巡りくる季節の途中で

佐々森りろ

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第五章 カフェ巡り好きの同級生

5-1

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 父が単身赴任の為に家を出て行ったのは、今年の春。
 行き先はあたしには分からない。ただ、父は「元気でな」と一言、あたしの頭を撫でながら言ってくれた。なんだか、二度と会えなくなるんじゃないか。そんなことを思わせるような雰囲気だったのを思い出す。その時はそんなわけないと思っていたけれど。
 初めのうちは電話で何度か話したりもしたのに、最近は母も仕事が忙しいし、あたしも学校や自分のことで精一杯で、父との連絡は滞っていた。
 元気なのかな……お父さん。
 皮肉にも、今夜は父の大好物の豚の生姜焼き。父のことを思い出さずにはいられなかった。

「お父さんは、お盆休みないのかな?」

 母の仕事が落ち着いて、久しぶりに三人揃った夕飯で、あたしは母に聞いてみる。

「知らないわ、普段から忙しくてまともに連絡もよこさないし。生存すら怪しい」

 一気に母の顔色が変わったことに、あたしはハッとした。

「おとうさんにあいたい」

 海が悲しそうに眉を下げるから、母は眉間に寄っていた皺をゆるめてすぐに笑顔を作った。

「お父さんはお仕事だからね、しょうがないのよ、海」

 しんみりしてしまった食卓に慌ててしまう。

「そういえば、一葉くんのお父さんって凄い人だったよね?」

 話題を変えて明るくしようとあたしが母に聞くと、「そうよ」と話にのってきてくれた。

「前に教えたけど、一級建築士でね、世界中飛び回っているらしいわ。あたしも一葉くんが小さい頃に会ったきり。その頃はまだそこまで大きな存在ではなかったけど、あっという間にもう雲の上の人ね」
「……そっか。一葉くん、お父さんと離れていて寂しくないのかな」
「え! カズハもおとうさんいないの?」

 あたしがポツリと呟いた言葉に、海が目をまんまるくして聞いてくる。

「一葉くんのお父さんもね、海のお家みたいにお父さんが遠くにお仕事しに行っているんだって」
「へぇ、そうなんだ! カズハ、ぼくといっしょかぁ」

 なんだか、同じ境遇にいることが嬉しいのか、海の顔が明るくなった。そう言えば、一葉くんのお母さんの話は今まであまり聞いたことがなかった。
 咲子さんの家で一人で居候している一葉くん。高校生だから、親元を離れていてもそこまで不思議ではないけれど、やっぱり寂しくないのかなとは、思ってしまう。あたしが思うよりもきっと、一葉くんはずっと大人で考え方だってしっかりしている。余計な心配は、また一葉くんの迷惑になってしまうのかもしれない。

 ご飯を食べ終わって部屋へ戻ると、スマホが鳴り出した。着信は日向子ちゃん。嬉しくてベッドに座ってすぐに着信に応えた。

『梨紅ーっ、花火大会一緒に行かない⁉』

 あたしが声を発するよりも先に、元気な日向子ちゃんの声が飛んできた。

「……花火大会?」
『そうそう。もう誰かと行く約束しちゃってる?』

 唐突に切り出してくる日向子ちゃんに圧倒されながらも、あたしは帰り道で見たポスターを思い出す。

「う、ううん。いつも、家族と見に行っていたから……」
『あたしと行かない?』

 一瞬、嬉しすぎて戸惑ってしまう。ためらったあたしを、スマホの向こうの日向子ちゃんは静かに待ってくれている気がした。そして、日向子ちゃんと花火大会に行きたいと、素直に思った。

「……えっと、一緒に、行きたい……な」

 歯切れの悪いあたしの返答に、スマホの向こうの日向子ちゃんがくすくすと笑っている。そしてすぐ、弾むように元気な声が返ってきた。

『やったやったぁ! じゃあ約束だよ、梨紅!』

 詳しい時間は「和やか」で話すことにして、通話は終了した。
 普段は穏やかで静かな町の花火大会は、その日ばかりは近隣県などからもけっこうな人が出て賑わう。花火は三千発と多からず少なからずだけれど、一発一発がとても大きい。体を撃ち抜かれる様な感覚の振動と音が響いてすごいし、とても迫力がある花火は見応えも十分だ。
 人混みの得意じゃないあたしは、家から花火を見上げるのが毎年の楽しみだった。小さい頃は家の周りも高い建物が少なくて、二階の部屋の窓から目の前に見えていたのだけれど、今となっては大型ショッピングモールの街灯や街路樹が邪魔をして、あまりよく見えなくなった。けれど、少しだけ歩いて会場方向を見上げれば花火を楽しむことが出来た。
 母と海は陽が明るいうちに会場まで行って、屋台を楽しんで帰ってくる。体の弱いあたしは父とお留守番。そして、決まってあたしにたこ焼きといちご飴を買ってきてくれる。それが、毎年の密かな楽しみになっていた。
 久しぶりに、父に連絡を取ってみようか。ふと、開いたメッセージ画面に父の名前が表示されているのを見て思いつく。返信が無ければないで、忙しいんだと諦めよう。あたしは父へのメッセージに「夏まつりは帰ってこないの?」とだけ送ってみた。すると、秒で既読の文字が現れて、驚く。そして、スマホが鳴り出した。着信は父から。

「も、もしもし? お父さん?」
『梨紅、久しぶりだなぁ』
「う、うん。そーだね。お父さん仕事大丈夫なの?」

 なんとなく、スマホ越しの父の声が震えている様に思えた。

『ようやく忙しい所は超えたんだよ。だから、夏まつりまでには帰れるかもしれない』
「え!  そうなの?」
『……ところで、母さんの様子はどうだ? 怒ってないか?』

 不安そうに聞いてくる父は、なんだか海みたいにやっぱり声が震えている。

「全然連絡よこさないって、ついさっき怒ってたよ」
『やっぱりかぁ! そっかぁ……梨紅と海のこと任せっきりにしてしまったからな、自分の仕事も大変なのに』
「どうして、連絡くれなかったの?」

 忙しいのは分かるけれど、空いた時間にでもメッセージのやりとりとか通話だってしようと思えば出来るものじゃないのかな? 呑気にそんなふうに思ってベッドに寝転がると、小さなため息が聞こえた後に、父が困った様な声で答えた。

『父さんさ、連絡取っちゃうとすぐにでもみんなと会いたくなってしまうんだよ。だからさ、なるべく仕事に集中して、早く帰れる様に頑張ろうって思ってやってきたんだ。ただ、それは父さんが勝手に自分の気持ちを保つためにやってきたことで、母さんや梨紅や海には、とても寂しい思いをさせてしまったのかもしれない』

 それって、連絡をくれないのは、あたし達のことなんて忘れて仕事を優先していたわけじゃなかったってことなのかな。

「……お父さんも、寂しかったって、こと?」
『そうだよ。父さんさ、めちゃくちゃ寂しがりやなんだよ。梨紅にこうして電話したのも、今後悔してる』
「え……」
『今すぐにでも帰りたいよ。父さんの居場所は家族といれる家だから。もう少しだけ頑張って、夏まつりには間に合う様に帰るよ。明日、母さんにも連絡してみる』
「うん、海も心配していたから、なんなら、今変わろうか?」

 あたしはベッドから起き上がって部屋を出ようとして、父に止められた。

『いや、いいよ。日を改めるから、じゃないと本当に父さん寂しさマックスになっちゃうからさ。梨紅、母さんと海のこと、頼むな』

 慌てながら父が照れ笑いしている顔が浮かんで、なんだか嬉しくなった。

「……うん、分かった」

 父に頼られたことが嬉しい。寂しいのはお互いだった。あたしだって家族と離れなければいけないなんてことになったら、寂しくてすぐに会いたくなってしまうと思う。便利な通信ツールはあるけれど、やっぱり実際に会えないと、寂しさは埋められないのかもしれない。
 ふと、一葉くんの姿が頭の中に浮かんだ。家族と離れて暮らしている一葉くんが、寂しくないわけがない。本当は、我慢しているのかもしれない。なんとか、一葉くんが毎日寂しくならない様に、楽しくいれる様に、あたしに出来ることってなにかないかな。そんなことを、思ってしまう。だって、一葉くんには、いつも笑っていて欲しいから。


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