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第3章「英雄を探して」
16,決意の表明
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「実はギルドから馬6頭の殺害および誘拐未遂の件で、直接報告書と犯人が護送されてきまして」
クレーフェ伯邸の応接間でテーブルを囲い、コリーヌの言葉に耳を傾ける。
「あまりの暴挙に、今まで主義主張の違いはあって当然とおっしゃっていた神官長もさすがにお怒りになりました。すぐさま教団内の調査を徹底的に行い、大方の者たちは拘束できたのですが……」
「一部、取り逃がしましたか?」
「……恥ずかしながら、その通りです」
コリーヌは、深々と頭を垂れて謝罪した。
「野放しになった彼らがどのような行動に出るか分かりません。そこで急ぎ連絡をとるために参りましたが……」
「素晴らしく最悪なタイミングで入れ違いになった、と」
「本当にお役に立てずに申し訳ございません……」
ますます小さくなっていくコリーヌ。さっきから置かれた茶すら口にしていない。
でも、それはコリーヌのせいでも、教団のせいでもないと思う。
教団は想像以上にやるべきことをやってくれている。
まぁ、相当数の神官がヴァクーナから直接メッセージを受けているのだから、本腰を入れて取り組むのも当然かもしれないけれど。
とにかく、そこまでコリーヌが恐縮することはないんじゃないかなぁ。
「私は特に気にしておりません。今回の誘拐に関しても私の油断が招いた面が大きいですし、教団の皆様のご厚意には感謝しております」
そう返事して、コリーヌを落ち着かせる。
だけど……。
「ただ私の独断とはいえ、シンシアを巻き込んでしまったことに関しては責任を感じております」
「ッ! カズ、それは私が……」
「今回は彼らを説得しました。しかし、もしまた同じような暴挙に出るなら、今度は手加減できません。教団には、そうなった時に彼らを討ってもいいという許可をいただきたい」
できるだけ穏やかに要請したつもりだったけれど、コリーヌは少し表情を曇らせた。隣りにいるシアも身を固くしたのが気配で分かる。
怒気が漏れてしまっただろうか。
ラドルが片眉上げて俺を見たので、すまんと視線で謝った。
逃げ出した奴らは、すでに破門されている。
しかし教団に所属していた以上、正当防衛以外で生命を奪えばやはり問題になるだろう。
そう。正当防衛以外で生命を奪えば。
俺が教団に許可を求めたのは、今度襲われた場合はこちらから積極的に排除にかかりますよ、いいですね? という念押しのためだ。
コリーヌはすぐに真意を理解したのだろう。だから、悲しそうにうつむいた。
こちらの世界のコリーヌも、やはり俺の知っているコリーヌと同じだ。
魔族であってもむやみに生命を奪いたくないと言っていた。しかし、そんな気持ちが通じる相手ではないことも十分すぎるほど理解していたから、歯を食いしばって戦っていた。
コリーヌはそういう優しい女性だ。
まして今回は人族で、同じ神官だった者たち。しかも、本来は神への信仰心がとても厚い人たちだ。こんな特殊な状況でなければ、神官として尊敬されていたかもしれない。
そんな元同僚を、必要なら始末するので許可をくれ、という俺。
……分かっちゃいるけど、コリーヌの悲しそうな顔は見ていて辛いな。
前世界での別れの時を思い出す。
でも、これは譲れない。
106回死に戻って、嫌というほど学んだ事がある。
敵は魔族だけじゃない、ということ。
ときには背後にいる人族こそ、最悪の敵になる場合もあるということだ。
俺は英雄ではないし、救世主でもない。世界を覆すほどのチートな力も持ってない。
どんなやつが来ても必ず仲間を守れるなんて自信は、これっぽっちもありゃしない。
だから、せめて今隣りにいるシアやラドルを守るために、できることは全力でやらないといけないんだ。
そのためなら相手が人族であっても倒す。
魔族がはびこる異世界では、その覚悟がないと生き残れない。
目的を達成できない。
俺は黙ってコリーヌの返事を待った。
全員が口を閉ざしたまま。
カップから立ち上る湯気だけが、ゆらゆらと揺れている。
「……分かりました。神官長に伝えます。しかし、おそらく是とされるでしょう。それに相手は待ってくれません。ですから今この場で、私の名において認めます。後ほど書面をお渡ししましょう」
コリーヌは迷いのない瞳で、しっかりと俺を見てそう言った。
無言で頭を下げて、感謝の意を伝える。
これだ。
彼女はいつもそう。優しくて迷って傷つきやすいくせに、いざという時は素早く決断し、そしてその結果をためらいなく背負う。
本当にこちらの世界でも、コリーヌはコリーヌなんだな。
ラドルが、何故か俺を見てニヤリと笑った。
……なんだよ。何が言いたいんだ?
「さて、難しい話はひとまずここまでとしよう。コリーヌお嬢ちゃんも、シンシアお嬢ちゃんも部屋を用意するからくつろぐといい」
ラドルの勧めで、ひとまず解散となった。
シアとコリーヌはメイドさんに案内されて、応接間を出て行く。
「あ、ラドル様」
「なんじゃ?」
扉から出ようとしたコリーヌが振り向き、珍しくいたずらっ子のような顔ではにかんだ。
「カズマ様とお知り合いだったのですか?」
「うむ。そうじゃが」
「ふふ、なんだかやっと私の知っているラドル様に戻ったように思えたので、ちょっと嬉しいです。あとでカズマ様のこと、教えて下さいね」
「あの。本人を目の前にそういう事を言うのは……」
「私も聞きたいわ。カズ、あなたからも、ね」
「……はい」
シアとコリーヌが、視線を合わせて微笑み合う。
なんだよ。なんで女性って、こういうときは一瞬で団結できるんだよ。
「ふむ。今宵の尋問は厳しそうじゃな」
「尋問って言うな。恐ろしすぎる」
「なら、審問か査問か? 詰問がいいかの?」
「……ただの雑談にしようよ」
他人事のように面白がる腹黒爺を前に、俺は急速に襲いきた胃痛に苦しめられていた。
クレーフェ伯邸の応接間でテーブルを囲い、コリーヌの言葉に耳を傾ける。
「あまりの暴挙に、今まで主義主張の違いはあって当然とおっしゃっていた神官長もさすがにお怒りになりました。すぐさま教団内の調査を徹底的に行い、大方の者たちは拘束できたのですが……」
「一部、取り逃がしましたか?」
「……恥ずかしながら、その通りです」
コリーヌは、深々と頭を垂れて謝罪した。
「野放しになった彼らがどのような行動に出るか分かりません。そこで急ぎ連絡をとるために参りましたが……」
「素晴らしく最悪なタイミングで入れ違いになった、と」
「本当にお役に立てずに申し訳ございません……」
ますます小さくなっていくコリーヌ。さっきから置かれた茶すら口にしていない。
でも、それはコリーヌのせいでも、教団のせいでもないと思う。
教団は想像以上にやるべきことをやってくれている。
まぁ、相当数の神官がヴァクーナから直接メッセージを受けているのだから、本腰を入れて取り組むのも当然かもしれないけれど。
とにかく、そこまでコリーヌが恐縮することはないんじゃないかなぁ。
「私は特に気にしておりません。今回の誘拐に関しても私の油断が招いた面が大きいですし、教団の皆様のご厚意には感謝しております」
そう返事して、コリーヌを落ち着かせる。
だけど……。
「ただ私の独断とはいえ、シンシアを巻き込んでしまったことに関しては責任を感じております」
「ッ! カズ、それは私が……」
「今回は彼らを説得しました。しかし、もしまた同じような暴挙に出るなら、今度は手加減できません。教団には、そうなった時に彼らを討ってもいいという許可をいただきたい」
できるだけ穏やかに要請したつもりだったけれど、コリーヌは少し表情を曇らせた。隣りにいるシアも身を固くしたのが気配で分かる。
怒気が漏れてしまっただろうか。
ラドルが片眉上げて俺を見たので、すまんと視線で謝った。
逃げ出した奴らは、すでに破門されている。
しかし教団に所属していた以上、正当防衛以外で生命を奪えばやはり問題になるだろう。
そう。正当防衛以外で生命を奪えば。
俺が教団に許可を求めたのは、今度襲われた場合はこちらから積極的に排除にかかりますよ、いいですね? という念押しのためだ。
コリーヌはすぐに真意を理解したのだろう。だから、悲しそうにうつむいた。
こちらの世界のコリーヌも、やはり俺の知っているコリーヌと同じだ。
魔族であってもむやみに生命を奪いたくないと言っていた。しかし、そんな気持ちが通じる相手ではないことも十分すぎるほど理解していたから、歯を食いしばって戦っていた。
コリーヌはそういう優しい女性だ。
まして今回は人族で、同じ神官だった者たち。しかも、本来は神への信仰心がとても厚い人たちだ。こんな特殊な状況でなければ、神官として尊敬されていたかもしれない。
そんな元同僚を、必要なら始末するので許可をくれ、という俺。
……分かっちゃいるけど、コリーヌの悲しそうな顔は見ていて辛いな。
前世界での別れの時を思い出す。
でも、これは譲れない。
106回死に戻って、嫌というほど学んだ事がある。
敵は魔族だけじゃない、ということ。
ときには背後にいる人族こそ、最悪の敵になる場合もあるということだ。
俺は英雄ではないし、救世主でもない。世界を覆すほどのチートな力も持ってない。
どんなやつが来ても必ず仲間を守れるなんて自信は、これっぽっちもありゃしない。
だから、せめて今隣りにいるシアやラドルを守るために、できることは全力でやらないといけないんだ。
そのためなら相手が人族であっても倒す。
魔族がはびこる異世界では、その覚悟がないと生き残れない。
目的を達成できない。
俺は黙ってコリーヌの返事を待った。
全員が口を閉ざしたまま。
カップから立ち上る湯気だけが、ゆらゆらと揺れている。
「……分かりました。神官長に伝えます。しかし、おそらく是とされるでしょう。それに相手は待ってくれません。ですから今この場で、私の名において認めます。後ほど書面をお渡ししましょう」
コリーヌは迷いのない瞳で、しっかりと俺を見てそう言った。
無言で頭を下げて、感謝の意を伝える。
これだ。
彼女はいつもそう。優しくて迷って傷つきやすいくせに、いざという時は素早く決断し、そしてその結果をためらいなく背負う。
本当にこちらの世界でも、コリーヌはコリーヌなんだな。
ラドルが、何故か俺を見てニヤリと笑った。
……なんだよ。何が言いたいんだ?
「さて、難しい話はひとまずここまでとしよう。コリーヌお嬢ちゃんも、シンシアお嬢ちゃんも部屋を用意するからくつろぐといい」
ラドルの勧めで、ひとまず解散となった。
シアとコリーヌはメイドさんに案内されて、応接間を出て行く。
「あ、ラドル様」
「なんじゃ?」
扉から出ようとしたコリーヌが振り向き、珍しくいたずらっ子のような顔ではにかんだ。
「カズマ様とお知り合いだったのですか?」
「うむ。そうじゃが」
「ふふ、なんだかやっと私の知っているラドル様に戻ったように思えたので、ちょっと嬉しいです。あとでカズマ様のこと、教えて下さいね」
「あの。本人を目の前にそういう事を言うのは……」
「私も聞きたいわ。カズ、あなたからも、ね」
「……はい」
シアとコリーヌが、視線を合わせて微笑み合う。
なんだよ。なんで女性って、こういうときは一瞬で団結できるんだよ。
「ふむ。今宵の尋問は厳しそうじゃな」
「尋問って言うな。恐ろしすぎる」
「なら、審問か査問か? 詰問がいいかの?」
「……ただの雑談にしようよ」
他人事のように面白がる腹黒爺を前に、俺は急速に襲いきた胃痛に苦しめられていた。
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