巡りくる季節の途中で

佐々森りろ

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第七章 花火大会

7-6

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 しばらく見惚れていて、何発か続け様に上がる赤、緑、金色を見上げながら、ゆっくり立ち上がって窓に近づいた。

「梨紅ーっ」

 小声だけど、花火の音に混じって耳に聞こえて来た声。すぐに、あたしは空から地上へと視線を下ろした。一葉くんが、手にキラキラ光る何かを持って笑顔で手を振っている。かと思えば、すぐにそっと建物の中に入って行って、少ししてから階段の軋む音が聞こえて来た。

「ごめん、梨紅。花火始まっちゃったな」

 困ったように眉を下げて現れた一葉くんの手には、さっき見えたキラキラ。あたしは思わずじっとキラキラの正体を見つめる。

「梨紅、これ欲しかったんじゃないかなって思って。はい」

 真っ直ぐに差し出されたのは、最後尾の屋台で見つけた、買えずに帰ってきたいちご飴。

「ありがとう……」

 足も痛かったし、長い列になっていたからすぐに諦めちゃったのに。まさか、一葉くん、あたしの足が痛いことも、いちご飴を欲しそうにしていたことも、みんな気が付いてくれていたのかな。
 そっと、差し出されたいちご飴を手にした瞬間、赤色が鮮やかな大輪の花火が夜空に大きく咲いた。
 窓の外へ視線を向けると、「すっげぇ……」と一葉くんが呟いて、ドォンッと心臓までも貫くように響く花火の音に、胸元で受け取ったいちご飴の棒をギュッと握った。

「ありがとう、一葉くん」

 隣を見上げてはっきり言葉にすると、一葉くんは微笑む。

「それ、梨紅の癖なの? また二回言ってる。嬉しいからいいけど」

 花火の煌めきが、空を見上げ直した一葉くんの横顔を色とりどりに照らす。
 一葉くんの優しさには、ほんの少しの寂しさが混じっている。あたしは、その寂しさごと、優しさを受け取ってあげたい。
 きっと、一葉くんはお母さんのことも、お父さんのことも好きなはず。もしかしたら、お父さんとだって、本当は一緒にいたいって、思っているんじゃないのかな。
 あたしは、一葉くんのそばにいたい。話を聞いてあげたい。あの頃会えた思い出を、この花火みたいに綺麗に輝かせていたい。
 強さも弱さも持っている一葉くんは、今、ここに居て、光り輝いているんだよってことを、伝えたい。そして、どうか彼の心の中から、不安だけが落ちて、消えて欲しい。そう、願ってしまう。

 並んで立つ距離に、触れそうなほど近い位置にある一葉くんの手。一瞬だけ躊躇ってから、そっと小指を摘んで小さく繋いだ。
 そして、何度も上がる花火を、ただ静かに眺めていた。
 ここに居て、思い出すことはたくさんあるんだと思う。一葉くんがこの場所で過ごした日々は、少なくも多くもなかったのかもしれない。けれど、それでもきっと、心の中ではまだ、幼い頃の自分と葛藤しているのかもしれない。

「……食べよっか」

 頬を伝ってしまっていた一筋の涙に気が付いたのか、一葉くんはさりげなく頬を拭った。なんでもなかったように笑いかけてくれるから、あたしも、涙に気がつかないフリをして頷いた。
 長椅子に座って、一葉くんは買って来た焼きそばのパックを開ける。あたしはたこ焼き。割り箸を割って、大玉のたこ焼きを一つ口にする。いつも海がソースを口の周りにくっ付けて、美味しそうに頬張る笑顔を思い出す。かわいい姿に、お祭りのたこ焼きはかかせなくなった。
 やっぱり美味しい。思わず笑みがこぼれてしまって、隣からの視線を感じた。

「ソース、付いてるよ。梨紅はいつも美味しそうに食べるよね」

 微笑む一葉くんに、なんだか恥ずかしくなって、口元をティッシュで拭いた。

「ごめんな、今日。梨紅のこと独り占めして」

 空になった焼きそばのパックを袋にしまいながら、急に、一葉くんが謝る。

「仲良くなっても、引っ越せばもう友達じゃなくなるし、引っ越し先でまた仲良くなっても、また別れが来るなら、あまり深くは付き合わないで、上辺だけ友達を装っていようって、ずっとやって来てた」

 窓の外、花火は休憩に入ったのか、今は静かで穏やかな風が吹き込んでくる。元々ついていた蚊取り線香の煙が、一筋立ち上りながらたまに風で揺らぐ。

「梨紅が現れてから、過去のことを思い出すうちに、悲しいんだけど、もっと自分のことも、梨紅のことも、知りたいって、思うようになってた」

 休憩が終わって、再び花火が上がり始める。座った位置からは見えないけれど、窓の外が何度も色を変えては、明るくなる。

「俺、梨紅のこと好きだよ」

 真っ直ぐに見つめてくる瞳からは目がそらせなくて、あたしは一葉くんの真剣な言葉が嬉しすぎて、声が出てこない。フッと、緊張の糸が緩むように一葉くんが微笑んだ。

「ってわけだから、これからもよろしくね」

 ぽんっと、頭を撫でられて、一葉くんの照れた顔が前を向いた。

「お、もうラストスパートじゃない? めちゃくちゃ上がってる!」

 立ち上がって窓辺に近づくと、身を乗り出すように外を見上げる一葉くんに、あたしも隣に行こうとして立ちあがった。その時──

「ちょっと、桐先輩! そこは抱きしめてチューの一つでもしたら良いでしょーにっ!」

 バターンッと奥の襖が開いたかと思えば、日向子ちゃんが現れる。あたしは心臓が飛び跳ねるくらいに驚いた。それは、隣にいた一葉くんも同じだったようで、驚きすぎて、お互いなかなか言葉が出てこない。

「やっぱり詰めが甘いんですよぉ~。ねぇ、ユーセー」

 こちらに近づいてくる日向子ちゃんの後ろから、優成くんも現れた。
 もしかして、二人ともすぐ隣の部屋に、しかも襖一枚隔てただけのすぐ隣に居たってことなの?
 あたしは、さっきまで一葉くんと二人きりしか居ないと思ってドキドキしていたことを思い出して、急激に恥ずかしくなってきた。

「詰めが甘いってなんだよそれ。俺はお前みたいに手が早くないんだよ」

 ようやく一葉くんが日向子ちゃんに向かって喋り出す。

「は? あたし別に手早くないですけど! ってか、女子に手が早いとか言うって、どういうこと⁉︎」
「なんもされてないか? ユーセー?」

 日向子ちゃんの後ろに身を潜めている優成くんに、一葉くんが揶揄うように聞くと、「いや! 全然、なにも……」と、明らかに挙動不審な動きをする。

「ちょっ、と! そんなに狼狽えてたら怪しいでしょ! してないし……なにも!」

 日向子ちゃんまで焦り始めるから、絶対に何かはあったんじゃないかと疑ってしまう。

「別にそっちはそっちで良かったじゃん。花火も見れたし、今年の夏は大満足。いい夏休みだった」

 場をまとめようとしているのか、一葉くんは花火が終わって見物客が帰るざわめきを遮るように窓を閉めた。

「俺さ、一旦東京帰るから」
「……え?」

 いきなりの発言に、あたしは目を見開く。

「えぇ‼︎」

 そして、日向子ちゃんも大きな声で叫んだ。
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