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第三話
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「お客さま、魔術師ですよね?」
アナベルが問うと、若者は、小さく鼻を鳴らした。
「魔術師? 魔法使いと呼べ。おれはそこらのこけおどしだけ得意な辻占い師の類とは違う。七曜の神秘を修めた本物の奥義の使い手なんだからな」
「そうなんですね!」
アナベルの顔が明るくなった。もの云いたげに、自分のエプロンをぎゅっと握る。
「その偉い魔法使いさんに、ちょっとご相談があるんですけれど」
「何だ? おれはいま機嫌が悪い。つまらない要件を相手にする余裕はないぞ」
「はい。でも、わたしにとっては大切なことです。魔法使いさん。どうかわたしを、あなたの弟子にしていただけませんか?」
一瞬、時が止まったようだった。若者は冷ややかに彼女を見つめたまま、何も答えようとはしない。
そのまま数秒が過ぎ去る。やがて、かれは嘆息すると、酒を傾ける動作に戻った。
「断わる」
短く呟き、ひと息に月光酒を煽る。
「どうしてですか?」
アナベルは食い下がった。
「お金でしたら、少しですけれどお支払いできます。足りないならいつか追加で必ず払います。ですから、どうかわたしに魔法を――」
「だめだ」
若者はぎろりと睨んだ。
「弟子は取らん。面倒だからな。それに、おまえ、何のために魔法を習おうとするんだ? 云っておくが、大半は魔法より金のほうがうまくいくぞ。魔法など、女を従える役にも立たん。ああ、あの女、良くもこのおれを騙しやがって――」
何やら独語する。
アナベルはしばらく黙り込んだ。まわりの客たちは、今度こそ泣きだすのかと思った。そのくらい彼女は悲愴に見えた。
しかし、そうではなかった。彼女は、大きくてのひらを開き、思い切り卓子に叩きつけたのである!
「何よ!」
叫ぶ。
「どいつもこいつもそればっかり。いいじゃない、弟子のひとりくらい取ったって。お金は払うって云っているんだから。そりゃあ、面倒かもしれないよ。でも、子供の頃、困っている人には親切にって教わらなかった? わたしは教わって、ちゃんと実践しているわ。卑しくも魔法使いを名乗るならあなたもそうしたらどうなの? わたしは、いま、困っているんだから!」
「な」
美貌の若者は唖然と彼女を見つめ返した。まさかこのように怒鳴りつけられるとは想像もしていなかったという顔。しばらく黙り込んでから、ようやく腹が立って来たのか、鋭い目つきで立ち上がった。
「何だと、このばか女! おまえは魔法を何だと思っているんだ。そんな簡単に教えられるものでも、教われるものでもないんだぞ。いいか、魔法とはただの便利な道具じゃない。古の黄金時代より伝わる世界の神秘につながった秘密の技藝であっただな」
「うるさい!」
アナベルはむりやりさえぎった。
「何度も聞いたわ! わたしだってそんな簡単なものじゃないことくらいわかっている。でも、どうしても必要なの! だから頭を下げて頼んでいるの! それを鎧袖一触に断わるなんて、あなたには男気がないの? そんなことだから騙されるのよ!」
「お、お、お――」
若者は秀麗な顔を大きくひきつらせた。
「おまえ、云ってはならないことを云ったな! ああ、女はこれだから厭だ! 感情的で理屈が通じない。おまけにすぐに人を騙すし裏切る。さらにいざとなったら泣いてごまかせば良いくらいに考えている。おまえのような女がいるから、おれは――」
そこまでひと息に云って、ハッとしたように言葉を区切った。卓子の上に国王貨幣を一枚置くと、踵を返す。
「不愉快だ! こんな店、二度と来るか!」
ひとり、たったいま入って来たばかりの扉から出て行く。
アナベルはこうして、わずか数日の間にふたりの魔法関係者を追い返すことになったわけであった。
「大丈夫かい、アナベルちゃん」
ひとりの客が声をかけてきた。
「あいつはルーフレッドだ。〈王立最高魔法学院〉の会長の孫で、あの歳で天才と云われるいけ好かない奴さ。随分と女癖が悪くてね。女たらしのルーフレッドと呼ぶ奴もいる。まあ、あんたみたいな若い女の子は近づきにならないほうが良いね」
「うん」
アナベルは素直にうなずいたが、内心、ひどく落ち込んでいた。
あのふたりを含め何十人もの魔術師や魔法使いに弟子入りを志願し、その全員に断られた。
さすがに、だれも自分の弟子入りをひき受ける者はいないという現実を認めざるを得ない。
それでもあきらめるわけにはいかない。彼女の目ざすことは通常の方法では近づけもせず、魔法の力でもなければ達成不可能なのだ。
命を懸けてでも成し遂げねばならないその悲願、そう――幼い頃、正体不明の男に殺害された両親の復讐は。
アナベルが問うと、若者は、小さく鼻を鳴らした。
「魔術師? 魔法使いと呼べ。おれはそこらのこけおどしだけ得意な辻占い師の類とは違う。七曜の神秘を修めた本物の奥義の使い手なんだからな」
「そうなんですね!」
アナベルの顔が明るくなった。もの云いたげに、自分のエプロンをぎゅっと握る。
「その偉い魔法使いさんに、ちょっとご相談があるんですけれど」
「何だ? おれはいま機嫌が悪い。つまらない要件を相手にする余裕はないぞ」
「はい。でも、わたしにとっては大切なことです。魔法使いさん。どうかわたしを、あなたの弟子にしていただけませんか?」
一瞬、時が止まったようだった。若者は冷ややかに彼女を見つめたまま、何も答えようとはしない。
そのまま数秒が過ぎ去る。やがて、かれは嘆息すると、酒を傾ける動作に戻った。
「断わる」
短く呟き、ひと息に月光酒を煽る。
「どうしてですか?」
アナベルは食い下がった。
「お金でしたら、少しですけれどお支払いできます。足りないならいつか追加で必ず払います。ですから、どうかわたしに魔法を――」
「だめだ」
若者はぎろりと睨んだ。
「弟子は取らん。面倒だからな。それに、おまえ、何のために魔法を習おうとするんだ? 云っておくが、大半は魔法より金のほうがうまくいくぞ。魔法など、女を従える役にも立たん。ああ、あの女、良くもこのおれを騙しやがって――」
何やら独語する。
アナベルはしばらく黙り込んだ。まわりの客たちは、今度こそ泣きだすのかと思った。そのくらい彼女は悲愴に見えた。
しかし、そうではなかった。彼女は、大きくてのひらを開き、思い切り卓子に叩きつけたのである!
「何よ!」
叫ぶ。
「どいつもこいつもそればっかり。いいじゃない、弟子のひとりくらい取ったって。お金は払うって云っているんだから。そりゃあ、面倒かもしれないよ。でも、子供の頃、困っている人には親切にって教わらなかった? わたしは教わって、ちゃんと実践しているわ。卑しくも魔法使いを名乗るならあなたもそうしたらどうなの? わたしは、いま、困っているんだから!」
「な」
美貌の若者は唖然と彼女を見つめ返した。まさかこのように怒鳴りつけられるとは想像もしていなかったという顔。しばらく黙り込んでから、ようやく腹が立って来たのか、鋭い目つきで立ち上がった。
「何だと、このばか女! おまえは魔法を何だと思っているんだ。そんな簡単に教えられるものでも、教われるものでもないんだぞ。いいか、魔法とはただの便利な道具じゃない。古の黄金時代より伝わる世界の神秘につながった秘密の技藝であっただな」
「うるさい!」
アナベルはむりやりさえぎった。
「何度も聞いたわ! わたしだってそんな簡単なものじゃないことくらいわかっている。でも、どうしても必要なの! だから頭を下げて頼んでいるの! それを鎧袖一触に断わるなんて、あなたには男気がないの? そんなことだから騙されるのよ!」
「お、お、お――」
若者は秀麗な顔を大きくひきつらせた。
「おまえ、云ってはならないことを云ったな! ああ、女はこれだから厭だ! 感情的で理屈が通じない。おまけにすぐに人を騙すし裏切る。さらにいざとなったら泣いてごまかせば良いくらいに考えている。おまえのような女がいるから、おれは――」
そこまでひと息に云って、ハッとしたように言葉を区切った。卓子の上に国王貨幣を一枚置くと、踵を返す。
「不愉快だ! こんな店、二度と来るか!」
ひとり、たったいま入って来たばかりの扉から出て行く。
アナベルはこうして、わずか数日の間にふたりの魔法関係者を追い返すことになったわけであった。
「大丈夫かい、アナベルちゃん」
ひとりの客が声をかけてきた。
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「うん」
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あのふたりを含め何十人もの魔術師や魔法使いに弟子入りを志願し、その全員に断られた。
さすがに、だれも自分の弟子入りをひき受ける者はいないという現実を認めざるを得ない。
それでもあきらめるわけにはいかない。彼女の目ざすことは通常の方法では近づけもせず、魔法の力でもなければ達成不可能なのだ。
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