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6.決戦の刻
3.この身が朽ちたとしてもー沙羅樹ー
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邪の女は空中で円を描くようにぐるりと旋回を始める。
当初よりずいぶん薄まった赤黒い魔力の霧が、ひと回りするごとに薄れていく。
「え…なんで?翼の浄化が効いてるから?」
翼は、ボクに「いいや、違う」って短く返してきた。
完全に澄んだ夜の景色、その上空に巨大な黒い蛾が飛んでいるという異様な光景。
漆黒の羽に、赤く目玉のような文様が刻まれて、禍々しさが増す。
何が起こるのだろう?ボクは目を細めて、邪の女の動きに注視した。
「来る!」短い咲夜さんの警戒の声が響いて、皆が身構える。
邪の女が胴を仰け反り、大きく口を開けた。
――コオォォォッ!
さっきのヤバイ球みたいな赤黒い光が、邪の女の顔の前に出来上がってく。
これが飛んでくると思ったのに、そこからレーザーのような光が当たりに四散していく。
「うあっ?熱っ!!」
予想が外れた!赤黒い光に照射されて、肩に焼けるような痛みが走る。
患部を押さえて倒れ込んだボクの前に、咲夜さんが庇うように立って、照射される光を青龍刀で反射しているようだ。
「痛たぁああ!」
「狭山!食えっ」
痛みで叫んだ口の中に、翼がカイフーク草を突っ込んでくる。
「ひどっ...スパルタ、、、翼のオニっ!」
ムグムグとそれを咀嚼しながらボクは翼を睨む。
「倒れてる暇ないんだって、周り見ろ!」
肩の痛みが引くと同時に起き上がり周りを見ると、僕と同じく光を避け損ねた仲間が倒れている。
「悟さん!ライトくん?彗さんも?!」
「ほら、だからお前これで回復させて来い!」
翼にカイフーク草を託されて、ボクは理解する。
「翼、咲夜さんも気を付けてね!」
「お前も、2度はやられるなよ」
「翼は任せておくといいよ、気を付けて」
目くばせと共に駆けだして、まずは悟さんとライトの所に向かう。
足を押さえている悟さんと、右目を押さえてるライト…まずは怪我の酷そうなライトに駆け寄る。
その身体を支えながら抱き起す。
「目を射抜かれちゃったの!?大変、早くこれ食べて!」
口元にカイフーク草を運ぶと、うう…って苦しそうにしながらライトは何とか口に入れる。
(目とか、回復したって治るのかな?)
暫くすると、痛みからくる唸り声は止んだけど、治ったかなんて確認している暇はなかった。
ボクは「ゴメン、次に行くね」って耳元で静かに告げて、その身体を離す。
倒れこんだりせずに、しっかり自立していたからきっと大丈夫と判断して、悟さんの側へ向かう。
「コレなに!ヤバいんですけど!!」
「悟さん、すぐ治るからね!」
声を発していることに安堵して、ボクは悟さんを励ましながらカイフーク草を持たせる。
直ぐに口に運ぶ様子を確認して「彗さんすぐ行くから!」ってボクは声をかける。
「早く行ってやり」
「うん、悟さんありがとう、ライトくん頼んだね!」
「おう、次は不覚はとらん!」
OKってボクは指でサインを作って、そのまま彗さんの所に走る。
「次発来るぞ!」
薫さんの声がして、ハッと見上げると、ヤバイ球がひと際強く光を放っている。
光の道筋を読んで避けていく。
破魔の武器を持っていれば弾けるみたいで、吾川さんが彗さんを目掛けて来た次発を鉄扇を開いて弾いていた。
「大樹、無事!?」
「うん、彗さんの様子は?」
「背中から照射されて、身体を貫通してるみたい」
胸の下に焦げたような血の跡、浅い息、脂汗…これは本当に危ないみたいだ。
「食べられるかな…」
彗さんに、はたして咀嚼して飲み込む、その力が残ってるだろうかとボクは躊躇する。
「大樹、大樹の魔力って破壊だよね?消えろじゃなくて、潰れろとか粉砕しろって命じてみたらどうかな」
「そうか!今まで消えろってしか願った事ない」
じゃあ、例えば草をすり潰すように粉砕を願えば…汁が出て団子状にまとまる?
迷ってる暇なんかない、為せば成るだ!
「カイフーク草!粉砕して団子になれっ!!」
消失とは違う感覚、もっと繊細に魔力が発動するような――
「彗さん!ごめんっ!」
恐らく、きっと美味しくない…緑色の液の滲む草球を彗さんの口に放り込んだ。
「うっえぇっ。。。苦っ、、、不味っっ!」
うわの空で、それでも声が発せられたことにホッと息を吐く。
それも束の間、ガラガラッと足元が崩れ始める。
なんとか崩落した場所から飛び退いて、隆起している地面に立つ。
「今度はなに?」
顔を上げて、誰か状況を教えてって見回す。
「渦雷が地下から?!」って侑李さんが後方に吹き飛ばされながら叫ぶ。
「邪の女が来るぞ!」って翼の声。
咲夜さんが、赤黒い球から伸びた髪の毛みたいな黒い糸に絡みつかれるのを必死に青龍刀で切り抜けているのが伺える。
「重っ、動けない…」侑李さんを助けに行こうとする薫さんがガクッと地面に膝をついて、どうやら”重力”の影響を受けているみたいだ。
「来音ちゃん!」悟さんの鋭い声、三度放たれた光線から辛くもライトをずらすことに成功したみたいだ。
「ボクはどうすれば…?」
「”破壊”は状況の打破、困難を打ち砕く力だよ――」
崩落した地面から這い上がってきた吾川さんの声がボクの背中に掛かる。
「彗さんは?」
「彗は大丈夫、強い子だから――ね?」
その言葉の通りに、彗さんも這い上がってきて顔に掛かる前髪を掻き上げた。
「生きてるから、心配すんな」
「たぶん、この状況…翼が魔力を浄化したことで、逆に邪の女が魔力を上手く収奪できてしまったんじゃないかな?」
あの赤黒い霧と、魔力の暴走は膨大になった魔力を邪の女が収奪しきれず起きたこと。
なるほど、身体に魔力を吸収できたから、空気中の魔力が消えてあの赤黒い霧がなくなったのか。
「だから、今、魔力を制御できてるし、魔力の混合技まで繰り出してくれちゃってる」
「なるほど、今が最強モードってことか」
「彗の言うとおりだよ、とりあえず、あの赤黒い球に魔力が溜まってそうだから、あれを破壊したいんだけど…」
「なるほど!それがボクのやるべきことか!」
すぐにでも破壊の力を発動ようとしたボクを吾川さんの手が遮る。
「待って、大樹。切っ掛けを思い出そうね、ここに来た時、黒い靄を破壊しようとしたって聞いたよ」
「あ…うん」
「その時、靄は逆に広がって、破壊は?」
「できなかった、と、思う」
「魔力は物理的な物質じゃないから消せないんじゃないのかな?」
それは盲点だった、ボクは”破壊”なんて名前を持った魔力を保有しているのに、こんな時に役立たずなの?
「でも、記憶も消せたけど…」
「それは、海馬内の新生ニューロンの破壊なのか、シナプスの受容体への伝達阻害なのか…まあ、それも物理的な破壊に値するよ、だって人間の脳内の仕組みへの影響なんだから」
「じゃあ、ボクは魔力に対しては、無力?」
なんだか、体の中で膨らんでいたやる気や勇気が空気のように抜けていく気がした。
「いや、そんなことない、今はまだ魔力には通用しないかもしれないけど、覚醒したらどうだろう?悟!こっち来てるね?」
「おう!足、治ったし、来音ちゃんも無事だから安心しな?」
「大樹くん、ありがとうね!もう痛くないよ」
悟さんと、ライトの元気な声が側にある。
さっき萎んでしまった心が、ふんわりと膨らんでいく。
「もう、覚悟は大丈夫だよね?行くよ――”鑑定・狭山 大樹”」
蛍光グリーンの柔らかい光に包まれる。
吾川さんの優しくて爽やかなイメージそのままの魔力を感じて目を閉じる。
ヒリッと胸に軽い痛みを感じて、「え?」と薄く目を開く――
「大樹くんの原石、発見!――Refine・Morganite!」
銀の波動が胸を突き抜ける。
衝撃で仰け反ると、全身の血管に注射を受けたときのような冷たい感覚が一瞬走った。
しゅわしゅわと粟立つ炭酸泉に浸かったような気分。
スッキリと目の覚めるような感覚。
鼓動を感じて、体ごと風にのってふわりと舞い上がるようだ。
「ちょっと!?さとるっち!さっきまでと様子が違う」
「マジで変な事してないっすよね!?」
なんだかライトと彗さんの焦る声が聞こえる?
――?
ボクは閉じていた瞼をゆっくり開くと、二人のつむじが遥か下だ。
(えーなんか新鮮、二人より背が高くなったみたい…え?どういう事)
「え?や、知らんって!さっきまでと同じ事しかしとらんよ!」
悟さんが焦って両手を前にしてブンブンと首を横に振る。
「でも、じゃあなんで大樹が消えちゃうの?」
吾川さんも焦って辺りを見回している。
『え?ボク、消えてる?!』
そうやって尋ねてみても、誰からも答えは返ってこない。
「大丈夫、問題ない!」
混乱の中、翼の声が空気に広がった。
「俺、分かるから――アイツの存在、ちゃんと在るって分かる。消えてなんてないから、落ち着いて、狭山に任せよう!」
左胸を拳でトントンって叩いて翼は顔を上へと向けた。
ばっちりとボクを”見て”、ニッと口の端を上げる。
(っくー!カッコイイ!!やっぱ翼ってカッコイイんだよ!)
『負けてらんない!ボクだってやる時はやるんだから!!』
ボクたちの動きには関係なく、邪の女の攻撃は止まない。
絶えず変動する地形、突風に重力の攻撃、地上の皆が苦戦してるから急がなくちゃいけない。
『まずは、あのヤバイ球を破壊…それから邪の女の羽を破って地面に落とす!』
迷いはもう無かった。
ボクの事は見えない、それは邪の女にもだ。
接近して、そのままヤバイ球に突っ込む。
『うわ…すっごい、苦しい…悲しい?この感情は何だろう』
深部へと、まるで液体にでもなったようにボクは染み入る。
そうすると、そこに膝を抱えて蹲る女の子が居るのに気づいた。
(見覚えがある、あの時イヤな感じのしたときに追いかけた子だ)
『えっと…邪の女?じゃ、なくて…美姫ちゃん?』
『ちがう――』
か細い声、ふるふるっと小さく首を振る姿。
当てが外れて、そこで思い出す…確か美姫ちゃんと似てるって、だから薫さんは――
『ごめん、間違えた。小春さん、かな?』
『そうだよ』
顔をそっと上げて、眉を下げて微笑む顔は、さっきまで泣いていた顔。
『どうして、そんなに悲しいの?』
『――薫くんが、辛そうだから』
眼下では、容赦のない攻撃に苦戦中の仲間が見える。
時折、ガクンとこちらにも衝撃が走るのは、彗さんの”彗星”が攻撃を加えているからだろう。
(あんまり、時間がないな)
『ボクは、どうすればいいかな?』
『ワタシをね…、消してほしいんだ』
物音もなく、静かに立ち上がって小春さんはジッとボクを見てくる。
『なんで、消さなきゃだめなのかな?』
『それはね、この”生繭”を作っているのが私だから』
『せい、けん?』
『そう、あの子が言うにはね、ワタシは”生繭”の憑き物士なんだって。中にまだ蛹が居る状態の繭のことを”生繭”って言うらしいんだけど…中に蛹が居て初めて力が発揮されるらしくてね、今がその状態』
スッと彼女が指さしたところに、赤黒い閃光が放たれる。
『蛹がワタシ、繭は蛹が入っていると無条件にそれを守るために攻撃を繰り出すの、それがこの光――蛹が絶えれば、この繭は崩壊するの』
だから…と、彼女は再びボクを見て、両手を広げた。
『ワタシを消してほしいの』
この人は、薫さんの大切な幼馴染…
似た見た目の美姫ちゃん、、、邪の女の前に飛び出すくらいに
その人を消す?
ボクが?
グッと握りこんだ拳は、ジトっとした汗の感触。
他に、何か方法はないのかな?消すなんて方法じゃなくて…何か、この人に救済を
――パァアアン!
と、下の方では雷の爆ぜる音、皆、ボロボロだ。
ヨロッと、なんとか立ち上がった翼が、”花籠”を発動している。
こんなゾンビ戦法じゃあ、いつか身が持たなくなる。
(翼、こんな時でも立ち上がるなんて、さすが聖女サマだよ――ああ、また見たいな…”転生聖女は負けません”……)
現実逃避のように巡らせた思考、そして、ボクは頭を振って決断する。
『小春さん、本当に…良いんだね?』
『構わない、でも、ひとつ約束して欲しいの』
『ボクにできる事?』
『分からない、けど、この”蝶の見る夢”を終わらせてほしい』
『”蝶の見る夢”って?』
『この子を止めて欲しい、それで夢は終わるから』
『よく分からないけど、邪の女を倒せばいいんだね?』
言葉はなく、そっと小春さんは瞳を閉じた。
ボクは、色々ある迷いを首を振って払う。
きっと、ボクにだってできる…そう、翼が、皆が信じてくれてるんだから。
『破壊!paradox reincarnation』
キラキラとした白い光が小春さんを包む。
そのまま霧散するように、彼女は溶けて消えてしまう。
続いて、赤黒い”生繭”がぐにゃっと歪み、しおしおと枯れていった。
「沙羅の木に乞う、今再び”結実”を我に――生命の翠・花燭!」
翼の声が響く。
(あ、ボクを呼んでる――)
スルスルと伸びる、椿にも似た沙羅の木が天に向かって伸びる。
その枝に、灯されたように咲く白い花にボクは吸い寄せられるように降り立った。
「お帰り、大樹」
「え?珍しいね、名前呼び」
「いや、まあ…うん、いいじゃん、たまには」
枝の一つに戻った、ボクの存在をギュッと確かめるようにして翼が抱き降ろしてくれる。
「やったのか?」
「あ!羽もぐの忘れてた!でも、あのヤバイ球…”生繭”っていうらしいんだけど、アレは潰したから」
「まあ、上出来じゃね?」
翼はボクを地面に降ろした後、拳を突き出してくる。
それに向かってボクも拳を突き出してグータッチをした。
――ギシャアアアアッ!!
生繭を失って、怒りの咆哮を上げる邪の女、再び生繭を練ろうとして失敗する。
そりゃあそうだ、核となる蛹がもう居ないんだから…。
それに邪の女も気づいた様子で、羽を動かして急降下をしてくる。
バキャッ!!
太く育った沙羅の木が体当たりによって、ボクらの間近くで真っ二つに折れた。
当初よりずいぶん薄まった赤黒い魔力の霧が、ひと回りするごとに薄れていく。
「え…なんで?翼の浄化が効いてるから?」
翼は、ボクに「いいや、違う」って短く返してきた。
完全に澄んだ夜の景色、その上空に巨大な黒い蛾が飛んでいるという異様な光景。
漆黒の羽に、赤く目玉のような文様が刻まれて、禍々しさが増す。
何が起こるのだろう?ボクは目を細めて、邪の女の動きに注視した。
「来る!」短い咲夜さんの警戒の声が響いて、皆が身構える。
邪の女が胴を仰け反り、大きく口を開けた。
――コオォォォッ!
さっきのヤバイ球みたいな赤黒い光が、邪の女の顔の前に出来上がってく。
これが飛んでくると思ったのに、そこからレーザーのような光が当たりに四散していく。
「うあっ?熱っ!!」
予想が外れた!赤黒い光に照射されて、肩に焼けるような痛みが走る。
患部を押さえて倒れ込んだボクの前に、咲夜さんが庇うように立って、照射される光を青龍刀で反射しているようだ。
「痛たぁああ!」
「狭山!食えっ」
痛みで叫んだ口の中に、翼がカイフーク草を突っ込んでくる。
「ひどっ...スパルタ、、、翼のオニっ!」
ムグムグとそれを咀嚼しながらボクは翼を睨む。
「倒れてる暇ないんだって、周り見ろ!」
肩の痛みが引くと同時に起き上がり周りを見ると、僕と同じく光を避け損ねた仲間が倒れている。
「悟さん!ライトくん?彗さんも?!」
「ほら、だからお前これで回復させて来い!」
翼にカイフーク草を託されて、ボクは理解する。
「翼、咲夜さんも気を付けてね!」
「お前も、2度はやられるなよ」
「翼は任せておくといいよ、気を付けて」
目くばせと共に駆けだして、まずは悟さんとライトの所に向かう。
足を押さえている悟さんと、右目を押さえてるライト…まずは怪我の酷そうなライトに駆け寄る。
その身体を支えながら抱き起す。
「目を射抜かれちゃったの!?大変、早くこれ食べて!」
口元にカイフーク草を運ぶと、うう…って苦しそうにしながらライトは何とか口に入れる。
(目とか、回復したって治るのかな?)
暫くすると、痛みからくる唸り声は止んだけど、治ったかなんて確認している暇はなかった。
ボクは「ゴメン、次に行くね」って耳元で静かに告げて、その身体を離す。
倒れこんだりせずに、しっかり自立していたからきっと大丈夫と判断して、悟さんの側へ向かう。
「コレなに!ヤバいんですけど!!」
「悟さん、すぐ治るからね!」
声を発していることに安堵して、ボクは悟さんを励ましながらカイフーク草を持たせる。
直ぐに口に運ぶ様子を確認して「彗さんすぐ行くから!」ってボクは声をかける。
「早く行ってやり」
「うん、悟さんありがとう、ライトくん頼んだね!」
「おう、次は不覚はとらん!」
OKってボクは指でサインを作って、そのまま彗さんの所に走る。
「次発来るぞ!」
薫さんの声がして、ハッと見上げると、ヤバイ球がひと際強く光を放っている。
光の道筋を読んで避けていく。
破魔の武器を持っていれば弾けるみたいで、吾川さんが彗さんを目掛けて来た次発を鉄扇を開いて弾いていた。
「大樹、無事!?」
「うん、彗さんの様子は?」
「背中から照射されて、身体を貫通してるみたい」
胸の下に焦げたような血の跡、浅い息、脂汗…これは本当に危ないみたいだ。
「食べられるかな…」
彗さんに、はたして咀嚼して飲み込む、その力が残ってるだろうかとボクは躊躇する。
「大樹、大樹の魔力って破壊だよね?消えろじゃなくて、潰れろとか粉砕しろって命じてみたらどうかな」
「そうか!今まで消えろってしか願った事ない」
じゃあ、例えば草をすり潰すように粉砕を願えば…汁が出て団子状にまとまる?
迷ってる暇なんかない、為せば成るだ!
「カイフーク草!粉砕して団子になれっ!!」
消失とは違う感覚、もっと繊細に魔力が発動するような――
「彗さん!ごめんっ!」
恐らく、きっと美味しくない…緑色の液の滲む草球を彗さんの口に放り込んだ。
「うっえぇっ。。。苦っ、、、不味っっ!」
うわの空で、それでも声が発せられたことにホッと息を吐く。
それも束の間、ガラガラッと足元が崩れ始める。
なんとか崩落した場所から飛び退いて、隆起している地面に立つ。
「今度はなに?」
顔を上げて、誰か状況を教えてって見回す。
「渦雷が地下から?!」って侑李さんが後方に吹き飛ばされながら叫ぶ。
「邪の女が来るぞ!」って翼の声。
咲夜さんが、赤黒い球から伸びた髪の毛みたいな黒い糸に絡みつかれるのを必死に青龍刀で切り抜けているのが伺える。
「重っ、動けない…」侑李さんを助けに行こうとする薫さんがガクッと地面に膝をついて、どうやら”重力”の影響を受けているみたいだ。
「来音ちゃん!」悟さんの鋭い声、三度放たれた光線から辛くもライトをずらすことに成功したみたいだ。
「ボクはどうすれば…?」
「”破壊”は状況の打破、困難を打ち砕く力だよ――」
崩落した地面から這い上がってきた吾川さんの声がボクの背中に掛かる。
「彗さんは?」
「彗は大丈夫、強い子だから――ね?」
その言葉の通りに、彗さんも這い上がってきて顔に掛かる前髪を掻き上げた。
「生きてるから、心配すんな」
「たぶん、この状況…翼が魔力を浄化したことで、逆に邪の女が魔力を上手く収奪できてしまったんじゃないかな?」
あの赤黒い霧と、魔力の暴走は膨大になった魔力を邪の女が収奪しきれず起きたこと。
なるほど、身体に魔力を吸収できたから、空気中の魔力が消えてあの赤黒い霧がなくなったのか。
「だから、今、魔力を制御できてるし、魔力の混合技まで繰り出してくれちゃってる」
「なるほど、今が最強モードってことか」
「彗の言うとおりだよ、とりあえず、あの赤黒い球に魔力が溜まってそうだから、あれを破壊したいんだけど…」
「なるほど!それがボクのやるべきことか!」
すぐにでも破壊の力を発動ようとしたボクを吾川さんの手が遮る。
「待って、大樹。切っ掛けを思い出そうね、ここに来た時、黒い靄を破壊しようとしたって聞いたよ」
「あ…うん」
「その時、靄は逆に広がって、破壊は?」
「できなかった、と、思う」
「魔力は物理的な物質じゃないから消せないんじゃないのかな?」
それは盲点だった、ボクは”破壊”なんて名前を持った魔力を保有しているのに、こんな時に役立たずなの?
「でも、記憶も消せたけど…」
「それは、海馬内の新生ニューロンの破壊なのか、シナプスの受容体への伝達阻害なのか…まあ、それも物理的な破壊に値するよ、だって人間の脳内の仕組みへの影響なんだから」
「じゃあ、ボクは魔力に対しては、無力?」
なんだか、体の中で膨らんでいたやる気や勇気が空気のように抜けていく気がした。
「いや、そんなことない、今はまだ魔力には通用しないかもしれないけど、覚醒したらどうだろう?悟!こっち来てるね?」
「おう!足、治ったし、来音ちゃんも無事だから安心しな?」
「大樹くん、ありがとうね!もう痛くないよ」
悟さんと、ライトの元気な声が側にある。
さっき萎んでしまった心が、ふんわりと膨らんでいく。
「もう、覚悟は大丈夫だよね?行くよ――”鑑定・狭山 大樹”」
蛍光グリーンの柔らかい光に包まれる。
吾川さんの優しくて爽やかなイメージそのままの魔力を感じて目を閉じる。
ヒリッと胸に軽い痛みを感じて、「え?」と薄く目を開く――
「大樹くんの原石、発見!――Refine・Morganite!」
銀の波動が胸を突き抜ける。
衝撃で仰け反ると、全身の血管に注射を受けたときのような冷たい感覚が一瞬走った。
しゅわしゅわと粟立つ炭酸泉に浸かったような気分。
スッキリと目の覚めるような感覚。
鼓動を感じて、体ごと風にのってふわりと舞い上がるようだ。
「ちょっと!?さとるっち!さっきまでと様子が違う」
「マジで変な事してないっすよね!?」
なんだかライトと彗さんの焦る声が聞こえる?
――?
ボクは閉じていた瞼をゆっくり開くと、二人のつむじが遥か下だ。
(えーなんか新鮮、二人より背が高くなったみたい…え?どういう事)
「え?や、知らんって!さっきまでと同じ事しかしとらんよ!」
悟さんが焦って両手を前にしてブンブンと首を横に振る。
「でも、じゃあなんで大樹が消えちゃうの?」
吾川さんも焦って辺りを見回している。
『え?ボク、消えてる?!』
そうやって尋ねてみても、誰からも答えは返ってこない。
「大丈夫、問題ない!」
混乱の中、翼の声が空気に広がった。
「俺、分かるから――アイツの存在、ちゃんと在るって分かる。消えてなんてないから、落ち着いて、狭山に任せよう!」
左胸を拳でトントンって叩いて翼は顔を上へと向けた。
ばっちりとボクを”見て”、ニッと口の端を上げる。
(っくー!カッコイイ!!やっぱ翼ってカッコイイんだよ!)
『負けてらんない!ボクだってやる時はやるんだから!!』
ボクたちの動きには関係なく、邪の女の攻撃は止まない。
絶えず変動する地形、突風に重力の攻撃、地上の皆が苦戦してるから急がなくちゃいけない。
『まずは、あのヤバイ球を破壊…それから邪の女の羽を破って地面に落とす!』
迷いはもう無かった。
ボクの事は見えない、それは邪の女にもだ。
接近して、そのままヤバイ球に突っ込む。
『うわ…すっごい、苦しい…悲しい?この感情は何だろう』
深部へと、まるで液体にでもなったようにボクは染み入る。
そうすると、そこに膝を抱えて蹲る女の子が居るのに気づいた。
(見覚えがある、あの時イヤな感じのしたときに追いかけた子だ)
『えっと…邪の女?じゃ、なくて…美姫ちゃん?』
『ちがう――』
か細い声、ふるふるっと小さく首を振る姿。
当てが外れて、そこで思い出す…確か美姫ちゃんと似てるって、だから薫さんは――
『ごめん、間違えた。小春さん、かな?』
『そうだよ』
顔をそっと上げて、眉を下げて微笑む顔は、さっきまで泣いていた顔。
『どうして、そんなに悲しいの?』
『――薫くんが、辛そうだから』
眼下では、容赦のない攻撃に苦戦中の仲間が見える。
時折、ガクンとこちらにも衝撃が走るのは、彗さんの”彗星”が攻撃を加えているからだろう。
(あんまり、時間がないな)
『ボクは、どうすればいいかな?』
『ワタシをね…、消してほしいんだ』
物音もなく、静かに立ち上がって小春さんはジッとボクを見てくる。
『なんで、消さなきゃだめなのかな?』
『それはね、この”生繭”を作っているのが私だから』
『せい、けん?』
『そう、あの子が言うにはね、ワタシは”生繭”の憑き物士なんだって。中にまだ蛹が居る状態の繭のことを”生繭”って言うらしいんだけど…中に蛹が居て初めて力が発揮されるらしくてね、今がその状態』
スッと彼女が指さしたところに、赤黒い閃光が放たれる。
『蛹がワタシ、繭は蛹が入っていると無条件にそれを守るために攻撃を繰り出すの、それがこの光――蛹が絶えれば、この繭は崩壊するの』
だから…と、彼女は再びボクを見て、両手を広げた。
『ワタシを消してほしいの』
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似た見た目の美姫ちゃん、、、邪の女の前に飛び出すくらいに
その人を消す?
ボクが?
グッと握りこんだ拳は、ジトっとした汗の感触。
他に、何か方法はないのかな?消すなんて方法じゃなくて…何か、この人に救済を
――パァアアン!
と、下の方では雷の爆ぜる音、皆、ボロボロだ。
ヨロッと、なんとか立ち上がった翼が、”花籠”を発動している。
こんなゾンビ戦法じゃあ、いつか身が持たなくなる。
(翼、こんな時でも立ち上がるなんて、さすが聖女サマだよ――ああ、また見たいな…”転生聖女は負けません”……)
現実逃避のように巡らせた思考、そして、ボクは頭を振って決断する。
『小春さん、本当に…良いんだね?』
『構わない、でも、ひとつ約束して欲しいの』
『ボクにできる事?』
『分からない、けど、この”蝶の見る夢”を終わらせてほしい』
『”蝶の見る夢”って?』
『この子を止めて欲しい、それで夢は終わるから』
『よく分からないけど、邪の女を倒せばいいんだね?』
言葉はなく、そっと小春さんは瞳を閉じた。
ボクは、色々ある迷いを首を振って払う。
きっと、ボクにだってできる…そう、翼が、皆が信じてくれてるんだから。
『破壊!paradox reincarnation』
キラキラとした白い光が小春さんを包む。
そのまま霧散するように、彼女は溶けて消えてしまう。
続いて、赤黒い”生繭”がぐにゃっと歪み、しおしおと枯れていった。
「沙羅の木に乞う、今再び”結実”を我に――生命の翠・花燭!」
翼の声が響く。
(あ、ボクを呼んでる――)
スルスルと伸びる、椿にも似た沙羅の木が天に向かって伸びる。
その枝に、灯されたように咲く白い花にボクは吸い寄せられるように降り立った。
「お帰り、大樹」
「え?珍しいね、名前呼び」
「いや、まあ…うん、いいじゃん、たまには」
枝の一つに戻った、ボクの存在をギュッと確かめるようにして翼が抱き降ろしてくれる。
「やったのか?」
「あ!羽もぐの忘れてた!でも、あのヤバイ球…”生繭”っていうらしいんだけど、アレは潰したから」
「まあ、上出来じゃね?」
翼はボクを地面に降ろした後、拳を突き出してくる。
それに向かってボクも拳を突き出してグータッチをした。
――ギシャアアアアッ!!
生繭を失って、怒りの咆哮を上げる邪の女、再び生繭を練ろうとして失敗する。
そりゃあそうだ、核となる蛹がもう居ないんだから…。
それに邪の女も気づいた様子で、羽を動かして急降下をしてくる。
バキャッ!!
太く育った沙羅の木が体当たりによって、ボクらの間近くで真っ二つに折れた。
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追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
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