死神は世界を回る ~異世界の裁判官~

アンジェロ岩井

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第二部『共存と憎悪の狭間で』

決戦の準備

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「それでとりあえず、私はどうしたらいいのかな?」

 今にも拳銃を突き付けられそうなリタであったが、そんなもので怯むような性格をしていれば人の身、それも女性でありながら人間と魔族との共存などは訴えられない。

 脅されている状況であるにも関わらず、明らかにこちらを見下ろすような顔でコクランたちを睨み付けていた。

「そうだな。ヴィンスを誘き出す役をやってもらいたい。ヴィンスを誘き出してもらえればあとはこっちのもんだ。ヴィンスがおれたちの元にやってくれば、すぐにでもあんたを解放してやるよ」

「誘き出してって、皇帝であるヴィンセントには必ず護衛が付いてくるよ。ヴィンセント一人だけでも厄介なのに、護衛
 まで相手にするなんて無理だよ」

 リタの言葉はもっともである。皇帝であるヴィンセントには必ず護衛の類が就くことになるだろう。

「だが、それもあんた一人で覆せることができるだろう」

 コクランの一言を聞いてリタは意表を突かれたような顔を浮かべていた。

「なんで?」

「なんでってあんたを人質にして下がらせる真似ができるからだ。そうすればヴィンスは一人で勝負せざるを得なくなる」

「……分かった。あんたの言葉に従うよ」

 要求を呑んだものの、リタの顔はどこか沈んでいた。鬱蒼とした顔を浮かべたかと思うと、コクランを強く睨み付けた。

「まぁ、今日はもう夜も遅い。決行は明日の朝にするよ。それまでおれたちはこの部屋でーー」

「失礼します」

 と、扉が開いてコクランと同族のメイド、エブリンが悲鳴を上げた。
 その悲鳴は夜の眠りを妨げるのには十分であったといえるだろう。
 そんなエブリンの悲鳴を聞いて、コクランたちは顔を青ざめていた。

「誰かッ!誰か来てッ!り、リタ様が 賊に襲われてるッ!」

 エブリンはそう叫び、慌てて部屋を飛び出そうとしていた。
 やむを得ない。ここで計画を変えるしかないだろう。ドガは困惑するリタの腕を掴み、その首元に爪を突き付けながら叫ぶ。

「動くなッ! 動くとこいつの命はねぇぞ!」

「あ、あなた方は何者なのですか!?」

 エブリンは声を震わせながら問い掛けた。

「魔界執行官コクラン・ネロスとその助手たちだ。覚えておけ」

 コクランはそう言って自身の同族に向けて銃口を突き付けて言った。

 厄介なことになったものだ。そう思いながらもここまで来ては戦うしかないだろう。














 チャールズ、ラルフ、そしてマイケル・スパルタニア。この三名は妖霊国よりも先に魔族だけのコミューンを作り上げ、人間たちへの怒りを露わにした魔族たちを抱え込んだ妖霊国における神にも等しい存在だった。

 ヴィンセントは妖霊国の皇帝に就任して以来、毎朝、目覚めるたびに彼らからの加護を得ることを目標としていた。
 チャールズ、ラルフ、マイケルの三名を模った“イコン”と呼ばれる聖画像を掲げ、その前に跪いて祈りを捧げていた。
 祈りを捧げてはいたが、ヴィンセント自身はコミューンの前進を率いたチャールズとは会ったことがない。

 ラルフに関しても反乱当時は自身が大した身分ではなかったということもあり、遠目から少し見た限りである。
 このように優れた三名の指導者のうち二名とは大した接点がなかったが、唯一の例外はマイケルだった。
 マイケルが反乱を起こした時、彼は侍従役をもらい、彼の側に仕えていた。

 そしてマイケルから直接指導を受けた上にコミューン崩壊の折にはマイケルから直接「後継者」に指名され、ロゼ王女を人質にして逃げ出すことを許されたのだ。

 彼から学んだことは今でも忘れていない。現にマイケルから学んだことを活かし、現在は妖霊国の統治を行なっている。
 そのため彼が祈りを捧げるのはマイケル一人のみであったといってもいい。

(同志マイケルよ、おれを助けてくれ……おれに力を与えてくれ……)

 祈りを終えたヴィンセントはゆっくりと両目を開いていった。
 そこには人間の支配する世にコミューンを立ち上げて対抗した偉大なる三名のイコンが自分を見下ろしていた。

 ヴィンセントは毎朝目を開けるたびにこの三名が自分の在り方を確認しているかのように思える。そう考えると眠気などすぐに吹き飛んでしまう。あとは身なりを整えて政務に臨むだけだ。

 ヴィンセントが祈りを終えたところで扉が開いて純白のドレスで着飾ったロゼ皇妃が姿を見せた。

「おはようございます。陛下」

 ロゼ皇妃は白くて愛らしい微笑みを向けながら言った。その微笑みを見るたびに彼女が“人間”でありながらも魔族の民たちから人気を得ている理由がわかる。

 ロゼ皇妃は頭を下げると、夫の衣装箪笥を開け、慣れた手付きで絹でできた黒色の上着とズボン、白色のワイシャツ、そして最後に男物の金色の首飾りを取り出し、順番に夫を飾り立てていった。

 その姿はさしづめ世間一般で言われるおしどり夫婦といったところだろうか。甲斐がいしく世話を焼く妻が元は人質として連れられた少女だとは誰も思わないだろう。

 普通ならば困惑するところだろうが、ヴィンセントも満更ではないと言わんばかりの顔を浮かべていた。

 祈りを終え、仕事に着く前の安らかなひと時がヴィンセントには癒しの時間となっていた。
 彼は大帝に相応しい豪勢な衣装に身を包み、玉座の間と化しているバルボディ宮殿の第一会議室へと足を運ぶ。
 扉が開くと、部屋の中央の机の上にはヴィンセントが食す用の朝食と書類や新聞紙の束が準備されていた。

「おはようございます。陛下」

 トムが頭を下げ、朝食が準備されている箇所にまでヴィンセントを導いていく。
 朝食が用意された席の上にヴィンセントは腰を掛け、まず茶を啜りながら第一の書類に目を通していた。
 その時だ。侍従の一人であるエルフの男が息を切らしながら扉を開けて現れた。

「大変です。陛下、昨夜のうちにコクラン・ネロスを名乗る男とその仲間たちが侵入し、陛下が気に入られておられるリタ・フランシス嬢を拐かしておりましたッ!」

「リタを?」

「ハッ! 恐らく人質にされるおつもりではないかと思われます」

「そんなことはわかっておるッ! 問題は奴らがどこに潜んでおるのかということだッ!」

 ヴィンセントの代わりに近くで書類仕事を行なっていたトムが代わりに激昂して報告に現れた部下を詰っていた。

「現在はぜ、全力を挙げて捜索を行なっておりまして……」

「たわけッ! もし、陛下の御身にもしものことがあれば我が妖霊国は終わりとなるのだぞッ!」

「やめなッ!」

 エルフの青年を叱責するトムを制止させたのは他ならぬヴィンセントであった。

「しかし陛下ーー」

「トム、おれが死んだらここは終わりなのか?」

「へ、陛下」

 予想外の問い掛けを受けトムは戸惑っていた。

「違うだろ? おれの死後も人間どもに迫害されることがないような国を作っていくのがお前らの使命じゃあねぇのか?」

 ヴィンセントの口は悪かった。おおよそ皇帝たる地位に就く者の台詞とは思えなかった。しかし言葉そのものは正論だ。国を動かしている指導者一名に災難が降り掛かるようなことがあり、それがきっかけで国が崩壊するようなことがあってはならない。

 とはいえ妖霊国に後継者が居ないということも問題である。かつてのマイケル・スパルタニアが自身という後継者を見出したようにヴィンセント自身も後継者を見出さなくてはならない。

 誰がそれに相当するだろう。ヴィンセントが頭を捻っていた時だ。
 突然扉が開いて息を切らした衛兵のオークが姿を見せた。

「て、敵襲ですッ!」
「敵襲!? どこにだ!?」

「しょ、食糧庫です。たった今賊どもは食糧庫を占領し、フランシス嬢を人質にして陛下を呼んでおります」

「おれを?」

 ヴィンセントは最初こそ不思議に思い、兵士たちに確認の言葉を問い掛けた。
 だが、すぐにその目的を察することができた。

「なるほど、あいつらは食糧と引き換えにおれを呼び出そうとしてンだな。おれを倒すため」

「へ、陛下。なら尚更行ってはなりませんッ!」

「その通りですッ! 陛下にもしものことがあれば我々はどうすればよろしいのでしょうか!?」

「けど、飯を焼かれたらこっちはたまったもんじゃあねーぜ」

 ヴィンセントの言葉に忠臣たちが押し黙っていく。当然だ。ヴィンセントの身に何があっても困るが、食糧庫に被害が与えられればバルボディ宮殿に住まう魔族たちの食糧が不足してしまうことになる。

 そのことが分かっていたからこそ忠臣たちはヴィンセントを食糧庫へと行かせざるを得なかったのである。
 それでも集められるだけの護衛を付け、バルボディ宮殿へと赴いたのだった。

 報告の通り、食糧庫の中には一年振りに見るコクラン・ネロスとその助手たち、そして人質になっているリタ・フランシス嬢の姿が見えた。

「確かに喉を掻き切ってやったはずなんだがなぁ」

「生憎だが、強制的に生き返させれちまってな。悪いが、ここで死んでもらうぜ」

「嫌だね」

 ヴィンセントは剣を突き付けながら言った。一年振りに見るヴィンセントの剣である。しかし一年前よりも剣は鋭く磨かれており、その剣身はより一層の磨きが掛かっていた。
 恐らくこの剣を媒体として溶解魔法が飛んでくるのだろう。油断はならない。
 コクランは拳銃を突き付けながらもそんなことを考えていた。

 ヴィンセントが早くも剣を杖のように振り上げ、コクランに向かって溶解魔法を放とうとしたところだ。

「おっと、動くなよッ! この女の命がどうなってもいいんならなッ!」

 ドガはリタの首元に剣のような鋭く尖った爪を突き付けながら叫んでいた。

「こちらの要求はたった一つッ! 妖霊大帝さんの護衛を下がらせろッ!」

 その言葉を聞いた護衛たちはより一層怒る姿が見えた。眉間に皺を寄せ、声を震わせながら抗議の言葉を叫んでいく。

 だが、この中で唯一ヴィンセントだけが笑っていた。余裕を含んだ笑みであった。
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