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 だけど私は、彼と結ばれる主人公ではなく悪役令嬢。絶対に想いは実らない。

「物語から脱線して隣国へ留学してしまった私の未来は、どうなるのかな?」

 もしかしたら、これで彼と永遠にお別れなのかもしれない。
 悪役令嬢に転生した私にとって好都合だし、小説のように彼を夜這よばいしてうっかり死ぬことも回避できる。

「遠い隣国の学園で友達を作って、学業にいそしんでいれば……。いつか、この恋心を消すことができるはずよ。エセルバート様も私のことを忘れて、異世界からやって来た姫宮花奈と出会って、恋に落ちるかもしれない……恋愛小説と同じように幸せになる。誰も不幸にならないハッピーエンドじゃない」

 だけど、頭ではそう理解していても寂しさがつのっていく。
 今思えば、彼との日常はとても大切で幸せな時間だった。
 黄金の麦畑を過ぎて隣国の領域に入り、緑豊かな森の景色に変わっても、私の瞳からは変わらず涙があふれてぼろぼろ流れ落ちていった。


     * * *


 俺の妻であるアンナリーゼが隣国の聖魔法女学園へ留学して数日が経ち、城で開かれた舞踏会で、俺は沢山の令嬢達に囲まれていた。
 彼女が留学したことを知り、王太子である俺とダンスをする機会を狙って頬を赤くしてチラチラと視線を向ける令嬢や、大胆にもファーストダンスを踊ってほしいと懇願こんがんしてくる者までいる。
 その令嬢達からただよう様々な香水。それらが混ざった強烈な香りで吐きそうになった俺は、外の空気を吸いたくなって会場にある王族専用のテラスに逃げ込んだ。

「こんなに不快に感じる舞踏会は初めてだ」

 何故、ここまで不快で、心に穴がいたような喪失感があるのか。
 その答えはこの数日間で、嫌でも理解してしまっていた。
 朝、目が覚めると、おはようとささやく彼女の声が聞こえない。
 王宮の図書室で本を読んでいる俺の横で、邪魔するように長話をはじめる彼女の声が聞こえない。
 剣術を習っている俺の背後から一生懸命に声援を送る彼女の声が聞こえない。

『エセルバート様。おやすみなさい。よい夢が見られますように』

 真っ暗な夜のベッドに毎夜、聞こえていた彼女の声が聞こえない。
 今まで彼女の声が邪魔で不快だと思っていたはずなのに、今はその声を切実に聞きたい。
 俺の頭の中に浮かんでくる、つややかな白銀の長い髪を風になびかせ、エメラルドグリーンの瞳に俺を映してうっとりして微笑む姿。彼女は俺の腕に抱きついては令嬢達を牽制けんせいしていた。べったりとくっついて邪魔だと感じていたが、今はそんなことは思えない。
 俺に引っ付いて、愛らしい笑みと好意に満ちた眼差しを向けていた彼女が愛しく思える。いや、愛しい存在だったんだ。

(今までのアンナリーゼとの日常は、どれだけ穏やかで落ち着いた時間だったのか)

 離れて気付いた孤独と喪失感。弟にお母様を奪われた寂しさより、いつも俺の傍にいてくれた彼女がいない寂しさに泣きそうになる。
 もし、あの夜の出来事がなければ、今も俺の傍でこのテラスから見える星空を一緒に眺めていただろう。

「アンナリーゼ。君が恋しいよ」

 そうだ。俺は彼女が恋しい。いなくなって、彼女を好きなんだと気付くなんてな……

「待っていてくれ、アンナリーゼ。魔法学園を卒業したら、必ず君を迎えに行く」

 そうして俺は、隣国にいるはずの彼女に思いを馳せるのだった。



   第二章 隣国の聖魔法女学園生活


「ごきげんよう。今日はとても清々すがすがしい朝ですわね」
「ごきげんよう。そうですわね。校庭の花々も気持ちよさそうに咲き誇っておりましたわ」

 聖魔法女学園の高等科の廊下で、すれ違いざまに優雅にお話しする女子生徒達。
 純粋じゅんすい無垢むくで乙女な子羊の群れに誤って迷い込んでしまったのではと、そわそわしてしまう今日この頃。
 前世の社畜社会人なよどんだ瞳の私が心の中で、きらびやかなお嬢様環境が眩しすぎて辛いと訴えているわ。
 こんな生活を初等科、中等科と過ごしてきたけど、未だに慣れない。慣れたのは……

「あら? あちらにいらっしゃるのはアンナリーゼ様では? 今日もうるわしいですわね」
「ええ、まるで精霊姫が森の小鳥達とたわむれていらっしゃるようですわ」

 純粋じゅんすい無垢むくな乙女達に見つかってしまった私は、優雅な微笑みで軽く令嬢の礼をとった。心の中で『私は純粋じゅんすい無垢むくなご令嬢よ』と自分に言い聞かせながらね。
 そう、私が慣れたのは聖魔法女学園の生徒らしく振る舞うことだ。
 入学したばかりの頃は、箱入り娘のお嬢様達に溶け込めなくて大変だった。でも、人間の適応能力ってすごいわよね。
 今では自然に『ごきげんよう』と言えるようになったわ。
 そんなこんなで、ウェブ恋愛物語の出だしでうっかり事故死する悪役令嬢を離脱し、隣国にいる私は現在十八歳だ。そして、エセルバート様は私の一つ上の十九歳。

(丁度、物語の舞台である母国の魔法学園に、主人公である姫宮花奈が入学してくる時期だわ)

 今のところ、定期的に送られてくるお父様からの手紙に、彼女を養子として引き取ったという話はない。そもそも私とお母様に、週一で会いに来ているお父様の頭に『養子』の単語はないだろう。
 恋愛小説の主人公である彼女が、私の義理の妹として養子になっていないので、魔法学園にも入学してないのかもしれない。
 どちらにしろ、私は物語を脱線してしまったので関係ない話だ。
 正直に言えば、家族以外の連絡と面会を許されない鉄壁のお嬢様学園での生活で、エセルバート様の顔を忘れかけているのよね。
 どんな顔だったのか考えながら女子寮の魔法エレベーターに乗った私は、最上階にある自分の部屋に入った。
 その瞬間、今までの純粋じゅんすい無垢むくなご令嬢の制服を脱ぎ捨てて白ワンピースにドロワーズの下着姿でベッドにダイブする。

(自由だ――!)

 私は解放感を味わいつつ大の字で寝そべりゴロゴロ。
 こっそり取り寄せたちょっぴり大人向けな恋愛小説を読みながら、自作タピオカ風ミルクティーを片手に、昨日の調理実習で作ったクッキーをバリバリ頬張る。
 これが聖魔法女学園生活の中で、私が作り出した数少ない至福の一時ひとときだ。
 私が【隣国の王子の妻】だからなのか、与えられたVIPルームでの寮生活は一人暮らしとそう変わらず、とても快適に暮らせている。


 そんなある日の真夜中に事件は起きた。
 鉄壁と呼ばれる女学園の強力なシールド魔法。そして女子寮専用に配備されている聖獣犬の目。それらをかいくぐり、VIPルームへ続く魔法エレベーターにかけられているセキュリティーゲートまで突破し、私の部屋に侵入してきた者が現れたのだ。暗くて顔を認識できないけど、そのシルエットはどう見ても――

「男がなんで……わっ⁉」

 ベッドで寝ている私の体の上に乗っかってきた男に戦慄せんりつする。
 真夜中に現れた侵入者に、私は瞬時に中等科で習った防衛魔法を展開した。私の上に覆いかぶさっていた男を吹き飛ばす光を両手から放つも、その光は瞬時に消える。
 どうやら男も魔法使いだったらしく、相殺そうさいされてしまったようだ。

(これは非常にヤバいのでは?)

 私は必死に抵抗するも、強く抱き寄せられて息苦しい。このままだと窒息ちっそくしてしまうので抵抗をやめることにした。

(ここは抵抗しない方がいいかもしれない)

 現代のテレビで見た、誘拐された少女が誘拐犯に抵抗せず、犯人の機嫌をうかがいながら隙を見て逃げ出したとか、そういう番組を思い出す。

(よし。ここは『長い物には巻かれろ』作戦でいきましょう!)

 恐怖でこわばっていた体から力を抜いて無防備状態にした。
 すると、男の腕の力がだんだんと緩くなってきた気がする。
 このまま性的な意味で襲われてしまうのかもしれない。震えながら目を閉じていたけど……
 何故か男は動くことなく、私に覆いかぶさったままだ。
 と言いますか、私の首元に顔を埋めて匂いをがれている気がする。猫吸いするように、私吸いするお父様みたいな感じだ。
 普通、ここで不審者変態男に戦慄せんりつして、拒絶反応が半端はんぱなく出るはずなのだけど。何故か、まったくもって拒絶感が湧いてこない。
 逆に私吸いする男の首元から、懐かしく感じるさわやかな香りがして。すごく落ち着いている自分がいる。
 そこで、最近、忘れかけていた人物が頭に浮かんできた。確認するために、私はベッド横にある魔法ランプに魔力を込める。
 すると、不審者が淡い光を放ちはじめたランプの光にうっすらと照らされ――

「エセルバート様? ですよね⁉」

 ウェブ恋愛小説の挿絵さしえで描かれていたエセルバート様が、現在進行形で私の目の前にいらっしゃる⁉

「いったい、どうなさったのですか⁉」
(あれ? なんだか、前世で見た挿絵さしえと少し違う気が?)

 よく見れば、彼の美しい目の下には濃いくまができている。つややかなブロンドの髪もボサボサで、目が明らかに死んでいる。
 襲われているのも忘れて、私は彼の顔に両手を添えた。そして、ペイントのように消えないだろうかと指でくまを拭いてみる。

「まったく消えないわ。なんでこんなにやつれ果てていらっしゃるの⁉」
「アンナリーゼ。やっと、会えた」

 幼い子供のようにぼろぼろ涙を流しはじめた彼が、私の頬を確認するように大きな手で触れてきた。その手が温かくて、なんだか胸がドキドキする。
 私は抵抗せずに、されるがままになった。抵抗したくないと思うのはきっと、母性本能が働いているからだろう。
 私に抱きつく彼は、幼い頃の母恋しさに泣いていた日を思わせる。

(エセルバート様の気が済むまでっ⁉)

 胸に妙な刺激を感じて見下ろすと、そこには胸の先を口に含んでいる彼がいた。その予想外の状況に、私は目を大きく見開くのだった。


 前世の私が愛読していた恋愛小説に登場する男主人公であるエセルバート様は、国一の剣使いで人を寄せ付けない孤高のイケメンだった。
 潔癖症でもあり、寄ってくる令嬢を冷めた目つきで牽制けんせいして近づけさせない。
 それでも主人公である姫宮花奈の聖なる魔力と優しさで、凍り付いていた心は徐々に溶かされ、やがて二人はかれ合い、甘く愛し合う仲になる。そうなる、はずだったんだけど……
 私の目の前にいらっしゃる彼は、幼少期のあの日を連想させる状態だった。
 しかも、幼少期よりも悪化したのか、私の胸の先をうつろな瞳で咥えていらっしゃる。そんな彼を、私は慈愛に満ちた瞳で見下ろす。

(赤ちゃん返り状態の彼は、体だけ成長しちゃった感じなのかしら?)

 幼い頃、抱っこしていただけなのに、私の大人向けナイトドレスのせいでメイドや執事に勘違いされたのが懐かしいわね。

(あ、言っておきますが、もちろん下着越しで咥えられているだけですよ)

 今回は透け透けナイトドレスでもなく、真っ白な綿百%の白ワンピース姿なのでピンクな雰囲気にならないはず。そう、純粋じゅんすい無垢むくな幼い少年をあやすように頭をナデナデする。
 すると、急に目が覚めたように彼がガバッと起き上がって、私を凝視ぎょうしした。

「アンナリーゼ?」
「お久しぶりですね。エセルバート様」
「夢なのか?」
「残念ですが現実ですわ」

 そう言って優雅に微笑むと、彼は先ほどまで吸いついていた場所に視線を向けて顔を真っ赤にした。かと思うと、着ていたローブを脱いで私の体を隠すようにぐるぐる巻きにする。

「俺はなんて、破廉恥はれんちなことを……。すまない、怖かっただろう?」

 醜態しゅうたいを見せてしまったと真っ青になって震え上がる彼は、あの頃の今にも泣き出しそうな美少年にしか見えない。私はクスリと笑って彼を抱き寄せた。

「そんなに気にする必要はありませんわ。早すぎではありましたが、私達は結婚して夫婦の間柄です。これくらいなら問題ないんじゃないかしら?」
(寝ぼけて赤ちゃん返りしちゃっただけですしね)

 それよりも、彼がどうやって侵入できたのか知りたい。ここまで来た経緯も絶対に聞いておきたい。

「いいのか? ……そうだよな。君は俺の唯一触れられる女性で、妻だからな!」
「へ? 唯一触れられる女性?」
「だが……いや、これからのことを考えると、君に許してもらえるのはありがたい。願ってもないことだ」
(なにか、これからもよろしく的な含みのある言葉じゃない?)

 案の定。エセルバート様は毎晩、私の部屋に忍び込んでくるようになりました。
 私が問題ないと許した範囲でハグしたり、私吸いしたり、許されたからと私の胸の先に口づけしたりする。彼によこしまな心がないから余計にタチが悪い。
 そんな彼の話を聞くに、私が留学して数日も経たずに他の令嬢達に囲まれたらしい。
 私という防波堤ぼうはていを失った彼は、無防備状態だったようですね。
 しかも、私より年上の令嬢が夜這よばいしてきて、媚薬びやくを飲まされそうになったそうです。護衛騎士にすぐに見つかり、事なきを得たとのことですが。それがトラウマになって、潔癖症になってしまったらしい。
 結局、潔癖症になってしまったのね。もしかして物語の強制力かもしれません。

(あれ? でも、それじゃあ……私は?)
「君は俺にとって、今でも純粋じゅんすい無垢むくな少女のようだ。いや、あの頃よりも清楚せいそで聖女みたいな君には、触れることを躊躇ちゅうちょしてしまうくらいだ。かといって触れるのはやめないがな」
「やめないのですね」

 私を抱き寄せたまま眠る彼は早朝、かなり精密な魔法陣と共に消えていく。
 そんな毎夜で気付いたのは、彼が国一の剣士ではなく、国一の天才魔法使いとなり、かなりこじらせてしまっているということだ。
 そして、私が留学してからの日々を彼が夜な夜な話してくれました。
 それは子供が寝る前に母親に読んでもらう絵本とはほど遠い、可哀そうな幼少期の思い出だった。
 宰相なお父様のスパルタ教育に、幼い私を襲った幼い王子様のうわさ鵜呑うのみにして夜這よばいをしかけるメイドや年上の令嬢達。時には年配の貴婦人や貴族子息まで襲ってきたらしい。
 その対処として、優秀凄腕な護衛騎士数十人にベッドを囲まれて鉄壁のごとく警備されながら眠るというプライベートが皆無に等しい生活をしていたそうです。

「それは、トラウマにもなりますね」
「ああ。そのせいなのか、誰かに少しでも触れられると吐き気や蕁麻疹じんましんが出てしまうんだ。寝ていてもいつ、誰かに襲われるかもしれないという恐怖でろくに眠れもしない。ひたすら警戒する毎日に……俺は正直、辛かった」
「どおりで、目の下に濃いくまがあったわけですね。お可哀そうに」
「そんな俺が唯一安らげるのは、幼い頃の君との思い出を振り返っている時だけだった。君との穏やかな記憶を思い出しては、心を落ち着かせていた。だが……」

 私に会いたいという思いが日に日に強くなって、会えないなら死んだ方がいいと思い詰め、それをこじらせた結果……
 魔法学園を卒業したら私を迎えに行くという目標が、いつの間にか『隣国の聖魔法女学園へ如何いかに気付かれずに侵入してアンナリーゼに会うか』という目標へ変わってしまったらしい。それでおのずと剣術ではなく、魔法を極めることになったと。
 その話をアンナリーゼお悩み相談室のごとく聞いていた私は思う。
 幼い頃に、夜ごと襲ってくる悪役令嬢アンナリーゼではなく、第二の母親な聖母アンナリーゼになればいいのよ! と母性本能のままに抱っこするべきではなかったのではないかと。

「だから君以外、安心して触れられない」

 そうして今日も当たり前のように私の部屋へ侵入してきた彼は、さも当然のように私のベッドに入り込んできた。私を背後から抱きしめてとても幸せそうに眠っていらっしゃいます。
 ここ数日、私と添い寝しているおかげなのかしら。くまがうっすらになって、死んだような瞳に心なしか光が灯ったように思う。

「それに、君のぬくもりを感じていると、心が安らいで幸せな気分になる」

 と、どさくさにまぎれて私の着ていたワンピースの下着に手を入れて、じかに私のお腹に触れてきた。少し眠気に襲われていた頭が覚醒して、胸がドキドキしてしまう。
 結婚していますし夫婦なんだから、こういうこともあるのかもしれない。でも、まだ早いと思うわ。

(けれど、こんな大きな男の人の手をじかにお腹に感じて……)

 正直に言えば、彼の温かい大きな手に触れられて嫌じゃない自分がいる。そう、乙女のように胸をときめかせて期待しちゃっていた。
 少し前の自分を背後から殴ってやりたい。
 何故なら、彼が私のお腹に手を添えたまま、幼い少年のような顔でスヤスヤ寝ていたからだ。
 前世の私に、なんてよこしまな期待をしていたのかと責められている気分だわ。
 明日の早朝、女学園にある大聖堂で反省のお祈りをすることを心に決めて、私は眠りにつくのだった。


 静まり返った寝室で寝息を立てているアンナリーゼ。その横で寝ていたエセルバートが、ゆっくりと目を開ける。

「こんな無防備に眠って……。俺の可愛い、アンナリーゼ」

 そうささやき、愛おしそうにアンナリーゼの唇にそっと唇を重ねるのだった。


     * * *


 慣れって怖いわよね。
 真夜中に訪問してくるエセルバート様と添い寝していると、よくそう思う。
 私を抱き枕にして眠る彼に慣れてしまって、下着のワンピース下の地肌に触れられることも当たり前というか、もう日課? になりつつある。
 しかも、抱きしめ方や触れ方で、彼の機嫌までわかるようになってしまったわ。
 ご機嫌な時は、私を優しく抱きしめて頬を摺り寄せてくるし、機嫌が物凄く悪い時は、無心に私の胸に触れてくるのよ。
 それに対して私は一切抵抗感がなく、逆に彼が来なかった日は不安で眠れなくなる始末。

(先の未来。運命の相手がエセルバート様にできて、いざ『離婚してくれ』と言われても、サクッと了承できる自信がない)

 その不安に、聖魔法女学園の学業にほとんど集中できずにいる今日この頃。

「慣れ、怖い。依存症、怖い」

 と言いながら、聖魔法女学園にある馬小屋で私が飼育担当している幻獣ユニコーンに干し草を与えていた。
 そんな私を、最近、ユニコーンがジト目で見ている気がする。
 まるで浮気を疑う夫のような瞳で、非常にいたたまれない。

(ユニコーンって、けがれを知らない乙女にしか懐かないと聞くし……)

 後ろめたさを感じた私は、浮気がバレた妻のごとく、ご機嫌取りのため、つややかな白馬のたてがみを綺麗にブラッシングする。
 そして、大量の干し草と林檎りんごをユニコーンに与えていると、背後から女子生徒の悲鳴が聞こえてきた。

「キャァ! 変質者よ! お逃げになってぇ!」

 お嬢様の悲鳴に驚いて振り返ると、いつの間にやって来ていたのか、馬屋の掃除をしていた使用人が目の前に立っていた。しかも、服を脱ぎはじめている。

「おで、君が好きになっただぁ。おでの愛がどれだけ大きいか見てけろぉ。精霊姫ちゃぁん」

 そう、下半身を見せようとズボンのベルトを外した痴漢男に、声にならない恐怖の悲鳴を上げた瞬間――
 晴天の空から突如出現した魔法陣。そこから雷が召喚され、ドゴォォンという轟音ごうおんと共に、目の前にいた痴漢男に落ちた。
 真っ黒になって倒れ込む痴漢男。追い打ちをかけるようにブチギレしたユニコーンに踏んづけられ、激怒した令嬢達にまで水魔法や炎魔法を打たれてしまっている。
 もはや集団暴行になりつつある光景を、私は座り込んで眺めていることしかできなかったわ。


 その後、騒ぎを聞きつけ駆けつけてきた教師達により、瀕死状態の変態は連行されていった。

「ということがありましたのよ。エセルバート様」

 いつものようにやって来た彼に、私は今日の出来事を何気なく話していた。
 すると、一段と死んだ瞳に暗い光を宿らせた彼が、ぎゅっと私を強く抱きしめてきた。

「念のためにと、君に守護防衛魔法をかけておいてよかった」
「あ、やっぱりそうだったんですね」

 私は回復魔法専攻で攻撃型の守護防衛魔法は習っていない。それに、あれは聖魔法女学園で習得できる雷の魔法陣じゃなかったもの。

(さすが剣士から天才魔法使いになったエセルバート様だわ)

 すると、ふいに彼の顔が近づいてきて唇が重なる。

「突然のキス⁉」
「君の視界に、俺以外の男が映ったと思うと」

 ヤキモチをいてしまったのか、急に私をベッドに押し倒してきた。機嫌が悪くなった彼は、眉間にしわを寄せて私をじっと見つめている。そんな彼に、つい期待してしまう。
 そんな私の心を知ってか知らずか、ニヤリと笑んだ彼が私の胸に触れてきた。薄いワンピース越しでも伝わってくる温もりと、大きくてごつごつした手の感触に心臓が高鳴る。

「アンナリーゼの胸は、昔と比べてずいぶん大きくなったな。君のこのふっくらと盛り上がって、張りのある胸に触れるのも、キスも、それ以上のことも全部、俺のものだ」

 そう言うと私の胸の先にキスを落とし、そのまま口に含んでしまった。
 今までみたいに幼い子供のように吸うだけじゃなく、舌先でこりっとねられ、その刺激に体が跳ねてしまう。
 ぴりっとした甘いしびれが駆け抜けて、私の口からうっとりとした声がれた。今まで感じたことのない刺激に心が高揚していく。

「気持ちいいか? アンナリーゼ、俺も君のここをじっくり味わわせてもらうぞ」
「そんな……っ、やぁっ……」

 着ていたワンピースがエセルバート様の唾液で濡れていて、もうじかに舐められているのと変わりないんじゃないかと思うほどすごく気持ちいい。
 ちゅうっと吸われたり、ねろねろと転がされたりするたびに甘い刺激を感じて、体がどうにかなってしまいそう。
 でも、これ以上されたら歯止めがきかなくなりそうで、すごく危険だと思う。
 止めるように彼の顔を両手で挟んで、無理やり胸から離させた。

「アンナリーゼ……」

 切なそうに甘い声で私を呼ぶ彼は、とても苦しげに息を切らせていて耳や首まで赤くしていた。
 まるで発情したような姿に胸がキュンキュンして苦しい。
 その熱に当てられて、頭がふわふわしてきた。また顔を近づけてきた彼に抵抗する気力も湧いてこない。それを受け入れるみたいに私は目を閉じた。
 予想通りに、柔らかくて温かい唇の感触にうっとりする。

「……っ⁉」

 触れるだけのキスと思って油断していた私の口の中に、ぬるりとした彼の舌が入り込んできた。
 思わず体を跳ねさせて驚いていると、ぬるぬるした舌先が擦りつけられ、わされる動きにぞくぞくとした感触が生まれる。それを感じていたいと思うけど……

「んっ……エセルバート様、大丈夫ですか?」

 潔癖症なのに、こんな濃厚なキスをして具合が悪くならないか不安になる。

「こんなことして、気分が悪くなっ……んっ」
「いいや、大丈夫だ。もっと、したい……させてくれ」

 切なそうな甘えるような声に、もう私の理性は完全に飛んでしまった。
 そうして互いの舌を感じながら、深くて甘いキスを交わして――


 気付いたらそのまま、寝落ちしてしまっていたわ。
 お互い初めてのディープキスを長時間していたせいで、途中で失神したように寝落ちしてしまったみたいです。

(それにしても、私に何度も会いに来ているエセルバート様は、あちらの魔法学園でどんな生活を送っているのかしら?)


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