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最悪の再会
しおりを挟む珊瑚の庭園で闇の剣に貫かれたケイ兄様を見下すように嘲笑う王子の姿を、私はただ茫然と見つめていた。
人形のように力が入らない私の体を抱き寄せ、優雅にエスコートする王子になんの感情も浮かばない。そんな私の瞳に禍々しい闇を纏った巨大な蛇の魔物が映る。
魔物の背中に生えた大きな翼と小さな翼をバタつかせ、紫色のぎらついた瞳でケイ兄様を見下ろしている。
【人魚に恋した愚かな海神よ。今こそ、積年の恨みを返そうぞ】
海の深い深い闇から薄気味悪い低い海竜の声。ナマズのような髭をうねらせながら、ケイ兄様に憎しみをむき出しにした姿はとても恐ろしい。この世の者とは思えない深淵の闇を思わせる。
【我を海の奥深き闇の底へ投げ捨てた借りをやっと返す時がきた。さぁ、海神よ。海の深淵に沈み、孤独の闇に沈め】
すると、珊瑚の庭に巨大な亀裂が走り、その亀裂のそこから無数の闇の鎖が這い出しケイ兄様を拘束していく。
「ケイ兄様‼」
私は王子の手を振りほどき、ケイ兄様に抱きついた。
血だらけな体を拘束され今にも深い闇に引きずり込まれそうなケイ兄様を、必死に抱き寄せて引っ張り上げる。
「……ラナ……」
「ケイ兄様……‼」
薄っすらと瞳を開けたケイ兄様を、強く強く抱きしめる。
(絶対に離さない。ケイ兄様を深い闇に落とされるなんてさせない‼)
そう必死に引っ張って庭園に戻そうとするも、非力な私の腕では引き上げることができず。私の足ヒレが庭園の闇に沈んでいく。
「ラナ……私はいいから、放しなさい……」
「嫌よ……‼……絶対に嫌‼……ケイ……兄様……」
拒絶するように顔を何度も横に振る。瞳から涙がぼろぼろと溢れ出し、声が上手く出せない。それでも、全力で拒否するようにケイ兄様にしがみついた。
「キキ、最後の命令だ……ラナを引きはがせ……」
「……チッ。なんで、こんな役回りをアタイが……」
私の背後からたくさんの蛸の脚が伸びてきて、無理やりケイ兄様から引きはがされてしまった。その瞬間。ケイ兄様は海の深淵の闇に沈んでいった。
「……ケイ兄様……そんな……ケイ兄様ーーーーーー‼」
キキに拘束された体をばたつかせ、抵抗するようにもがき手を伸ばす。
「ほら、ラナ。現実を受け入れるんだ」
「……ひっ!」
伸ばした手に絡まってきた王子の手に、ゾワゾワと不快感が湧き上がる。全身が拒絶反応をおこしたように鳥肌が立つ。
「この子に汚い手で触るんじゃないよ‼」
キキは王子の手を紫の魔法陣で払いのけ、徐々に体を大きくさせていく。
まるで巨人のように大きくなったキキが、王子とバクナワをめがけて大きな蛸足を振り下ろす。しかし、その蛸足にバクナワの大蛇のような体が巻きついてきた。
「まさか、海の魔物バクナワと手を組むなんてね……。人間の王子の欲の深さには、魔女の私でも驚きさ」
【この人間の 我を呼び寄せたのだ。それにしても魔女よ。ずいぶんといい声をしているじゃないか。クククッ……我の番にならないか?】
「アタイに喧嘩売ってるのかい?上等じゃないか!受けて立つよ‼」
顔を赤くして怒りを露わにしたキキと、面白そうにキキの蛸足に体を巻き付け締め付けるバクナワ。庭園に納めきれない二人の体が動く度に崩壊していく。
その中央にポッカリと空いた庭園に現れた闇の底へ。ケイ兄様のところへ飛び込もうとしたが、その前に王子に背後から襲われ羽交い絞めにされる。
「放して‼いや……!」
「放すわけないだろ。ほら、俺と一緒に帰るんだ」
庭園から無理やり外の暗い海に連れ出されそうになる。
「この人間の浮気王子‼私達の可愛い妹を放しなさいよ‼」
姉達が王子の体に纏わりつき、カイラ姉様が毒入りクッキーを王子の口に詰め込み、リコ姉様が王子の呪い人形を投げつけ、モア二姉様が鋭いサインペンで私を羽交い絞めにしていた腕にぶっ刺し、ミリ姉様が泣きながら王子の足に噛みついていた。
「俺の邪魔をするな‼」
「キャァ‼」
王子の体から強い闇の霧が吹き出し、霧に包まれた姉様達が息ができないように苦しみはじめた。そこへ強い光の矢が王子の背中に突き刺さり、荒々しい海流が王子を包み込んだ。
「よくも私の娘達に、手を出してくれたな‼」
「悪しき闇に落ちた人間よ。海の屑となって消えろ」
お母様とお父様が、私とお姉様達を守るように前に出て王子を牽制するように睨みつける。
「ああ、なんでこんなにも邪魔が入るんだ……」
苛立たし気に顔を歪ませた王子が右手を上げる。それが、合図だったのか帝国の外の海から真っ黒な闇に塗りつぶされた船が現れた。
船のマストに張られた横帆はビリビリに破れ、おどろおどろしい幽霊船のような怪しいさと凍えるような冷気を纏っている。その船から一人、また一人と闇の眷属としてなり果てた海兵たちが這い出し、お母様達に襲いかかる――――――その時だった。
「なんとか間に合ったっすね!」
帝国の数倍はある大きなクジラが現れたかと思うと、大きな口を開けて船と海兵、王子もろとも飲み込んでしまったのである。
そのクジラの頭には、燃えるような赤い髪を靡かせる人魚姫がはにかんでいた。
「マリエ姉様……?」
「久しぶりっす!七海先輩‼」
私の前に舞い降りてきたマリエ姉様の言葉に瞳を大きく見開く。そして、クジラがまた大きな口を開けたかと思うと、私とマリエ姉様もろとも飲み込んでしまったのである。
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