【完結】王のための花は獣人騎士に初恋を捧ぐ

トオノ ホカゲ

文字の大きさ
30 / 61
12.変化

しおりを挟む
――ピーヒョロロロロ……ピーヒョロロロロ……。
 鳥の声が聞こえる。

「――ん……」

 眠りの底に沈んでいた意識がゆっくり浮き上がってくる。まるでふわふわの雲の中にいるような気持ち良さに、リオンは目を閉じたままでふふふと微笑んだ。

(なんかいい匂いがするなあ……それにあったかい……)

 うっとりとしながら、近くにある温もりに頬を押し付けた。その温かなものはビクンと小さく震え、そしてほんの少し離れていきそうになる。
 嫌だ、行かないでと急いで身体ごとすり寄った。でも頬が今度はざらざらの布地に当たってしまい、リオンは「ん~」と唸った。

 これじゃない、もっと温かくてふわふわでふかふかで気持ち良いものがあったはずだ。おでこをぐりぐりっと擦り付けながら探ると、ようやく求めていた感触に辿り着いた。
 これだ、これが欲しかった、とリオンは満足げな息をつき、頬を温かなふかふかなものに押し付けた。

 ごくっと唾を飲み下すような大きな音が耳の間近で聞こえたのはそのときだ。

「ん……?」

 目をゆっくり開けると、焦点が合わないくらい近くに肌色の何かが見えた。

「んんん?」

 何だこれは――? と目を瞬く。それは褐色の人の肌だった。気が付いた瞬間、リオンは唐突に覚醒した。

「うわあっ!」

 慌ててがばっと起き上がった。目の前には頬を赤くし固まったクレイドの顔。そして自分はなんと、仰向けで寝台に横たわるクレイドの腰の上あたりに跨っているではないか。

(な、な、な、なんてことを――!!)
「あわ……あわわ……!」

 焦りのあまり変な言葉を呟きながら、リオンは慌ててクレイドの身体の上から下りた。

 あれから――昨日の夜、『椅子で寝ます』と遠慮するクレイドを『それじゃ疲れが取れないからダメだよ』と言って強引に寝台に引き込みいっしょに寝たのだった。すっかりそれを忘れ、寝ぼけて抱き着いてしまっていたらしい。

 ちらりと様子を伺うと、クレイドは放心したように固まっていた。リオンがシャツの胸元を強引に引っ張ってしまったのか、シャツのボタンがいくつも外れ、発達して盛り上がった胸の筋肉が見えている。

 さっき自分が頬を擦りつけていた温かいものはクレイドの胸だったのだ。リオンは悶絶しながら寝台に正座をして、がばっと頭を下げた。

「ごめんなさい! 僕、寝ぼけてクレイドに無体を働いてしまいました!」
「無体……?」
 クレイドはそう呟いたきり絶句してしまった。

 どうやら無体という言葉が良くなかったらしいと気が付いたがすでに遅い。どうしよう……どうしよう……と焦っていると、クレイドが大きく息をついて起き上がった。背筋を伸ばしリオンと向き合う。

「……謝るのはこちらの方です。起こして差し上げればよかったのですが、なんというか、リオン様があまりにも――」
「……あ、あまりにも?」

 リオンは緊張しながら言葉の先を待ったが、クレイドは言いかけた言葉を飲み込むようにぐっと唇を結んでしまう。

「いえ。何でもありません」
「えっ」

 結局クレイドはわざとらしく咳ばらいで言葉の先を誤魔化した。
 一体何だったのだろうと気になるが、クレイドは気まずそうにしているので、これ以上追求しない方がいいだろう。リオンはそう思い「わかった」と頷いた。

 とりあえずこの件はお互いに忘れることにしようと目顔で意志を疎通しあうと、いくらか心が軽くなった。気を取り直して「おはよう」「おはようございます」と挨拶を交わし、寝台から降りる。

 昨日の夜、リオンはクレイドの心の裡に初めて触れることが出来た気がした。涙や弱さを見てクレイドのことをさらに好きになったし、クレイドもリオンに対して心を開いてくれたと感じた。

(本当に良かった……クレイドのことも前よりも深く知ることが出来たし、僕の気持ちも素直に伝えることが出来たし)

 しかし自分がクレイドに言った言葉の数々を思い出していくうちに、リオンは(あれ……?)と次第に青ざめていった。今になって初めて、自分が告白まがいの言葉を言ったことに気が付いたのだ。

 『僕があなたを大事にする』とか『僕があなたを愛する』とか、勢いに任せてすごいことを言ったような気がする。というか確実に言った。言ってしまった……!

(え……え……ってことは、クレイドに僕の気持ちがばれてる……?)

 恐ろしい結論に辿り着いて青ざめたとき、窓のそばに立っているクレイドが急に振り返って言った。

「リオン様、見てください。快晴ですよ」
「えっ?」
 どきっとしながらも窓の外を見る。確かに清々しい青空だ。
「あ、う……うん、ほんとだね。すごくいい天気だ」

   なんとなく目を合わせることが出来ず、リオンは微妙に視線を逸らしながら返事をする。

「昨日の大雨でどうなることかと思いましたが、今日の天気は大丈夫なようですね。朝食を取ったらすぐに出発しましょう」
「うん……」

 リオンはクレイドの顔をおずおずと見あげた。クレイドはいつもの穏やかな笑顔でリオンのことをまっすぐに見ている。

(あれ、普通だ……! 良かった、僕の気持ちはばれてないみたい)
 ほっと安心してリオンは肩の力を抜いた。

 隣の食堂で朝食を食べて(もちろん昨日クレイドが買ってきてくれたチーズのサンドイッチもありがたく頂いた)身支度を整え、宿を出た。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

ヒールオメガは敵騎士の腕の中~平民上がりの癒し手は、王の器に密かに溺愛される

七角@書籍化進行中!
BL
君とどうにかなるつもりはない。わたしはソコロフ家の、君はアナトリエ家の近衛騎士なのだから。 ここは二大貴族が百年にわたり王位争いを繰り広げる国。 平民のオメガにして近衛騎士に登用されたスフェンは、敬愛するアルファの公子レクスに忠誠を誓っている。 しかしレクスから賜った密令により、敵方の騎士でアルファのエリセイと行動を共にする破目になってしまう。 エリセイは腹が立つほど呑気でのらくら。だが密令を果たすため仕方なく一緒に過ごすうち、彼への印象が変わっていく。 さらに、蔑まれるオメガが実は、この百年の戦いに終止符を打てる存在だと判明するも――やはり、剣を向け合う運命だった。 特別な「ヒールオメガ」が鍵を握る、ロミジュリオメガバース。

こじらせΩのふつうの婚活

深山恐竜
BL
宮間裕貴はΩとして生まれたが、Ωとしての生き方を受け入れられずにいた。 彼はヒートがないのをいいことに、ふつうのβと同じように大学へ行き、就職もした。 しかし、ある日ヒートがやってきてしまい、ふつうの生活がままならなくなってしまう。 裕貴は平穏な生活を取り戻すために婚活を始めるのだが、こじらせてる彼はなかなかうまくいかなくて…。

無能扱いの聖職者は聖女代理に選ばれました

芳一
BL
無能扱いを受けていた聖職者が、聖女代理として瘴気に塗れた地に赴き諦めたものを色々と取り戻していく話。(あらすじ修正あり)***4話に描写のミスがあったので修正させて頂きました(10月11日)

獣人王と番の寵妃

沖田弥子
BL
オメガの天は舞手として、獣人王の後宮に参内する。だがそれは妃になるためではなく、幼い頃に翡翠の欠片を授けてくれた獣人を捜すためだった。宴で粗相をした天を、エドと名乗るアルファの獣人が庇ってくれた。彼に不埒な真似をされて戸惑うが、後日川辺でふたりは再会を果たす。以来、王以外の獣人と会うことは罪と知りながらも逢瀬を重ねる。エドに灯籠流しの夜に会おうと告げられ、それを最後にしようと決めるが、逢引きが告発されてしまう。天は懲罰として刑務庭送りになり――

僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた

いちみやりょう
BL
▲ オメガバース の設定をお借りしている & おそらく勝手に付け足したかもしれない設定もあるかも 設定書くの難しすぎたのでオメガバース知ってる方は1話目は流し読み推奨です▲ 捨てられたΩの末路は悲惨だ。 Ωはαに捨てられないように必死に生きなきゃいけない。 僕が結婚する相手には好きな人がいる。僕のことが気に食わない彼を、それでも僕は愛してる。 いつか捨てられるその日が来るまでは、そばに居てもいいですか。

「君と番になるつもりはない」と言われたのに記憶喪失の夫から愛情フェロモンが溢れてきます

grotta
BL
【フェロモン過多の記憶喪失アルファ×自己肯定感低め深窓の令息オメガ】 オスカー・ブラントは皇太子との縁談が立ち消えになり別の相手――帝国陸軍近衛騎兵隊長ヘルムート・クラッセン侯爵へ嫁ぐことになる。 以前一度助けてもらった彼にオスカーは好感を持っており、新婚生活に期待を抱く。 しかし結婚早々夫から「つがいにはならない」と宣言されてしまった。 予想外の冷遇に落ち込むオスカーだったが、ある日夫が頭に怪我をして記憶喪失に。 すると今まで抑えられていたαのフェロモンが溢れ、夫に触れると「愛しい」という感情まで漏れ聞こえるように…。 彼の突然の変化に戸惑うが、徐々にヘルムートに惹かれて心を開いていくオスカー。しかし彼の記憶が戻ってまた冷たくされるのが怖くなる。   ある日寝ぼけた夫の口から知らぬ女性の名前が出る。彼には心に秘めた相手がいるのだと悟り、記憶喪失の彼から与えられていたのが偽りの愛だと悟る。 夫とすれ違う中、皇太子がオスカーに強引に復縁を迫ってきて…? 夫ヘルムートが隠している秘密とはなんなのか。傷ついたオスカーは皇太子と夫どちらを選ぶのか? ※以前ショートで書いた話を改変しオメガバースにして公募に出したものになります。(結末や設定は全然違います) ※3万8千字程度の短編です

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

冷徹勇猛な竜将アルファは純粋無垢な王子オメガに甘えたいのだ! ~だけど殿下は僕に、癒ししか求めてくれないのかな……~

大波小波
BL
 フェリックス・エディン・ラヴィゲールは、ネイトステフ王国の第三王子だ。  端正だが、どこか猛禽類の鋭さを思わせる面立ち。  鋭い長剣を振るう、引き締まった体。  第二性がアルファだからというだけではない、自らを鍛え抜いた武人だった。  彼は『竜将』と呼ばれる称号と共に、内戦に苦しむ隣国へと派遣されていた。  軍閥のクーデターにより内戦の起きた、テミスアーリン王国。  そこでは、国王の第二夫人が亡命の準備を急いでいた。  王は戦闘で命を落とし、彼の正妻である王妃は早々と我が子を連れて逃げている。  仮王として指揮をとる第二夫人の長男は、近隣諸国へ支援を求めて欲しいと、彼女に亡命を勧めた。  仮王の弟である、アルネ・エドゥアルド・クラルは、兄の力になれない歯がゆさを感じていた。  瑞々しい、均整の取れた体。  絹のような栗色の髪に、白い肌。  美しい面立ちだが、茶目っ気も覗くつぶらな瞳。  第二性はオメガだが、彼は利発で優しい少年だった。  そんなアルネは兄から聞いた、隣国の支援部隊を指揮する『竜将』の名を呟く。 「フェリックス・エディン・ラヴィゲール殿下……」  不思議と、勇気が湧いてくる。 「長い、お名前。まるで、呪文みたい」  その名が、恋の呪文となる日が近いことを、アルネはまだ知らなかった。

処理中です...