2 / 14
第2話 9月19日 その1
しおりを挟む
朝、7時30分
「行ってきます」
しっかり身支度を整えた琴音が玄関ドアを開けたところで振り返り、俺――御笠春亮《みかさ はるあき》を見た。
「いい? しっかり60数えてよ?」
「はいはい。わかってるよ」
「60だよ? ズルしちゃ駄目だからねっ」
「わかったから早く行けよ」
「じゃあ行ってきまーす」
ドアが閉まると同時にカウント開始。きっかり60秒数えてから家を出る。これが決まり。
《……さんじゅーごぉー、さんじゅーろぉーく……》
「そういえば今日は親父も義母さんも遅いって言ってたな」
二人とも公務員だが警官の親父とは違い、役所勤務のおばさんが遅くなることは少ない。それでも最近は忙しく帰宅が深夜になる事もしばしば。今朝も俺が起きた時には支度を済ませて出て行くところだった。
「親父は夜勤だし、おばさんもたぶん外で済ませてくるだろうから……てことは俺が食事当番――」
いや、俺もバイトがあるから……
《……ごじゅうきゅー、ろくじゅうっ。よしっ》
1分経過。ようやく俺も学校へ行ける。夕食の件はあいつとメールしながら決めよう。のんびりしてたら快速に乗り遅れる。
「それじゃ、いってきます」
夜勤前の親父がまだ寝ているが念のために戸締りをして準備完了。家の前の道を右へ進み、通りに出ればすぐ駅に着く。決して駅近物件とは言えないがほぼ一本道だから駅までの道程が苦とは感じない。
「官舎暮らしよりだいぶ楽だよな。階段降りなくて良いし」
以前住んでいたのはエレベーター無しの5階建て官舎の5階。それと比べると駅まで徒歩20分でも今の生活の方が快適だ。
親父が再婚すると言い出したのが中3の年末。それもあと数時間で年が変わるという大みそかの夜だ。唐突過ぎて思わず年越しそばを吹き出してしまった事は今でも覚えている。
確かあの時は「好きにどうぞ」とかそんな事を言ったと思う。そもそも、息子が高校受験を直前に控えているのにそんな事を普通言うか?
まぁ、これまで一人で俺を育ててくれたのは親父だ。俺が口を挟む事なんて出来る訳がなく、いつの間にか親父は家を購入。引っ越しの準備をしているうちに話は進み、気が付けば再婚相手との同居が始まり……
「よく考えれば、家を買うってそう易々出来るものじゃないよな」
親父の中じゃ秘密裏に再婚話を進めていたんだろうな。俺が中学に入った時くらいから「そろそろ家買うか」とか言い出したし、よく考えればコソコソと隠れて何かをしていた形跡もあったな。
「別に隠さなくて良かったのにな」
俺との二人暮らしが長く続いたせいか、きっと親父の中じゃ反対されると思ってたんだろうな。俺としてはその気があるなら別に反対するつもりはなかったんだけど。
「あれ、琴音じゃね?」
10メートルくらい先。駅前の交差点で信号待ちをしている集団の中にうちの制服を着た女子がいた。肩まで届く髪をペンギンの飾りがついたヘアゴムで纏め、カバンにペンギンのピンバッジを付けた女の子。
「あ、こっち気づいた」
やっぱり琴音だった。何気なく振り返ったら俺の姿が視線に入ったのだろう。俺と視線が合った瞬間、彼女はプイと前を向き視線を合わせようとしなかった。
「えぇ……」
そこまでしますか。琴音さん。まぁ、分かっていたことだけどさ、その扱い酷くないですか?
琴音とは別に仲が悪いわけではない。ただ、姉弟という関係性に慣れないだけ。特に彼女の方は周りに知られたくないらしく、家以外では他人のような接し方をしてくる。いや、家の中でも二人の時は俺の事をかなり雑に扱ってるよな。まぁ、今更文句を言っても無駄だ。俺に出来るのは彼女の逆鱗に触れないようにするだけ。とりあえず、距離を取って信号が変わるのを待つか。
「ん? 琴音から?」
琴音から少し離れた場所で信号待ちをしていると、ポケットに入れていたスマホの着信音が鳴った。見ればメールを一件受信していた。送り主は数メートル先にいる女子高生だ。
《なんでいるのよ》
「なんでって言われてもなぁ」
同じ学校なんだから仕方ないと思いますよ? そんな文言を送り返してやろうかとも思ったが機嫌を損ねたらそれはそれで面倒だ。一先ず、今日の夕飯の相談でもするか。
『親父たち帰り遅くなるし、俺もバイトだから夕飯どうする?』
《バイト何時まで?》
お? ちゃんと返してきた。
『家着くのはたぶん9時前』
《わかった。ハルくんが帰って来るの待ってる》
『りょーかい。じゃあ、帰りになんか買ってくる』
《ハルくんのバイト先、新作あるでしょ。それ食べたい》
「新作……チョコ増しエクレアの事か?」
《エクレア食べたい!》
『わかったから、エクレア買ってくるから! あと適当で良いな?』
《なんでも良い~》
琴音のやつ、きっと頭の中は新作エクレアでいっぱいなんだろうな。っていうか、告知とかしてないのになんで新作知ってるんだ。
「あ、青になった」
信号が青に変わり、道路を横断する時はもちろん、最寄り駅の改札を抜ける時も俺は意図的に琴音との間に距離を作る。
あくまで家の外では互いに距離を取り、他人同士を演じるのが俺たちのルール。ちょっと窮屈かもしれないが慣れるとそこまで苦でもない。
「行ってきます」
しっかり身支度を整えた琴音が玄関ドアを開けたところで振り返り、俺――御笠春亮《みかさ はるあき》を見た。
「いい? しっかり60数えてよ?」
「はいはい。わかってるよ」
「60だよ? ズルしちゃ駄目だからねっ」
「わかったから早く行けよ」
「じゃあ行ってきまーす」
ドアが閉まると同時にカウント開始。きっかり60秒数えてから家を出る。これが決まり。
《……さんじゅーごぉー、さんじゅーろぉーく……》
「そういえば今日は親父も義母さんも遅いって言ってたな」
二人とも公務員だが警官の親父とは違い、役所勤務のおばさんが遅くなることは少ない。それでも最近は忙しく帰宅が深夜になる事もしばしば。今朝も俺が起きた時には支度を済ませて出て行くところだった。
「親父は夜勤だし、おばさんもたぶん外で済ませてくるだろうから……てことは俺が食事当番――」
いや、俺もバイトがあるから……
《……ごじゅうきゅー、ろくじゅうっ。よしっ》
1分経過。ようやく俺も学校へ行ける。夕食の件はあいつとメールしながら決めよう。のんびりしてたら快速に乗り遅れる。
「それじゃ、いってきます」
夜勤前の親父がまだ寝ているが念のために戸締りをして準備完了。家の前の道を右へ進み、通りに出ればすぐ駅に着く。決して駅近物件とは言えないがほぼ一本道だから駅までの道程が苦とは感じない。
「官舎暮らしよりだいぶ楽だよな。階段降りなくて良いし」
以前住んでいたのはエレベーター無しの5階建て官舎の5階。それと比べると駅まで徒歩20分でも今の生活の方が快適だ。
親父が再婚すると言い出したのが中3の年末。それもあと数時間で年が変わるという大みそかの夜だ。唐突過ぎて思わず年越しそばを吹き出してしまった事は今でも覚えている。
確かあの時は「好きにどうぞ」とかそんな事を言ったと思う。そもそも、息子が高校受験を直前に控えているのにそんな事を普通言うか?
まぁ、これまで一人で俺を育ててくれたのは親父だ。俺が口を挟む事なんて出来る訳がなく、いつの間にか親父は家を購入。引っ越しの準備をしているうちに話は進み、気が付けば再婚相手との同居が始まり……
「よく考えれば、家を買うってそう易々出来るものじゃないよな」
親父の中じゃ秘密裏に再婚話を進めていたんだろうな。俺が中学に入った時くらいから「そろそろ家買うか」とか言い出したし、よく考えればコソコソと隠れて何かをしていた形跡もあったな。
「別に隠さなくて良かったのにな」
俺との二人暮らしが長く続いたせいか、きっと親父の中じゃ反対されると思ってたんだろうな。俺としてはその気があるなら別に反対するつもりはなかったんだけど。
「あれ、琴音じゃね?」
10メートルくらい先。駅前の交差点で信号待ちをしている集団の中にうちの制服を着た女子がいた。肩まで届く髪をペンギンの飾りがついたヘアゴムで纏め、カバンにペンギンのピンバッジを付けた女の子。
「あ、こっち気づいた」
やっぱり琴音だった。何気なく振り返ったら俺の姿が視線に入ったのだろう。俺と視線が合った瞬間、彼女はプイと前を向き視線を合わせようとしなかった。
「えぇ……」
そこまでしますか。琴音さん。まぁ、分かっていたことだけどさ、その扱い酷くないですか?
琴音とは別に仲が悪いわけではない。ただ、姉弟という関係性に慣れないだけ。特に彼女の方は周りに知られたくないらしく、家以外では他人のような接し方をしてくる。いや、家の中でも二人の時は俺の事をかなり雑に扱ってるよな。まぁ、今更文句を言っても無駄だ。俺に出来るのは彼女の逆鱗に触れないようにするだけ。とりあえず、距離を取って信号が変わるのを待つか。
「ん? 琴音から?」
琴音から少し離れた場所で信号待ちをしていると、ポケットに入れていたスマホの着信音が鳴った。見ればメールを一件受信していた。送り主は数メートル先にいる女子高生だ。
《なんでいるのよ》
「なんでって言われてもなぁ」
同じ学校なんだから仕方ないと思いますよ? そんな文言を送り返してやろうかとも思ったが機嫌を損ねたらそれはそれで面倒だ。一先ず、今日の夕飯の相談でもするか。
『親父たち帰り遅くなるし、俺もバイトだから夕飯どうする?』
《バイト何時まで?》
お? ちゃんと返してきた。
『家着くのはたぶん9時前』
《わかった。ハルくんが帰って来るの待ってる》
『りょーかい。じゃあ、帰りになんか買ってくる』
《ハルくんのバイト先、新作あるでしょ。それ食べたい》
「新作……チョコ増しエクレアの事か?」
《エクレア食べたい!》
『わかったから、エクレア買ってくるから! あと適当で良いな?』
《なんでも良い~》
琴音のやつ、きっと頭の中は新作エクレアでいっぱいなんだろうな。っていうか、告知とかしてないのになんで新作知ってるんだ。
「あ、青になった」
信号が青に変わり、道路を横断する時はもちろん、最寄り駅の改札を抜ける時も俺は意図的に琴音との間に距離を作る。
あくまで家の外では互いに距離を取り、他人同士を演じるのが俺たちのルール。ちょっと窮屈かもしれないが慣れるとそこまで苦でもない。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる
九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。
※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。
【朗報】俺をこっぴどく振った幼馴染がレンカノしてたので2時間15,000円でレンタルしてみました
田中又雄
恋愛
俺には幼稚園の頃からの幼馴染がいた。
しかし、高校進学にあたり、別々の高校に行くことになったため、中学卒業のタイミングで思い切って告白してみた。
だが、返ってきたのは…「はぁ!?誰があんたみたいなのと付き合うのよ!」という酷い言葉だった。
それからは家は近所だったが、それからは一度も話をすることもなく、高校を卒業して、俺たちは同じ大学に行くことになった。
そんなある日、とある噂を聞いた。
どうやら、あいつがレンタル彼女なるものを始めたとか…。
気持ち悪いと思いながらも俺は予約を入れるのであった。
そうして、デート当日。
待ち合わせ場所に着くと、後ろから彼女がやってきた。
「あ、ごめんね!待たせちゃっ…た…よ…ね」と、どんどんと顔が青ざめる。
「…待ってないよ。マイハニー」
「なっ…!?なんであんたが…!ばっかじゃないの!?」
「あんた…?何を言っているんだい?彼女が彼氏にあんたとか言わないよね?」
「頭おかしいんじゃないの…」
そうして、ドン引きする幼馴染と俺は初デートをするのだった。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる