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第一章 日常の終わりと崩壊の始まり
3話 樹っていう親友と日常
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「今は言えない……すまない。まずは明日の土曜日、明朝に立つ。準備しておけ、私は今から辞表を出してくる」
まるで先生の所業とは思えない展開に俺は何もできずにただ黙っているしかなかった。
「辞表って、先生……」
「……明日からはもう先生じゃないぞ」
ゆっくりと俺の掴んでいた手を離し、そして彼女は教室を出て行った。
「まだ話は終わってねえぞ。どういう事なんだよ一体!」
去り際に明日の事項を先生は話す。
「泊まりの着替えなんていらないからな。そんなもの……あっても邪魔なだけだから」
まるで言っている意味がわからなかった。だけど、なんとなく、それどころじゃないってのだけは感じ取れた。
ふと思い返せば、入学式からほぼ三年間思えばあっという間の日々。クラスは違うのに、小学校すら違っていたのに、気づいた時にはいつも一緒だった。三年生の最後の総体で、準決勝に負けた時、俺が途中から肩を痛めてコントロールがうまく行かなかったのが原因だった。立ちすくみながら、球場の外側の壁にもたれかかる俺を唯一声かけて、「お前のせいじゃない」と言ってくれたのは——アイツだけだった。
----------
——八ヶ月前。
それは最後の総体、試合終了後。
「——っるせえよ。どう考えてもあれは俺がお前の指示通りに投げられなかったのが根本的な原因だろ!」
「違う、そうじゃない。颯、七回裏、途中でお前の肩が少しずつ落ちかけていたのを俺は知ってる。それを早く監督に伝えてやれなかった俺の責任でもある。だから、お前だけのせいなんかじゃない。みんなわかってて。三年間のお前を信じられたから、あの結果になったんだ。だから……みんなお前の事、責めないだろうが……」
俯いていた俺は樹に反論しようとした時だった。
「んな事言ったって……負けたもんはどうしようもねえじゃねえか、あとちょっとで甲子園に行けたんだぞ?みんな絶対悔しいに決まってるのに、負けた原因の俺が泣いてどうすん——」
樹の目から溢れる一滴の雫。
「樹……?」
「拓郎だってそうだ。34℃の熱気の中であいつは立ち続けた。セカンドのポジションを守れるやつがいない中でだ。他のやつが救援に回ってやれたのにあいつはそれでも耐えた。なんでだかわかるか?お前が一番辛そうなのわかってたからだよ。……篤志も、九条も、後輩のレギュラーの子達だってみんな悔しいんだ。だからさ……」
ゆっくりと息を吸うと、俺の肩を抱いて優しく言い放つ。
「想いはみんなおんなじだ。だから、今くらい泣いてもいいじゃねえかよ」
ひとしきり共感しきった後、だらだらと流れる涙が二人の三年分の笑顔へと変わり、青春のページを次へめくった。
「ありがとな。次は俺が樹の事元気付けてやっかんなっ。困ったら何でも言えよなっ」
「照れ臭いからやめろって。ほら、みんなのところに行くぞ」
褐色が染まりかける目尻を拭いながら、俺はやっと、解放された様に笑った。
「おう」
あの時の樹の言葉を俺は、一日足りとも忘れたりはしなかった。
——その後、アイツはどんなワケか、見違える程酷い有り様になっていく。安定した将来を待ち構える日々が、崩れていく音を俺は感じていった。
瞬く間に光が無くなるアイツを見かねた俺は、
「おい、樹!」
「……なに?」
「なに、じゃねえよ!お前何か隠してんだろ?最近妙に学校休む事増えたしさ、なに髪まで染めてんだよ。一体、何があったんだよ」
土曜日の午前中、一人で昼飯の買い付けに出ていた。袋に入れて背負ったネギを地面に叩きつけて、アイツに一発ぶん殴ってでも目を覚まさせて「ちゃんと高校に行こう」って言おうとしてた。
「別になんでもないって。最近ちょっと体調悪くてさ」
「んな事聞いてねえよ、何かあったんだろ?」
「ううん、本当に大丈夫だから」
なのに、俺は本当にガキみたいな事を言ってしまったんだ。
「ああそうかよ、だったらどこへでも行けよ!みんなお前の事心配してんのにそんな面されたら誰だってお前に寄り添おうなんて思わねえわな!」
そんな言葉も効く筈もなく、樹は淡々と話した。
「——みんなに、ごめんって伝えておいて欲しい」
呆れた俺は袋を取りながらその場を後にして帰って行った。
「知らねえよ!勝手にしろよ」
もっと言いたい事は山程あったが、これは少し自分の気持ちも落ち着いてからにしようと思った。しかし、それがあんな事になるなんて、この時の俺は考えようもなかった。
-----------
——現在 校長室にて
「どうぞ、お入りなさい」
誰の気配もない夜七時の校舎に、私は一人校長室の前で緊張していた。
「失礼します」
ゆっくりと観音開きの扉を開けると、もう私のこれからなす事の全てを悟っていたかの様な表情で、老いを一つも感じさせない美貌の黒髪で、その女性は座っていた。
「どうされましたか?花先生」
そして、静かに封筒を置いた。緊張感が強く漂う部屋で、第一声でその場を和ませたのは、いや、道を標したのは紛れもなく校長だった。
「辞表……ですね。もう、あちらへ行くのですね」
「はい」
私の気持ちは変わらない。もう、二度と同じ悲劇は起こさない為にも。
「そうですか。」
「そして、もう私がこの世界にいる意味などないからこそ、今、あの子達をこんな所で見捨てるわけにはいかない。未来はきっと——変えられると、私はそう信じています」
「……あなたの瞳はやはり、どことなく昔の夕華梨さんに似ていますね。とは言っても、本来ならば同じ人物ですものね」
「——はい」
「お行きなさい。本物がどちらかなどわたしには到底分かり得ぬ世界のお話です。されど花先生、くれぐれも御身を犠牲にする様な事はしないで下さいね。私も別人物ではありますが、彼女の担任だったのですから、貴方も我が生徒と同じです。彼女も、貴方も、私はずっと見守っていますから」
「——恐縮です。それでは、お元気で」
まるで先生の所業とは思えない展開に俺は何もできずにただ黙っているしかなかった。
「辞表って、先生……」
「……明日からはもう先生じゃないぞ」
ゆっくりと俺の掴んでいた手を離し、そして彼女は教室を出て行った。
「まだ話は終わってねえぞ。どういう事なんだよ一体!」
去り際に明日の事項を先生は話す。
「泊まりの着替えなんていらないからな。そんなもの……あっても邪魔なだけだから」
まるで言っている意味がわからなかった。だけど、なんとなく、それどころじゃないってのだけは感じ取れた。
ふと思い返せば、入学式からほぼ三年間思えばあっという間の日々。クラスは違うのに、小学校すら違っていたのに、気づいた時にはいつも一緒だった。三年生の最後の総体で、準決勝に負けた時、俺が途中から肩を痛めてコントロールがうまく行かなかったのが原因だった。立ちすくみながら、球場の外側の壁にもたれかかる俺を唯一声かけて、「お前のせいじゃない」と言ってくれたのは——アイツだけだった。
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——八ヶ月前。
それは最後の総体、試合終了後。
「——っるせえよ。どう考えてもあれは俺がお前の指示通りに投げられなかったのが根本的な原因だろ!」
「違う、そうじゃない。颯、七回裏、途中でお前の肩が少しずつ落ちかけていたのを俺は知ってる。それを早く監督に伝えてやれなかった俺の責任でもある。だから、お前だけのせいなんかじゃない。みんなわかってて。三年間のお前を信じられたから、あの結果になったんだ。だから……みんなお前の事、責めないだろうが……」
俯いていた俺は樹に反論しようとした時だった。
「んな事言ったって……負けたもんはどうしようもねえじゃねえか、あとちょっとで甲子園に行けたんだぞ?みんな絶対悔しいに決まってるのに、負けた原因の俺が泣いてどうすん——」
樹の目から溢れる一滴の雫。
「樹……?」
「拓郎だってそうだ。34℃の熱気の中であいつは立ち続けた。セカンドのポジションを守れるやつがいない中でだ。他のやつが救援に回ってやれたのにあいつはそれでも耐えた。なんでだかわかるか?お前が一番辛そうなのわかってたからだよ。……篤志も、九条も、後輩のレギュラーの子達だってみんな悔しいんだ。だからさ……」
ゆっくりと息を吸うと、俺の肩を抱いて優しく言い放つ。
「想いはみんなおんなじだ。だから、今くらい泣いてもいいじゃねえかよ」
ひとしきり共感しきった後、だらだらと流れる涙が二人の三年分の笑顔へと変わり、青春のページを次へめくった。
「ありがとな。次は俺が樹の事元気付けてやっかんなっ。困ったら何でも言えよなっ」
「照れ臭いからやめろって。ほら、みんなのところに行くぞ」
褐色が染まりかける目尻を拭いながら、俺はやっと、解放された様に笑った。
「おう」
あの時の樹の言葉を俺は、一日足りとも忘れたりはしなかった。
——その後、アイツはどんなワケか、見違える程酷い有り様になっていく。安定した将来を待ち構える日々が、崩れていく音を俺は感じていった。
瞬く間に光が無くなるアイツを見かねた俺は、
「おい、樹!」
「……なに?」
「なに、じゃねえよ!お前何か隠してんだろ?最近妙に学校休む事増えたしさ、なに髪まで染めてんだよ。一体、何があったんだよ」
土曜日の午前中、一人で昼飯の買い付けに出ていた。袋に入れて背負ったネギを地面に叩きつけて、アイツに一発ぶん殴ってでも目を覚まさせて「ちゃんと高校に行こう」って言おうとしてた。
「別になんでもないって。最近ちょっと体調悪くてさ」
「んな事聞いてねえよ、何かあったんだろ?」
「ううん、本当に大丈夫だから」
なのに、俺は本当にガキみたいな事を言ってしまったんだ。
「ああそうかよ、だったらどこへでも行けよ!みんなお前の事心配してんのにそんな面されたら誰だってお前に寄り添おうなんて思わねえわな!」
そんな言葉も効く筈もなく、樹は淡々と話した。
「——みんなに、ごめんって伝えておいて欲しい」
呆れた俺は袋を取りながらその場を後にして帰って行った。
「知らねえよ!勝手にしろよ」
もっと言いたい事は山程あったが、これは少し自分の気持ちも落ち着いてからにしようと思った。しかし、それがあんな事になるなんて、この時の俺は考えようもなかった。
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——現在 校長室にて
「どうぞ、お入りなさい」
誰の気配もない夜七時の校舎に、私は一人校長室の前で緊張していた。
「失礼します」
ゆっくりと観音開きの扉を開けると、もう私のこれからなす事の全てを悟っていたかの様な表情で、老いを一つも感じさせない美貌の黒髪で、その女性は座っていた。
「どうされましたか?花先生」
そして、静かに封筒を置いた。緊張感が強く漂う部屋で、第一声でその場を和ませたのは、いや、道を標したのは紛れもなく校長だった。
「辞表……ですね。もう、あちらへ行くのですね」
「はい」
私の気持ちは変わらない。もう、二度と同じ悲劇は起こさない為にも。
「そうですか。」
「そして、もう私がこの世界にいる意味などないからこそ、今、あの子達をこんな所で見捨てるわけにはいかない。未来はきっと——変えられると、私はそう信じています」
「……あなたの瞳はやはり、どことなく昔の夕華梨さんに似ていますね。とは言っても、本来ならば同じ人物ですものね」
「——はい」
「お行きなさい。本物がどちらかなどわたしには到底分かり得ぬ世界のお話です。されど花先生、くれぐれも御身を犠牲にする様な事はしないで下さいね。私も別人物ではありますが、彼女の担任だったのですから、貴方も我が生徒と同じです。彼女も、貴方も、私はずっと見守っていますから」
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