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7.国王と騎士
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「そういえば、オースティンとクレイドは、いつからの付き合いなんですか?」
問いかけると、オースティンが「え?」とリオンの方を見た。
「僕たちの付き合い? そうだね、確か七歳のときだったかな。クレイドが王宮にやってきたのは」
「確かそうですね」
クレイドも頷く。
なんでもこの国は、王族の子ども、特に後継者である王子が孤立しないように、同年代の少年を選び、遊びや勉学、礼儀作法、武術などを共に学ばせる慣習があるらしい。
オースティンの話に、クレイドが説明を加える。
「本来だったら貴族のご子息や官僚の息子など高貴な身分の中から選ばれるのですが、あまりのオースティン王子の傍若無人ぶりが酷く、彼らが一人残さず逃げ出してしまったんですよ。当時私は修道所で暮らしていたのですが、獣人で一番身体も大きく力も強かったという理由で、王子の相手に選ばれたというわけです」
「傍若無人? オースティンが?」
信じられない……と顔をまじまじと見れば、オースティンが照れたように笑う。
「昔の話だよ。自分や兄たちの立場を受け入れられなくて、すべてのことに反抗していた時期があったんだ。クレイドは初めて会った時から今みたいに仏頂面でね。殴っても蹴っても罵倒しても全然反応がなかった。そのうえ剣も頭のほうも優秀だったから僕はすっかり悔しくなっちゃって、クレイドに張り合うようになった。それから仲良くなるのはあっという間だったよね」
「そんなこともありましたね」
クレイドが穏やかな笑みを浮かべながら頷く。
「それから二十年近くか。僕たちも立派になったもんだ。良かったよ、無事にクレイドが僕の右腕に育ってくれて」
「あなたのわがままぶりに付いていけるのは俺だけだったという話ですがね」
「あはは、それは違いないね」
軽口をたたきながら笑い合うオースティンとクレイドを見て、リオンは微笑んだ。二人は幼いころから国のために切磋琢磨してきたのだろう。お互いにお互いを信頼しているのが伝わってくる。
そのとき部屋の扉がせわし気にノックされ開いた。
「陛下、こちらにいらしたのですか。そろそろ大事な衆議の時間になりますので」
入って来たのはエルだ。
旅の間はリオンの側に付き添い世話をしてくれていたエルだったが、王宮に戻ってからは、これまで通りオースティンの侍従に戻っていた。
「ああ、もうそんな時間か。すまないな」
オースティンが椅子からのんびりと立ち上がった。
「急いでください。もう宰相たちも座についています」
「わかったよ。それじゃリオン、また夜に」
オースティンは最後にリオンに微笑みかけると、エルにせかされながら退出していった。エルも行きかけたが、ふっと冷たい視線をリオンに向けてきた。だが何も言わず、ふいっと視線を外すと忙しない様子で部屋を出て行く。
(やっぱり…嫌われてるな……)
悲しくなって少し落ち込みかけたとき、クレイドがやれやれとため息をついた。
「はあ、うるさいのがやっと行きましたね」
「……クレイドったら」
せいせいしたと言わんばかりの口調に、リオンは思わず笑ってしまった。
「さて、私はそろそろ団員の様子を見に訓練所に行きますが……。リオン様は今日、どうされるご予定ですか?」
「え?」
聞かれて内心でぎくりとした。
「……あー、うん、……えっと」
言い淀んでいるとクレイドの眉が寄った。
「……もしかしてリオン様、またこっそり厨房に行かれるおつもりですか?」
「えっ」
ずばりと当てられ、今度こそリオンはぎくっと肩を揺らした。
リオンはこの国に来てから、それはそれは大切にされている。上げ膳据え膳で贅沢な食事をいただき、午前と午後にはティータイムもある。
ふんだんに湯を使って身体の汚れを流し、夜はふかふかなベッドで眠り、身の回りの世話はすべて女官任せ。夢のような生活だと人は言うだろう。だけどリオンにとっては居心地が悪いだけだった。
だって本当に何もしていないのだ。オースティンやクレイドは自分にの仕事を懸命にこなしているのに、自分はぐうたらしているだけのタダ飯喰らい。そんなこと許せるわけがない。
ということで数日前に、こっそり「何か仕事をさせてください」と厨房まで行ってみた。だが中にいた使用人に、「ブルーメ様にそんなことをさせるわけにはいきません!」と大慌てで締めだされてしまったのだ。
その出来事は護衛の兵からオースティンとクレイドにすぐ伝えられた。その結果オースティンには大笑いされ、クレイドには「もうそんなことをしないでください」と叱られてしまった。
「やはりまた厨房に行こうとしてたんですね。あなたはそんなことをしなくてもいいと言ったはずですが」
「でも僕にはそんなことくらいしか出来ないし」
「何もしなくてもいいんです。あなたはブルーメ様なのですから」
「そう言われても……」
リオンは唇を噛んで黙り込んだ。
「何か不安があるのですか?」
クレイドが口調を穏やかにして聞いてくれる。リオンはおずおずと頷いた。
「僕、こんなに良くしてもらって申し訳ないんだど……。本当にこれでいいのかわからないんだ」
――こんなに良くしてもらっていいのかな。
――本当にここにいていいのかな。
それはこの国に到着したときから、何度も頭によぎっていた考えだった。
豪華な部屋と食事を与えられ、ブルーメ様と大事にされ、まるで価値のある人間のように扱われて。そうするとだんだん自分というものが、まったく違う豪華な器に移し替えられたような感覚になってきた。
何も知らない、何もできない、価値がないオメガの自分。
クレイドやオースティンから大事にされている、ブルーメという器。
器は虚像だ。本当の自分じゃない。でも、本当の自分ってなんだろう?
「今までは自分のことを卑しいオメガだとしか思わなかった。だけどあの村を出て、いろいろあったけどようやくこの国に来て、もしかしたらそうじゃないんじゃないかって……きっと僕はそうじゃないって思いたいんだ」
今までは生きていくことだけで頭がいっぱいだったので、自分の存在意義など考えたことはなかった。だけど今は違う。
「僕は何も物事を知らない。みんなが普通にこなしている簡単な仕事一つだって出来ない。本当に何も出来ない何もない人間なんだってよくわかったんだ。それが情けなくて、だからなんとかしなくちゃって思って」
「リオン様……」
クレイドはしばらく黙り込んでいたが、やがて何かを思いついたように口を開いた。
「そういえば私は明日は休みなのですが」
その言葉に、リオンは「え?」と顔を上げた。
「一緒に行きたい場所があるんです。付き合ってくれますか?」
問いかけると、オースティンが「え?」とリオンの方を見た。
「僕たちの付き合い? そうだね、確か七歳のときだったかな。クレイドが王宮にやってきたのは」
「確かそうですね」
クレイドも頷く。
なんでもこの国は、王族の子ども、特に後継者である王子が孤立しないように、同年代の少年を選び、遊びや勉学、礼儀作法、武術などを共に学ばせる慣習があるらしい。
オースティンの話に、クレイドが説明を加える。
「本来だったら貴族のご子息や官僚の息子など高貴な身分の中から選ばれるのですが、あまりのオースティン王子の傍若無人ぶりが酷く、彼らが一人残さず逃げ出してしまったんですよ。当時私は修道所で暮らしていたのですが、獣人で一番身体も大きく力も強かったという理由で、王子の相手に選ばれたというわけです」
「傍若無人? オースティンが?」
信じられない……と顔をまじまじと見れば、オースティンが照れたように笑う。
「昔の話だよ。自分や兄たちの立場を受け入れられなくて、すべてのことに反抗していた時期があったんだ。クレイドは初めて会った時から今みたいに仏頂面でね。殴っても蹴っても罵倒しても全然反応がなかった。そのうえ剣も頭のほうも優秀だったから僕はすっかり悔しくなっちゃって、クレイドに張り合うようになった。それから仲良くなるのはあっという間だったよね」
「そんなこともありましたね」
クレイドが穏やかな笑みを浮かべながら頷く。
「それから二十年近くか。僕たちも立派になったもんだ。良かったよ、無事にクレイドが僕の右腕に育ってくれて」
「あなたのわがままぶりに付いていけるのは俺だけだったという話ですがね」
「あはは、それは違いないね」
軽口をたたきながら笑い合うオースティンとクレイドを見て、リオンは微笑んだ。二人は幼いころから国のために切磋琢磨してきたのだろう。お互いにお互いを信頼しているのが伝わってくる。
そのとき部屋の扉がせわし気にノックされ開いた。
「陛下、こちらにいらしたのですか。そろそろ大事な衆議の時間になりますので」
入って来たのはエルだ。
旅の間はリオンの側に付き添い世話をしてくれていたエルだったが、王宮に戻ってからは、これまで通りオースティンの侍従に戻っていた。
「ああ、もうそんな時間か。すまないな」
オースティンが椅子からのんびりと立ち上がった。
「急いでください。もう宰相たちも座についています」
「わかったよ。それじゃリオン、また夜に」
オースティンは最後にリオンに微笑みかけると、エルにせかされながら退出していった。エルも行きかけたが、ふっと冷たい視線をリオンに向けてきた。だが何も言わず、ふいっと視線を外すと忙しない様子で部屋を出て行く。
(やっぱり…嫌われてるな……)
悲しくなって少し落ち込みかけたとき、クレイドがやれやれとため息をついた。
「はあ、うるさいのがやっと行きましたね」
「……クレイドったら」
せいせいしたと言わんばかりの口調に、リオンは思わず笑ってしまった。
「さて、私はそろそろ団員の様子を見に訓練所に行きますが……。リオン様は今日、どうされるご予定ですか?」
「え?」
聞かれて内心でぎくりとした。
「……あー、うん、……えっと」
言い淀んでいるとクレイドの眉が寄った。
「……もしかしてリオン様、またこっそり厨房に行かれるおつもりですか?」
「えっ」
ずばりと当てられ、今度こそリオンはぎくっと肩を揺らした。
リオンはこの国に来てから、それはそれは大切にされている。上げ膳据え膳で贅沢な食事をいただき、午前と午後にはティータイムもある。
ふんだんに湯を使って身体の汚れを流し、夜はふかふかなベッドで眠り、身の回りの世話はすべて女官任せ。夢のような生活だと人は言うだろう。だけどリオンにとっては居心地が悪いだけだった。
だって本当に何もしていないのだ。オースティンやクレイドは自分にの仕事を懸命にこなしているのに、自分はぐうたらしているだけのタダ飯喰らい。そんなこと許せるわけがない。
ということで数日前に、こっそり「何か仕事をさせてください」と厨房まで行ってみた。だが中にいた使用人に、「ブルーメ様にそんなことをさせるわけにはいきません!」と大慌てで締めだされてしまったのだ。
その出来事は護衛の兵からオースティンとクレイドにすぐ伝えられた。その結果オースティンには大笑いされ、クレイドには「もうそんなことをしないでください」と叱られてしまった。
「やはりまた厨房に行こうとしてたんですね。あなたはそんなことをしなくてもいいと言ったはずですが」
「でも僕にはそんなことくらいしか出来ないし」
「何もしなくてもいいんです。あなたはブルーメ様なのですから」
「そう言われても……」
リオンは唇を噛んで黙り込んだ。
「何か不安があるのですか?」
クレイドが口調を穏やかにして聞いてくれる。リオンはおずおずと頷いた。
「僕、こんなに良くしてもらって申し訳ないんだど……。本当にこれでいいのかわからないんだ」
――こんなに良くしてもらっていいのかな。
――本当にここにいていいのかな。
それはこの国に到着したときから、何度も頭によぎっていた考えだった。
豪華な部屋と食事を与えられ、ブルーメ様と大事にされ、まるで価値のある人間のように扱われて。そうするとだんだん自分というものが、まったく違う豪華な器に移し替えられたような感覚になってきた。
何も知らない、何もできない、価値がないオメガの自分。
クレイドやオースティンから大事にされている、ブルーメという器。
器は虚像だ。本当の自分じゃない。でも、本当の自分ってなんだろう?
「今までは自分のことを卑しいオメガだとしか思わなかった。だけどあの村を出て、いろいろあったけどようやくこの国に来て、もしかしたらそうじゃないんじゃないかって……きっと僕はそうじゃないって思いたいんだ」
今までは生きていくことだけで頭がいっぱいだったので、自分の存在意義など考えたことはなかった。だけど今は違う。
「僕は何も物事を知らない。みんなが普通にこなしている簡単な仕事一つだって出来ない。本当に何も出来ない何もない人間なんだってよくわかったんだ。それが情けなくて、だからなんとかしなくちゃって思って」
「リオン様……」
クレイドはしばらく黙り込んでいたが、やがて何かを思いついたように口を開いた。
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「一緒に行きたい場所があるんです。付き合ってくれますか?」
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