春の真ん中、泣いてる君と恋をした

佐々森りろ

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1巻

1-3

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 ――でも、慣れない部屋の雰囲気もあいまって、天井の木目が人の目のように見えて妙に怖くなる。それに、一人きりだとやけに聞こえてくる外のざわめきに耳がいちいち反応してしまう。
 結局、あたしは熟睡できないまま朝を迎えた。

「……奏音、昨日眠れなかったの?」

 あたしの顔を見るなり、母が心配そうに聞いてくるから、洗面台の鏡に急いで自分の顔を映した。
 う、わ。目の下にクマ。
 冷たい水で顔を洗って、肌を整えたら日焼け止めのクリームを目の下を中心にたっぷり塗った。
 よし、完璧。先ほどのクマはほとんど目立たない。
 一安心して居間へと向かうと、台所に居たおばあちゃんに「おはよう」と声をかけた。

「おはよう、奏音ちゃん。よく眠れたかい?」

 鍋に味噌を入れるお玉と菜箸を一度止めて、くしゃりとしわを作るおばあちゃんの笑顔に、あたしは迷わず「うん」と頷いた。
 まさか、天井の木目や外の風の音が怖いせいで眠れなかった、とは言えずに苦笑いをした。
 テーブルにきちんと並べられていた朝ごはんに毎度のごとく感動して、あたしは正座をして座ると、手を合わせた。

「いただきます」

 しゃけとほうれん草のおひたしに厚焼き卵。どれも今までのあたしの生活にはなかったものだ。隣で同じく手を合わせた母は、あたしを微笑ましく見つめている。
 我が家では、食パンにジャムかバター。たまに調子がいい時は目玉焼きが出てくるけれど、ほとんどはパンと即席スープがケトルと一緒に置かれているだけだった。
 お母さんの朝ごはんも、あれはあれで、良かったんだけどね。
 心の中で過去を振り返ったけれど、口には出さなかった。
 食べ始めて数分、「おっはよーございまーす!」と元気な声が聞こえてきた。
 え、恭ちゃん⁉ 早くない? 
 あたしは茶碗と箸を持ったまま壁の時計を見上げた。
 時刻は午前七時。
 昨日のメッセージには七時半に迎えに行くって書かれていたはずだ。
 記憶を辿りながら窓の外へ視線を向けると、片手を上げて笑顔の恭ちゃんが立っていた。

「おはようっ、奏音ちゃん。ごめん早く来て。俺、素振り練習してるからゆっくりご飯食べていいからね」

 大きく手を振って庭の広い場所へ走っていくと、手に持っていたバットを握りしめて構え始めた。空気を斬る鋭い音が聞こえてくる。真剣な顔できれいなフォームの素振りをする恭ちゃんに思わず見惚れつつ、あたしは急いでご飯を食べ終えた。
 それから準備を済ませて外へ出ると、恭ちゃんはタオルで汗を拭っていた。

「恭ちゃん、野球続けていたんだね」

 小学校の頃に少年野球チームに入っていたのは、なんとなく記憶に残っている。
 そう言うと、バットを持つ構えのまま、腕だけのスイングをしながら恭ちゃんが満面の笑みを浮かべる。

「うん、なんでも飽きっぽいんだけどさ、これだけは嫌にならないんだよね」

 それからうんと伸びをして、恭ちゃんがこっちを見た。

「奏音ちゃんは? 部活何やってたの?」
「……あたしは、ボール拾い」
「え? ボール拾い部? 何それ。楽しいの?」

 正しくは、ソフトテニス部に所属していた。
 だけど、あたしはそこまで真面目に部活には参加していなくて、試合には出させてもらえなかった。
 だから、ひたすらにボール拾いをしていた記憶しかない。

「あ! じゃあさ、野球部のマネージャーやってよ! ボール拾いも出来るよ」

 にこやかに笑う恭ちゃんに、あたしは盛大なため息をついてしまった。

「いや、ボール拾いはもういいかな。学校行ってから考えるね」

 白いスニーカーに足を入れて、かかとをグッと押し込む。玄関まで見送ってくれていたおばあちゃんと母に手を振って、「いってきます」と、笑った。


 新しい制服は前の学校のブレザーとは違って、セーラー服だ。
 濃紺色のスカートと紺地に白色のラインが入ったセーラーに、空色のリボン。まだ着慣れていないからか、変な感じがする。
 玄関横の鏡でくるりとその姿を確認してから出てきたけれど、まだこの制服が自分に似合っているのか不安がある。
 うーん、と思っているとあたしに歩幅を合わせてゆっくり進んでくれていた恭ちゃんがふとこちらを向いた。

「奏音ちゃん、この前の見学で何か不安なとことかなかった?」
「……この制服、似合ってる?」
「へ?」
「あ……いや、なんでもない!」

 思っていたことがそのまま口に出てしまう。
 驚いたように目を丸くした恭ちゃんに、あたしは変な質問をしてしまったと慌てた。

「……に、似合ってる、と思う! 可愛い」

 しかし、戸惑いながらも恭ちゃんはしっかりと答えてくれた。顔を上げると恭ちゃんの耳が真っ赤になっていて、照れているのが分かる。お世辞じゃなさそうなことに、嬉しくなった。

「ありがとう、恭ちゃん」

 恭ちゃんは優しい。
 だからきっと大丈夫。恭ちゃんがそばに居てくれれば、学校にもすぐに馴染めるはずだ。
 軽く目を閉じて、ゆっくり息を吸い込んだ。桜の香りが鼻を抜けて胸いっぱいに広がる。深く長く息を吐き出した。目を開けて、桜舞い散る坂道を見上げた。

「よし、友達たくさん作るぞっ」

 両手を握りしめて胸の前で気合を入れると、隣でふはっと笑う声がした。

「大丈夫だよ。奏音ちゃんなら友達百人できるって。俺が保証する」

 ニッと白い歯を見せながら笑う恭ちゃんに、安心する。

「あ、その前に同級生百人もいねーな。学校ひっくるめて友達にしねーと間に合わんかも」
「……百人は……無謀かもね。とりあえずクラスの人とは仲良く出来たらいいかな」

 考え込む恭ちゃんに、苦笑いしながらあたしは冷静に答えた。

「あ……」

 その時、恭ちゃんの視線が坂の入り口付近へ向いて止まった。
 かと思えば、なぜか眉を下げて困ったような顔になる。
 その視線を辿ってみると、校門近くの一番手前の桜の木の下に、誰かを待つように立っている女の子の姿があった。

「奏音ちゃん、ちょっと待ってて」
「え……」

 慌ててあたしにそう言うと、恭ちゃんは足早にその子の元へ走って行った。
 そのまま二人で話し始めたのを見て、あたしはゆっくり歩き出す。
 ここまで来れば、あとは桜の絨毯じゅうたんが敷かれた坂道を登るだけだ。
 ――恭ちゃんだって、あたしにばっかり構ってられないよね。
 チラリと一瞬だけ恭ちゃんの大きな背中とその目の前にいるショートカットで長身の女の子の姿を見てから、学校へと足を向ける。
 もしかして、恭ちゃんの彼女? 
 仲良さげに話す雰囲気に、あたしはそう予感した。
 ならば、あたしは待っていないで先を急ぐのみ。そこまで鈍感ではないからね。幼馴染の恋路の邪魔はしてはいけない。なんて思いながら、あたしはもう一度だけチラリと二人を見て、足を早めた。
 すらっとしたショートカットの女の子に、眉を下げて話しかける恭ちゃん。
 可愛い子じゃん。あとで色々聞いちゃおう。恭ちゃんと恋バナが出来る日が来るなんて、思ってもみなかったから楽しみすぎる。
 なんだか、恭ちゃんに彼女がいることがとても嬉しく思った。足取りが一気に軽くなる。
 時折吹く風に乗って、桜の花びらが舞い踊る。
 あたしはスキップをするように、目の前を捕まえてごらんとばかりにひらひら逃げ惑う花びらに手を伸ばしては掴み損ねを繰り返しつつ、一気に校門まで駆け上がった。


 恭ちゃんに教えてもらった通りに、第二学年の昇降口から入って自分の靴置き場を探す。
 が、意外と見つからない。
 この前すでに名前が貼られていたのだから、きちんと場所を確認すれば良かった。
 他の生徒がすんなりと自分の靴箱を見つけて行く。焦りばかりが募るけど、決して焦っているなどとは悟られないように、あたしは人がいなくなるのを見計らってから、また必死になって自分の靴箱を探した。
 ――ない! なんで? 転校生だから?
 先生もしかしてあたしのこと忘れていたりしてないよね? 
 不安になればなるほどに、嫌な冷や汗が出てくる。
 その時だ。

中村なかむら……かのん?」

 指差し確認をしながらしゃがみ込んで、一番下の段を懸命に探すあたしの横で名前を呼ばれた。
 だけど、あたしは〝奏音〟と書いて、ではなく、だ。間違いを訂正しようと顔を上げる前に、すぐ隣にしゃがみ込んだ人と目が合った。
 長めの前髪に、明るいブラウンの髪色――

「また、桜の花びらついてる」

 そっと、あたしの頭へと手を伸ばした彼は、あの時と同じ。
 ふっと笑って立ち上がると、「ここ」と指差した先に〝中村奏音〟の文字を見つけて、あたしは一気に立ち上がった。

「あ、ありがとうございますっ」

 深くお辞儀をしたあたしの上で、彼がまた笑った。

「じゃあ、またね」

 視界に入る彼の足が離れていく。慌てて顔を上げた時には、もう遅かった。墨黒すみくろの薄手のコートを羽織った彼の後ろ姿に、あたしはしばらく脱いだ靴を抱えたまま動けずにいた。


「奏音ちゃん! 待っててって言ったのに」
「……あれ? 恭ちゃん?」

 走ってきたのか、息を切らして現れた恭ちゃんにあたしは驚いた。

「靴置き場、分かんねーんじゃないかなって思って」

 息を整えながら、恭ちゃんはキョロキョロとあたしの名前を探し始めてくれる。

「あ、ここ。大丈夫だよ。見つけたから」

 さっきの彼に教えてもらった自分の名前が貼られた場所を指差して、あたしは笑った。
 それを見て、恭ちゃんがぱっと笑顔になる。

「あ、ほんとだ。良かった。俺一年の時めちゃくちゃ探し損ねてさ。すげぇ嫌な思いしたから、奏音ちゃんもそうなってほしくないと思ってさぁ」

 それで、急いで来てくれたんだ。彼女を置いて? 
 あたしはスニーカーをしまいながら、恭ちゃんの周りを見渡すけれど、さっきの女の子の姿は見当たらない。

「教室まで一緒に行こう」
「あー……うん」

 恭ちゃんも靴を履き替えて歩きだすから、あたしは後ろをついていく。
 あれ? あたしの勘違いだったのかな? 

『また、桜の花びらついてる』

 それよりも、そう言った彼の笑顔が頭から離れない。
 やっぱり、幽霊なんかじゃなかった。ちゃんと実在した。
『じゃあまたね』って、言ってくれた。また、会えるんだ。そう思うと、嬉しくなって、あたしは口元が緩くなってしまう。

「……奏音ちゃん? なんかおかしい?」

 振り返ってあたしの顔を見た恭ちゃんが不思議そうに聞いてくるから、あたしは焦って首を横に振った。

「い、いや、なんでもないよ……」

 うん、なんでもない。彼にまた会えて話しかけてもらえたことが、こんなに嬉しいだなんて、恭ちゃんにはなんでもないことだ。
 新しい高校生活の楽しみが出来た気がして、あたしはきゅうっと締め付けられる胸に手を当てた。


 さて、桜花高校は小規模で、一学年、三クラスの編成になっている。
 一クラスは二十人程度で、恭ちゃんの言っていたように、同級生だけでは全員と友達になれたとしても、友達百人は叶わない。全員と仲良くなろうとはさすがに思っていないけれど、出来れば女の子の友達が欲しい。と、意気込みながら、自分の教室へと足を踏み入れた。

「恭太!」

 それと同時に、教室に入りかけた恭ちゃんを呼ぶ声が廊下から聞こえてきた。
 恭ちゃんが振り返るのと一緒に、あたしも思わず振り返る。

「置いていくって酷くない?」
「あ、夢香ゆめかりぃ」
「うっわ、何それ、絶対悪いと思ってない!」
「は? 思ってるよ」

 恭ちゃんに負けじと元気なのは、先程坂の下で見かけた、恭ちゃんの彼女らしき女の子だった。勢いに押されるように一歩下がる。すると彼女は、恭ちゃんの前にいたあたしに今気が付いたように、視線を動かした。

「恭太の幼馴染?」

 キリッとした鋭い目つきに、一瞬怯みそうになりつつ、あたしは頷いた。

「……中村奏音です。よろしく、お願いします」

 丁寧に自己紹介をして笑顔を作った後に、頭を下げた。
 こういうのは、第一印象が大事。

「へぇ」

 でも、彼女はまじまじとあたしのことを見てから不敵に笑う。

「あたし教室違うから。じゃあね」

 一瞬だけ、睨まれた気がする。
 遠目から見た時は、スタイルが良くてショートカットが似合って可愛らしいと思ったけど、近くで見るとあたしよりも十センチくらいは大きく見えたし、なんだか恭ちゃんへの怒りなのか、あたしへの怒りなのか分からないけれど、目が、怖かった。
 行ってしまった後ろ姿にホッとしていると、恭ちゃんが焦るように笑う。

「ご、ごめんね、奏音ちゃん。あいつ、斉藤さいとう夢香っていうんだけど。友達で、普段めちゃくちゃ良いやつなんだけどさ、なんであんな怒ってんだろ」

 はは、と頭を掻きながら苦笑いする恭ちゃんに、あたしは目を細めた。

「それ、恭ちゃんが悪いと思う」
「え⁉ なんで?」

 自分の席がどこかを確認しながら、あたしは彼女が言った言葉を思い出す。

「さっき、あの子のこと置いてきちゃったんでしょ?」
「それは……奏音ちゃんが心配で」
「うん、それはありがとう。恭ちゃんがいてくれてあたしも安心だし、助かってる。でも、友達のこともちゃんと大事にしてあげて」
「……あ、うん。ごめん」
「あたしも恭ちゃんの友達とは仲良くしたいと思っているから、あたしにばっかり構わなくても大丈夫だからね」

 恭ちゃんが心配してくれるのは、とても嬉しい。何かあれば、あたしは今のところ頼りは恭ちゃんしかいない。だけど、今日からここがあたしの居場所になる。恭ちゃんだけを頼りには出来ないし、自分でなんでもやれるようにならないと。
 ──それに、出来れば恭ちゃんの友達には嫌われたくない。

「恭ちゃんのことはとても頼りにしてるし、ピンチの時は助けを呼ぶから」

 そう言うと、ちょっと肩を落としていた恭ちゃんがぱっと笑顔になった。

「……奏音ちゃん、それめっちゃいい! 俺ヒーローじゃん! うん、分かった。いつでも呼んで! 飛んでく」
「声が……」

 大きい声に、みんなの注目が集まっていて恥ずかしい。でも、当の本人である恭ちゃんは嬉しそうに笑っている。あたしも苦笑いで頷いて、ようやく黒板の座席表を見た。
 窓側一番後ろの席があたしの席みたいだ。
 そこまで行って自分の机にリュックを置く。
 恭ちゃんはあたしの隣の列の前から三番目。
 チラリとこちらを向いてくれると、ちょうど目が合う距離で安心する。
 ――きっと大丈夫。友達もすぐに出来る。
 窓から外を眺めると、満開の桜が風に吹かれて舞い散るのが見えた。
 淡いピンク色が空の蒼さに点を作る様子を眺めていると、カタンッと、隣の席の椅子が引かれた。
 振り向いて、思わず息を呑む。
 差し込む日差しにキラキラと明るい髪色が反射している。長めの前髪から覗く瞳は、たぶんあたしと同じ反応をしている。
 彼は、目を大きく見開いたかと思えば、一気に細めて柔らかく笑っていた。

「隣、なんだ」

 ちょうど担任の先生が入ってきたタイミングで、口の動きでそう言われたのが分かった。
 あたしは嬉しくて首を何度も上下させた。
 彼の目がますます細まって、声に出さないようククッと笑っているのが分かる。
 また、会えた。しかも、隣の席。彼の名前は……? 
 あたしは黒板へと視線を向けて、座席表で名前を確認しようとする。

芹羽せりう、髪色どうした?」

 すると、担任の先生がため息をつきながらこちらの方を見ていた。
 芹羽、と呼ばれたのは隣の彼だった。

「地毛です」
「去年もそれで通したけど、なんか春休み中にまた明るくなってないか? さすがにもうかばい切れないぞ」
「いや、別にかばってもらわなくてもいいですけど」

 淡々と先生とやりとりする彼の表情には、先ほどの笑顔など微塵みじんもない。

「とにかく一回は言うぞ、直してこいよ」

 さらに、ちょっと顔をしかめた先生に返事もせず、彼、芹羽くんは頬杖をついてぼーっとし出した。
 そんな芹羽くんに、周りから一瞬ざわざわと「まただよ」とか「直すわけねー」とか、言葉が飛び交った。けれど、本人は何も気にしていない様子だ。
 彼がどんな人なのか少し不安になる。

「じゃあホームルーム始めるな。あ、最初にこの春から転校してきた、中村奏音。ちょっと立って」

 急に名前を呼ばれて、あたしは驚きのあまり勢いよく立ちすぎて椅子を見事にひっくり返してしまった。
 ガッターンッと響く音の後に、教室は一気にしんっと静まり返る。
 立ち上がったのは良いけれど、ものすごい恥ずかしさが込み上げてきて、あたしはとりあえず椅子を直そうとしゃがみ込んだ。

「緊張しすぎだぞ! 奏音ちゃんっ、大丈夫だって、こいつらみんないい奴だから」

 そこへ響いてきた声は、恭ちゃんのもの。次の瞬間、みんなが笑い出したのを聞いて、ますます恥ずかしくなるけれど、気持ちは軽くなった。
 椅子を直して恭ちゃんに笑いかけてから、教室を見渡す。

「中村、奏音です。よろしくお願いします」

 お辞儀をして、すぐに椅子に座り直すと、先生が説明してくれた。

「中村は横浜から引っ越してきたそうだ。相楽さがらとは小さい頃からの知り合いらしいから、何か困ったことがあったら、相楽になんでも聞いてくれ。さっき言ったように、このクラスはみんないい奴揃いだから、すぐに馴染めると思うぞ。と、いうことで、みんな新しいクラスメイトをよろしくな」

 先生の言葉に、教室の中はなごやかになる。その雰囲気と、振り返ってニシシと笑う恭ちゃんに安心して、あたしも笑った。

「……かのん……じゃないんだ」

 ボソリ。隣から聞こえてきた声に、あたしは芹羽くんの方を向いた。
 まっすぐ黒板を見ている彼は、何故か困った顔をしているように見える。
 あたしが不思議に思っていると、こちらを向いた彼と視線がぶつかった。

「ごめん、名前間違うとか。かの、って読むんだね。よろしく。俺は、芹羽まこと

 そっと謝ってから、丁寧に自己紹介してくれる芹羽くん。
 見た目は髪を明るく染めた問題児に見えるけれど、中身は真面目なのかもしれない。
 また優しく微笑む姿は悪い人には見えなくて、不安はどこかへ飛んでいった。その代わりに心臓の奥が、きゅうっと縮む。
 また会えた嬉しさが重なって、あたしは安心して芹羽くんに笑顔を向けた。


 これから始まる高校生活に、少し期待を持てる気がした。


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