やはり自身には過ぎたるメイドだ。コクランが笑っていると、椅子の上に座った人狼の女性がようやく口を開いた。
「私の名はアンジェラと申します。魔界に住むウルフス族の女です」
「ご丁寧にどうも。それで何がありましたか?」
「……実はですね。息子が人界に向かったのです。それもただ向かっただけではありません。人間に抗議する魔族たちの騒動に加わるために魔界を出たんです」
その言葉を聞いてコクランの顔色が変わっていく。コクランにとってそれは先ほど新聞で知り、自身が向かおうとしていた事件だったからだ。
「奥さん、よろしければもう少し詳しいお話をお聞かせくださいませんか?」
女性は決意を固めた目でコクランを見つめた後に小さく首を縦に動かした。
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