死神は世界を回る ~異世界の裁判官~

アンジェロ岩井

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第二部『共存と憎悪の狭間で』

全ての決着

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 これは絶好の機会だ。刀は遠くに飛ばされてしまったが、まだ手元には拳銃が残っている。

 コクランは無言で腹を抱えて蹲っているヴィンセントに向けて銃口を構えていく。

 幸いなことに衛兵たちの注意はレイチェルに向いている。今ならば狙っても気付かれにくいだろう。自身が満足して死後の世界に行くためにもヴィンセントには死んでもらわなくてはならないのだ。

 コクランが引き金を引こうとした時だ。不意に頭の中にもう一度疑念が湧き起こっていく。
 捨てたはずの疑念がどうしてまた湧き上がってきたのかはコクラン自身にも分からなかった。

(なぜだ? このまま引き金を引いちまえばいいだけだ。それで、妖霊大帝は死ぬ。けど、どうして指が動かねぇんだ……)

 コクランが疑問に思うのも尤もだった。引き金を引こうとする人差し指がプルプルと震え、引こうとしても引けないのだ。

(クソッタレ!)

 コクランは心の中で毒を吐いたが、体がいうことを効かないのだからたまったものではない。やむを得ずに刀を拾い上げ、ヴィンセントを突き殺そうと試みた。
 だが、そこにまたしてもエブリンが襲い掛かろうとしていた。
 幸いなことにドガが飛び掛かるよりも前にエブリンを抑えてくれたので大事には至らなかったが、それでも危険であることには変わらない。
 また、レイチェルが抑えてくれているとはいえ、入り口にいる衛兵たちがこちらに雪崩れ込んでくるかもしれない危険性が残っていることも忘れてはならなかった。
 もはやためらっている余裕などない。すぐにでも引き金を引いてヴィンセントを始末しなくてはならない。
 ヴィンセントがもう一度銃を構えた。
 一刻の猶予もない。もう引くしかないのだ。

「ウォォォォォォォォ~!!!」

 大きな雄叫びを上げることで、自らを奮い立たせ、その勢いにのりヴィンセントを撃ち殺そうとした時だ。

「待ってッ!」

 と、先ほどまで部屋の端で震えていたはずのリタが駆け寄り、瀕死の状態となっていたヴィンセントを守るように立ち塞がったのである。

「お願いッ! 妖霊大帝を殺さないでッ!」

「ダメだ」

 コクランは目の前に立ち塞がるリタに銃口を突き付けながら答えた。

「ねぇ、大帝の支配する世の中ってそんなに酷いものなの?」

「……それはなんともいえない」

 リタが真っ直ぐな瞳を浮かべ、じっと睨んでいるのに対し、コクランの言葉が濁っているのはコクランも妖霊大帝の支配する世の中に興味を示しているからだと確信していた。

 妖霊大帝のやり方に関してはリタも同意できないものがある。

 だが、魔族を救おうという信念には理解を示していた。これまでの百年間において魔界が不干渉を貫いていたといえこともあり、人間全体が魔族を下に見すぎていたのだ。

 それにリタとしても人間側の王族が魔族を受け入れる代わりに魔界から与えられた特産物や技術を独占しているという事情も気に入らなかったのだ。

 移民の代償として魔界から与えられた嗜好品を自分たちだけで楽しみ、魔界から入ってきた技術を自分たちだけが独占することで下の階級による反乱を防ぎ、鎮圧しているのだ。

 無論、そのことは隠し通しているが、完全に隠し通せるものでもない。そして自然と人々は圧倒的な技術を持った上の階級に逆らえず、自分たちよりも下の層である魔族たちを偏見の目で見つめ、差別を行うことで惨めな境遇を誤魔化しているという構図が出来てしまったのだ。

 そんな腐り切った構図を変えようとしているのがヴィンセント・オドホムルゲンこと妖霊大帝なのだ。
 それだけにヴィンセントを庇う力にも気合が入っていく。

「お願いッ! 私たちの希望を絶やさないでッ! これ以上罪のない魔族たちを苦しめるのをやめさせてッ!」

 リタは涙を流しながらヴィンセントを庇っていた。コクランは涕泣する少女を前にしてまたもや決心が鈍ってしまったことに気が付いた。
 か弱い少女が涙ながらに除名を乞う姿というのはどうしてこうも人の胸を刺激するのだろうか。

 コクランが思わず銃を引いていた時だ。リタの後ろで腹を抑えていたはずのヴィンセントが雄叫びを上げながらコクランへと飛び掛かっていく。
 コクランはいきなり飛び掛かってきたヴィンセントによって右頬をいきなり殴り飛ばされてしまった。

 コクランは悲鳴を上げる暇もなく地面の上へと殴り飛ばされてしまった。
 その上にヴィンセントが飛び掛かり、馬乗りになると、息を切らしながらも夢中になって両頬を殴り付けていた。
 その姿はまるで、公園で遊ぶ子どもたちの喧嘩を彷彿とさせた。

 しばらくの間は殴られっぱなしだったコクランだったが、その回数が三十回を超える前にカウンターとしてヴィンセントの左頬に強烈な左フックを喰らわせたのである。
 予想外の反撃を喰らい、頭をクラクラとさせていたヴィンセントであったが、その頭に向かってコクランは素早い頭突きを繰り出し、ヴィンセントを朦朧とさせたのであった。

「うぅ」と小さな悲鳴を漏らすヴィセント。悲鳴を漏らし、両手を地面の上についてしまうという隙を晒すことになった。

 コクランはその隙を突いてら馬乗りの状態から這い出していく。ヴィンセントは慌てて襲い掛かろうとしたが、その顎の下に向かってコクランは容赦のない蹴りを喰らわせていく。

 その後はひたすらに殴り合った。お互いの胸に秘めていた思いをぶつけるかのように拳を繰り出し合っていた。
 殴り合いの間は二人とも一切言葉を発さなかった。気が付けば周りにいた魔族も人も二人による無言の決闘を夢中になって眺めていた。

 恐らくこの中にいた数名は助けに入ることも頭に過っていたのだろうが、止めに入る隙もなかった。この苛烈な殴り合いにはどのような武器でも介入することは不可能であると思われた。

 殴り合いを続けていくうちに両者ともに息を切らしていき、疲弊していく姿が見えた。
 特にヴィンセントに至っては腹部に大怪我を負っての上でこの殴り合いに参加していたのである。
 ヴィンセントがこの決闘において不利であったのは誰の目から見ても明らかであった。

 だが、それでも果敢に拳を喰らわせ、コクランを翻弄させていた。
 強烈な右ストレートが三発も直撃した時にはレイチェルが我を忘れて助けに行こうとしたほどだ。

 ドガはそんなレイチェルの肩を抑え、コクランの元へと向かわせるのを阻止した。

 理由は今この状況で戦えばレイチェルが巻き込まれてしまうからであるし、何よりもコクランとヴィンセントの決闘に水を差したくなかったのだ。
 できることのならば自身もこの戦いに割り込み、コクランを助けてやりたかった。

 だが、必死に我慢してレイチェルをその場に留めさせたのであった。
 その時だ。コクランがようやく反撃に転じた。コクランは強烈な左ストレートを喰らわせ、ヴィンセントを横転させていく。

 そしてその上に馬乗りになって顔に向かって強烈な一撃を叩き込んだのだった。
 この瞬間にコクランは怒りにより制御ができなくなってしまったのか、かつての怒りの状態へと変貌していった。

 そして、そのまま強烈な爪を日本刀の傷によって開けられた腹部の穴にもう一度差し込んでいったのだった。
 ヴィンセントの声にならない悲鳴が上がり、衛兵たちが飛びかかろうとしていた。

 だが、そんな衛兵たちをレイチェルが弓で止める。
 コクランはここ幸とばかりに喉元に爪を振りかぶろうとした。

 しかしヴィンセントはそれよりも前にコクランの両腰を掴み、そのまま地面の上へと放り投げたのだった。

 放り投げ後には、倒れて呻いている僅かな隙を突いて、近くに落ちていた自身の剣を拾い上げ、コクランに向かって溶解魔法を放っていく。

 コクランは魔法を寸前のところで交わしたものの、完全に避けることはできずに左腕を失ってしまうことになった。
 半狂乱状態になったコクランは拳銃を抜いて『吸収』の魔法を込めた弾丸をヴィセントに向かって放っていった。

 弾丸はヴィンセントの心臓部へと直撃し、ヴィンセントに悲鳴を上げさせた後に衣服などを除いて遺骸を完全に消失させたのだった。
 こうしてコクランは妖霊大帝の力を吸収し、自らのものとすることができたのだ。

 しかし大帝の力を自身のものとした代償は大きかった。銃弾が心臓部を貫き、ヴィンセントの体を消した直後にはコクランの中へと凄まじいまでのパワーが逆流していくことになった。

 コクランは言葉にもならない悲鳴を上げていったかと思うと、そのまま全身を眩いばかりの光に包んでいった。
 かと思うと、不穏な音が鳴り響いていき、コクランの体を粉々に砕いていったのだった。

 痕跡を残して死んだヴィンセントとは異なり、コクランは自身の身に付けていたものを何も残さずに死んだことになる。

「コクラン様ッ!」

 レイチェルが慌ててその場へと駆け寄っていく。
 だが、そこにはコクランの遺体も何も残っていなかった。コクランが存在していたという欠片さえ消えていた。
 レイチェルはコクランがいた場所の上で膝を突き、腕を落とすと野犬のように慟哭を上げて泣き出していった。

 その様子を見ていたドガは居た堪れない気持ちになるのと同時にあまりにも残酷な死に方でこの世を去ったコクランを内心批判していた。

(あんたはあの村で再会した時に『オレは妖霊大帝と相討ちになって死ぬ。って言ってたな。確かにその通りだけど……けど、この結果はあんまりなんじゃあねぇのか。レイチェルがあまりにも可哀想だ……)

 だが、いくら心中で批判してもコクランはもう戻ってこない。ドガは苦い顔を浮かべながら食糧庫を後にしたのだった。

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