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1章後半 デビルサイド編
53.Marisol
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四月も終わりにさしかかった週末の朝。昨日とは違う街へ私は散歩に繰り出していた。
世界は静かで、少し陽気もあって、それでいて残酷なほど平和だ。死んだ町の英雄達は丁寧に噴水前広場に並べられ、監視がついて保護されている。
予想した結果に辿り着いたことに安堵するべきなのかさえ、今の私にはわからない。
彼らの死体を一瞥して目的の場所へ向かう。
宿を出る時、彼に貰った軍服は置いて、黒いワンピースに着替えた。
ワンピースと言っても体のラインが出るタイプのものではなく、ゆったりとしたものだ。
―――体を魔族に弄ばれてから、私の体は胸と尻に大きく変化していた。
錘を前に二つ、後ろに一つつけているような感覚で、どう歩いても人目を引いた。歩いているだけで自然と蒸れる場所がふえ、夏を控えた今ですら異常な発汗量が私の胸を苦しめた。
けれど暑くはない。胸の奥がずっと冷たいままだからかも知れない。
♢
町を南から北に上がって行くと分かれ道がある。片方は町の出口に通じる北門。そしてもう一つは兵舎に続く道だ。
昨日までは土で舗装されていた道が、今日は黒く結晶化した血で染まっている。
悪夢の続きを見るならこの道を辿ればいい。
そして、忘れたいなら北門に続く道を進めばいい。
私は分岐点に立っていた。
運命を受け入れるかどうかはいつも自分で決めてきた。
次も私は、私の決めた道を進む。
血塊を踏み越えて私は兵舎の地下室に向かった。何人か罪人がいたはずの地下牢は今やたった一人の男が独占している状態だった。
「…………誰だ」
「…私です」
「マリソルか。どうしたんだ、その体は」
五歳は老けたような声で父が聞いてくる。
特に拷問を受けたような形跡がないのが何よりの救いだ。
「魔族を相手にちょっとね…。でも安心して、お父さんから貰った退魔のブローチが私を守ってくれたの」
父のブローチが私の命を救っていた。おにぎり小僧があの日私を吐き出したのは、彼の体内で私が持っていた退魔のブローチが力を発揮したから。
…彼は違う誤解をしたようだけど。
「そうか……」
「たぶん話せるのも今日が最後になるから。何か…ない? 」
少し前までなんでもない日常だったのが、あの男がやってきた瞬間に全て変わってしまった。町は魔族の手に落ち、父は処刑を待つことしか出来ない。
戦う前から負けていた。そんな言葉を飲み込むと、かえって涙が込み上げてきた。
「…そうだな。どこまで想定通りに進んだんだ? お前さんの言うように動いたつもりだったが」
お父さんはこの町を守るために、私に力を貸してくれた。ううん、父だけじゃない。兵隊さんやパオンさん、それに町で活動する冒険者の皆さんだって…。
「ぜんぶ……私は後手だったの。気づいた時にはもう町に魔族がいて……」
「……大丈夫だ。ゆっくり吐き出していけ」
「…分からなかったの。気づいた時には武器庫の武器も全て破壊されていて、魔族の襲撃に備えた城壁も、私達を囲む檻にしかならなかった…。―――ごめんなさい」
戦えるつもりでいた。けれども、いざ対面するとその力の強大さに私は成す術がなかった。私の己惚れがこの町を魔族の手に落としたんだ。そう思えば思うほど、悔しくて悔しくて仕方がない。
「あぁ、よくやった。流石俺の自慢の娘だ。抱きしめてやれないのが残念だ」
「ごめんね。助けてあげられなくて」
「いいさ。貴族の首なんてものは、町を守るためにあるんだからな」
そう言って父は振り絞るように私に作り笑顔をしてみせた。
「…私ね、これから魔族を止めるために、旅に出るつもりなの」
「そうか…あまり危険なことはしてほしくないんだが、危ないことをするなと言っても、お前さんは止まらないんだろうな」
困った子を見るように、父は苦笑する。しかし私は自分の生き方を捻じ曲げられるほど、器用じゃない。
「これ以上魔族が原因で人間が苦しめられるのを見たくないの。私は力なき人々のために戦う。そう決めたから」
「…そうか。ならせめて仲間を探せ。一人で全て背負いこむな。きっとお前と同じ志を持つ仲間が世界には沢山いるはずだ。お前さんの作ってた…なんちゃらゲートをもっと大きくするんだ。分かったな」
「黄昏の門(トワイライト・ゲート)ね。彼女達だって頑張ったんだから。おかげで彼からこの町の人間を守ることができたワケだし」
「そうか。なら安心だな」
僅かな光源が暗い地下牢を照らす中で、闇から父の顔を見つめる。そうして生きている父を見ていると、諦めていた自分の心が悲鳴を上げているような気がした。
「…やっぱりもう少し頑張って見ようかな。…お父さん助けられないか、彼と交渉してみる。彼ならもしかしたら……」
「マリソル・デビルサイド。よく聞け」
「なにお父さん? 」
「お前さんが相手にしているのは魔族だ。我々とは違う」
「そんなの分かってるって。子供じゃないんだし」
「……あぁ。お前さんはもう子供じゃない。だからもう一度考えて欲しい。魔族の強さと恐ろしさを知ったお前なら、あれらが我々とは違う生き物だと分かるはずだ」
「……うん。彼らは確かに私達に無い爪がある。でもそれは対話を止める理由にはならないでしょ? 怖いから、危険だからって理由で近寄らないのは簡単だけど、そこにしかないものだってきっとあると思うから」
「―――覚悟の上だというならば、もう何も言う必要はないな。…ただ私はお前の幸せを願っていることだけは忘れないでいて欲しい」
「知ってる。……知ってるよ」
鉄格子の向こうがこんなにも遠いだなんて、私は今日初めて知ったんだ。私はまだ何も知らない。まだ教えて貰いたいことが沢山あるんだ。
諦めてたまるもんか……‼
世界は静かで、少し陽気もあって、それでいて残酷なほど平和だ。死んだ町の英雄達は丁寧に噴水前広場に並べられ、監視がついて保護されている。
予想した結果に辿り着いたことに安堵するべきなのかさえ、今の私にはわからない。
彼らの死体を一瞥して目的の場所へ向かう。
宿を出る時、彼に貰った軍服は置いて、黒いワンピースに着替えた。
ワンピースと言っても体のラインが出るタイプのものではなく、ゆったりとしたものだ。
―――体を魔族に弄ばれてから、私の体は胸と尻に大きく変化していた。
錘を前に二つ、後ろに一つつけているような感覚で、どう歩いても人目を引いた。歩いているだけで自然と蒸れる場所がふえ、夏を控えた今ですら異常な発汗量が私の胸を苦しめた。
けれど暑くはない。胸の奥がずっと冷たいままだからかも知れない。
♢
町を南から北に上がって行くと分かれ道がある。片方は町の出口に通じる北門。そしてもう一つは兵舎に続く道だ。
昨日までは土で舗装されていた道が、今日は黒く結晶化した血で染まっている。
悪夢の続きを見るならこの道を辿ればいい。
そして、忘れたいなら北門に続く道を進めばいい。
私は分岐点に立っていた。
運命を受け入れるかどうかはいつも自分で決めてきた。
次も私は、私の決めた道を進む。
血塊を踏み越えて私は兵舎の地下室に向かった。何人か罪人がいたはずの地下牢は今やたった一人の男が独占している状態だった。
「…………誰だ」
「…私です」
「マリソルか。どうしたんだ、その体は」
五歳は老けたような声で父が聞いてくる。
特に拷問を受けたような形跡がないのが何よりの救いだ。
「魔族を相手にちょっとね…。でも安心して、お父さんから貰った退魔のブローチが私を守ってくれたの」
父のブローチが私の命を救っていた。おにぎり小僧があの日私を吐き出したのは、彼の体内で私が持っていた退魔のブローチが力を発揮したから。
…彼は違う誤解をしたようだけど。
「そうか……」
「たぶん話せるのも今日が最後になるから。何か…ない? 」
少し前までなんでもない日常だったのが、あの男がやってきた瞬間に全て変わってしまった。町は魔族の手に落ち、父は処刑を待つことしか出来ない。
戦う前から負けていた。そんな言葉を飲み込むと、かえって涙が込み上げてきた。
「…そうだな。どこまで想定通りに進んだんだ? お前さんの言うように動いたつもりだったが」
お父さんはこの町を守るために、私に力を貸してくれた。ううん、父だけじゃない。兵隊さんやパオンさん、それに町で活動する冒険者の皆さんだって…。
「ぜんぶ……私は後手だったの。気づいた時にはもう町に魔族がいて……」
「……大丈夫だ。ゆっくり吐き出していけ」
「…分からなかったの。気づいた時には武器庫の武器も全て破壊されていて、魔族の襲撃に備えた城壁も、私達を囲む檻にしかならなかった…。―――ごめんなさい」
戦えるつもりでいた。けれども、いざ対面するとその力の強大さに私は成す術がなかった。私の己惚れがこの町を魔族の手に落としたんだ。そう思えば思うほど、悔しくて悔しくて仕方がない。
「あぁ、よくやった。流石俺の自慢の娘だ。抱きしめてやれないのが残念だ」
「ごめんね。助けてあげられなくて」
「いいさ。貴族の首なんてものは、町を守るためにあるんだからな」
そう言って父は振り絞るように私に作り笑顔をしてみせた。
「…私ね、これから魔族を止めるために、旅に出るつもりなの」
「そうか…あまり危険なことはしてほしくないんだが、危ないことをするなと言っても、お前さんは止まらないんだろうな」
困った子を見るように、父は苦笑する。しかし私は自分の生き方を捻じ曲げられるほど、器用じゃない。
「これ以上魔族が原因で人間が苦しめられるのを見たくないの。私は力なき人々のために戦う。そう決めたから」
「…そうか。ならせめて仲間を探せ。一人で全て背負いこむな。きっとお前と同じ志を持つ仲間が世界には沢山いるはずだ。お前さんの作ってた…なんちゃらゲートをもっと大きくするんだ。分かったな」
「黄昏の門(トワイライト・ゲート)ね。彼女達だって頑張ったんだから。おかげで彼からこの町の人間を守ることができたワケだし」
「そうか。なら安心だな」
僅かな光源が暗い地下牢を照らす中で、闇から父の顔を見つめる。そうして生きている父を見ていると、諦めていた自分の心が悲鳴を上げているような気がした。
「…やっぱりもう少し頑張って見ようかな。…お父さん助けられないか、彼と交渉してみる。彼ならもしかしたら……」
「マリソル・デビルサイド。よく聞け」
「なにお父さん? 」
「お前さんが相手にしているのは魔族だ。我々とは違う」
「そんなの分かってるって。子供じゃないんだし」
「……あぁ。お前さんはもう子供じゃない。だからもう一度考えて欲しい。魔族の強さと恐ろしさを知ったお前なら、あれらが我々とは違う生き物だと分かるはずだ」
「……うん。彼らは確かに私達に無い爪がある。でもそれは対話を止める理由にはならないでしょ? 怖いから、危険だからって理由で近寄らないのは簡単だけど、そこにしかないものだってきっとあると思うから」
「―――覚悟の上だというならば、もう何も言う必要はないな。…ただ私はお前の幸せを願っていることだけは忘れないでいて欲しい」
「知ってる。……知ってるよ」
鉄格子の向こうがこんなにも遠いだなんて、私は今日初めて知ったんだ。私はまだ何も知らない。まだ教えて貰いたいことが沢山あるんだ。
諦めてたまるもんか……‼
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