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7.国王と騎士
①
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早朝の柔らかな日差しが窓から差し込んでいる。
王宮に着いて一週間。リオンが生まれた村とは気候が違うようで、ノルツブルクはすでに春のさなかのようなうららかさだ。花は美しく咲き誇り、鳥は長い冬が終わった喜びを高らかな声で歌う。
そんな穏やな空気が漂う部屋の中、リオンは目の前のテーブルに並べられたものたちを見て、目を瞬かせた。
赤やオレンジ色の艶やかに光る果物や、異国の見慣れない焼き菓子。繊細な飴細工にいたっては本当に食べられるのかそれとも飾っておいて楽しむものなのかさえ判別がつかない。
何と言っていいかわからずに固まっているリオンを見て、隣の椅子に腰かけたオースティンがにこにことしている。
「さあリオン、全部君のために用意したんだよ。遠慮せずに召し上がれ」
「ありがとう、ございます。あの、それじゃ……いただきます……」
多忙なはずの国王オースティンは、毎日朝と晩にリオンの部屋にやってくる。ときには今日みたいにたくさんの食べ物を従者に運び込ませながら、ときには色とりどりの花を自らが掲げながら。
ありがたい。
多忙な政務の傍らで気にかけて貰えるなんて身に余る光栄だ。
(……だけどちょっと、量が多くはないかな……?)
テーブルの上のものの何をどこからどう食べたらいいかわからずに固まっていると、オースティンが不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの? まだ遠慮してる?」
「いえ、その……ちょっと食べきれるかなって、心配で」
リオンがおずおずと言うと、オースティンは「ああ」と納得したようにうなずいた。
「ちょっと量が多すぎたかな? ごめんね、あれもこれもリオンに食べさせたいって思ったら、この量になっちゃった。リオンは少食だもんね。小鳥がついばむくらいしか食べないし」
「そんなことはないと思いますけど」
小鳥なんて表現をされて、思わず笑ってしまった。
小食なのはずっと食うや食わずだったころの生活の名残だ。だけどこの王宮に来てからは安定して食事をとれるようになり、胃も大きくなってきた。
「ここに来てからだいぶ太りましたよ」
笑って言うと、オースティンが「いやいやいや」と返してくる。
「ほんとですよ。お腹のあたりにも肉が付きましたし」
「ええ? だってまだまだ腰が細いじゃない? ――ほら」
伸びてきたオースティンの手のひらに腰の周りをするっと撫でられ、リオンは「ひっ」と飛び上がった。それと同時に後ろから慌てた大声が降ってくる。
「オースティン!」
叫んだのは背後にいたクレイドだ。
クレイドはこちらまで駆け寄ってきたかと思うと、リオンの腰元に回ったオースティンの手を叩き落した。
「オースティン、あなたという人は……! 許可なしにリオンの身体に触れるなとあれほど言っているのに」
「あはは、クレイドったらそんなに怒らなくても」
オースティンはクレイドの怒りをものともせずに笑い飛ばすと、リオンに「ごめんね」と笑顔を向けてくる。
「あ、いいえ。大丈夫です……」
オースティンのスキンシップの多さは初めからで、それまで他人と親しい付き合いをしてこなかったリオンはかなり驚いたが、一週間もすればだいぶ慣れてしまった。いちいち律儀に怒ってくれるクレイドには申し訳なくなってしまうけれど。
「リオンは本当に優しいね。それに可愛いし」
と、またオースティンの手が肩にするっと回ってきた。すかさずクレイドが叩き落す。
「また触ろうとする……。何度言っても懲りない人ですね」
「リオンは怒ってないよ」
「国王のあなたに対して怒れるわけがないでしょう!」
オースティンに食って掛かるクレイドの頭の上では、毛に覆われた耳がひくひくと忙しなく動き、背中側では長いしっぽがぴんと張っている。
初めて会った時からクレイドは落ち着いた人だという印象があった。だから感情を露わにして怒る姿を見たときはびっくりしたけど、それでも新しい面を見ることが出来たと思うとリオンは嬉しかった。
(でも、ちょっと怒りすぎなような気はするけど……)
一番手前にあった焼き菓子に手を伸ばしながら、リオンは苦笑いをした。
あれからオースティンの提案でリオンの護衛兼お世話係になったクレイドだが、騎士団の隊長である彼には現場に復帰できなくとも多種多様な仕事がある。だから、クレイドには時間があるときにリオンの部屋に来てもらい、他の時間は衛兵に護衛を任せるという形に落ち着いた。
リオンとしては(スラムや国境の山道ではなく安全な王宮の中なのだから、護衛はいらないのでは……)と思うのだが、オースティンもクレイドも頑なに「それは駄目だ」と許してくれない。リオンもこの国のことはまだ何もわからないので、それ以上は言うことは出来なかった。
だけど、そのおかげでクレイドはリオンの側にいてくれるわけでもあるし、クレイドの来室時間はだいたいオースティンが来る時間とも被っているので、自然と三人で過ごす時間も増える。リオンにとって、それはそれでとても楽しいことだった。
ふふふと笑っているうちに、二人の言い合いは最終局面に入ってきてたようだ。「まあまあクレイド、そんなに怒ると健康に良くないよ」というオースティンの惚けたセリフに「誰のせいで怒っていると思ってるんですか」とクレイドが文句をつけ、さらに「まったくしょうがない人ですね」と言ってクレイドが大きなため息は吐きだせば、だいだい二人の小競り合いは終了する。
言い合い(という名のじゃれあい)を終えたクレイドが、焼き菓子を摘まんでいたリオンに気が付いて、お茶の用意を始めた。オースティンもそそくさとリオンの隣の席に戻ってきて座る。
「リオン様、お茶をどうぞ」
「ありがとう」
リオンの前にお茶のティーカップを差し出してきたクレイドが、次にオースティンの前にもカップを置いた。
「オースティンもどうぞ」
「ああ、悪いね」
さっきまで言い合いをしていたのに、もう二人は普通の顔でやり取りをしている。
(クレイドとオースティンって、本当に仲がいいよなあ……)
王宮に着いて一週間。リオンが生まれた村とは気候が違うようで、ノルツブルクはすでに春のさなかのようなうららかさだ。花は美しく咲き誇り、鳥は長い冬が終わった喜びを高らかな声で歌う。
そんな穏やな空気が漂う部屋の中、リオンは目の前のテーブルに並べられたものたちを見て、目を瞬かせた。
赤やオレンジ色の艶やかに光る果物や、異国の見慣れない焼き菓子。繊細な飴細工にいたっては本当に食べられるのかそれとも飾っておいて楽しむものなのかさえ判別がつかない。
何と言っていいかわからずに固まっているリオンを見て、隣の椅子に腰かけたオースティンがにこにことしている。
「さあリオン、全部君のために用意したんだよ。遠慮せずに召し上がれ」
「ありがとう、ございます。あの、それじゃ……いただきます……」
多忙なはずの国王オースティンは、毎日朝と晩にリオンの部屋にやってくる。ときには今日みたいにたくさんの食べ物を従者に運び込ませながら、ときには色とりどりの花を自らが掲げながら。
ありがたい。
多忙な政務の傍らで気にかけて貰えるなんて身に余る光栄だ。
(……だけどちょっと、量が多くはないかな……?)
テーブルの上のものの何をどこからどう食べたらいいかわからずに固まっていると、オースティンが不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの? まだ遠慮してる?」
「いえ、その……ちょっと食べきれるかなって、心配で」
リオンがおずおずと言うと、オースティンは「ああ」と納得したようにうなずいた。
「ちょっと量が多すぎたかな? ごめんね、あれもこれもリオンに食べさせたいって思ったら、この量になっちゃった。リオンは少食だもんね。小鳥がついばむくらいしか食べないし」
「そんなことはないと思いますけど」
小鳥なんて表現をされて、思わず笑ってしまった。
小食なのはずっと食うや食わずだったころの生活の名残だ。だけどこの王宮に来てからは安定して食事をとれるようになり、胃も大きくなってきた。
「ここに来てからだいぶ太りましたよ」
笑って言うと、オースティンが「いやいやいや」と返してくる。
「ほんとですよ。お腹のあたりにも肉が付きましたし」
「ええ? だってまだまだ腰が細いじゃない? ――ほら」
伸びてきたオースティンの手のひらに腰の周りをするっと撫でられ、リオンは「ひっ」と飛び上がった。それと同時に後ろから慌てた大声が降ってくる。
「オースティン!」
叫んだのは背後にいたクレイドだ。
クレイドはこちらまで駆け寄ってきたかと思うと、リオンの腰元に回ったオースティンの手を叩き落した。
「オースティン、あなたという人は……! 許可なしにリオンの身体に触れるなとあれほど言っているのに」
「あはは、クレイドったらそんなに怒らなくても」
オースティンはクレイドの怒りをものともせずに笑い飛ばすと、リオンに「ごめんね」と笑顔を向けてくる。
「あ、いいえ。大丈夫です……」
オースティンのスキンシップの多さは初めからで、それまで他人と親しい付き合いをしてこなかったリオンはかなり驚いたが、一週間もすればだいぶ慣れてしまった。いちいち律儀に怒ってくれるクレイドには申し訳なくなってしまうけれど。
「リオンは本当に優しいね。それに可愛いし」
と、またオースティンの手が肩にするっと回ってきた。すかさずクレイドが叩き落す。
「また触ろうとする……。何度言っても懲りない人ですね」
「リオンは怒ってないよ」
「国王のあなたに対して怒れるわけがないでしょう!」
オースティンに食って掛かるクレイドの頭の上では、毛に覆われた耳がひくひくと忙しなく動き、背中側では長いしっぽがぴんと張っている。
初めて会った時からクレイドは落ち着いた人だという印象があった。だから感情を露わにして怒る姿を見たときはびっくりしたけど、それでも新しい面を見ることが出来たと思うとリオンは嬉しかった。
(でも、ちょっと怒りすぎなような気はするけど……)
一番手前にあった焼き菓子に手を伸ばしながら、リオンは苦笑いをした。
あれからオースティンの提案でリオンの護衛兼お世話係になったクレイドだが、騎士団の隊長である彼には現場に復帰できなくとも多種多様な仕事がある。だから、クレイドには時間があるときにリオンの部屋に来てもらい、他の時間は衛兵に護衛を任せるという形に落ち着いた。
リオンとしては(スラムや国境の山道ではなく安全な王宮の中なのだから、護衛はいらないのでは……)と思うのだが、オースティンもクレイドも頑なに「それは駄目だ」と許してくれない。リオンもこの国のことはまだ何もわからないので、それ以上は言うことは出来なかった。
だけど、そのおかげでクレイドはリオンの側にいてくれるわけでもあるし、クレイドの来室時間はだいたいオースティンが来る時間とも被っているので、自然と三人で過ごす時間も増える。リオンにとって、それはそれでとても楽しいことだった。
ふふふと笑っているうちに、二人の言い合いは最終局面に入ってきてたようだ。「まあまあクレイド、そんなに怒ると健康に良くないよ」というオースティンの惚けたセリフに「誰のせいで怒っていると思ってるんですか」とクレイドが文句をつけ、さらに「まったくしょうがない人ですね」と言ってクレイドが大きなため息は吐きだせば、だいだい二人の小競り合いは終了する。
言い合い(という名のじゃれあい)を終えたクレイドが、焼き菓子を摘まんでいたリオンに気が付いて、お茶の用意を始めた。オースティンもそそくさとリオンの隣の席に戻ってきて座る。
「リオン様、お茶をどうぞ」
「ありがとう」
リオンの前にお茶のティーカップを差し出してきたクレイドが、次にオースティンの前にもカップを置いた。
「オースティンもどうぞ」
「ああ、悪いね」
さっきまで言い合いをしていたのに、もう二人は普通の顔でやり取りをしている。
(クレイドとオースティンって、本当に仲がいいよなあ……)
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