上 下
15 / 32

王子に忍び寄る海の魔物

しおりを挟む

恐ろしい海の者達も眠る真夜中。
暗闇の海を彷徨う一隻の船の上で海兵達は、船内の隅に体を寄せ合い海を敵に回し自分達の死の恐怖に怯えていた。そんな海兵達を背後に、王子はワイン瓶を片手に、ふらつく足取りで船の先端へと歩みを進める。

燕尾服を脱ぎ捨て汚れたカッターシャツを着ている王子は、もはや酒に溺れただらしない男にしか見えない。未だ船を囲む海は荒れていて激しく揺れている船の上を、嬉しそうに歩く王子は不気味な笑みを浮かべて笑っていた。

「ははっ……俺の人魚姫は嫉妬して、海を荒らしているのか?そんなに俺を愛してくれて嬉しいよ。ラナ、そろそろ機嫌を直して出てこい。側室としてじゃなくて、俺の正妻として迎えてやるから。

君は泡になって消えてもいいほどに俺を愛してくれたんだ……そう示したラナこそ、俺の正妻に相応しい……あぁ、俺の人魚姫。早く、見つけて悪しき海神から救ってやらないとな……」

ブツブツと独り言を言いながら船の先端までやってきた王子は、船から見下ろして見える真っ暗な海を見つめる。

「君は、海に落ちた俺を助けてくれたよな?また落ちれば、助けてくれるだろうか……?ああ、君はとっても優しくていい子だから、きっと助けてくれるはずだ‼なぁ、そうだろ?ラナ……」

そうラナに想いを馳せる王子は、酒に酔った脚に力が入らなくなり、暗い闇の海に落ちようとしていた。

【哀れな人間の王子よ……。そんなに人魚姫が好きか?】

突然、海の深い深い闇から薄気味悪い低い声が響く。
夜空に浮かぶ満月が恐ろしいほどに早く欠けはじめ、夜空に浮かぶ無数の星々さえ消え失せる。その異様な夜空は、すべてを無に変えてしまいそうな恐怖に包まれていた。そんな闇の下にある海から、おどろおどろしい魔物が顔を出した。

船から落ちようとしていた王子を紫色の瞳に映すと、海に落ちかけていた王子の胴体に赤い舌を巻き付けて拾い上げてしまう。
普通の人間ならば、恐怖に怯えるところだが。酒に酔い意識を朦朧とさせている王子は、恐れることなく魔物の問いかけに笑いながら答えた。

「ああ、彼女を愛している!彼女は俺の女だからな‼絶対に海神から奪い取って、そいつの前で彼女を抱いてやる。見せつけるようにな!……いいや、彼女の目の前で海神を殺してやるのもいいな!あはははっ‼」

その王子の言葉に興奮したのか、魔物の背中に生えた大きな翼と小さな翼をバタつかせて笑いはじめる。笑って魔物のエラから海水が飛び散り、ナマズのような髭を鞭のようにしならせマストの前方にある三角形の帆を破ってしまう。

【その欲望、その歪んだ愛情……おもしろいじゃないか。そうだな……。お前に、我の力を与えて人魚帝国に突撃させてみるか。それとも、我を海の奥深き闇の底へ投げ捨てたあの忌々しい海神に復讐するのもいい……】

自分を赤い舌で拘束する海の魔物に、王子はニヤリと不気味に微笑む。そして、受け入れるように両手を広げた。

「ラナを取り戻せるなら、望むところだ‼俺にお前の力をよこせ‼」
【クククッ……人間の欲望は、我に魔力よりも強い力を与えてくれる。いいだろう……貪欲で傲慢な人間の王子よ。お前に我の力を与えようぞ】

魔物は王子の欲望を吸収し、王子に己の禍々しい魔力を与えはじめた。
船の異変に気づいた海兵たちが船の甲板に姿を現し、恐ろしい海の魔物の存在に気づいて逃げ惑う。その海兵たちが逃げ惑う船を魔物は大きな蛇の体で包み込み、闇へ引きずり込んでいった。

「ラナ……今から迎えに行くよ……俺の人魚姫……あははっ」

王子はそう囁くと、魔物の闇へと自ら沈んでいくのだった……
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:19,468pt お気に入り:3,528

(完結)夫の不倫相手に「彼を解放して!」と押しかけられました。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:149pt お気に入り:5,902

乙女ゲーム関連 短編集

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,640pt お気に入り:155

貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:202,026pt お気に入り:12,086

初めての愛をやり直そう

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:10

【完結】私がいなくなれば、あなたにも わかるでしょう

nao
恋愛 / 完結 24h.ポイント:15,511pt お気に入り:937

処理中です...