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第3章「英雄を探して」

02,誘惑の夜?

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 ……状況を整理しよう。

 クレーフェ伯領まで、駅馬車を使って約5日ほどの道のりだ。

 地球の電車のような用途で使われているとはいえ、さすがに夜行列車のように車両で寝泊まりはできない。
 そもそもどんなにモンスター級の体力がある野生馬も、生き物である以上は食事と休息が必要だ。

 だから、当然ルート沿いに中継地点があり、そこで宿泊することになる。
 たまにトラブルで行程が遅れて、途中で野営することもあるらしいけれど、一晩過ごせるぐらいの最低限の備えはあるので特に問題はない。

 今回は無事、日が暮れる前に宿場町に到着することができた。
 ここで指定された宿に泊まり、また明日、馬車に乗る。

 うん。ここまではオッケー。

 問題は、さ。

「べ、べつに気にしなくてもいいでしょう? 私たち冒険者なんですもの。仲間たちと一緒に野宿することなんて普通にあるし、その時に男女別々で寝たりしないわよ? 冒険に男も女もないわ。そうしないと危険なときだってあるんだから。そ、そうよ。だから、たとえ一部屋しか空いていなくて、カズと一緒に泊まることになっても、ぜんぜん問題ないわ! ぼ、冒険者にはそんなこと当たり前よ! き、ききき気になんてならないんだから!」
「……マシンガントークが戻ってるぞ、シア」
「どーしてカズは平然としてるの!」
「いや、かなり動揺してるぞ、俺」
「ぜんぜんそんなふうに見えないわよ!」

 真っ赤な顔で慌てふためくシア。
 そのとなりで頭をかく俺。
 目の前にはツインベッド。

 そう。なぜか俺とシアが同室になっている。

 なんでも、本来契約を結んでいた宿屋にトラブルがあって、急遽変更になったそうだ。
 突然の宿泊依頼に対して、乗客全員そっくり受け入れできるような宿があるはずもなく、いくつかに分宿することになった。

 で、指示された宿に向かったら、このオチですよ。
 ツインベッドが不幸中の幸いだな。これでダブルだったら、おそらくシアの精神がもたない。
 そして、俺の身ももたない。八つ当たりで。

「か、勘違いされちゃったのかしら?」
「勘違いって、なにと?」
「ええ!? 本気で言っているの? こ、恋人とか夫婦に決まってるじゃないのよ!」
「ああ、なるほど」
「嘘でしょ? 本当に気付かなかったの?」
「まさかぁ」
「……カズ」
「ごめん! 冗談が過ぎました! 流石にその霊力量はまずいって!」

 うーん。和まなかったか。

 でも、まぁ。冷静になってみれば、慌てるほどのことじゃない。
 今の季節なら外で寝ても凍え死ぬことはないし、そもそも野宿も想定していたから、どうにでもなる。

「冗談はさておき、俺が外に行くから心配しなくていいぞ、シア」
「え?」
「こういう時は女性に譲るものだって、知り合いが言っていたんだ。男子たるもの常に紳士たれ、ってね」
「ええ!? 1人で外で寝るなんて危険よ? ダメ!」
「大丈夫、大丈夫。これでも1人で野宿ぐらい、何百回もしてきたから」

 108回も召喚転生していれば、そのぐらいはもうイヤというほど経験済みだよ。
 今は、危険が迫ると勝手に目が覚めるぐらいの芸当ができるようになったし。

 なんなら酒場にでも行けばいいんだ。そこで朝まで過ごせばいい。
 霊力による身体強化の応用で、2日や3日程度なら睡眠を取らなくても問題はないから。

 そのぐらい分かっているはずなのに、シアはムキになって俺の腕にしがみついた。
 絶対に離さない! と決意を込めた目で見つめてくる。

 ……いや、もう睨まれているとしか思えない。
 というか、魔眼の域。結構マジで怖いです。
 なんで、こうもロマンチックな流れがまったくないんだ?

「分かった。分かりました。じゃ、せめて部屋の隅っこで寝るから」
「それもダメよ! 長旅は疲労がたまるんだから。ベッドに入ってちゃんと寝なさいよね」
「……いくらツインベッドだとは言っても、ちょっと刺激が強すぎるんだけど」

 いろいろと残念部分があるシアだけど、美人であることは間違いない。
 いくら俺の感性が106回の死によってすり減っていたとしても、手を伸ばせば届くところに美女が寝ていたら、流石に意識するぞ?

 枯れてないんだぞ! 俺だって!
 ……って、なんだろう。虚しさが半端ない。盛大に墓穴を掘った気がする。

 そんな風に、心のなかで1人ボケツッコミをしていると、シアが素敵な笑顔を浮かべておっしゃりました。

「襲ってきたら返り討ちにしてあげるから、大丈夫よ?」
「か、返り討ちって?」
「イメージワード8の大法術をお見せするわね?」
「……オッケー。頭が冷えた。誓う。俺は絶対に不埒な真似はしない!」
「そ、そう?」
「ああ。俺がシアを襲うことは絶対に、これっぽっちも、天地がひっくり返ってもないから、安心してくれ!」
「……それはそれで、どうなのよ……」
「なんか言った?」
「いーえ。なんでもないわ!」

 こうして俺は、なぜかジト目で呆れているシアを尻目に明日の準備を済ませると、早々に眠りにつくことにした。
 
 しかしなぁ。
 かつてこれほどまでに真剣に、ヒツジの数を数えたことはなかったよ……。


 そして翌朝、事件が起こった。
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