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第二部『共存と憎悪の狭間で』

妖霊大帝との戦い

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「ふざけるなッ!」

「人質を取るという卑怯な手を使った上に我々を下がらせろというのかッ! 我々を馬鹿にするのもいい加減にしろッ!」

 人質を取り、護衛を下がらせるように要求するコクランの言い分に護衛の兵士たちの怒りは頂点に達していた。
 口汚い言葉でコクランたちを煽り、人格否定まがいの言葉まで投げ掛ける姿が見受けられた。
 ヴィンセントはそんな護衛の兵士たちを押し除け、

「面白い。相手になってやろう」

 と、ヴィンセントは食糧庫の中に足を踏み入れようとしていた。

「へ、陛下!?」

「おやめくださいませッ!」

 ヴィンセントの身を案じ、止めようとする衛兵たちを抑えてヴィンセントは敢えてコクランの提示する条件を受け入れ、決闘に乗ったのだった。

 コクランの元へと足を進めて行くヴィンセントからは気迫や権威、権勢と言った生まれながらの為政者が揃えている風格を全て兼ね備えていたのである。

 ヴィセントの持つ王者の迫力というものに思わず圧倒されそうになったが、怯むわけにはいかない。
 コクランは至近距離に備え、拳銃をホルスターに収め、代わりに日本刀を抜いた。

 前世において各国の人々から日本刀は芸術品であると昔賞賛された記憶があったが、確かにその通りだ。
 美しい反りの形をした刃に白い光が宿っている。
 この反りと光こそが前世において各国の人々を日本刀に狂わせた理由だった。

 日本刀を抜いたコクランに向かってヴィンセントは溶解魔法を喰らわせることもなく、真っ直ぐに剣を振りかぶって向かっていった。
 日本刀と剣とが激しくぶつかり合い、轟音を奏でていった。

 五、六回打ち合う音が聞こえ、その後にもう一度両者が距離を取って睨み合う姿が見られた。
 だが、すぐにまた両者共に剣を構えながら飛び上がって行ったのである。

 ヴィンセントは苛立ったのか剣から溶解魔法を放っていく。
 だが、コクランは的確に交わしたため地面が抉れることになっただけだった。

「おいおい、こんなにすぐ決着を付けるつもりなのかい!?」

 コクランの言葉は明らかにヴィンセントに対する煽りを含んだものだった。
 ヴィンセントはコクランの言葉を無視し、何度も溶解魔法を放っていく。

 だが、その効果は明らかに少ないものだった。
 溶けていくのは地面や壁ばかりだ。これでは意味がない。

 コクランが苦笑していた時だ。ヴィンセントがまたもや剣から紫色の雲を生じさせていく。
 かつて自身を殺したという幻覚魔法である。

「しっ、しまったッ!」

 コクランは不意を突かれたことを悟り、慌てて声を上げた。
 だが、時は既に遅かった。コクランはかつてシモーヌが陥ったのと同様の危機に陥る羽目になってしまったのである。
 コクランの周囲をヴィンセントの分身が取り囲んでいく。

「く、クソがッ!」

 コクランはかつて自身が殺された時の記憶を思い起こし、思わず毒舌を吐いてしまった。かつて自身が殺された時、確実にヴィンセントだと思い引き金を引いたのだが、その銃弾は壁に直撃してしまった。
 あのような悲劇を繰り返してはならない。が、それでも本物のヴィンセントを探すことは難しかった。

 自身の周りを取り囲み、一斉に剣を突き付けていく。
 今度は喉を掻き切られるのではなく、溶解魔法によって体を灰にされてしまうのだ。

 またあの光によって蘇らせられるのだろうが、今度もまた今のように侵入ができるとは思えない。
 コクランが困ったような笑みを浮かべていた時だ。

「何を迷っているのです。妖霊大帝を討ち倒すための目はあなたには備わっているはずですよ」

 と、コクランの脳裏に例の声が聞こえてくる。真実の目というのはどういうことだろうか。
 訳がわからなくなったコクランは軽い混乱状態に陥り、慌てて両目を閉じていく。するとこれまでは何人もいて、自身の周囲を囲っていたはずのヴィンセントの姿が一つのものへと変わっていったのである。

 本物のヴィンセントは目の前にいた。本物は目の前で剣を掲げ、コクランを殺そうとしていた。
 コクランはまだ自分のことが分かっていないと思い込んでいるヴィンセントの腹部に向かって勢いよく日本刀を突き刺したのだった。

「うわぁァァァァァァ~!!!」

 絶叫が轟いていく。同時に痛みに耐え切れなくなったヴィンセントが悲鳴を上げて地面の上でのたうち回っていた。

「ば、バカな……どうして、おれの居場所が分かった!?」

「あいつが教えてくれたんだよ」

 コクランは日本刀を突き付けながら言った。

 当然事情を知らない『あいつ』と呼称してもヴィンセントは分からないだろう。
 だが、確実に『あいつ』とやらの手引きでコクランはヴィンセントの無敵ともいえる魔法を破り、重傷を負わせたのである。

「魔界執行官としてお前をその場で処刑する」

 コクランは腹を抑えて蹲るヴィンセントに向かって日本刀を突き付けていく。
 コクランの持つ刀には衝撃魔法を含ませている。これでヴィンセントは終わりになるはずだ。
 コクランが地面の上に蹲るヴィンセントに向かってその刀を突き立てようとした時のことだ。

「お待ちくださいませッ!」

 と、コクランと同族のメイドーーエブリンが慌てて食糧庫の中へと足を踏み入れたのだった。

「お願いしますッ! どうか陛下をお助けくださいませッ! 陛下は迫害を受ける我々魔族にとっては欠かせぬ存在なのでございますッ!」

 エブリンは両手を地面の上に着け、額を地面の上へと擦り付けて懇願していく。
 彼女の中には何がなんでもヴィンセントを助けたいという意思というものがひしひしと伝わってくるように思えた。

 だが、それでもヴィンセントを見逃すわけにはいかない。ヴィンセントを倒すことはコクランにとって『あいつ』と交わした約束であり、自分が死ぬために必要な条件だったのだ。
 コクランは首を横に振り、ヴィンセントを庇うエブリンに向かって言った。

「ダメだ。出来ない」

「そ、そんなッ!」

 エブリンから悲嘆に暮れたような声が聞こえた。

「諦めてくれ」

 コクランは悲しげな口調で言い放った。
 それでもエブリンはヴィンセントの上に覆い被さり、険しい顔でコクランを睨み付けていた。
 その様子を見たコクランは戸惑いを覚えた。確かに『あいつ』からヴィンセントを倒せという命令は受けていた。

 だが、他の魔族を巻き込めなどという命令は当然ながら受けていない。
 それ故に戸惑いを覚えてしまったのだ。
 コクランが逆手に持った刀を手に迷いの念を宿していた時だ。

 腹を刺されて蹲っていたはずのヴィンセントがコクランの両足をはらってコクランを転倒させたのである。
 コクランは大きく転倒し、自身の武器である日本刀を地面の上に転ばせてしまう。

 しかしそれだけでは終わらなかった。ヴィンセントは腹部に食らった攻撃によって両肩で息をしながらもなんとかコクランの武器である日本刀を蹴り飛ばしたのだった。

「ククッ、ざまぁみろ」

 ヴィンセントは質の悪い笑みを浮かべながら答えた。
 ヴィンセントは皇帝に即位しながらも元の性格は変わらないらしい。
 コクランが苦笑していると、そこにエブリンが飛び掛かってきたのである。

「コクラン様ッ!」

 レイチェルは慌てて弓矢をつがえ、エブリンを狙っていく。
 だが、エブリンとコクランの体が密着しているということもあり、なかなか動けずにいた。

 だが、コクランとしてはそんな危険な援護射撃を受けるよりも一人でエブリンを引き離した方がよかったのでむしろ矢が飛んで来ないのはありがたかった。
 コクランは自身の腹部に抱き着くエブリンを必死になって引き剥がそうとしていた。

 彼女の服を引っ張り、腕を離すなどの行動をとって自分の元から引き離そうとしていたのである。
 それでも彼女の意思は予想よりも強いものであったらしい。コクランを離そうとしなかった。

 その隙を利用してヴィンセントは地面の上を這いながら入り口を目指していた。
 入り口にはヴィンセントを守るための衛兵たちが向かってきていた。
 不味い。このままではヴィンセントが衛兵たちと合流してしまう。

 ヴィンセントの周りを護衛の兵士たちが取り囲むことだけは避けなくてはならない。

 ドガはそれまで人質にしていたリタを解放し、逃げようとしているヴィンセントの元に駆け寄ろうとしていた。
 だが、その前に護衛の兵士たちが入り口から入り込み、ドガに武器を向けていったのだった。

「不味いな。このままじゃあ妖霊大帝を取り逃しちまう」

 ドガの言葉はもっともだ。順調に入口の方まで這っていけばヴィンセントは確実に兵士たちと合流することになる。
 万事休すかと思われた時だ。ヴィンセントの前に矢が飛んでくるのを見た。

 あと一歩というところで道を遮られたヴィンセントは両目を見開いて驚く様子を見せた。

 また、被害に遭ったのはヴィンセントばかりではない。入り口に近付いていた衛兵たちがレイチェルによって射殺されてしまった。

「近付かないでくださいッ! 近付いたらそのまま容赦なく射殺してしまいますよッ!」

 レイチェルの弓矢と気迫を前に衛兵たちはすっかりと怖気ついてしまう様子が見えた。
 その様子を見たヴィンセントは苦笑しながら言った。

「参ったな。あと少しで逃げられちまったのによ」

 ここまで追い込まれてもなお恨み節を吐かなかったのはヴィンセントの性格が良好なものであったからだろう。
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